VRMMO世界に定住してみた
「ふははははは!君達の精神は肉体と切り離されもとの世界に返ることは出来なくなったのだよ!」
世界初のVRMMO「リトルガーデン」のベータテストに参加した俺達プレイヤーは主催者から
衝撃の事実を告げられた。
「何いってんの?」
「イベントだろ」
「あれじゃね?マンガのヤツ」
「ああ、ブラッドタワーのパクリか」
突然の事に皆混乱している、最近流行のVRMMO世界から返れなくなった主人公達が現実に戻る為にラスボスを倒す漫画の話をしている奴等もいる。
「おっと残念ながら漫画の話では無い。君達の精神は本当にゲームの世界に幽閉されているのだよ。考えても見たまえ、ヘッドギアをつけただけで触覚や嗅覚を感じれると思うかね?」
たしかに、このゲームリトルガーデンの凄い所はゲーム世界なのに五感が再現されているという事だ。
味覚、触覚、視覚、嗅覚、聴覚、それらを現実の物として聞くことが出来る。
食事をすれば味がして動物に触れればモフモフする、視界はバイザーディスプレイ等ではなく現実のように見たいところを見れるので3Dゲームにありがちな方向を見失うということが無い。
匂いを嗅げば草花の匂いや食べ物の匂い水辺の匂いなど複数の匂いが絡み合っている、耳を済まば周りの人間の声から馬車の音まで様々だ。
「そう、君達は新世代型ネットワークシステム「キュベレ」の中に作られたゲームの世界に閉じ込められたのだ」
新世代型ネットワークシステム「キュベレ」
それはこれまでのネットワークシステムを超越する最新型通信装置である。
その根幹となるのがキュベレだ。
通常のパソコンを遥かに凌駕する容量と処理能力を持つそれは衛星軌道上に作られた。巨大なパソコン衛星だ。
今では第2の月と言われそのそ総容量は100エクサとも言われている。
エクサとは一昔前に話題だったペタよりも上の単位だ。
五感全てを再現するゲームならそこに使われる容量は相当な物だ、だがキュベレならそれも頷ける。
そしてそれを頷かせるもう一つの理由、それはキュベレの通信速度の速さである。
キュベレは特殊な通信装置でほぼノータイムで世界全てと情報をめぐらせることが出来る。
ダウンロードの待ち時間も混雑で動画が重くなることも無い。
キュベレの通信装置の謎を知るためにハッカーや国のスパイがキュベレにハッキングを仕掛けたらしいが一人残らず逆探知され報復されたらしい。
やってることが犯罪なので報復されたほうも強くは出れない様だ。
っと話がずれたな。
「君達が現実に戻りたいのならこのゲームの最終目的である魔王を倒す事だ、魔王を倒すことが出来れば現実世界に繋がるパスが繋がる」
「なるほど、そういう設定か」
「お約束だけどドキドキするな」
多くのプレイヤーは完全に演出だと思っているようだ。
「ちょ、マジでログアウトできねえぞ!」
「演出だろ、設定されてる時間が過ぎればログアウトできるって」
「大丈夫なのかな?」
一部のプレイヤーはログアウトが出来ない事に不安を感じているようだ。
こればかりは他のプレイヤーが言った通り時間が経つまで分からない。
「おい、現実に戻れないのなら体はどうなるんだよ!」
「君達の家族が病院に連れて行って延命装置に入れてくれるだろう、もっともこの世界で死ねば肉体に戻る為の精神が死んでしまうので後の事を気にする必要など無い」
「貴様!一体何が目的なんだ!!」
「新世界の創造さ、肉体と言う楔から精神を解き放ち、現実と変わりない世界を用意すれば人間を定住させる事は出来るか否かの実験だよ」
「それは貴様等の支配する世界の奴隷になれって言うことだろう!!」
「現実もそう変わらんだろう?政府の、権力者の、世間体の奴隷だ。だがここなら君達は自由に生きられる。スキルを活用したりレベルをあげれば無双だってできるぞ」
「そんなのは間違っている!!」
ノリの良いプレイヤーが脳内ヒーロー設定で主催者と舌戦を繰り広げている。
俺も幾つか聞いておくかな。
「質問良いかな?」
「なんだね?」
「肉体が死んだ場合はどうなるの?精神だけがこの世界で生き続けるわけ?」
「その通りだ、初期のテストプレイヤーには既に肉体を捨ててこの世界に定住しているものも居る。
探してみると良い」
「あとこの世界の容量は? 定住していったら色々と容量が喰われていくと思うんだけどキュベレの容量の何%まで使えるの?」
これは重要だ、もしこの話が本当なら物を作ったりしていけばアイテムデータが増えるし、何より年をとって経験を積んだ人間の精神の容量がどれぐらいなのか分からない。
「心配はいらない、キュベレの容量は使いたい放題だ。それにここに居る君たちには話すが機械でオートメーション化されたシステムがキュベレの2号機3号機を建造している。容量の心配は要らないよ」
「おけ、なら俺はこの世界に定住するわ」
「なに?」
流石に主催者もこの反応には驚いたらしい、
定住するにしても時間が経って本当にゲームから帰れないとわかってからだと思ったのだろう。
だってこっちの世界の方が面白そうだし何より社畜としての現実が忘れられるのが良い。
只の演出ならガッカリ、現実ならラッキー、そのくらいの気持ちだ。
だがそんな考えをする者はオレだけではなかったらしい。
「私も定住する」
「あ、オ、オレも」
何人かが定住を希望しだす。
「私現実じゃ病院で寝たきりだから、この世界のほうが良い」
「お、オレも現実よりこっちの方が・・・」
「五感があるってのが良いよな、何やっても現実みたいに規制されないし」
ちょっと不穏な言葉がでたが結構定住希望者も多そうだな。
攻略組と定住組に分かれる事になりそうだ。
数日が過ぎ未だログアウトできないことに焦るプレイヤー達、
もっとも俺達定住組はのんびりしたものだ。
「料理人達から食材確保の依頼が入ったから行かないか?」
「あ、オレ行くよ」
「私も、試食させてもらえるのが良いですよね」
最近では仲の良くなったプレイヤーと一緒に冒険をしたりもしている。
皆自分の得意スキルを生かして住み分けを始めていて今のところ目立ったトラブルも無い。
そういうトラブルを起こす血の気の多いのは攻略組にいくか攻略を休んで小遣い稼ぎに用心棒をやってる連中が対処してくれる。
オレは町で雑貨屋を営みながら時々低階層で冒険をしている。
攻略組の中にも危険を避けてこの世界で定住を考えている奴がちらほらと出てきている。
冒険という適度な刺激もあってこの世界も慣れればいいもんだ。
現実に帰るかは攻略組がクリアした時に考えれば良い。
もっともその頃には当の攻略組くらいしか帰らないかもしれないが。
「おーい店長、レア物ゲットしたぜ!換金頼むわ!!」
なじみの冒険者達がやってくる。
彼らはこの世界に定住し危険にならない程度の難易度の階層で魔物狩りをして生計を立てている。
現実なら大怪我をして今までのように動けなくなって引退もあるが
ゲームの世界なら回復魔法ですぐ動けるようになる。
そうした理由から魔物を狩る職業は需要が高い。
「毎度! おお、レッドドラゴンの3本角か。こんな奴よく狩れたな」
「へへ、この日の為にレベルとスキルを上げまくったっての!!」
「これは貴重すぎて俺だけじゃ支払えないな、錬金術師にコック、それと薬師も呼んでくる」
「おう!」
こうしてゲーム世界の日常は俺達の日常になっていくのだった。