出会いと邂逅(8)
アリスは自分の気配を読む力を信用はしていない。相手が気配を作っている可能性も捨てきれないことに加え、この力はアリスの経験から成り立っているものであるためだった。なので、それが味方か敵か、単体か複数かそれに加え気配があるのかないのかということにさえ完璧である自信はアリスにはなかった。
「建物内で私以外の反応は一つだけだな?」
小声でアリアに話しかける。
『はい』
今回の最優先事項は一般人の救出だ。罠の危険があるが一般人である可能性の高いのでそちらに行くことにアリスは決めた。
気配を気にしつつ、左側へと歩を進める。一歩、また一歩とその気配のもとへと近づいていくとともにアリスの緊張も高まっていた。店の外から奥へと吹く風に嫌な肌寒さまで感じるようになっていた。
残すところあとゲーム機一台挟んだ向こう側となった。自然と武器を持つ手に力が入る。この緊張感はアリスが戦いの場で何度も経験していることだったが慣れる様子はない。この感覚が大事なものだとアリスは考えていたのでおごりとなるようなものにする気はなかった。
深呼吸を一度してから覚悟を決める。足に力を入れ、ゲーム機の向こう側へ回り込んだ。
そこにいたのは店員らしき初老の男性が一人と若い男性が一人そして、客の女性が二人の合計四名だった。全員がおびえたような顔をしている。こんな状況では当然といえるだろう。
「怪我はないか?」
「は、はい」
答えたのは、初老の店員の男性だった。その眼には疑いや警戒の色がうかがえた。
「他に生存者がいるとかはわかるか?」
全員が首を横に振った。
「わかった。じゃあ奴の気は私が引くからその隙にこの建物から出ろ」
「なっ…」
それを聞いた全員がうろたえていた。
「あいつが何かわかって言ってるのか?あいつは…」
「知ってるよ。私もそうだからな」
若い男性の言葉をさえぎって言った。二回目の驚きがそこにはあった。
「言ってなかったか?助けに来た。できる限りお前らが死なないように努力はするから合図をしたら脱出することだけを考えて入口へ走れ」
うなずく四人を確認したアリスはそこで、相手を確認しようとゲーム機から覗き込もうとして疑問を持った。風が入口から奥へと吹いていることに。
「なぁ、そこの店員」
「な、なんですか?」
「この店、裏口はあるのか?」
このやり取りの間、アリスは嫌な予感しかしていなかった。
「いえ、ないはずですが」
「窓やスタッフルームなんかは?」
「窓は二階にしかありませんし、スタッフルームなども隣のビルにあります。店長ができるだけ多くの台を入れることで様々なゲームを楽しんでもらいたいからという方針からそうなりました」
その答えを聞いた瞬間、その予感が高い確率で当たっていることを知った。その予感とは流れる風が敵の作り出したものであるというものだった。風の流れとして順当なものとしては入口から入り二階から出ていくか、またはその逆かといったところだろう。しかし、埃などの流れを見る限りすべての流れが奥へと続いていた。何かに吸い寄せられるように。
「走れ」
呟くようにしかアリスの声が出なかった。そこにいる四人は理解ができないのかキョトンとしている。
「走れ!!」
二回目のアリスの声で全員の体が一瞬固まったのち走り出した。いや、走り出そうとした。何もかもが遅かったのだ。
ギュンと何かがアリスの左側を通り過ぎたのち前が見えなくなるほどの突風が巻き起こった。突風がやんだ後、目を開けると何かが通った証としてゲーム機の骨格などが円状に切り取られたような跡が残り、ガラスやプラスチックの板などは突風のせいかなくなってしまっている状況がそこにはあった。
「おい、だいじょう…ぶか…?」
アリスは要救助者の方を振り向きながら言ったが最後の方は唖然としてような感じにしかならなかった。
それはフラフラと左右に揺れ、倒れた。ドチャッ…。そんな音を立てて。それが何かわかっているが理解しようとはしなかった。全員がそのような感じで佇んでいる。それ―――人間の下半身はただ液体を吐き出すものとなってしまっている。
「…ッ」
アリスがいち早く真っ白な状態から復活した。そして、周囲を見回す。誰がやられた。そんな焦りのようなものがアリスを取り巻いていた。
男性は…大丈夫だ、二人いる。やられたのは…客の女性の方か。と、アリスは自分の甘さを噛みしめる。今回のことはアリスの判断ミスによるものが大きいと感じているからだ。もう少し早く異変に気づいていれば、と。
声に出すことなく舌打ちをした後、アリスはこう言った。
「ぼさっとしてんじゃねぇ。次のが来るかもしれねぇからこっちへ来い。いいか?3・2・1で外へ向かって走れ」
残った三人は何度も何度もうなずいた。その顔には恐怖が映り込んでいる。
「3」
うなずいているのを確認したアリスはカウントダウンを開始した。それと同時に風が再び集まり始めたのを感じた。
「2…1…行け!!」
そういうと同時、アリスは店の奥へと跳んだ。後ろは振り向かない。音で動き始めたのが分かった。しかし、それは一瞬で聞こえなくなる。そして見えてきたのは、ボゥと光る赤い二つの瞳とその細い体が特徴的な敵の姿だった。
近づく異物を排除しようとしているのか先程のものよりもかなり小さく、狙いも曖昧な球状のものがアリスに向かって飛翔した。ギリギリまで大きくしようとしていたように引き付けていたがアリスにとって対処可能な大きさだった。
「クッキー!!」
