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病は君から  作者: 鵜狩三善
ひだまりの日々
82/104

9.

 さて。

 そんなこんなで時間も経って役者が揃って、そこで俺は開幕のスピーチなんてのをぶちかます事になった。


「いやこういうの経験ないし俺の話なんてつまらないだろうから、姫様一席ぶってもらえない?」


 と得意そうな人に頼んでみたのだけども、


「お前が捧げる感謝だ。お前自身の言葉で紡ぐべきだろう」


 返答はにべもない。

 だけどまあ、言われてみればその通りだった。あと誠心誠意で喋れば翻訳さんがいい具合に訳してくれるはずだってのにも気がついた。

 よって、「ご心配おかけしました」と「ちゃんと言う機会がなかったけどこれまでお世話になりました」と「これからもよろしくお願いします」を三本柱に据えた話を手短にして、「とにかく今日は楽しくやってもらえれば嬉しいです」で結んでみたらば、これが意外と好評でまばらじゃない拍手をもらったりである。


「誠意はよく伝わったと思うぞ」

「ハギトさんらしかったですよ」


 姫様とタマちゃんがわざわざ言いに来てくれたりして、汗顔の至りである。

 ナナちゃんだけは「ハギってば誰にでもいい顔しようとするんだから」なんて眉を寄せていたけども、ただし表情は剣やら槍やらの取り扱いを上手くやった時と同じだったから、物言いはアレだけども多分これは褒めてくれたのだ。

 あと八方美人っぽい件については、「皆が俺によくしてくれてるから、自然と俺もそうなっちゃうんだ」なんて言い訳をしておきたい。



 そうしてスタートしたバーベキュー大会であったのだが、金串に刺した食材がいい具合に焼けてきても、どうしてか誰も手を出さない。 あれ、これってこっちじゃあまり一般的じゃない調理法だったのだろうか。いやでもそれならタマちゃんが事前に警告してくれそうなものだし、とちょっと悩んでから気がついた。

 ぶっちゃけ皆、姫様に気圧されてるんである。国家レベルの偉い人だってのもまずあるけれど、それよりも何よりも、やっぱ持ち合わせる雰囲気が特別なんだよな、姫様。

 そういう空気をぶち壊すべく用意しといたおっちゃんらまですっかり呑まれてしまっている様子で、まったくそれでも大人か情けない。発破をかけてやろうと思ったら、


「もういい頃合だが、これは勝手に取って構わないのか?」


 おそらくは皆に聞こえるようにだろう。姫様がよく通る、大きめの声で俺に問う。


「ええ。焼けたのから焦げる前に、どんどん食べちゃってください。量はあるし、質だってタマちゃんの手が入ってるから折り紙付きだし」


 同じく声を大にして頷くと、姫様は串の一本をひょいと掴み上げた。ふーふーと息を吹きかけて少し冷ますと大きく口を開けて先頭の肉をかぶりつき、串から引っこ抜いたそれをもぐもぐごくんと飲み下してから、


