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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

無依作品

血色の華を捧げて。

作者: 無依

24世紀。増大する自殺者に対し、「自殺支援」という考えが生まれた。死を望む人々に死を与えながら、世間一般からは後ろ指を指される職業。とある事情を持つ一人の少女が職業体験を通じて、生と死の交わるその世界に触れることとなる。※こちらはファンタジー要素も強いですが基本は特殊なテーマを取り扱う問題作です。閲覧には十分ご注意ください。

 ここはさわやかな潮風を運んでくれる海岸沿いの岸壁。

 岸壁は黒々としていても、そこに生えている背の高い草のおかげで長閑な草原に見えなくもない。だが、草原には似合わぬ潮風と、波が岸壁に砕けている音だけがここを海のそばだと認識させた。日陰となるものはないもない。暖かな日差しが微笑みかけるように降り注ぐ。

 さわり。

 草を踏み分ける音は潮風にかき消されることなく、存在を主張した。岩壁の縁ではなく、草の中に佇んでいた女性は、足音の方に身体を向けた。

 その女性は草原が似合う、風になびく丈の長いワンピースを着、麦わら帽子を時折吹く強い風から守るように押さえている。同じく風になびいている長い髪。幅広帽子のおかげで表情こそ見えないものの、女性は微笑んでいた。

 さわさわさわ。

 風が鳴る。

「         」

 女性に向かって後から来た人物が何かを言う。風にかき消された音は、女性にだけは強く耳に残ったようだ。

 女性に向かって着たのは男。夏でこそないが、季節がらちょっとおかしい真黒な全身を隠すようなコートを着ている、黒づくめの男だった。少し注目を浴びる格好をしているにも関わらず女性は微笑み続ける。

 彼こそが待ち人だったのだ、と言うように。

 そして、女性は男に声をかけた。

 最後の声を。

「さぁ、わたしを殺して」

 ぶつ。無線が切れたような音が男の耳元でなる。男は無表情のまま、片腕を上げた。

 さわさわさわさわ。

 風は鳴り続ける。だが、高い草にまぎれて女性の真っ赤な血が、流れていた。



 血色の華を捧げて。



「きりーつ、れい」

「おはようございます」

「着席」

 昔から続く伝統的な朝の挨拶。そのあとに教師は少し面倒さが混じった連絡事項を伝えていく。生徒はそれを半分しか聞き取っていない。でも大丈夫。半分だけでもみんな聞いていることが違うから、みんな集まれば先生の話はコンプリートできるんだ。

「今日は、個人面談の三日目だー。遅れずに自分の時間の五分前には教室の前にいろよー」

 ちょっとくたびれたスーツ。先生独身だから。

「えー、今日の面談の順番は、六限終わってから二十分後から、まず田上ぃ、次が井上ぇ、湯元ぉ、菊池ぃ、戸張ぃ、仙道ぉ…」

 よかった。私、四番目。四番目ならみんながのぞいていたり聞き耳立てている時間じゃない。ま、いずればれてしまうけど、きっとこれからいじめに合うのは遅ければ遅い方がいい。一人は孤独だ。さみしいし、苦しい。きっといじめは過酷だろう。今、いじめに遭ってるのは……あ、石本さんか。彼女の代わりか。ちょっとやだな。まぁ、仕方ない。これはずっと前から決めていたことなんだもの。高校に入る前からちゃんと準備もそれなりにしてきた。みんなとは違って私、働く気だから。



