――郷に従え
魔物の駆除に出発した初日の夜。
過去に何度も同じルートを巡回し、定期的に魔物を駆除していたユメが中継地点として整地した場所で夜営することになった。
魔術でしっかりと土を馴らし、木材のテーブルに切り株の椅子、石組みというよりは石造りの竈まで完備、簡易的なツリーハウスもどきまで建てられている贅沢な野営地だ。
……そうだよな、ここ森林地帯だもんな。ツリーハウスくらい余裕だよな。
ちなみに、全てユメが魔術で作ったらしい。10分足らずで。ハハッ笑っちまうぜ。
なるほどなるほど、これがラノベ主人公のチートに翻弄される脇役の気持ちか。全く、癖になりそうだよ……。
当然ながら、ティアも俺と同じ感想を抱いたらしい。本人から直接聞いたから間違いない。
――俺とティアの友情ポイントが1上がった!
はぁ……アウトドアおたくの友人が延々と垂れ流してくれた事前知識からして、もっと過酷な旅程になると想定してたんだけどな。
いや、楽なのは有難いんだけどさ。
こんなのがあと5カ所もあるの? ヤバイよ姉さん! 俺、このままじゃユメなしでは生きられない身体になっちゃう! いや、俺に姉はいないんだけどな。
余談ながら、ツリーハウスもどきは一応名前の通りに木で出来ているわけだが、外見としては無数の細い幹が合わさって壁を作っている感じだ。
魔法ではなく、あくまで魔術らしい。土と水と光の三属性を兼ねた複合魔術らしいが。
この時点でティアは虚ろな目で乾いた笑いを漏らしていた。可哀想に。
しかも食材やら調理器具やらは全部ユメの不思議空間に収納されているわけで、荷物いらず。
いやぁ、やっぱ凄いなぁ。異世界。
ツリーハウスの下で焚火を囲み、夕食の鍋が温まるまでの間。
暇を持て余したティアが碧眼をキラキラさせながら話し掛けてきた。
「それにしても、ユキトって凄く強かったんだね。剣士っぽいなぁとは思ってたけど、まさか本当に凄腕の剣士だったなんて!」
「別に、そんな大したもんじゃないさ」
「それは謙遜が過ぎるね、ユキト。ボクだって一応貴族の端くれだ、剣術は少し齧ってる。けど、ユキトの剣技はボクがこれまで見てきた中で一番凄かったよ」
ティアは興奮冷め止まぬといった具合に詰め寄ってくる。
顔を寄せられ、ふわりと香る甘い匂いにドキリと心臓が跳ねた。
「一番最初の時なんて、ユキトが消えたと思ったらゴブリンの目の前にいるんだもの。自分の目がおかしくなったのかと思ったよ」
「あー……それにはからくりがあってだな」
「え? "からくり"って何だい?」
「あぁ、こっちじゃ伝わらないか……。ん、まぁ今よりもっと仲が深くなったら教えてやるよ」
魔術の極致、魔流甲冑。当時、魔術を習い始めて一週間くらいのペーペーがこれをモノにしましたなんて教えた暁には、ティアが発狂しかねない。
ここはお互いの信頼関係不足を示唆しつつ、無難に追及を回避することにした。
「ぶぅー……何だよそれ。ズルイなぁ」
「まぁまぁ。ティアが俺達とずっと仲良くしてくれる限り、いずれ必ず教える日が来るさ」
「もう……そんな事言われたら大人しく引き下がるしかないじゃないか……」
不満そうに唇を尖らせるティアに苦笑を返しつつ、俺はここぞとばかりに話題を変える。
「ていうか、ティアだって火の魔術凄かったじゃないか。ゴブリンだって一撃で仕留めてたし」
「あの程度、魔術の修行を積んでいる人間なら普通にできることだよ。何の自慢にもならないさ」
「……そう卑下する必要はないと思うけどな。ユメだって褒めてたくらいだぜ?」
困ったような微笑を見せるティアに肩を竦めてみせる。
彼女がどういうコンプレックスを抱いているのかは分からないが、余り他人が突っつくのも良くないよな。
「おーい、お待ちかねの夕ご飯が出来たのじゃー」
