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病は君から  作者: 鵜狩三善
円卓を囲む
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1.

 ほんの数回の会話で見事無血開城に成功した彼女であったが、しかしすぐには館に踏み入ってこなかった。

 兵隊さんのところまで、指示を出しに一度戻って行ったのだ。

 その発言力はばっちりなようで、俺が一階エントランスに下りた時には、もう一団は「それじゃここで現地解散でーす」みたいな感じになっていた。

 身なり素振りからの憶測だけども、実はかなり身分の高い人物なのかもしれない。水戸のご老公みたいだ。こっそり姫様とでもあだ名しておこうと思う。

 でもって再びこちらにやって来たその姫様であるが、何故か寸胴鍋とバスケットを片手ずつに提げている。


「食事を作らせておいた。自慢の料理人の手によるものだ」

「はあ」

「冷めても味に問題はないと言ってはいたが、どうせなら温めた方がより美味だろう。厨房へ行こうか」


 言い放ってすたすたと館に踏み入り、勝手知ったる他人の家とばかりに先に立って歩き出す。

 俺は慌てて小走りをして追いかけて、重そうな鍋の方を引き受けた。そうして姫様の後を、えっちらおっちらついていく。いやもう完全に主導権握られっぱなしである。



 ところで俺たちが行くのは夜闇が深さを増しゆく館内である。姫様は台所の場所に見当をつけているようであるが、この暗がりの中移動して、更にそのままもそもそ食事というのはなんだかちょっと嫌だなあ。

 と思っていたら。

 先行する姫様が小さく何かを呟きながら壁に触れると、途端廊下の先にまで、さーっと照明が灯った。

 よくよく見ると彼女がタッチした部分には、何やら象形文字めいた文様が刻まれている。歩きながら眺めるに、廊下のそこかしこでふんわりとした光を発しているのも似た感じの紋様だ。

 姫様が最初に触れたあれは、電気のスイッチのようなものだったのだろうか。

 不思議だなとじーっと見ていたら、気付いた姫様が解説をしてくれた。

 これの紋様は、魔符と呼ばれるいわゆるマジックアイテムなのだそうな。紙に書かれるのが本来だが、こうして壁に刻まれたり、薄い粘土板に掘られたりもする。

 象形文字っぽいのは魔法によって特別に編まれた呪紋であり、簡単な合言葉(ワンワードスペル)と共に呪紋へ指タッチをする事で、オートで刻まれた魔法が組み上げられ、誰にでも簡単に発光や発火といった現象を引き起こせるらしい。

 単一現象しか起こせないが呪文で人が発動させるのに比べ持続性が高く、今の照明点灯のように連鎖的起動させる事もできる。為に利便かつ一般的に設置され、使用されているのだとか。 

 びっくりするほどナチュラルに魔法文明である。

 うーむ、凄いぜファンタジー。

 だけどもちょっと考えてみたら、電気ガス水道でほぼ同様が可能だった。

 いや当然細部を見たら全然違うんだろうけれど、おおよその現象としては同一なわけで。

「高度に発達した科学技術は魔法と見分けがつかない」とは有名なSF作家の定義である。俺は高度な科学技術と聞いて、ロボットとかアンドロイドとかワープ航法とかそんな未来的なものばっかりをイメージしていたのだが、こうしてみると身近なものだって十分に魔法なのだ。

 人類が営々と積み重ねてきた知恵と知識とは、実に大したものなのだと改めて思い知った。



 さて。

 台所に到着した後、鍋を温めるのに使われたのもやっぱり魔符だった。

 丁度現代日本でコンロを置くようなポジションに刻まれているのがちょっと可笑(おか)しい。

 興味半分に姫様の手元を覗いていた俺は、符が起動して火が吹き出た瞬間半歩逃げた。

 だって意外と火勢が強かったんだもん。

 おそらく俺の様は、例えるならタイムスリップもので、テレビに小人が入っていると騒ぎ立てる古代人のように滑稽であった事だろう。ぐぬぬ。

 しかし姫様、これについてノーリアクション。火の具合を調整しながらくるくると鍋をかき回している。

 笑いものにされたかったわけではないが、完全スルーというのもちょっと悲しい。


 ちなみに姫様の持ってきた献立は、コッペパンとフランスパンの合いの子みたいなパンと、バターっぽい塗り物。それからローストビーフちっくな肉。そして今、火にかけられている根菜めいたもののシチューである。

「みたい」とか「ぽい」とか「ちっく」とか「めいた」とか、曖昧でふわっとした表現のオンパレードだが、それは仕方ないところである。

 どうも翻訳さん、一部名詞の訳が苦手であるらしいのだ。

 姫様の名前みたいに、固有名詞は音がほぼそのままで伝わってくる。しかし俺の概念にないものだからなのか、一般名詞はかなり概略的なニュアンスになる。細かな名称ではなく、「肉」とか「野菜」とか、そんな大雑把なくくりで和訳されてしまう。

 さっき「そのシチュー、何が入ってるんですか?」と質問したところ、「根菜と根菜と根菜だ」と返ってきた。まるで疑問が解消されてない。

 まあ固有名詞と同じそのまま通達方式で、「ドドメガデガデンとユユヤヨユヤヨとケルネネケルバだ」なんて返答でも困り果ててたわけだけれども。

 意思疎通ができるのだから翻訳さんの存在は滅茶苦茶ありがたい。そのお仕事について贅沢を言ってはいけないと思う。思うのだが、素材が測り知れないのはそこはかとなく不安である。 