「はぁ!?」

 先生の素っ頓狂な声。結構レア。聞けちゃった。そんなこと、思いもしないんだろうな。

「もう一度、言ってくれ。お前の希望職種は?」

「はい。国家公務員です」

「うん。そこはいい。で、部門は?」

「はい。法務省管轄特別部門・自殺支援委員会です」

「…」

 無言の先生。苦笑いの私。先生困ってるんだろうな。わかる。

「第二希望は?」

「第二希望は決まってません。第一希望で職業体験を希望します」

「おい、菊池、考え直せよ。お前、人殺しになりたいなんて、わけじゃないよな?」

 先生にしてみれば、とんだダークホース。まじめで目立たない普通の生徒が、人殺しをしたいだなんて。

「人殺しになりたいんじゃないです。自殺支援を希望してます」

「同じだ」

「違います」



 24世紀の日本。進化の歩みを止めることなき人類は、技術もおなじだけ進化させた。そして、機械化が進み、労働力がまず、必要なくなった。

 機械で仕事すれば人権費も教育費も、保険制度も関係ない。壊れたら直しその機械の面倒を見る人間一人で済むのだ。いまや機械は複雑難解な作業も平気でこなす。

 そう、身体的な部門において、人は機械に劣った。そしてメンテナンスを行う人間、機械を作る人間、そんな人間は一握りで、失業者が続出。

 政府はこの悪循環をどうにかしたくともできない。機械なしの生活に戻ることも、新たな人の雇用方法を練ることもできず、世界規模で人間は職に就くことが難しくなった。

 おかげで子供を産んでも天才や、出来のいい子以外は不必要。そんな社会に絶望するのは子供だけじゃない。大人もだ。でも誰も変えられない。

 そして、世に絶望して、自ら命を絶つ人間が増えてきた。死に方なんてそれぞれ。飛び降り、飛び込み、首つり、えとせとら。だが、今を生きている人間にとって自殺者は迷惑以外の何でもない。衛生上よくないし、精神面が一番よくない。それに飛び込みは多大な人数が被害を受ける。しかし迷惑をかけた人物はもう、死んでるし、それを悪いとも思わない。

 そこで欧米が取り始めたのが「自殺支援」という考え方。そんなまだ生きている人間に迷惑をかけるくらいなら、こちらで殺してあげましょうというもの。最初は病院で、安楽死だったんだけど、死に方や死場所は選びたいっていうニーズに応えるため、殺し方も様々になり、それだけ支援が陰ながら人気となり、でも殺す側は法律と規律に縛られてなおかつ、高い能力が必要になるというハードな職種。

 日本でも欧米化にかなり遅れて、国会がこの法案を通そうとした時、(すでに自殺者で、都市機能はマヒ寸前だった)そんなのはおかしいと野党が反発(普通の思考なら当然だ)。

 欧米諸国と違って、対立組織もできあがった。日本の自殺支援が法務省直属で、法務大臣の認可と共に実行されるのを阻止するためだけの組織。こちらは警察庁の直属機関となった。特殊部隊・支援阻止委員会。名前をお偉いさんが練る時間がなくてそのまま。SS部隊と呼ばれている。

 日本はそんな事情で、自殺支援委員会は自殺希望者にしか危害を加えられないのに対し、SS部隊は武器使用可という不利すぎる過酷な状況での活動を強いられた。



「変える気は、ないのか?」

「ありません。むしろ、職業体験はここじゃなきゃ、参加しません」

「……そうか」

 先生はショックだったのかもしれない。自分の教え子から人殺しを出すんだもの。

「希望届は、一応出しておく。もう、帰っていいぞ」

「はい」

 ガラガラっと妙に響く椅子の音が先生の落胆を示しているような気がした。それは十月に控えた職業体験の個人面談だった。用紙でも出した。でもその時は部門なんて書く必要なかったから、今日初めて先生に伝えたことになる。

「菊池」

「はい?」

「親御さんは、承知してるのか?」

「はい」

 一応、体験とは言え、世間に言えないような職業だ。親の確認が必要ないのに、思わず聞いてしまったにはそういうことなんだろうな。ちゃんとした職業なのに。

「そうか、悪かった」

「さようなら」

 校舎はすっかり夕日色。次の生徒に合図して、一人帰る。これで関係資料を誰かに見られた時点でいじめは確定。たのしい一般的な高校生ライフはあと一週間で終わりだろう。

 自殺者がいなくてみんな助かっているはずなのに、人を殺すことはそんなに悪いことだろうか。それを本心から望んでいる人に生きなさいって強要するほうが、よっぽど罪深くないのかな。なんとなく誰もいない廊下で考えていた。