そこへ、丁寧に鍋を掻き回していたユメが夕飯の出来上がりを告げる。
おお、待ちかねたぞ。俺としてはもうお腹が減って仕方がない。
「ほれ」
「おっ! さんきゅー!」
大きめの深皿に若干のとろみのあるスープが盛られていく。色はトマトっぽい野菜のトーメイトをベースにしているらしく、赤みが強かった。
一口では食べきれそうにない大きなブロック状の肉に、マッシュルームに似たキノコであるマシュームダケ、ジャガイモっぽい芋のポティモ、人参っぽい野菜のキャロエ、玉ねぎっぽい野菜のオニオンス、アスパラっぽい野菜のアスポレロが所狭しと転がっていた。
ローリエっぽいハーブである乾燥エリーロが散らされ、見た目を美しく彩っている。
「お、おお……」
思わず呻いてしまう。実に美味そうだ。
トーメイト独特の酸味が芳しい香りとなって食欲を引き立て、口の中に涎が大量生成された。
そこにじゅうじゅうと肉汁を滴らせる串付きの巨大ソーセージとトロトロに溶けた熱々のチーズが乗せられた黒パンが添えられて、完成である。
「今宵の恵みを与え給うた神に感謝を。祝福されし糧を以て、我を明日へと生かし給え――いただきます」
「いただきます」
それぞれ食事の挨拶を口にして、食器を手に取る。
ティアの食事時の言葉は、ご飯を恵んでくれた神様に感謝するものらしい。その後で『いただきます』と付け加えているのは、俺が言葉の意味を教えたところ、感銘を受けたとかで真似するようになったものだ。
「スープのお替りもいっぱいあるでな。2人とも育ち盛りじゃからの。たーんとお食べ」
ふにゃっと微笑むユメに勧められ、俺達は遠慮なく食事を口に運ぶ。
うんうん、やはりトマトは良い。この味、最高だ。流石は俺の大好物。あっ違う、トーメイトだった。ややこしいな、全く。
肉も簡単に噛み切れるし、口の中でほろほろ解けて美味い。何の肉なのかはわからないけど。
楽しくも喧しく、野営地の夜は更けていった。
◆◆◆――――――――――――――――――◆◆◆
「――ッ!?」
突如として感じた強烈な気配に、否応なく瞼が開かれる。
時刻は真夜中。夜行性の獣や魔物を除いて、人間であれば誰しもが寝静まる深夜帯だ。
寝所として利用したツリーハウスの中を見回してみれば、外に魔物避けの香と簡易結界を張ってある為か、ユメとティアは安心したようにぐっすりと眠っていた。
俺は壁に立て掛けてあった刀を手に取ると、二人を起こさないようにそっと建物の外へ向かう。
地面とツリーハウスを繋ぐ螺旋階段を降りて、ギリギリ燻っていた焚火に薪を投入。何とか火を熾した。
野生の獣は火を警戒するという。それを信じてわざわざ焚火を灯してやったのだ。頼むからどっか行ってくれ。
え? 魔物にも効果があるのかって? んなこと知らんよ。
魔除けの香の効果範囲は何百メートルにも及ぶとの事だが、魔物を直接阻む簡易結界はユメを中心として半径数十メートル程しか届かないらしい。
把握した気配は既に魔除けの香の範囲内におり、さらにこちらへ近付いてくる。
「……速い!」
恐らくは夜行性なのだろう。明かりの無い森の中を駆け抜ける速度が尋常ではない。
しかも、真っ直ぐにこちらへ向かってきている。
ユメお手製の魔除けの香が効かない時点で、これまでの魔物とは比較にならない強敵であると確信できた。
「ちっ……厄介だな……」
これまで相手にしてきた魔物は大半がゴブリンとウルフ、後は当たりのオーク数匹くらいだ。
ユメの言う通り、これらはどれも大した事なかったが、今こっちに近付いてきている気配はそれらを圧倒的に凌駕する生命力を感じる。
明らかに大物だ。
俺は刀を剣帯に差しつつ、鞘を持って柄に手を添える。
ユメの結界に反応して、そのままどっかに行ってくれると面倒が無くて助かるんだが……。
