2.
タマちゃんの機嫌が直ったところで、招待状書きは一旦休憩。
俺は物のついでだからと、大まかなパーティ企画についての背景説明を受ける運びになった。
談話室のテーブルには三人が座っている。俺の向かいに姫様、その姫様の隣にタマちゃんという構図で、いつも通り、話の主導権を握るのは中心にいる姫様である。
「少し口が重い心持ちだが、まずは私の仮想敵についてから話した方が通りがいいだろう。今、私と敵対しようとしている者の名はアンリ・アンデールという」
苗字が一緒って事は姫様の家族か近縁だろうか。
と思ったところで、以前耳にした名前であるのに気がついた。
「確か、それって弟さんの?」
「そうだ」
俺の問いかけに姫様は首肯し、そしてため息をついた。
「私に継承権がない、という話は覚えているだろう? あれは父が決めた事だ。私自身が子を成せずとも、血を絶やさないだけならば弟の子を養子に貰い受ける等々のやり口はある。無論、これは要らぬ諍いを生みかねない手段だ。父が明確に弟を後継とし、私を廃したのもそういった争いを遠ざける為だ。しかし……」
そこで言葉を切って、姫様は熟慮するように押し黙る。タマちゃんが居心地悪げに座り直す。
数秒して決心がついたのか、再び口を開いた。
「先日、父が逝去したという話もしたな。そこにお前を抱き込んだのと、アンデール熱の対応をしたのがこの方面では良くなかった。思った以上にそれらは私の功績として持ち上げられて、私を次代に担ぎ出そうという動きが出てしまっている。アンデールは守護大名ではあるが、政治については基本お飾りのようなものだ。そちらは家老たちで回っている。そして彼らから見れば、神輿を担ぐのに変わりはない。ならば軽い方がいい、わがままを言わねばもっといい。そういう事だろう」
うーむ、また時代劇っぽくなったぞ。
でも「若君と姫君の間のお世継ぎ問題で家が割れてる」とかいうと、なんか分かりやすくなった気がするから不思議である。
そしてあれだな、この言い方から察するに、つまり弟さんは周りにわがままを言うタイプなのだな。姉である姫様の印象からすると、ちょっと想像ができない。
「おまけにアンリが思った以上に過敏だった。私がハギトを抱えた件について、国と国民を脅す意図があっての事だと決め込んで糾弾し、そんな女と正当後継者である自分のどちらに味方するのか旗色を明らかにせよと喧伝してしまったのだ。これでは私とあいつが対立していると明言したようなものだ」
あ、よく分からない俺にとっても、なんか実にきな臭い話に聞こえてきた。
今ゲットした情報からだけの予断だけども、弟さん、ものっすごく後先考えないタイプな気がする。でもって暴走しそうな気配もする。
「しかも困った事に、私は長く表舞台に立つつもりがなかった。よって内々に気脈を通じてもらえるような外交チャンネルがないのだ。アンリに周りから働きかけてもらうのは難しい。表立って送った手紙もなしのつぶてだ」
「えーと、じゃあ仮に俺がいなくなったりすれば、関係改善されたりしたり?」
妙案のないなりに発言したら、言下に「馬鹿め」と切り捨てられた。
「ニーロさん。そーゆー自己犠牲っぽいの、美徳じゃないですからね?」
「タルマの言う通りだ。気持ちはありがたいが、それは私たちへの不信ともなるぞ」
しかも姫様にだけじゃなくて、タマちゃんからまで怒られた。
ごめんなさいと頭を下げつつ、実はちょっと嬉しい。いや被虐嗜好とかがあるんじゃなくて。二人ともが俺を親身に心配してくれるのが、なんともありがたかったのだ。
「確かにアンリはお前を処断したがっている。死病の源として、非難の槍玉に挙げてはいる。だが結局のところあれが憎むのは私だよ。私を蹴落として踏みにじるまで矛を収めはしまい。そして私は約束を守る。あの夜お前に、庇護を与えると告げた。先ほども守ると言ったばかりだ。私はそれを違えはしない。信じて欲しい」
「いや、姫様はとっくの昔から信頼しきってるんで。今揺らいだのはタマちゃんへの信用って事にしといてください」
「ニーロさん、ひどい!」
憎む、と口にした折の様子の目はひどく辛そうで、空気を和ませようとタマちゃんに振ると、姫様は少しだけだが微笑んだ。
しかし、「あんまり弟と仲良くない」みたいな話は聞いたように思うけど、そこまでこじれちゃってるのか。一因が俺にあると思うと胃が痛い。
「ともあれ、だ。この状況で私の招待状に応じる者の目的は、新興勢力である私の側について甘い汁が吸えるかの品定めになるだろう。この手の者たちに共通する点はふたつ。利に敏く、そして弟の側に安定した基盤を持っていない。これが何を意味するかは分かるか?」
「要は姫様につくメリットがあれば、味方になってくれるって事ですか?」
ちょっと考えてから答えると、姫様は頷き、タマちゃんは音を立てずに拍手の真似事をした。
どうやら正解だったらしい。
「私はそのできるだけ多くをこちら側に引き入れたい。そこでお前だ」
「え?」
「先も言っただろう? お前が宴の主役という話だよ」