 忘れたころにやってくる。みんなそれを装って自分の職業体験先から届いた案内事項が入った茶封筒を大事に抱えていた。誰だって未来に希望くらい持っている、でもみんなわかってる。このクラスの半分以上は無職になるってことを。

「きくー、きくはどこいくの?」

「うん?」

 のぞきこまれた封筒。さよなら私の、楽しい生活。

 赤い印字で「法務省管轄特別部門・自殺支援委員会」の字。友達が固まったのがわかった。

「まじ?」

 一言目、震えてる。みんな予想外ですって顔。おかしいの。

「そういうあっちゃんは?」

「あ、あたし?えっとか、かん、ご、し…」

「そっか、ナースか。似合うだろうね」

「あ、ありがと」

 気まずそうにして去っていく友達。でも後悔はしてない。もう、どうせばれてしまったのだし、と思い切って中身を皆と同じように開けてみる。

 諸注意と誓約書と詳細書のみだった。ま、学校側から必要書類は提出されているはずだし。誓約書の内容は、職業体験の際の戦闘、それに準ずる行為、その最中での目にする体験などに対して、責任を持ちません(命含む)みたいな内容だった。SS部隊の戦闘も考えれば命保障しませんは当たり前なのかもしれない。

 保護者のサインと印鑑。印鑑は自分で押せるけど、保護者はどうしようかな?反対なんかされてない。両親は家に帰ってこないのだ。



 指定された日に、都内になるビルの一室に入った。そろりと。そして受付に顔をのぞかせる。きれいなお姉さんがにっこりわらってくれた。安心。

「いらっしゃいませ、支援のお申し込みですか?」

「あ、えっと……」

 間違われた。そうか受付って、普通お客さんが来るものだよね。

「違うんです。私、あの職業体験に……」

「え?」

 おねえさんは一瞬フリーズして、壁の何かを見ると、目を大きくして、叫んだ。

「あー! 今日じゃない! 所長はまた! 連絡をって、ごめんなさい。とりみだしちゃって。中へどうぞ」

 受付の横にある扉を指してお姉さんが笑う。

「はい」

 おずおずと緊張して、入ると普通のオフィスみたいでびっくりした。そりゃ武器が入ってすぐにずらーとかはないと思ってはいたけど。

「今日から三日間だけだけど、よろしくお願いします。私、法務省管轄・特別部門・自殺支援委員会・O係、日高 茜です。よろしくね。規定により本名は教えられないの、ごめんなさい」

 お茶を淹れてくれた茜さんは、本当にわかくて美人な分類。さすが受付嬢だ。

「さっそくだけど、誓約書、くれるかな?」

「はい」

 鞄から出したものを手渡すと、チェックをすまして引き出しの中にぽいっと放られた。重要な書類じゃないのかな。

「えっと、簡単に説明するね。何から説明しようかな?なんてたって、職業体験なんて初めてで、こっちも何してあげればいいか……。とりあえず、支援の流れかな? 受付でも、ネットでも電話でもファックスでもメールでもあるものの通信媒体なら自殺支援は受け付けてるの。ここは関東第四支社。ここで働いているのはO係が二人。A係が三人と所長の計六人。O係のもう一人は夜勤だから今は出勤してないの。A係も一人、あと所長も夜勤だから、たぶん、えっと菊池さんは会えないね。あとの二人は外回りしてるから、もうすぐ帰ってくるよ」

 おしゃべりが好きなんだろうな。日高さんは一気にしゃべった。

「OとかAってなんですか?」

「あ、ごめん。Oはオペレーター。Aは実動部隊の略なの。そのままでね、AはアクションのA。私みたいなオペレーターはA部隊が外回りしてる最中のサポートと確認作業が仕事なの」

「確認作業ってなんですか?そもそも外回りって営業みたい」

「あ、外回りは、支援者の希望地に言って、そこで支援することを指すの。一回の外出で二、三件やってくるから外回りっていうのね。で、確認作業は支援者が本当に支援を望んでいるかの確認。支援を望んでいなければ私たち、ただの殺人者。それに支援委員はね、普通の殺人者より罪が重いの」