「まぁこんなでっかいフラグを無視してくれるほど、神様って奴がお人好しなわけないよな」
このコースでは、どう足掻いても鉢合わせることは確実だ。
しばらくして、バチッと何かが結界を破る音が聞こえたと思いきや、ツリーハウスから派手な物音がした。
ここに来て、ユメも近付いてくる気配に気付いたらしい。窓枠として開けられた隙間から光球が飛び出していく。
間違いなくユメの魔術であろうそれは闇が蔓延る夜空へ舞い上がっていくと、盛大に弾け飛んだ。
一切の視界が利かなかった暗闇を眩い光が圧し潰す。
「……! 照明弾か!」
俺がいないことを察して、咄嗟に視界の確保を決断したらしい。
何度も駆除して回ったというだけあって、流石に手慣れてるな。
妙な気配が近付くにつれて、少しずつ地面に振動が奔り始める。
そして、とうとう視界の先にその影が現れた。
優に3mはありそうな巨躯に、硬質な岩を思わせる外皮は石英のように白い。
姿形こそ人型をしているが、地面すれすれまで伸びた長い腕は成人男性の腰回り程もある。手の先に生えた爪は、人体など容易に切り裂けそうな鋭さを誇示していた。
頭部には複数の角が乱立し、鼻の上から額に掛けて無数に存在する眼球全てが俺を睥睨する。
口元からは禍々しいほどに鋭利な牙と唾液を覗かせていた。
「キモッ……!」
見る者の怖気を誘うグロテスクな異形に恐怖よりも嫌悪感が先走った。
言葉の意味を理解したわけではないだろうが、目の前の魔物の殺気が高まったのを肌で感じた。
「ユキト! そいつはオーガの変異種、ジェムトじゃ! そこいらのオーガなんぞとは比べ物にならないくらい強暴な奴じゃて、わしが始末するからこっちに戻っておれ!」
頭上から声がしたかと思えば、ツリーハウスの窓枠からユメが身を乗り出していた。
少し焦っているらしく、その表情はいつもに比べて余裕がない。
つまり、それほど洒落にならない魔物ってことだな。
――なら、丁度いいか。
「ユメ、悪いんだが、こいつは俺に任せてくれないか?」
「……なんじゃと?」
「せっかくのチャンスだからな。この機会に少し慣れておきたいんだ――この世界の"弱肉強食"ってやつに」
ジェムト……白オーガから目を離さず、刀に手を添えたまま、視線で牽制する。
白オーガは低く唸りながらも、こちらの隙を見出そうとしているのか、下手に動く事はしない。
どうやら多少なりとも知恵は回るみたいだな。ますます好都合だ。
「ユキト、おぬし……」
俺が危機的状況に追い込まれたところで、ここにはユメがいるのだ。彼女ならどうとでもしてくれるだろうという安心感がある。
そんな俺の内心を悟ったわけではないだろうが、悩むように眉を八の字に寄せていたユメは俺が不退転の姿勢の崩さないことに瞑目し、諦めたように頷いてくれた。
「……そいつは相当に手強いでな、気を付けて戦うのじゃぞ? 何かあれば援護してやるからの!」
「ああ、いざって時は任せた。俺が片を付けるまで、ちゃんとティアを守ってやってくれよ?」
「誰に物を言っておるのじゃ……本当に気を付けるのじゃぞ」
「勿論だ」
心配そうな気配を漂わせるユメを意識の外に追い出し、目の前の白オーガに集中する。
空気が重くなったことを察した白オーガが臨戦態勢を取るように身を屈めた。
さて、そろそろ始めようか。
「――ッ」
こちらをじっと睨み据えてくる生意気な白オーガに対して、まずは小手調べ。
地面に強く踏み込んで、一気に間合いを詰める。
尋常ならざる脚力が大地を深く抉り、土煙を撒き散らすが知ったことではない。
速度を緩めることなく、擦れ違い様に鞘から刀を抜き放った。
左足の間接のあたりに狙いを定め、居合いを見舞う。
包丁で卵を割るような、そんな異質な感触が掌を伝った。
白オーガの口から苦鳴が漏れ、その無数の瞳に怒りを滾らせる。
