出会いと邂逅(3)
話をしている間に目的のゲームセンターに着いた。外観はところどころペンキがはがれていて悪く言えば古ぼけていると表現できるほどだった。周辺はちょっとした商店街になっていて、夕方になると活気が出てくる。現在3時半過ぎ。今日は土曜日なので授業は2時で終了、のはずだったのだが、今日が『悪魔事件』のあった日のため昼から特別授業として1時限分追加され、例の授業が終わったのが3時になったためこの時間にここにいる。
中に入ると、予想通り人は少なかった。ここは櫻野駅という駅が歩いて5分くらいのところにあるが、こういう早い時間に授業が終わったり、休みだったりするとここら辺の学生は隣の駅の辻河駅の周辺にあるもう一回り大きく、新しいゲームセンターへと足を運ぶ。ただこういうときは大抵向こうのゲームセンターは混んでいるので、こういう場合拓也達3人はここへよく寄ることにしている。このゲームセンターは2階まであり、1階はコインゲームやクレーンゲーム・プリクラ・シューティングゲームなどが、2階には格闘ゲーム・音楽ゲーム・が主に置いてあった。3人の目的は格闘ゲームで2階にあるので入口すぐ右手にある階段をそのまま上がっていく。
「今日は手加減しやへんで!!」と悠が階段をのぼりながら息巻いている。それに対して龍之介が
「そう言っていつも負けてるよね…」と返した。
「ぐはっ」
わざとらしく悠がうめく。この中で最弱は悠だ。そして意外にも一番強いのが龍之介だった。なんでも龍之介のお姉さんがゲーム好きらしくいつも付き合わされているうちに強くなったんだとか。拓也も実力を見たときは本当に驚いた。
2階に上がると女子の先客がいた。機械に隠れて全身は見えないが、見た目の年齢は中学生か高校生くらい。強気な感じの顔立ちをしていて、一番目を引くのは肩まで伸びた赤い髪の毛だった。
「ここに女子って珍しいね」
龍之介も拓也と同じ感想を抱いたようだ。2階には割と有名な音楽ゲームがあり、それをやりに女子も来るのだが彼女がいるのは格闘ゲームコーナーだったので龍之介の言葉通り珍しかった。
「行くで」
「ってそっちじゃないだろ。どこへ行く気だ?」
「ナンパや」
と言葉を残して悠は彼女の所へ行ってしまった。確かにあいつのタイプであろうことは薄々感じていたが、まさか本当にいくとは、と拓也はあきれた。
「…龍之介、あんなバカは放っておいていくぞ」
拓也は一度溜め息をついてから龍之介にそう呼び掛けて、対戦をする予定のゲーム機へと近づいて行った。
数分後、先にゲームを始めていた拓也達のもとへバカが重い空気を携えて合流したのは言うまでもないだろう。
「だーっ、疲れたー…」と対戦が終わり負けた悠が背伸びをした。時間をみると5時過ぎだった。帰るのにちょうどいい時間だった。というか学校指定の制服のままだったので帰る必要があった。
「いい時間だし帰る?」という龍之介の一言で3人は帰る準備をし始めた。
龍之介が気づいたようにいった。
「あれ、あの子まだいるんだ…」
その声に反応して見回すと先にいた少女は拓也達が来た時にいた場所から動いていなかった。その言葉に何か思い出したのか悠が長い溜息をついていた。
「そういえば撃沈したんだったな、お前」という拓也の言葉に反応した悠は
「うるさい!普通に振られるならまだしもシカトされるとは思わんやろ!!」と自爆した。
「シカト……」
とはじめて聞いたその情報に龍之介が驚きながら呟く。拓也もまさかシカトされているとは思っていなかったので同情のまなざしを向けた。いや、向けてしまった。
「そんな目で見んなぁ!!」
少し泣きが入った一言を言ってから悠は壁に頭をつけ、ぶつぶつとなにか言い始めた。
「…すまん」「…ごめん」と拓也と龍之介が同時に謝ると、立ちあがって
「もう、ええわ」と悠はやけくそ気味に言った。結局、悠の機嫌は帰りにこれからアイスを拓也と龍之介がおごる約束でなおった。
帰ろうと階段に足を踏みいれようとした時だった。
「このポンコツが!!」という怒声が響いた後にゴンッとガラスを殴る鈍い音がした。
「…なにかあったのかな?」
「それは明白やろーな…」
と階下の様子を少しのぞくと、階段のすぐそばにあるクレーンゲームのところで痩せた男がクレーンゲームに張り付いていた。
「おさまってからにしないか?絡まれると面倒だからな」
拓也は龍之介と悠にそう声をかけた。入口が近いにも関わらずそう言ったのは男の眼が血走っていてなにかおかしかったので正直、拓也はまきこまれるのが嫌だったのだ。
「せやな」「うん」
と2人が同意したので階段の周辺にある休憩所の中で一番階段に近い席に三人が着いた。休憩所は、丸テーブルが3つと1つのテーブルにつき4つのイスと自動販売機が2機設置してある少し大きめのスペースだった。
「僕はジュース買ってくるけど、ついでに2人の分も買ってこようか?」と龍之介が言ってきたので、
「俺はブラック」「サイダー頼んだに」と拓也は120円を、悠は150円を渡して頼んだ。ちなみに注文は前者が拓也で後者が悠だった。
「ちょっとトイレ」
と悠がトイレに席を立った。トイレは階段のほぼ反対側にあった。悠が席を立った時、同時にガタンと椅子を引く音が聞こえたのでそっちを見た。ゲームをしていた少女が立ちあがっていた。席の都合上彼女のいたゲーム機などが設置してある場所が見えていたし、暇だったので彼女を見ていた。彼女は階段のところで何かに気づいたように立ち止まって、階段の方を一度じいっとみてから、周囲を見渡し、もう一度ちらっと階段を見てこっちに歩いてきた。2回目に階下を見たとき口元が動いた気がした。彼女は休憩所に入ると一番奥の席に座った。
「はい、ブラック」
龍之介が差し出してきた缶コーヒーを受け取る。
「まだみたいだね」
「あぁ」階下から聞こえてくる怒声を聞きながら龍之介に返事を返す。言い争いはますますヒートアップしているようだった。トイレの方を見ると悠がちょうど出てきたところだった。
それを見た瞬間だった。寒気がした。おぞましいものに体中を這いまわられているようなそんな感覚だった。風邪でも引いたかと思った時
「そこから離れろ!!」という声を聞いた。顔を上げるとあの少女の焦りを感じさせる顔が見えた。声の発生源は彼女かららしい。そのあと見せたのは苦々しい顔だった。次の瞬間にグンッと後ろにひかれ、空中にいた。トイレの方へ弧を描きながら飛んでいた。横を見てみると進行方向を向くあの女子と彼女に服の背中の部分を掴まれて進行方向とは逆の方向を向いている龍之介が見えた。俺も背中を掴まれながら龍之介と同じ方向を向いているのだろう。また前を向くと、休憩所の僕ら三人がいた場所を含め半径1mくらいが崩れ始めていた。ガリガリやグシャッなどの音はしていたのだろうけど、聞こえなかった。唖然。驚きや恐怖が実感としてなかった。
飛行にも似た時間が終わりドサッと乱暴に地面に落とされた。周りを見回すと隣には少女の姿、その向こうには龍之介の姿もあった。悠は男子トイレの入り口で腰を抜かせて呆然としている。そして俺らがいた休憩室は大きな穴となっていた。