「へー。望んでいないってあるんですか?」

「うーんと、中には勝手に他人が書類改ざんして、だまして、殺そうと仕向けたりとか、気が変わったりとかよくあるの。声紋と外見特徴、名前、意志確認が済んだら、初めて支援許可が下りる仕組みなの。それが確認作業」

「面倒なんですね」

「人を殺すんだもの。間違いがあったら許されないわ。殺人を許可されている以上ね」

 うん。間違いない。この人たちは殺人者なんかじゃ決してない。



 日高さん曰く、自殺支援委員会はハードな職種。夜勤もあるし、O係なら、受付対応はひとりでこなさなければいけないし、A係ならSS部隊と戦闘しなければいけない。そして背負うリスクは後任の“人殺し”。

 コードネームしか明かせないのも、奇抜な格好をする(らしい)のもすべてはフェイク。

 自殺支援委員会である身分を隠し、日常生活を普通に送るためだという。だからか、制服はちょっとねー、と日高さんは私服を私に貸してくれた。明日からは私服でこよう。できるだけ顔が見えないようにしてね、と釘も刺された。

「ただいま~」

 奥の扉が開いて、全身黒づくめの男がはいってきた。ただその姿に驚く。冬でもないのに全身を覆うかというほどの真っ黒いコート。ははぁ、これが奇抜な格好か。日高さんが振り返る。

「おかえり、黒羽くろはね

 そして黒い男の人の目線が先ほどから私に釘付けになっている。私も見返した。その時、もう一回扉が開く。それを合図にしたかのようにお互いの視線が外れた。今度入って来たのは、真っ白な振袖を着た女性だ。

「ただいま、茜」

「おかえりなさーい、雪華ゆきはな

 格好とコードネームが色で統一されているみたい。そういえば日高さんも派手な受付嬢ですって感じのを着てるな。制服みたいだけど……。

「茜、そいつ……」

 黒羽と呼ばれた男、よく見れば雪華もだが、すごく若い。そういえば日高さんも若く見える。

「ほら、話したでしょ。職業体験の子よ。菊池さん」

「よ、よろしくお願いします」

 急いで立ち上がって礼するとハっと鼻で笑う声がした。黒羽だった。

「ゲームにでもはまったか? 現実の人殺しはそんなもんじゃねーぞ。帰れ」

「違います」

 カチンとくるが、きっとこの人はこの人なりに私の将来を案じているんだろうな、と思った。

「感じ悪さを出さないの、黒羽。ほら、自己紹介して」

「自己紹介もなんもねーだろ? たかが三日のつきあいじゃねーか。こいつが逃げ出さなければ、だけどな」

「逃げません」

「どうだかな?」

 馬鹿にしてんのか。そんな黒羽を差し置いて、茜が紹介する。

「こいつはA係のコードネーム黒羽。たぶん実務はこいつについてってもらうから」

「えー」

 黒羽はそういって嫌そうな顔をすると、私の方をちらりと見て、壁の予定表を確認すると、茜に一方的に告げて、背を向ける。

「おれ、朝飯食ったら、仮眠取るわ。起こして」

「んもう! 黒羽」

「はじめまして、菊池さん。私、法務省管轄特別部門・自殺支援委員会A係担当・雪華です」

 白い着物の女性、雪華はきれいな人だった。雪の精だって言っても過言じゃない。こんな人に最後を預けられたらそりゃ、安心だろう。

「雪華は仮眠は?」

「うん。一時間ほど。起こしてね、茜」

 簡単にそういうと彼女も扉の奥に消えていった。朝の三時から依頼だったそうだ。こんなことは日常茶飯事らしい。改めて公務員とは名ばかりの大変な職業なんだなぁと感じた。

 その日はそのまま茜さん(と呼んでくれと言われた)のサポートとは名ばかりの茜さんの仕事を見学して終わった。ほとんどが事務作業で、本来ならば支援活動もあったのだろうが、そこは見学させてもらえなかった。一応所長という人に個人情報の保護や、秘匿義務などについて訊いてみたいらしかった。