硬質ながらも確かな手応えだ。俺は靴底を地面に擦り付けて、その場で急制動を掛ける。
摺り足で横に一歩移動し、白オーガの視界から逃れるようにして二の太刀を放った。
狙うは同じ足の膝裏だ。
幼少の頃から触れていたおかげで、刀は既に俺の身体の一部のようなものである。頭で考えるまでもなく、身に沁み込んだ動作が勝手に最適の箇所へ最高の斬撃を趨らせた。
刃が一筋の銀閃を描き、白オーガを襲った。
一閃。外皮に吸い込まれた刃が内部の肉を斬り裂き、血飛沫を舞い散らせる。
左足を集中的に切り刻まれ、一時的に体重を支えられなくなったオーガが地に膝を付けるが、直後に俺の頭部を狙った裏拳が飛んできた。
背筋が凍る風切り音を伴った一撃を身を屈めて躱した直後に跳躍。頭上を通り過ぎた腕を蹴って白オーガの肩へ飛び乗り、胸当てと一体になった鞘からシースナイフを引き抜いた。
ギョロリと無数の眼が俺を捉える。
得も言えぬ眼力にぶわっと総毛立つが、意志を総動員して生理的嫌悪を無理矢理押し殺すと、一際大きな眼球へナイフを突き刺した。
悲鳴という名の咆哮が強烈な地鳴りとなって森を揺らす。
突き立ったナイフを回収することもなく、すぐさま肩から離脱。白オーガの空いた右手が俺の胴体を鷲掴もうと宙を薙いだのは、その一瞬後だった。
もしも離脱を一刹那でも躊躇っていれば、間違いなくあの巨大な掌に捕らえられていたことだろう。その後の事は想像したくもない。
この世のものとは思えぬ壮絶な絶叫を上げる白オーガは、血を流す左足に構わず、強引に後方へ跳躍して俺から距離を取った。
そのまま自らの眼に刺さった短剣を引き抜こうともがくが、手が大き過ぎて上手く抜けないらしい。
苦痛に満ちた悲鳴を上げて、無茶苦茶に暴れ回っている。
この隙を逃す手はない。
俺は再び大地を蹴ると、白オーガへ向かって正面から突っ込んだ。
白オーガの眼が二つだったなら、死角へ回り込む選択肢もあったのだが。幾つもある眼の内の一つを潰した程度では、あまり効果はないだろう。
憤怒と殺意を全身に漲らせて吼える白オーガが、俺を迎撃せんと右腕を振り上げた。
その腕は長く、こっちの間合いに入るより先に、白オーガの掬い上げるような薙ぎ払いが飛来する。
凶悪な爪が俺の胴体を引き裂こうと迫るが、それより速く、思い切り前方へ跳躍して白オーガの胸を蹴り飛ばした。
魔流甲冑で強化された膂力は単純な飛び蹴りで白オーガを怯ませることに成功したようだ。
流石にここまで威力が出るとは思っていなかったので、内心で少し動揺してしまった。
まぁ悪い事じゃないし、良しとしよう。
そのまま背面飛びのように後方へ離脱したあと、手早く納刀して、奴の呼吸を計る。
恐らくだが、白オーガは以前に人を襲った経験があるのだと思う。培ってきた経験を元に、人間の脆弱性を理解したうえで、俺と対峙していたのだろう。
だからこそ、ひ弱な人間が自身を怯ませる程の強烈な蹴りを放ってきたのは想定外だったらしい。
驚愕に目を剥く白オーガは無様に踏鞴を踏んでいた。
「――ふっ!」
摺り足で踏み込んでからの抜刀。がら空きの胴体へ、まずは一太刀。
白オーガの腹に横一文字の裂傷が刻まれ、傷口から血を噴出させた。
悪臭漂わせる血を浴びたくなかったので、後方へ跳躍して回避。
くぐもった悲鳴が白オーガの口から漏れるが、それには構わず、白オーガが体勢を立て直した瞬間を見計らって再び奴の間合いへ一歩踏み込む。
次の瞬間、俺の上半身を目掛けて、白オーガの左腕が"予測通り"に横薙ぎに振り払われる――が、遅い。
軽く身を屈めて、空気を巻き込んで唸る左腕をやり過ごすと、再びがら空きの胴体へ斬撃をお見舞いする。
既にある斬り口をさらに深く抉るように、寸分違わぬ箇所へ刃をなぞらせ、血を浴びないように脇へすり抜けた。