 とまれ姫様ばかりを働かせるわけにはいかない。翻訳さんを撫でるのは一時中断して、俺も配膳を手伝った。

 といっても後は手のかからない食品ばかりだったので、台所漁って皿とナイフとフォークとスプーンを用意しただけである。幸いな事に食器の形は、俺の世界と殆ど変わりがなかった。こういうのも収斂(しゅうれん)進化というんだろうか。

 ひとまず手持ち無沙汰になったところで、ちらりと鍋の前の姫様を盗み見る。


 うむ。

 可愛い子が台所に立つという構図は、世の東西どころか世界を問わずで、なんかいいものだなあ。

 というかこれ、多分俺のツボなのである。

 姫様が着用しているのが高そうなドレスというのも、日常の中の非日常っぽくて需要があるに違いない。

 でも昔、ついうっかりで料理中の杏子にこの感慨を漏らしたところ、「ハギ兄の変態! 変態ハギ兄!」と真っ赤な顔で罵られた。何もそんなに怒らなくても。

 あと何故かそれがおふくろにまで伝わって、「お母さんには言わないの? ねえ。ねえねえねえ」とにじり寄られた。「女の子」って言ってんだろ。歳を考えろ、歳を。

 そんなこんなで以後()りて、人前では迂闊に口を滑らせぬよう慎んでいる。


「どうした? まだ符が気になるか?」

「ん、いや、姫様綺麗だなあと思って」


 やべ、思い切り口が滑った。

 ぼけっと回想していたところに声が飛んできたので、ぽろりと本音が(まろ)び出た。

 きっとまだ風邪でボケているんだ。そうだ、熱の所為だ。熱の所為だな。熱の所為という事にしておこう。って、自己欺瞞(ぎまん)してる場合じゃない。上手く取り繕わないと、俺の信頼度はダダ下がりであろう。


「……違うんです。おかしな他意があったわけではなくてですね」


 慌てて手を振る俺を他所に、姫様はふふんと少し得意げ笑う。


「女の装いは武器の一つだ。そう思って研磨してはいるが、やはり褒められれば嬉しく思う。ありがとう」


 含羞(はにか)む様子の欠片もない、見事な受け流しだった。逆に俺の方が気恥ずかしい。そうやってしどもどする様が面白いらしく、姫様はそのままにこにこと俺を見ている。

 むう、どうすりゃいいんだこの空気。

 と、そこで俺の腹が大きく鳴った。温まった鍋の発するいい匂いに触発されたのだろう。体はとても正直だった。重ねて恥さらしである。

 そりゃ食ってなかったですけどね。朝から食いっぱぐれてましたけどね。

 流石に空気読めよ胃袋。俺の見栄はもうぼろぼろだ。


「いい差し入れになったようで、何よりだ」


 姫様はもう一度小さく笑んで、用意した皿に自分の分だけを盛って席に着いた。

 どうやらセルフサービスらしい。いや俺もそこまでやらせる気もやってもらう気もなかったけれど、こんな美人さんの給仕というのはそうできない経験であろうから、やっぱりちょっと残念な気がする。

 入れ替わりで俺も鍋に寄った。

 根菜と根菜と根菜のシチューは、くつくつといい音を立てている。姫様が誇る御仁の作だけあって実に旨そうである。見ず知らずの人ではあるが、料理人氏には深く感謝を捧げたい。

 もう見栄を張る意味もないのでがっついて大盛りにして振り返ると、姫様は自分の分をもう食べ始めていた。意外と食欲旺盛な人なのかもしれない。


 まあ、そんな次第で。

 俺は人様んちの台所で、初対面の女の子と丸テーブルに差し向かいで晩飯と相成った。

 不可思議かつ奇天烈な状況である。

 そういえばこの世界で人と一緒に食事するのは初だなと感慨に(ふけ)りかけたが、よく考えたら、まともに会話が成立するの自体がほぼ初だった。

 こっちに来てからの話し相手って、やたらと殴る暴力男と土下座外交の爺ちゃんだけだったし。

 思い返すと凹みそうだったので、俺は眼前の食卓に意識を切り替える。

 いただきますと言って、伸ばしかけた手をふと止めた。

 目をやると、予想通り姫様はナイフとフォークとスプーンを使い分けつつ、お上品に召し上がっていらっしゃる。

 うーむ、困った。実は俺、テーブルマナーとか全然知らないのである。だって基本箸の日本人だし。でも文化の違いは仕方ないにしても、相手を不快にさせるのは嫌だし避けたい。

 思案していると、姫様と目が合った。

 彼女は少し考えるようにした後、匙から手を離した。細い指先がローストビーフっぽい肉を一枚つまみ、口へと運ぶ。


「細かい作法は気にするな」


 言って、肉汁のついたその指を舌先でぺろりと舐め上げた。

 自ら行為をもって無礼講だと示してくれたわけだ。恐ろしく察しのいい人である。

 だけどその仕草は、どうにもひどく(つや)っぽい。

 直視してはならない気がして、目を逸らした。

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