 翌日。

「許可が出たから、今日はA係と一緒に支援活動に参加してもらうね」

 茜さんはそう言って、面倒と言いたげな黒羽に釘を刺すことを忘れない。

「黒羽と雪華についていってね。具合が悪くなったりしたら遠慮なく言って、帰ってきてね」

 茜はそう言うと黒羽と雪華に注意をまるで叱るお姉さんのように言い聞かせていた。

「おれは面倒なんて見切れないからな。雪華、お前がそいつの面倒見ろよ」

「サポートならするわ」

 ビルの裏側にあった普通自動車の運転席に座りながら黒羽が言う。雪華は助手席に座ったのでおずおずと後部座席に座った。

「今日は?」

「三件だな。一人目は池袋だ。ちぇ、近いな。希望時間は十時だと。おいおい……」

 指令書みたいなものを助手席に放り、二人で確認する。口を挟むのも悪いと思って、黙っていたら雪華が声をかけてくれた。

「ごめんなさい。勝手にやっちゃって。たぶん私たちの会話で流れがわかると思うから、心半分に聞いていて。暇なら景色とか見ててもいいから」

 特に言うこともなければ、指示したいこともないということだ。まぁ、私なんか邪魔以外のなんでもない。

「あら、この刺殺希望ね。しかもオフィスビルのロビー? 何考えてんのよ。こんなのSS部隊が見逃すはずないじゃない」

「支援なんだから何頼んでもいいと思ってんだろうさ。最近、こういう派手好きな志願者多いよな」

「昔は楽だったわよねー。銃で一発で」

「最近は首連れだのなんだの、飛び降りたいだの……掃除が大変なのばっかやらせがる。後片付け班も泣き入るだろうよ」

 茜さんが教えてくれたが、この実働人員はそう多くなく、自殺支援委員会の大半は志願者の死舞台整えたり、後片付けに奔走しているのだという。最後の一日はその班に参加することが決まっていた。

「SS部隊は?」

「来てるだろうさ」

「じゃ、ぎりぎりに行ったほうが後片付けも楽でいいわね。きっと」

「ああ」

 そういうと雪華は携帯電話を取り出した。そしてどこかに電話する。黒羽は静かに車を道路わきに止めた。

「あ、もしもし。お世話になってます。第四支社O係、雪華です」

「はい。そうですか、SS部隊は張ってますか。では、プランはBTでいきますわ。はい。よろしくお願いします。ええ。ではのちほど」

 パタンと携帯を閉じた音がした。

「やっぱりか?」

「ええ、そうみたい」

 なにがそうなんだろうか。それにBTプランってなんだ?

「菊池さん、ぶっちゃけ訊くけど、人殺すとこ、見学する?」

「あ、はい。させてください」

「チ」

 黒羽が舌打ちした。なんで?

「じゃ、現場ついたらいきなり走るからがんばって黒羽についていくのよ。支援は彼の役目になったから。それと、これ」

 ぽんっと助手席から放り投げられる何か。アニメで使われるような、耳にかけるたいぷのマイクつき方耳ヘッドフォン。よく見ると雪華も黒羽も左の耳につけていた。

「横にスイッチあるからONにしてつけておいて」

 おそるおそるつけると、音はしない。何のためにつけるのだろう。

「それは支援のときの最終確認に使うの。時間が近づいたら茜が向こうからスイッチを入れて通信が可能になるわ。やり取りをきいてみて。ただし、そのときはマイク音声から録音もしてるから、余計なことはしゃべらないでね。それ、重要資料になるから」

「わかりました。あの、プランBTってなんですか?」

「あー、BT作戦は”ぶっつけ本番で突撃”作戦の略」

 まんまじゃん。その声は心の中にしまったおいた。黒羽が完全にエンジンを止め、車のキーを抜いた。

「ここから歩いていくわ。出て」

 車から出ると黒羽はキーロックを行い、キーをしまう。私には目も向けずに歩き出した。雪華はついてきているのを確認すると黒羽と並んで歩き出す。

「あの、白と灰色の大きなビルあるでしょー? あそこが支援場所。地下三階だからいきなり下るから」

 雪華はそう言う。黒羽の代わりに説明してくれたらしいが、言葉が足りない。黒羽が時計を確認する。腕時計を見ると時間は九時四十五分。ブツっと音がして、ヘッドフォンが通信可能になったことを示していた。