直後、腹圧に耐え兼ねた白オーガの内蔵が腹の中から飛び出し、汚物を撒き散らすように地面を赤黒く染めた。
生々しい音を立てて零れ落ちるそれは、鼻が曲がりそうな悪臭を周囲に放散させる。
その一部始終を目の当たりにした白オーガは、自身の下半身を真っ赤に染める物体が何であるのか咄嗟には理解できなかったようだ。
虚ろな複眼で自身の腹部を見やり、しばらくして、震える手で腹から零れ落ちる腸を押し込み始めた。
最早、俺の存在など頭の中から完全にすっぽ抜けてしまっているらしい。
見た所、魔物も己の死が避けられないと知れば、我を忘れることもあるみたいだな。
下手に人型で知恵があったからこその悲劇かもしれない。
俺は下段から刀を一気に振り上げて、前屈みになって必死に内蔵を掻き集めている白オーガの首を根元から断ち切った。
数瞬の時を置いて、白オーガの頭が地面に転がり、その巨体が音を立てて血溜まりの中に沈む。
「ふぅ……こんなもんか。案の定、普段から動かす部位だけあって、関節や腰回り、首元なんかの皮膚は柔らかかったな」
細かく痙攣していた白オーガは既に絶命している。その亡骸を横目で見やり、そこでようやく安堵の情が胸にじんわりと染み込んできた。
今更、刀を持つ手が震え始めるとは……。
存外余裕だったとはいえ、やはり怖いものは怖いということか。
光を失った白オーガの複眼が悲哀と怨嗟を訴えているように見えて、思わず視線を逸らしてしまった。
実に嫌な気分だが仕方ない。殺らなければ、殺られるシビアな世界なのだ。そこに遠慮や同情は無用である。
それに、襲い掛かってきたのは奴さんの方だ。ここは自業自得ということで納得していただきたい。
闇に溺れていく思考を打ち切るように、刀を払って血糊を飛ばす。小さなウェストポーチに入れておいた布を取り出して、こびり付いた油を丁寧に拭き取った。
そこへ、結果を見届けていたらしいティアが一目散に駆けつけてくる。
「ユキト! 大丈夫!? どこか怪我してない!?」
「大丈夫だ。掠り傷一つ負ってない」
「そっか、なら良かった……」
慌てたように捲し立てるティアは安堵した表情を見せるものの、すぐに眉の端を吊り上げた。
「まったくもう! 1人でジェムトに挑むなんて無茶苦茶だよ、君!」
「そんなに無茶ってほどの相手でもなかったけどな」
とは言っても、魔流甲冑を習得していなかったら、間違いなくユメに丸投げしていただろう。
いずれは素の状態でも斃せるくらいにはなりたいものだ。
「そうじゃのぅ。ジェムトは魔術師でも油断すれば一瞬で殺されてしまうような強敵じゃて。それを魔術も使わず、刀一本で、しかも大して苦戦せずに倒してしまうとは。わしも正直驚いておるぞい」
振り返れば、ふわふわと身体を宙に浮かせて飛んでくるユメがいた。
彼女は感心したような、呆れたような、複雑な面持ちを隠すことなく前面に表している。
「わしは近接戦闘の事はよくわからんが、それでもおぬしの体捌きには卓越した技量を感じた。ゴブリンを相手取ったときもそうじゃが、どうやらわしはユキトを見縊っておったようじゃのぅ」
その手に握った身の丈ほどの杖を椅子代わりにして、ユメは苦笑を浮かべながら見下ろしてくる。
「何にせよ、よくやったのじゃ。明日にも響くし、そろそろ寝るとしようぞ」
「そうだな。流石に俺も疲れたわ」
「まだ初日なんだし、無理は禁物だね?」
肉体的には大した事ないとはいえ、精神的には大分疲れたのは確かだ。
さっさと寝直したい。
「おっと、そうじゃったそうじゃった。ジェムトの素材は貴重じゃからの。しっかりと回収せんとな」
そう言ったユメが魔術で白オーガの亡骸を回収するのを見届けたあと、俺達はツリーハウスへと戻った。
――その後、俺達は無事に一週間の魔物駆除を終えた。