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病は君から  作者: 鵜狩三善
ニーズホッグ
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15.

 既に手合わせ済みだから、こいつの戦法は承知している。

 身の守りを強固な金属鎧に任せて大剣を振り回し、その勢いで萎縮させて追い詰めて追い込むスタイルだ。

 攻撃は最大の防御なんて言うけども、この場合は防御が最大の攻撃に直結している。一撃一撃は大振りでも、そんなちょっとの隙でがっちり重武装した相手に手傷を負わせられるもんじゃない。

 言うなれば猪突猛進の牛みたいな攻め方である。

 いや猪なんだか牛なんだか分からなくなったけど、つまりまあ対処としては、その勢いを殺す事だ。

 吠えるような気合と共に猛進してくるロイドの足元へ、俺は踏みつけていた剣を蹴って滑らせた。やはり大事なひと振りらしい。ロイドはそれを硬い靴底に敷くのを嫌ってたたらを踏み、その隙に今度は俺が肉薄した。



 前回の敗戦の後で、ナナちゃんとおっちゃんに訊いてみた。「軽量化フルプレートを着込んだ人間とやり合うとしたら、どうする?」って。


「左で相手の武器か盾を飛ばすか壊すかして、右で斬るよ」


 これはナナちゃんの回答。

 いや「斬る」って君、相手は鎧着てるって言ったでしょうが。


「うん、だから鎧ごと斬るよ」


 超ハイレベルな脳筋だった。

 強化魔法でブーストしたナナちゃんにとって、その芸当は朝飯前とは言わないまでも、決して至難ではないらしい。なんだその反則技は。左手が犬歯で右手が臼歯みたいな戦い方である。

 というかそれで右の剣だけ、あんな肉厚で無骨な鉈みたいなのなんだな。耐久性を重視しないと、すぐに得物の方が駄目になってしまうのだろう。

 

「じゃあおっちゃんは?」

「鎧着る前に弓で射殺す」


 おい。


「気に入らねぇか。なら落とし穴に落として埋める」


 おい。

 しかしこの容赦がないというか遠慮会釈がないというかなやり口は、なんか覚えがあるぞ。


「『絶対勝たなきゃいけない喧嘩なら、手段選んで負ける方が馬鹿だろ』って事か」

「お、いい事言うな、大将」


 試しに兄貴の台詞を引用したらば、予想通り大絶賛だった。なんでこんなに殺伐とした思考のウケがいいんだ。納得いかない。


「ま、後はだな」


 言いながらおっちゃんは、立ったままの俺の肘を掴んでひょいと前に引いた。

 バランスを崩しかけて反射的に体重を後ろにかけたその途端、今度は腕を後ろに押し込まれる。自分でそちらへ踏ん張ったところだから堪らない。呆気なく体は後方に流れ、そこで踵をそろって払われた。

 天地がくるんと半回転し、それでも後頭部を地面に打ち付けなかったのは、最後の一瞬でおっちゃんが引き上げてくれたからだ。


「鎧が軽いってぇ事はよ、こういう組み討ちが効くって事だ。ぶん投げて首を掻っ切ってやりゃあそれで済む」


 うん分かった。大変良く分かった。

 この人たち、レベル高すぎて頭が悪い。もしくは俺のレベルが低すぎて参考にならない。



 仕方ないので俺に実践できる辺りまで程度を落としてもらって、色々と習った。

 まずは軽量化の魔符は万能じゃないって事だ。

 軽さは、等号で動きやすさを意味しない。動きにくいという鎧の弱点は、依然弱点として残っている。要するにフルフェイスのヘルメットなんて被ってりゃ、当然視界は狭くなる。

 踏み込んだ俺は右に左に飛び違え、相手の死角へ死角へと潜り込む動きを心がける。勿論距離を取られればその分相手の視野は広くなって余計に飛び回らねばならないから、くっつくような間合いは保ったままだ。