『現時刻十月二十六日午前九時四十五分。自殺支援を開始します。担当オペレーターは日高茜。通信良好ですか?』

「良好。実行担当は佐藤黒羽」

「同じく、実行担当、結城雪華」

『確認しました。本日の自殺支援は自殺支援委員会・関東第四支社が担当します。自殺支援希望者は、後藤俊夫、四十八歳、男性。本拠地は東京都練馬区。希望動機はなし。支援希望は希望地、希望時間、方法があります』

「了解。希望の確認を願います」

 その間にもどんどんその場所が迫ってくる。二人は悠然と歩きながら公式資料となる録音データを話し続けた。

『希望地は東京都豊島区本郷台三丁目・十一番地STビル地下三階、ロビー。希望時間は午前十時ちょうど。刺殺希望。欄外になるべく血を派手に撒き散らしてほしいとの記入があります』

「了解。希望に沿うよう努力します」

 もう目の前にビルがある。だが異変がひとつ。ビルの前に紺色の制服姿の団体がいる。背にダブルSマーク。これがうわさのSS部隊か! 人数の多さに驚かざるを得ない。

「SS部隊を捕捉。妨害の可能性大」

『了解。支援失敗の際には条項七に従い、支援者の意思確認を行います』

「了解。ただいまより、支援を開始します。確認は最終段階へ移行してください」

『最終確認』

 SS部隊がマイクを持って叫び始める。

「自殺支援委員会はぁ~~~ただちに支援を中止しなさ~~い! 中止しない場合はぁ~~~、実力行使にてぇ~~阻止しま~~す」

 ちょっとまぬけだ。かまわず黒羽が今や小走りになってビルへの突入を開始する。

「結城雪華、SS部隊との阻止行為の阻止のため、戦闘に入ります。支援は佐藤黒羽が引き続き行います」

「了解」

 雪華がSS部隊にぶつかっていく。フェイクの意味もありそうな雪華はまるで舞いをとっているかのようにSS部隊に攻撃はぜず、ただ動きを翻弄する。私は黒いコートを必死で追いかけた。

「佐藤黒羽、希望地内に到着」

 階段は一段飛ばしで駆け降りる。黒いコートに追い付くのに必死でぶっちゃけ景色も雰囲気も見る暇はなかった。耳だけが黒羽と茜の録音を聴いている。

「支援許可は?」

『十月二十日付で法務大臣より支援許可が下りています。印鑑による書類確認における個人支援表は番号JK4-2344-10-20-0945-TS-001です』

 階段はもうぐるぐるまわった。そろそろ地下三階。唐突に階段を下りるのをやめて、扉を開く。広いホールには仕事時間なためか人は少ない。しかしちらほらと歩いている人もいれば受付嬢もいる。

 周りの人は大きな音をたてて階段の扉を開け放って駈け込んで来た異様な黒い男を驚きのまなざしで見、そして格好から事情を察したのか駆け足でホールから去っていく。受付嬢は短い悲鳴をあげて、急いで逃げて行った。

 一瞬で無人となる広大な会社のホール。今いるのは支援希望者と黒羽と私だけだ。

「支援希望者を発見。外見的特徴一致。同一人物と思われます。これより、声紋による本人確認を行います」

『了解。声紋データ、照合できます、どうぞ』

 走っていたのを緩やかな歩みに変えて、黒羽はホール中央に立ち尽くすくたびれたスーツの男性に近づいた。

「私は法務省管轄特別部門・自殺支援委員会。確認します。あなたは支援希望者の後藤俊夫さんですね?」

「はい」

『声紋一致。視覚データによる本人確認も本人だと承認。最終確認を行ってください』

「了解」

「あの、お願いがあるのですが……」

 支援者の男性は気弱そうな声をあげて尋ねる。

「なんでしょうか?」

「この会社に恨みを思っています。希望地をここにしたのもたんなる復讐です。ですからじかんになったらわたしが叫んだ直後におもいきり血を飛ばして、殺していただけないでしょうか?」