あ、そうか。そこに繋がるのかこれ。
実情を知らない人にとって俺は、未だに大量殺戮兵器なのだ。それはつまり、姫様の側のアピールポイントになるうるという意味である。
いやだってまさか、「異世界から来たのは一般人で、たまたま風邪引いてただけでした。姫様はそれをただの義侠心で養ってやってます」なんて真実、誰も予想してないだろうし。
「対外的に、お前は私の掌中の利刀だ。できるだけ堂々と、頼もしく振舞ってもらいたいところだな」
「いや姫様、さっき居るだけでいいって言ったですよね!?」
無茶振りへの焦りのあまり、なんか日本語が変になった。
ところで翻訳さんは、こういうのも律儀に現地語でそれっぽく訳してくれているのだろうか。だとしたらいつもご苦労様です。
「何、やってみれば意外となんとかなるものだ。ハギト、お前ならなんなくできると信じているよ」
「体のいい事言って流そうとしないでくださいって!」
抗議はしてみたものの、姫様、まるで取り合ってくれない。
この人絶対、自分ができるんだから他の人だって楽勝だろう、と考えてるに違いない。
目でタマちゃんに助けを求めてみたが、彼女も楽しそうにするばかりである。くそ、孤立無援か。人生諦めが肝心か。
「ああ、当日はお前の世界の服を着ておくように。あれを来たお前は、なかなか精悍に見えた」
「そういえばお洗濯はしましたけど、着てるの見た事ないです。楽しみにしてますねー?」
当然ながらこの場合、褒められたのも楽しみにされてるのも、俺じゃなくて服である。ちくしょうめ。
確かにこっちじゃ異彩を放つだろうし、そう言われれば着ますけどもさ。でもなんか包装紙ばかりを賞賛された、中身のプレゼントの気持ちである。
「ハギト」
やさぐれていると、不意に呼ばれた。
「言ってしまえば、お前はそう特徴のある容貌をしてはいない」
いや姫様と比べたら、そりゃ誰だってそーでしょうよ。
と思ったが、タマちゃんやスクナナさんは、風格で負けても容姿で見劣りはしないかもしれない。やっぱり俺だけか。いや俺はきっと平均点くらいのはずである。周りの得点が高すぎるだけだ。なんだよこの格差社会。
「だから、服を目立たせておけ。あれはなかなかに目を引く装いだ。あれがお前の目印となるのが理想だな。そうなれば着替え一つで、お前に直接会った事のない人間を誤魔化せるようになる。ただ居るだけで病魔と恐れられ崇められてでは、お前も闊歩しにくいだろう?」
ミニオン爺ちゃんの葬式には、まさにその理由で行けなかった。
姫様は多分、その時の俺の顔を覚えてくれていたのだろう。だからこんな事を言う。
いやしかし、ほんっとに気にかけてもらってるな、俺。いくら感謝しても追いつかないように思う。
「すみません。それと、ありがとうございます」
「うん?」
「なんか、いっつも気を遣ってもらって」
「それこそ、気にするな」
すると姫様は目線を外して、髪の毛を先をいじるようにした。
どうも照れたっぽい。
いつもクールな姫様なので、わりにレアな印象である。ちょっと得した気分になる。
「まあその件については、制服着ておけばなんとなるって事にしといてですね。ちょっと疑問が出てきました。こっちの味方を増やすって話でしたけど、そうしたら対立関係が余計厳しくなったりしませんか?」
「逆だ。対立は既に起きている。ならばするべきは摩擦を恐れる事ではなく、その果てでどこへ着地するかを考える事だ。如何に自分の希望に近い地点に落着させるかを考える事だ」
どうやら考慮済みだったらしい。
姫様はいつもの不敵な笑みで、朗々と語る。
「まずお前も知っての通り、私にはアンデールを継ぐ意志がない。よって私とアンリの対立は、本来起こり得るはずのないものだ。そもそも火種がないのだから。だから私の側に失うものは何一つなく、いつ負けを認めてもいい状況にある。だが全面降伏は望ましくない。ハギトの件もあるが、私も嫌われているからな。どんな無理を言われるか知れたものではない。よって私たちが目的とするのは、上手く負ける事だ。劣勢ながらも無視できない。そういう形で力を保ち、こちらに好き勝手の手出しができない格好で降る。どちらも国を割るのは本意ではないのだから、アンリは条件つきであっても降伏を容れるだろう。あとはそこにできた時間で、関係の修復を図ればいい」
芝居の脚本でも読み上げるような姫様を見て、俺はふっと不安になった。
でも、でもさ姫様。
それは多分、純粋な知識で組み立てられた、頭の中でだけの綺麗な道理じゃないだろうか。交渉の舞台に立つのは人間で、人が絡めばそこには思惑が混じる。そうなれば理屈だけじゃなくて、感情の問題が必ず出てくる。
それでさ、姫様。皆が皆姫様みたいに、優しくて綺麗で真っ直ぐじゃないんだよ。
俺は見上げる側の人間だから、羨む側にいる人間だから、そういうの、わりと分かる。実体験として知っている。自分の中にびっくりするほど汚らしくて惨めな感情が眠ってるのを理解してる。
だけど姫様はどうだろう?