「ハギは体のバランス取るのが上手くて速い動きができるから、自分は崩れずに相手だけを崩せると思うよ」


 と、このサイドステップの有効性はナナちゃんのお墨付きである。

 しかしこういう時、お金持ちの家はありがたい。なんたって廊下が広いからな。


「小賢しい!」


 苛立った唸り声で大剣を振り回すロイドであるけども、火花みたいに目まぐるしいナナちゃんの速度に比べたら、こいつの動きは水中でもがいてるようなものだ。俺だってそれよりは速く泳げる。

 それにフェイントのひとつもない。どれがフェイクでどれが本気かまるで分からないおっちゃんのやり口に比べると、それは愚直なまでの正直で大振りだ。

 盲滅法(めくらめっぽう)振り回したところで、まあ当たらない。

 たまに避けきれないような軌道が来ても、ヒットポイントから外れている。受け止めるのではなく、受け流すのなら楽なものだ。


 ──いけるか?


 そんな思いが胸を過ぎった。前回はその大振りに威圧されて竦んでしまうばかりだったけれど、今回は対応できている。男子三日会わざれば刮目(かつもく)して見よ、ってな。

 とまれ、ここまでの動きは防御ばかりだ。逃げ回れてもまるでダメージは与えていない。

 というわけで。

 俺は間隙を縫ってロイドの膝を、体の外側に踵で押し出すように蹴り飛ばした。

 体勢を崩すのを目的とした、おっちゃん直伝の足技である。ちなみに「試合じゃ使うなよ」と釘を刺された。足癖が悪いのはよろしくないらしい。

 そうして体勢を崩した奴の篭手を狙う。

 勿論金属のガントレットのその上から斬りつけるのではない。

 繰り出すのは手首を狙っての突きだ。

 篭手の袖口部分は可動域を保つべく広がっているので、そこに剣先を突っ込む形である。「そのまま脇の下まで刺し貫けば息の根止められるぜ」という話だけれども、流石にそこまでやるのは剣と腕の長さの問題もあってちょっと無理。

 でも両腕が傷ついて、それで重い大剣を振り回せるわけもない。

 俺の目的はこいつを殺す事ではなく、こいつを排除して姫様の元へ駆けつける事なのだから、相手の攻撃能力を奪えればそれでいい。


 しかし、敵もさる者だった。

 自分の弱点は知悉しているのだろう。巧みに剣を動かし腕を捻って、俺に有効打を与えさせない。

 俺が攻め手ながらも、攻めきれないままに状況は膠着し、そしてロイドの身構えが変わった。

 ぐっと腰を沈めるように床を強く踏んだかと思うと、小さい軌道で剣を振るう。それがこれまでの剣撃よりも速く鋭いのは、奴が自分の剣の中ほどを自ら掴んで押し込むように加速させているからだ。

 これを受けるわけにはいかず、俺はこれまでの間合いから弾き出された。

 ハーフグリップ。

 金属の篭手をつけているなら、刃を直接握っても傷つく事はない。これを利して自分の刀身を掴み、強烈な打撃を行う技法である。

 幸い事前に存在を聞いていた技術だったから咄嗟に避けれはしたものの、危ないところだった。もし知らなかったら、多分不意を突かれてえらい事になってた。

 だけど、これはちょっとばかりマズい状況だ。

 今まではよかった。相手が俺を侮って大振りしてきてくれていた。

 だがこうして構えを変えてきたという事は、本気で俺に対処しに来たって事である。そうなれば年季の差が出る。俺のは所詮付け焼刃で、傲慢ながらも相手は鍛錬を積んでいる。

 上手く誤魔化して打ち合ってはきたけど、誤魔化せてるうちになんとか決定機を得たかったけれど、叶わずメッキが剥げてしまった今、果たして俺がいつまで通用するか。


「姫君に懸想でもしているのか? 随分と必死に飛び回ったじゃないか、小蝿が」


 言いながら繰り出すのは、やはり刀身に手を添えた押し込むような斬撃。

 俺に受け止めさせるのが手だとは分かっていても、ひとつふたつと(かわ)すうちに苦しくなって、鍔迫り合い、つまりは力比べの格好に持ち込まれてしまう。

 相手の手は分かっている。分かってるのに、くそ!