そう叫んだ瞬間アリスの目の前にその球状のものを悠々と飲み込む大きさの口が現れる。その口は魚類、その中でもサメのような牙が特徴的だった。口をあけたままそれを飲み込み、敵へと突っ込む。
それとが現れたと同時にアリスは、現在姿を現している頭の部分に手をかけ体を上へと持ち上げる。アリスの予想通り上へと回避行動をとった敵と目が一瞬会う。目が合ったとき、敵の目が大きく見開いていたのを見逃してはいなかった。アリスはそれをめがけて武器を振り下ろした。
敵はアリスの攻撃に対して左腕を前にした態勢をとっている。そしてタイミングよくアリスの武器を払った。アリスは様子見のために払われた衝撃をアリスが後退するための足掛かりとして使い、後ろへ飛んだ。
入口付近に着地するころには、クッキーの姿は消えていた。アリスが、敵を飲み込んですぐの地面すれすれで消えるように指示していたため、建物への被害はない。
「生存者三人救出した」
アリスはそう呟く。その言葉は虚空へと吸い込まれていき、返答が頭に響いた。
『了解しました。引き続きせいぞ…』
「悪い。それは優先度を下げて、目標の撃破を優先としたい」
『その判断にたる相手であるということですか…。許可します。しかし、生存者を発見した場合そちらを優先してください』
「了解。ところであいつらはどうなってる?」
『到着までもう少しかかりそうです』
アリスは舌打ちをした後、
「わかった。外に被害がいかないように善処はする。」
と言って、アリスは横にいるクッキーに触れる。その行為は、アリス以外の目から見れば意味不明なものに映る。悪魔は基本、他人には見えないために他者にとってその行為は何もない虚空に触れているようにしか見えないためだった。先ほど、敵がよけるという行動をとったのは次元と次元の狭間となっているクッキーの腹―――――正確には口の中でも喉のあたりより奥側に飲み込む能力を使った条件が関係していた。一つ目の条件はアリスのこのクッキーにある一定時間連続して触れておくという行動だった。そして二つ目は実体化をすることだった。
基本的に悪魔の姿は見えることはないのだが何事にも例外は存在している。実体化をするにあたりマナをかなり消費するため多くのマナが使用可能な名のある『悪魔』が行う場合に称される霊格型実体化やその悪魔の個性のようなもので常にまたは自由に実体化できるものを常時型実体化を行うものなどがいる。そのうちの一つとして存在するのが条件型実体化と呼ばれる方法だった。最後にあげたタイプが一番多い。条件がついているため一部が実体化するものですらこれに含まれるからであった。クッキーの行なった実体化もこれに該当していた。
「…くも」
奥から声が聞こえた。くぐもった声であったが何とか聞き取ることだ出来るくらいの声。ただその声を色でたとえるなら深い黒。闇に闇を重ねたような心に恐怖しか植えつけることができないであろう声だった。
「なんだよ。しゃべれんのかよ」
そうアリスが呟いた瞬間だった。
「よくも…よくもよくも…よくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもーーーーっ!!!」
「―――っ」
憎悪の塊を直接叩き込まれたような感覚がアリスを襲った。奥からはマナ圧による不可視の圧力がアリスの方へと向かってくる。それに対して風が奥に向かって流れる。
「ウソだろ…」
呆けたような声が出た。アリスの心にあった余裕が消えた瞬間だった。
「よくも、獲物、逃がしたな…」
来いよ――――その一言が放たれた瞬間背後から何かに襲われた。一瞬、アリスの呼吸が止まった。店の奥へと飛ばされる。突然の出来事にアリスは受け身をとることができなかった。呻きながら立ち上がると数メートル先に奴がいた。
「とりあえず、お前、嬲り殺す」
奴の周囲に七つも点ができている。風の集まる点が。それを見た瞬間、アリスは後ろに飛んだ。それと同時にそれが放たれる。そのうちの一つが左肩に着弾する。
死んだ。衝撃を受けた瞬間そうアリスは思った。がれきがある地面を転がるため切り傷がかなりできている。しかし意識は保てている。見ると肩は脱臼はしているものの犠牲になったあの男のように消えてはいなかった。衝撃だけなのかとアリスが疑問に思っているとそのことを察したのか知らないが、
「くらったな、ウィンディア・カノン、有効、らしい、お前、もっと嬲る」
と相手が言った。アリスは、細かい瓦礫を右手でつかみ、クッキーに話しかける。
(クッキー、ショットガン)
そう念じてから奴に向かって投げた。身体能力を強化されているうえにその破片一つ一つに鋭利化を付けたため相手も無傷ではいられないはずだ。その証拠に化け物じみたうめき声が聞こえる。投げた瞬間に右手で体を支えて奴から距離をとる。そして、機械の後ろへと奴からは見えないように隠れた。
怒り心頭なのだろう。叫び声をあげながら無差別に先ほどと同じ攻撃を行っている。たまに壁際まで迫っているようで建物が震えている。ふっと攻撃がやんだ瞬間、
「香奈子ぉ!!!」
という声を聴き入口の方を振り向いた。入口付近で止まっているのは女性だった。瞬間的だったのでスカートしか確認できなかった。それを見たときアリスにある考えが浮かんだ。あの子を自分と間違えているのではないかと。しかしその考えも次の瞬間には消えていた。女性が上を見て数瞬後、彼女はがれきに飲み込まれた。
更新遅れてすいませんでした。