「何を見ている? 無礼講ならばこの程度の無作法、作法のうちだろう?」


 ちろりと赤い舌を覗かせて唇を舐める。そうして呆気にとられたような一同に向け、ふふんと不敵に笑んだ。

 本来なら行儀が悪いだけのこんな仕草まで様になっちゃうのだから、この人はずるい。

 そういえば初めて一緒に食事をしたその時も、似たような事をして緊張を(ほぐ)そうとしてくれたっけ、なんて懐かしく思い返しながら、俺はテーブルナプキンを手に取った。


「姫様、ほら」

「ん」


 声をかけてこちらを向かせ、今のパフォーマンスの所為で口周りについた汚れをちょいちょいと拭う。

 そして拭い終えてから、はたと集った衆目に気づいた。あ、しまった。いつもの癖で、つい。


「ば、馬鹿者。人前でする振る舞いではないぞ」

「姫様だって止めなかっただろ」


 同じタイミングで我に返った姫様が囁いてくるけども、これは俺だけの所為じゃないはずである。

 小声で責任を(なす)り付け合っていたら、


「はいはい、おふたりが仲(むつ)まじいのは大変によく分かりましたから、そこまでにしてくださいな」


 とタマちゃんに分けられてしまった。


「タマちゃん違うから。これはそういうのじゃなくて」

「そうだぞタルマ。曲解も(はなは)だしい」


 揃って食い下がる俺たちに、しかしタマちゃんはひらひらと手を振り、


「まだ続けるつもりなら、皆さんにご協力をお願いして、拍手で祝福してもらっちゃいますからね」


 いやそれ脅しになるんですかと言うその前に、タマちゃんの発言を聞きつけた耳と気の早い数名がぱちぱちとやり始め、釣られてあっという間に音が増える。たちまち俺たちに温かい視線と喝采が注がれ出して、うわ、何これ凄い恥ずかしい。

 あとこら姫様なんで君、さっさと俺の陰に退避していやがりますか。 



 そんなこんなで、(しょ)(ぱな)からフルスロットルで醜態を晒してしまった俺は、それからはしばらく串から大皿に料理を取り分ける作業に従事していた。

 改めての挨拶も込みだが、何より女性陣はこうしておかないと食べにくかろうってのがある。まあおっちゃんらなんかは先の姫様ばりに豪快にかぶりついてるんだけどさ。

 でもって姫様とタマちゃんもそんな俺の後について、料理を取り分けたり飲み物を注いだり軽く談笑をしたりともてなし側に回ってくれている。

 こういう雑事は俺がやるからのんびりしててくれればいいのにと思うのだけども、菜箸を使う俺を見ておっちゃんが漏らした「大将、器用なモンだなあ」って言葉に反応して、姫様が串をバラすのに俄然張り切ってしまったのだ。

 日本文化を面白がった姫様は以前から練習を重ねていて、今ではかなり器用に箸を使う。ナイフとフォークがメイン食器のこちらにおいてそれは大概感心と感嘆の眼差しで見られるわけで、つまり自分の箸扱いを見せびらかしたのだな。

 そんな姫様手ずからの配膳に恐縮して固まる相手を、付き従うタマちゃんがふんわり(なだ)めていたりして、あの二人はやっぱり仲が良くて息がぴったり合ってる。

 まあそんな具合に一回りが終わるくらいには、場の雰囲気もすっかり和み始めていた。ようやく自分で焼いて自分で食べる自給自足が機能し出した感がある。

 その頃になると姫様とタマちゃんは、俺から離れてノノに構いきりだった。

 綺麗なお姉さんに挟まれて、ノノはすっかりへどもどしている。顔を真っ赤に染めて、尻尾もぺたんと垂れ気味だ。

 ああ、うん、気持ちは凄くよく分かる。でも助けを求めるっぽく俺を見てもダメだぜ、ノノ。俺は立場が弱い方なんだ。あと男の子なら自分の事は自分でなんとかしないとな。ノノなら大丈夫。君は強い子だって、俺はそう信じてる。


「すっかり綺麗どころを取られちまったなあ」


 視線でやり取りしていたら、そう脇から肩を叩いてきたのはおっちゃんらの一人だ。

 既に息が酒臭い。いやどんだけのスピードで飲んでんだ。

 用意したアルコールは主に蜂蜜酒。そこそこ甘くて口当たりがいいって話だったけど、その分量を飲むのには適さないだろうに。ちなみに俺はこの世界の「蜂」をちゃんと確認していないので、実は未知系ファンタジー生物が集めた蜜という可能性がある。