「支援希望方法が加わっても問題ありません。お望みにはお応えします」

「ありがとうございます」

「最終意思確認を行います。“あなたは死にたいですか?”」

「はい」

『最終意思確認完了。すべての条項をクリア。許可が正式に下ります。支援予定時間までカウント、5,4,3,2,1…』

 茜さんのカウントを聞こえていたかのように、男性が狂ったように叫びだした。

「私の存在をぶちまけろぉ!! これがお前らの成したことだぁああああ!!!」

 瞬間、男性から大量の血液が、水風船を割ったかのように飛び出す。

 黒羽は何をしたのか。どこからだしたのか長い槍状の武器を数回振り回したようだった。

 最後に深くその武器を支援者の身体に突き刺す。

 しばらくして、血が噴き出さず、流れる程度になった瞬間に黒羽は武器を抜き、軽く振って血を払う。

 男の人は満足そうな顔などしていなかった。最後まで恨みがましく天井を反白目で睨みつけたまま、絶命していた。

「支援終了。すべての以後の行動をP係に移行します」

『了解。O係の支援終了を報告しました』

 私は死んでしまった希望者を見る。近づいて、触れてみた。イキモノの死体は気味が悪く、生臭く、とても自分と同じものとは思えなかった。死んだ顔を見て吐き気がした。こんなことを続けるなんて。

「おい、P係が事後処理に困んだろ、勝手に触んな」

 黒羽が、たった今人を殺した人間がそう言った。派手に飛び散らせた血を厭うこともなく、平然として。

「人を殺して、何か感じますか?」

「仕事だ。何も感じねーよ」

 目も合わせない。相当怒らせる質問だったのかもしれない。自然と涙が出た。

 人を殺しても何も感じない人間になってしまうこの職業が、この社会がどうにかなっているんだと。

「泣くくらいなら、選ぶな! 今は政府がしっかりしてるから職がなかろぉが、生きていける。仕事は趣味みてーなもんだ、泣くくらいならやめちまえ! ハナから向いてねーんだよ!!」

 黒羽が怒鳴る。だが言い返すこともできずに、私はただ泣いていた。



 職業体験を終えて、学校に登校して、しばらくしていじめは始まった。物を隠すのは当たり前。時には衣服を破かれたり、髪を切られたり、いろいろされた。覚悟はしていたことだったけれどさすがにつらかった。くるしかった。それでも……。



「あー、やっぱりね」

 茜は書類を見て溜息を付いた。雪華と黒羽がどうした? と聞いてくるので見ていた書類を回してやる。

「特異な子とは思ってたけど、やっぱよせばよかったのよね。うち来たって世間には、ハブられるのわかんなかったかしらね?」

 雪華もそう言ってむしろ苦笑している。

「チ!!」

 黒羽に至っては書類を投げ捨てた。

「いじめにでもあったのかね?」

「さー?」

 書類はここでは溢れている書類。自殺支援依頼書。名前は菊池華。つい三か月前にここに職業体験にきた女子高生と同じ顔が写真には写っていた。法務大臣の印鑑が堂々と押された書類の支援時刻は明日。場所は彼女の通う学校の屋上。時間は誰もいない夜中だった。

「辛いんでしょ? 黒羽。新人くるかもって期待してたもの。私行くわよ?」

 雪華が声をかける。期待なんてしていなかった。でも逃げませんといった意志の強い瞳を持っていたとおもったのに、それさえ途中で命を投げ出す程度のものだったのか。人生は逃げ出すんだな、と失望したのだ。

「いや、俺が行く」



 彼女は体験に来た時髪を結んでいた。二つに。しかし今の彼女は結っていない髪を夜風に遊ばせている。唯一前髪の黄緑色の大きなヘアピンが目立った。高校の制服を着て、彼女は笑っている。

「だから、やめろって言ったんだ」

 黒羽はつぶやくと、いつものように確認作業を済ませる。

「最終意思確認です。“あなたは死にたいですか?”」

 少女は微笑んだ。振り返ってほほ笑む。

「はい。これでやっと楽になれる」

 逃げませんと強く言い切った声で、楽になりたいとふ抜けたことをぬかしやがって!

