出会いと邂逅(7)
三人の男子を逃がしたアリスはまず、掃除用具入れのロッカーに向かった。それは、自分に合う武器を手に入れるためであった。そう簡単にあるものかという疑問もあるかもしれないが、この場合の自分に合うというのは自分の悪魔の能力を適応できるものという側面も持っている。アリスはソレを見つけ、手に取った。その瞬間、店内の電灯や機器類の照明が消え、それまであった喧騒さとはうってかわって廃墟のような静けさが周りを包んだ。唯一の明かりといえば外から入ってくる光だけだったがゲームセンターであるために入ってくる光の量は少なかった。しかし、アリスのいる二階では幸い―――と言っていいのかわからないが―――かろうじて物が見える程度の明るさはあった。
やっと落ちたかというのがアリスが思ったことだった。電気系統に詳しくはないが休憩所のあたりがごっそりと円形に削り取られ、階段が壁側の手すりを残して落ちている状況で停電していなかったのが不思議なくらいだった。
アリスは手に取ったソレ――――箒を持って近くにあったゲームの台に近寄り、できる限り細いコードのコンセントを抜いた。そして、そのコードを箒の掃く側にできるだけ近い場所の柄に巻き付けて、箒を締め付けるように両側を両手で持ち、両足で箒を固定した。その姿は罪人を死刑に処する執行官のような雰囲気が漂っている。アリスは心の中でクッキーに話しかけた。
(鋭利化・コード・3)
アリスの脳に直接、グルルルル……という声が響いた。声が聞こえたすぐ後にアリスは持っていたコードが箒により巻き付くように引っ張った。するとコードは箒の柄に吸い込まれるように侵入し、アリスの胸の位置でぴんと張った。箒は巻き付いていた位置で切れていた。コードを捨て、箒の切った場所を踏みつけてつぶし、手に取った。
(鋭利化・箒)
そう心の中で思うと再び同じ返事が返ってきた。頭に響いたのはやはりグルルルル……という言葉だったがアリスには理解できた。実際には違うが、それは母国語を使う感覚というと一番近くなる。『悪魔』と契約した人にとって、契約した『悪魔』の言葉は第二の母国語のような感じになる。
アリスは穴の淵に立ち、そこから下を見下ろした。一階は二階より暗いイメージがあったが、土埃が酷いものの入口から入ってくる光でその付近は予想よりも明るかった。とは言っても二階ほど明るくはない。階下からは人のものとは思えないうなり声がかすかに聞こえた。
「ちっ、暴走してやがる」
そうつぶやきながら携帯を取り出し、電話をかけた。
『はい、こちらケラ…』
「私だ」
事務的な相手の言葉をきってそういった。
『あれ~?アリスさんじゃないですか~。今日は久しぶりの非番、楽しんでますか~?』
先ほどの事務的な声の持ち主とは思えない、のほほんとした声に変わった。
「アリア、状況がわかってるくせにふざけるな。ゲームセンターの奴探知してんだろーが」
相手を責めるような口調で言った。
『……やっぱり、仕事の話ですか~?』
「あぁ」
アリアの溜息が電話越しに聞こえた。
『はい、こちらでも探知できてます。現在、奈月さんの班が急行中です』
「浸食レベルは?」
『レベル3です』
浸食レベルというのは悪魔の使用によって起こる空間への負荷の度数を簡略に小分けしたものだ。レベル3はこの状態が二・三時間続くことによって新しい悪魔契約者が意図しない形で増えることとなる。浸食レベルは0から5までありレベル3から強制契約の可能性が高まるが、契約と同時に暴走するような悪魔と契約させられない。しかし、レベル5となると強力な悪魔が問答無用で契約させられ、そのうえ暴走によって人としての自我が崩壊する危険性まで出てくる。それを考えるとまだ軽いほうであるがアリスは、コントラクターを増やしたくはなかった。
「なら第二級警戒だ」
第二級警戒とは悪魔の力がどのレベルで危険かというのをその場にいる人が判断するある程度の基準があるものの『悪魔』の強さに曖昧さが高いものである。第二級はサタンやフェニックスなどとは違い名が示されていない悪魔が暴走している状態を指している。
『そうですか。では警察にそう伝えておきます』
「頼んだ。あと、奈月さんの班は周りの安全性の確保に専念するように頼んでおいてくれ」
『一人で大丈夫ですか?』
「念のため、警戒はさせておいてくれ」
『わかりました。敵の種類はわかりますか?』
「実際に見てないが、多分名無しの悪魔だろ」
『そうですか。では、リンクさせます。少々お待ちください』
アリスは、電話を切った。そのすぐ後、頭にノイズが走った感覚とともに、
『奈月さん、アリスさん聞こえますか』
というアリアの声が聞こえた。
「あぁ」『聞こえてるよ~』
アリスとは別の少女の声が同時に返事を返した。声の主はアリスとは別の班に所属している奈月だった。ボーイッシュな性格の彼女の語尾はまのびしたというよりも少年のようなのばし方をしていた。
『では、今回の指令の確認を行います。第一優先事項として民間人の保護を優先してください。アリスさんは、その後敵性分子の制圧を行ってください。一応、殺害許可は下りてはいますが、なるべく避けるようお願いします。奈月さんの班ですが先ほどまでの指令とは異なり、周辺地域の安全確保を行ってください。また、アリスさんからのヘルプ要請があるかもしれないので警戒を怠らないようにしてください。以上、健闘を祈ってます。』
もう一度アリスは下を見下ろした。何も変わっていない。聞こえてくる唸り声も、光の入り具合でさえ。
(クッキー、身体強化)
そばにいるクッキーに触れながら、腕力、跳躍力など身体能力の大幅な向上させる能力の使用をクッキーに指示した。この能力は男子高校生を助けるときにも使用している。先ほどのような唸り声の返事はなかったものの体が軽くなったような感覚でクッキーは返事をしてきた。から奥まで光が行き届いていることを祈って、アリスは下へ飛び降りた。
上から見ていてわかっていたが飛び降りた場所は瓦礫でかなり不安定だった。アリスは無理やりバランスを取れるため問題はなかった。問題が起きたのはその直後だった。地面にアリスの足が着いたその時には何かが襲い掛かってきていたのに気づいていたアリスは、着地と同時に振り向き先のない元箒をかまえた。
ギャリッ!!
そのような音を上げ、箒とソレの接触面が火花を上げる。突撃してきたソレは、平均的な大人より少しやせ気味の男性だった。普通の男性とは違うのは目の色が赤く濁った色をしていた。アリスは自分の武器を横に薙いだ。ソレは店の奥の闇へとまぎれていった。
「愚者まで堕ちてやがる」
ぼそりとつぶやく。それだけでアリアと奈月に報告はできた。それが終わると奥を見据え舌打ちをした。アリスにとって悪い知らせが二つあったからだ。一つ目は奥のほうまで光が届いていないことだった。正確には届いているがほとんど見えないという感じだった。しかし、アリスにとって重要なのはもう一つの理由であった。それは相手を切った感触がなかったことっだった。というのも、アリスの持つ箒は現在、能力によって戦車ぐらいなら軽々と切り裂くことができる。それは切れないものはないといっても過言ではないくらいに。しかしそれができなかったということはアリスの主な攻撃手段がなくなってしまったと同時、相手の瞬間的なマナ圧がアリスと同等もしくはそれ以上ということを示していた。厄介なことになりそうだ。そう思いながらアリスは周囲の気配を読み始めた。