「姫様もタマちゃんも、子供好きだからな」


 ステラと会った後の姫様の様子を考えれば、正直この事態は予測可能だった。ノノには済まない事をしたと思う。でもまあ何事も経験だ。


「にしても大将の肝っ玉には脱帽たぜ」

「なんでだよ。別に度胸なんて披露してないだろ」

「いやいや、嫁さんと愛人並べて両手に花で練り歩くなんざ、並みの神経じゃできねぇぜ?」

「なっ!?」


 これまた迂闊だった。

 俺と三人との事は本決まりの発表こそしていないけれど、そこはかとない噂はもう流れている。であれば、そういうふうに見られてもおかしくなかったのだ。

 うわあ、俺のイメージって悪化の一途を辿っていまいか。


「いやだから、タマちゃんとナナちゃんはそういうんじゃねぇって!」


 愛人なんて呼び方の方こそを否定したかったのだけれども、俺が大声を出すなり、おっちゃんは「へぇ」と片眉を跳ね上げた。いい玩具を見つけたと言わんばかりの態度だった。


「そうかそうか。するってぇと、姫君様だけはそういうのなわけだ。そうだよなあ、うん。もう祝福されちまったもんなあ」


 くっそ、なんだこの酔っ払い。もう肉食うな。それ結構高いヤツなんだぞ。


「しっかし誰かとくっつくだろうとは思ってたが、まさか三人まとめてたぁ予想外だった。お陰で賭けはご破算だ。艶聞が豊富で羨ましいねぇ。病魔様ってのは縁結びの御利益まであるんだな。ああ、あれか。『恋の病』ってヤツか」


 なんだこの「上手い事言ってやったぜ」的なドヤ顔は。うぜぇ。超うぜぇ。

 あれこれと反論してやりたいところだけども、何を言ってもこの手のからかいで返されそうだ。それにこの話題にはつい過敏に反応してしまって、言う側からしたらとても面白い感じになっちゃってる自覚はある。

 その上このおっちゃん、この手の話題の時だけは、水を得た魚みたいに口が立つ。一分(いちぶ)なりでも向こうに理屈がある所為で、もう太刀打ちできる気がしない。

 会話を無理矢理打ち切って、俺はとっとと(きびす)を返す。

 こういう時は三十六計逃げるに()かずである。




 おっちゃんらの酒の肴にされるのを回避して、俺が逃げた先ははナナちゃんのとこである。

 いやより正しくは、「ナナちゃんのいそうなとこ」か。

 実はさっきから姿が見えないのでもしやと思っていたのだけれど、探してみたら案の定だった。彼女はドレス姿のそのまんまで、部下である娘子軍の子たち相手に何事か訓示を垂れている。

 本日の警備を担当してくれている彼女たちだが、実は組織として動くのはこれが初だったりする。些細な内輪の催しとはいえ姫様が参席してるから、この仕事ぶりは今後の評価に関わってくる。何よりそのトップのナナちゃんがク族というのがあって、世間の目は(あら)探しに厳しくなりがちだ。

 だから彼女がぴりぴりするのは分かる。気持ちとしてまあ分かる。

 だけどもさ。

 昔うちの部に、突然OBがやってきた事があった。メニューとかフォームとかに片っ端から上から目線でぐだぐだぐだぐだ口出してきて、いやあれ物凄く鬱陶しかったなあ。

 俺は深くため息をつくと、こっそりナナちゃんの後ろに回り込んだ。

 娘子軍の子たちに「静かにしててくれ」と目配せをしてから、足音を忍ばせてにじり寄り、


「てい」

「いたっ!?」


 わりと手加減抜きのチョップをナナちゃんの頭のてっぺんに叩き込んだ。

 むっとして振り向いた彼女は、俺を見るなりバツの悪そうな顔になる。一応、口うるさくしてる自覚はあったようだ。それならば話は早い。

 俺はむんずとナナちゃんの手を掴み、


「じゃあこの子は連行してくから。後は皆で、いつも言われてる通りに頑張って」

「はい!」


 空いてる方の手を振ると、声を揃えていいお返事が返ってきた。

 ざっと顔ぶれを見るに、娘子軍の面子の年の頃はナナちゃんのちょい上か下かくらい。なのに全員が一本筋が通った雰囲気を備えていて、平素のナナちゃんの仕事っぷりが伝わってくる感じである。

 これなら任せて安心だろうし、だとしたらやっぱり、ナナちゃんのしてるのは余計でしかない。

 いやだから、そういう次第での連行でありますから、興味津々の視線を送りつつ、背中の方できゃっきゃと小声で言い交わすのはやめていただきたい。聞こえてますから。地味に内容聞こえてますから。