この人は、自分以外の人が、ひどく小さくて、本当にどうでもいいような理由で他人を憎んで傷つけるのだって、それをちゃんと把握できているのだろうか。
「どうかしたか、ハギト?」
「……あ、いえ。なんでもないです」
「思うところがあるなら、いくらでも口に出してくれて構わないのだからな?」
重ねての言いに頭を振って、俺はその不安を打ち消した。
だって、この人は違う。この人は特別で、ごく普通の俺なんかとは違うのだ。俺の予想なんて、軽く飛び越えていってしまうに違いない。
姫様はまだ少し怪訝そうだったけれど、促しても意味はないと判断したのだろう。そのまま次の話題に移った。
「宴の主役以外にも、お前にも頼んでおく事がある。ここからは私ではなく、タルマの話だ」
「はい。ニーロさんには、わたしのお手伝いをして欲しいんです」
「お手伝い?」
ついオウム返しをしてしまった。
だってタマちゃんには例のパペットがついてるのである。猫より上だが俺の手だって、必要ないんじゃなかろうか。
「はい。わたしにもしもの事があった時のフォローをお願いしたいんです」
……ごめんタマちゃん、何すればいいんだか具体的にお願い。
姫様はしっかり理解させてその上で選ばせようとするのでやたらと饒舌なのだけども、タマちゃんは逆に言葉が足りなすぎる。
すると見かねた姫様が口を挟んだ。
「参加者の饗応についてはタルマに一任する事になった。よってタルマが人前に立つ機会も、厨房への人の出入りも多くなる。だがタルマには苦手とする行為がある。だからハギト、気脈を通じているお前が当日まで、それとなく付いていてやってくれ」
なるほど。
そういう臨時の人全員に、例のお手上げ禁止条例を徹底させるのは無理って事か。
「よろしくお願いしますね、ニーロさん」
「おう、任しとけ」
珍しくも頼ってもらえたわけだし、ここは張り切っていかねばなるまい。
「それにしても、タルマにしては珍しく積極性を出したな?」
「はい、色々と思うところがありまして。それにやっぱり、わたしの料理を食べてくれてる人の顔、見れるよーになりたいですから」
実はタマちゃんの前で手を上げてはいけないという件について、詳しい事情を俺は未だ知らない。けど姫様が俺にあれだけキツく警告するって事は、よっぽどの話なんだろうと思う。
でもって姫様は甘やかしの名人で、その上駄目人間製造機である。
もしタマちゃんが姫様に守られたまま、楽なままでいようと思えば、いくらだっていられたはずだ。なのに彼女は進んで自分の中のものと向き合って、それを克服しようとしてる。生半な性根じゃ絶対に無理な仕業だろう。
「嫌な事に立ち向かうとか、口では言えてもなかなかできないよ。頑張り屋だな、タマちゃん」
「だってわたしはここに居て、それで、姫さまの力になりたいんです」
──ひとつは「その時そこに居る事」。もうひとつは「何かしようと思える事」。
タマちゃん、兄貴の話を覚えててくれたのか。
口先だけで褒めたんじゃなくて、真面目に共感してくれてたのだな。発言者が馬鹿兄貴であるのはアレだが、うちの家族が受け入れてもらえたようで本気で嬉しい。
「そっか。ヒーローなんだな」
「ええ、ヒーローなんです」
おだてたらタマちゃんはえっへんと胸を張り、その横で姫様が不服そうに眉を寄せた。
「お前たち、何を二人で分かり合っている?」
「こないだちょっと、うちの兄……」
「内緒ですよー」
説明しかけたら、タマちゃんにインターセプトされた。
……あれ、なんか覚えがあるぞこの流れ。
「姫さまには内緒です。ねー?」
童女のような仕草で同意を求められたので、俺も「ねー」と返しておいた。
直後、姫様にスネを蹴られた。なんで俺だけ。