 黒羽は怒りにまかせてカウントとともに彼女の心臓に弾丸を放つ。狙いはそれることなく、少女は幸せそうに微笑んでかすかな音をたてて倒れていった。

『支援終了』

 茜の声がつらかった。

“「人を殺して、何か感じますか?」”

 バカヤロー。ばりばり感じるんだよ。何が興味あるみたいな軽いノリで来て、殺せだと? 下見のつもりか。畜生。

「ウソつき、何が逃げませんだ」

 遺体に向って吐き捨てる。

「逃げてんじゃねーか!」

 そう叫んだ瞬間、

「逃げてません!!」

 ばたん、と重い扉の音と主に声が響いた。え? 振り返って、恐る恐る確認する。

「お前」

 そして目の前に確かに少女の遺体が横たわっていることを確認した。どういうことだ?

「あぁ、華ちゃん。待ってはくれなかったんだね。あたしが殺してあげるのを待っててくれなかったんだ」

 この前注意したことを覚えているのか近寄りもせず、ただ眺めてさみしそうに少女は呟いた。

「あれ、あたしの双子の妹なんです。菊池華。よくあるじゃないですか? 双子って同じお腹で育つから、片っぽが未熟児だったりするんです。うちの場合まさしくそれで、華ちゃんは超未熟児。生きてるが不思議なくらいで。無事に産まれても障害残っちゃったりして。で、両親、華ちゃんにべったりで。先に生まれた健康児のあたしのこと忘れちゃって。保育器の前を離れなくて。パパの弟さん、まだいとこみたいな歳のおじさんが、両親に言ってくれたらしいんですが、聞く耳持たなくて、それでせめて両親が前々から考えていた名前をせめてもってくれたんです。だから私は菊池花。同姓同名の双子が存在したんです。勘違いしました?」

 あまりにも突然一気に話し始めた。名前もしらないおじさんの自殺で涙をあふれさせていた彼女が肉親の死には何も感じてないように淡々と話す。

「最初、華ちゃんを恨んでました。でも、こっそりおじさんが会わせてくれて。華ちゃん一生懸命生きてるのにって。つらそうなのにって。で、両親が仕事に行ってていない間によく密会して。あのヘアピン上げたのあたしなんですよ。でも華ちゃん、聞いたんですって。お医者さんがいよいよだめだって言っちゃうのを。それでせめて意志あるうちに死にたいって言い出したんです。だからあたしが自殺支援委員会に入って殺してあげるよって、約束してたんです。わかってたんです。もう、時間がないんだって。華ちゃんはもうすぐ症状が悪化して機械につながれたお人形みたいな生活を両親のためだけに生き続けなきゃいけないって。だから、昨日うちに泊まりに来た時に覚悟はできてたんです」

 外泊なんて初めてだろう。きっと家まで病院からタクシーで来たんだろう。

 初めてよく見る病室の外の景色は自分の死ぬための準備にすぎない。

 いつ声紋録音したの? いつ申込書かいた? ひとりでだれにもばれないようにがんばったんだね、華ちゃん。

「制服、あたしのだったのにな」

 そっと握りしめられた手は暖かかった。

「黒羽さん、あたし自殺支援委員会になりたいです。華ちゃん、死んじゃったけど。がんばりますから、応援してくれますか?」

「お前にその気があるのなら」

「もし、なれたらあたしに教えてくれますか?」

「ああ、きっと」

 抱きつかれてもそのままにしておいた。彼女は強い子だったんだ。弱い心を必死に強く保とうとしている強い子なんだ。

「約束ですよ!」

 笑ったその顔から涙が一滴、はじけたように零れた。



 自殺希望者は増加をたどる一方で、黒羽はいい加減休暇が欲しいところだ、とぼやいていた。そこに所長から四月から新たな支援委員が加わるぞ、と言われた。

 四月。新たなスタートで、黒羽は彼女と再び出会う。今度は同じ立場に立って。



 終わり。



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