 恋だのなんだののお話が好きなのは、女の子集団の(さが)なのであろうか。


「ちょ、ちょっと待ってよ!」


 そんな感慨を抱きつつぐいぐいと引っ張って行く途中で、フリーズしていたナナちゃんがようやく再起動をした。俺の手を振り払って怒り顔である。


「僕は今仕事をしてて」

「今日はお休みだろ。そういう約束でそういう予定だったろ。言ってみりゃ皆でメシ食うのが本日のナナちゃんのお仕事だ。なのにそれをさサボって、何やってたのかなー?」

「それは、その……」

「そりゃ初めての団体行動なんだから、多少の行き届かないところは出るだろうさ。だけどそいつを注意するのは最後にひとまとめにしてからでよろしい。その場その時で言わなきゃ駄目なほど、あの子たち駄目な子じゃないだろ? それに上の人が休むべき時に休んでないと、下も気を張り通しになって疲れちゃうだろ」

「うん。だけど」

「だけどじゃありません」


 まだごちゃごちゃ言うナナちゃんの額を、俺は拳でこつんと小突いた。


「もっとあの子たちを信頼しても平気だって。それにナナちゃんがちゃんと隊長さんしてるのは、ちょっと見るだけの俺にも分かる。だから張り切りすぎないで、も少し方の力を抜いときなさい。君はかなり凄くて尊敬される子なんだから、こういう時はどんと構えてればよろしい」


 真面目で責任感が強くて、大変実力もあるのがナナちゃんだ。本来なら俺なんかがこうやって説教するのが烏滸(おこ)がましいくらいなんである。


「でも皆任務に励んでるのに、なのに僕だけこんな事してていいのかな、なんて思っちゃって」


 スカートの裾を弄りながら、言い訳のようにナナちゃんは言う。いやその歳で仕事中毒か、とかツッコみたいとこではあるけど、この子が任された事を完璧にこなせないと不安になるタイプなのはもう承知の上だ。


「いいんだって、たまには息抜きしたって。ちょうどいい具合で行こうぜ。『世界を見るのは自分の目』だろ。(のっと)るならナナちゃんの目だけが見方の全部ってわけじゃないってわけだ。他人の目から見た君は、頑張り過ぎなくらい勤勉かもしれないぜ?」

「……だって、そのちょうどいい具合が分かんないんだもん」

「そしたら俺とか姫様とかタマちゃんとかの意見を聞けばいい。姫様やタマちゃんは頼りになるし、俺だって愚痴を聞くくらいはできる。全部自分でこなそうとするなって。もっと楽していいんだ。さっきも姫様に言われたろ。『安心できる人だけの時は普通に話してくれ』って。あれ、多分そういう部分も含めてると思うぞ。つまり頼れる人がいるのはいい事だって話だ。もし俺が困ってたら、ナナちゃんは助けてくれるだろ?」

「しょーがなくだけどね」


 言うだけ言って最後に(ひょう)げると、そこでやっとナナちゃんは微笑んだ。

 それからぺしぺしと自分の頬を叩いて気合を入れるみたいにして、


「うん。ハギ、いつもありがとね。僕はハギに、いつかちゃんとお礼しなきゃだよね」

「あ、いや、それはいい」

「なんでさ!」

「俺が今してるのが、ナナちゃんにしてもらった事のお礼みたいなもんだからだよ。お返しにお返しされたら本末転倒だろ」


 ちょっとカッコつけっぽいけれど、でもこれは正直な気持ちだ。俺は皆から、してもらってばっかの人間だと思ってる。


「ハギって、欲がないよね」

「俺は自分を知ってるからな」

「そうかな。あんまり知らない気もするけど。ハギの目だけが見方の全部ってわけじゃないんだよ?」


 む。上手い事同じ台詞でやり返されてしまった。

 俺は苦笑して、それからナナちゃんに手を差し伸べる。


「……?」

「実は最近、姫様にこの手の事を仕込まれてるんだ。なんで実地で活かしてみようと思ってさ。てなわけで、エスコートさせていただけませんか、お嬢さん」


 戸惑って首を傾げるナナちゃんをそう促すと、


「ハギってば絶対、自分を知らなすぎると思うな」


 何故だか少しだけ悔しそうに呟いて、それから彼女はおずおずと、俺の手の上に手のひらを重ねた。

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