 こうして力任せで近い間合いを制圧されると、体格と膂力で劣る俺は厳しい。そのまま押し込まれて壁に背をしこたま打ちつけて、肺の空気をごっそり吐き出す破目になった。

 状況は悪い。最悪に近い。ノノの時と同じ構図だ。


「思い出すなあ、使い魔。あの時は邪魔が入ったが、今度はそれはない。どうする? さあ、どうするんだ?」


 ロイドも同じ場面を想起したのだろう。嘲笑う声で言う。

 俺にかかる力は方向を変え、今度はじりじりと床へ押につける構えだ。


「そういえば、あの野良犬にも仕置と(しつけ)をしてやらなえればならんな。事が済んだら、ク族を手厚く保護してやるとするか。文字通りの飼い犬としてな。そうすればあの野良犬も立場を(わきま)えるしかなかろうよ。そういえばなかなかの体をしていた。思い知らせる意味で、味見をしてやってもいいかもしれんな」

「黙れよ。お前の舌は不快だ」

 

 苦しい息の下から吐き出した途端、ごりっともぎ取るように俺の剣が跳ね飛ばされる。


「残念だったな。少々賢しくなったようだが、その程度で力の差は埋まらん。さて、どこから削ぎ落とされるのがいい? 鼻か? 耳か?」


 兜の奥の目を嗜虐にぎらつかせるロイドへ向けて、俺は小さく笑う。

 いやいや、小賢しいのはここからさ。

 お前とは手合わせ済みで、だからその性格も分かってる。お前はそうやって人を落としめて見下すして苦しめるのが大好きだって、それは先刻ご承知だ。

 ま、だから。


 ──こうなるだろうと、踏んでたよ。


 勝ちを確信したこいつは気づかない。頼みの鎧に視界を遮られて気づいていない。

 剣を弾き飛ばされるよりも早く、俺の右手が柄を離していた事に。

 その手は素早く腰に回って、剣帯につけた水筒を抜き取っている。親指だけで蓋をこじ開け、俺は中の液体を、無防備なロイドの顔面目掛けてにぶちまけた。

 声にならない悲鳴が上がる。

 半分は兜に防がれたけれど、実験通りに隙間を抜けて、液体のもう半分がロイドの両目を襲ったのだ。


 さて。

 俺が中学3年生の頃の話だ。

 受験を控えた当時の俺は、あちこちで模試を受けていた。その日も日曜なのに早起きをして、朝食にチーズトーストを作った。

 パンにマヨネーズとケチャップを混合したソースを塗って、チーズ乗せてオレガノ振ってトースターへ。焼きあがったのにタバスコかけて出来上がり。お手軽で美味しい朝食である。

 で、そいつを食べてる最中に、本当に何の気なしで目を擦った。

 そしたらえらい事になった。

 おそらく漏れたタバスコが、蓋をいじった指の腹についていたのだ。よりにもよってそこで粘膜に触れたものだから、もうボロボロボロボロ涙が止まらなくなって、冗談抜きでやばかった。

 やらかしたのが片目だったからよかったようなものの、両目とも擦ってたら、あの日は遅刻確定だった。


 と、いうわけで。

 さっき台所で準備したのがこいつだ。今俺がふりかけたのは、こちらのタバスコ系調味料を水で希釈したものである。希釈した、といっても液体として引っ掛けられるくらいにしたって意味であって、そこまで薄めてあるわけじゃない。

 つまりこいつ、当分目なんて開けられないだろう。

 ちなみにこの目潰し溶液を入れた細長水筒、すぐに外せるように緩めに留めてたから、立ち回りの最中に結構カタカタ鳴ってたんだけど、ま、聞こえてなかったんだろうな。そんなご立派な兜をすっぽり被ってちゃあな。


「き、貴様!? ぐ、この、卑劣な!」


 あ、やっぱ「目潰しは卑劣」とかそういうのあるんだ。まあ足技がアレみたいだし、武士道騎士道みたいな美学的なものはちゃんと存在してるんだろう。でもお前が言うのはとっても意外だ。


「悪いな。俺、卑怯とかそういうのよく分からないんだ。なんせ、異世界(こっち)は初めてなんで」


 のたうつロイドの側を離れ、俺は飛ばされた自分の剣を拾い上げる。

 その頃にはロイドもどうにか身を起こしていた。そして兜を脱ぐかと思いきや、そのまま両腕を広げて俺の方へと突進してくる。見えずとも捕まえてしまえば、という思考なのだろう。

 まあ残された手はそれくらいだと分かってるから、俺はとうに声を発した位置からは逃げている。こういう時に革鎧はいい。うるさい金属と違って実に静かだ。


「それにな、今回ばかりは卑怯結構卑劣上等。絶対勝たなきゃいけない喧嘩だ。手段なんぞ選ぶかよ」


 少なくとも立派な戦士のする事じゃないとナナちゃん辺りには叱られそうだが、俺は喧嘩が弱いから策に頼らざるを得ないんである。どうか大目に見てもらいたい。

 思いながらもう一度上げた声に反応して、またしてもロイドが突進してくる。

 が、残念。今回も誘導だ。でもってお前が突っ込むその先はな。

 がしゃんと甲高い音がして、フルプレートに突っ込まれた窓ガラスが脆く砕けた。そのまま枠までへし折る勢いで、ロイドの体が半分ほど館の外に飛び出す。

 慌てて手を振り回し、カーテンにしがみついたその背中に、俺は思い切り蹴りをぶち込んだ。いや、足で押し出したって方が正確か。

 盛大な音を立てて、ロイドの巨体が窓を乗り越え、館の外の地面に落ちた。腰の高さ分程度の落下だったが、ずしんと重たい音がした。鎧の中にもかなりの衝撃が伝わったろう。

 だがそれで行動不能とは行かないはずだ。

 だから、追い討ちに躊躇はなかった。

 俺は剣を納めると、先ほど窓際に置いておいた寸銅鍋の蓋を外して両手で掴み、


「こいつはタマちゃんからのサービスだ。ご馳走になっとけ」


 割れガラスに気をつけながら窓から身を乗り出し、鎧男の頭上で逆さにしてやる。

 もう一度、盛大な悲鳴が上がった。

 そりゃまあそうだろう。

 鍋の中身はぐつぐつに煮え立った粥である。

 液体めいて鎧の隙間に潜り込んでくるが、しかし粘性のあるそれは、液体とは異なってすぐには流れていかない。べったりと肌に張り付いて、そりゃもう火傷がひどい事になるのは請け合いだ。

 とっとと鎧を脱いだ方がいいのだろうけど、さて、この状況でそれを一人でやり遂げるのに、どんだけ苦労がいるのやら。

 仮にこいつが回復魔法を使えるとしても、魔法の射程は視界内の縛りがある。全身の治療を行うのは相当に困難で、つまり当面鎧男の復帰はないと考えていいはずである。ミッションコンプリートだ。


「台所を舐めるなよ、馬鹿め」


 最後に姫様を真似た捨て台詞をしてみたり。うむ。結構気分がいいな、これ。

 でもそれよりも何よりも、だ。

 鍋を投げ捨て振り返り、俺はそれきりロイドを忘れる。あんな奴より姫様だ。

 応接室の扉に駆け寄りながら預かったマスターキーを取り出し、ドアノブにかざしながら合言葉(ワンワードスペル)を唱える。磁気認証みたいなもので、これで鍵が解除される仕組みだ。

 ノックなんてまだるっこしい事はしてられない。俺は肩からぶち当たるようにして、重い扉を押し開けた。

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