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クファムの秘密

 五分ほど歩いて。俺とクファムの二人はついに俺の家の前までやってきた。


「ここが俺のうちだよ」

「へぇー。なんだ、立派なおうちじゃないですか」

「立派というほどでもないと思うが。まあ、普通だな」


 四方を田んぼに囲まれた中にある一軒家、それが俺のうちだ。あるのかないのか分からない生け垣の内側にいくつかの平屋が建っていて庭には一本の大きな柿の木が目立っている。建物はどれも瓦葺きの木造でよく言えば風情がある年季がはいっている、悪く言えば古くさくてあちこちボロボロ、といった感じだ。入り口に一番近い建物は倉庫になっていて中からは小型のトラクターや軽トラックが顔をのぞかせていた。庭の隅っこにはクワやらスキなどの農具がいくつも寄せ集められている。うちは農家をやっているのだった。


「お庭とか広いですねー。お花とかも植えてあってきれいですー」

「ここは田舎町の中でも田舎なところだからな。何もないぶん土地とか木とか花とかそんなもんだけはたくさんあるんだよ」

「あっ、わんちゃんだ!」


 ふと、奥から一匹の犬が姿を見せた。その犬は俺の前まで来ると心底から嬉しそうにしっぽを振りまくる。


「おう、十兵衛か。今帰ったぜ。よーしよーし」


 俺はその犬の頭をなでてやる。茶色と白の毛をまとったやや小さめの体にくるりとした短いしっぽ、ぴんと立った三角形の耳とつぶらな両眼。典型的な柴犬だ。


「きゃー。わんちゃん、すごくかわいいですね」


 クファムも近寄ってこの犬を見る。


「そうだろ? こいつはうちで飼ってる犬で俺が主に世話をしてるんだ。名前は十兵衞っていうんだけど」

「へぇー、十兵衞ちゃんっていうんだ。面白い名前ですね」

「ちょうど左目のまわりの毛だけ色が濃くなっているだろ。これが柳生十兵衞の眼帯みたいだから十兵衞って名付けたんだよ」

「なるほど、そうなんですかー。十兵衞ちゃん、わたし、クファムです。よろしくね」


 十兵衞と同じ目の高さまでしゃがんで話かけるクファム。十兵衞はくうーん、と一鳴きすると俺たちの前でちょこんと座って首を傾げている。


「あ! このわんちゃん、わたしのことがわかるのかも。すごいすごい!」

「うーん、それはどうだろうか……」


 もちろん十兵衞にはクファムの姿は見えないし声も聞こえないはずだが。たぶん俺の様子などから何かを感じ取っているのだろう。もしかすると本当に少しはクファムのことがわかるのかもしれないが。犬はものすごく感覚が鋭いんだ。幽霊なんかの場合はけっこうわかっているみたいなときもあるくらいだしな。


「よし、十兵衞。散歩はまたあとで連れていってやるからな。今は少し待っててくれよな」


 俺がそう言うと十兵衞はワンと大きく答えて、また奥の方へと戻っていった。さてと、俺は自分の部屋に行かないと。


「さあ、こっちだよ」


 俺たちは一番奥にある母屋まで行かずに倉庫の隣にある建物へと向かった。敷地の中では一番小さな建物だ。


「この中が俺の部屋なんだ。俺はだいたいいつもここで生活しているんだ」


 そこはいわゆる「離れ」といった建物で風呂もトイレも炊事場もなく本当に一部屋しかなくて造りも適当な小屋だ。ただそれでも俺一人が自分の勉強部屋遊び部屋として使うには充分な広さがあるし、ここにいれば一人で気ままに生活できるので俺としてはこれっぽっちも不満はなかった。ガラガラと横に開くドアを開けて俺は離れの中に入る。


「どうぞ。上がって」

「はい、おじゃましまーす」


 中はすぐ部屋になっている。玄関とも呼べないせまい場所で靴を脱いで部屋に入る俺とクファム。中はなんてことはない地味な部屋だ。八畳ぐらいの広さで机があって本棚があって古いテレビが一台ある。真ん中には小さいテーブルがあって端にはたたんだ状態の布団が置いてある。目に付くものはそのくらいだろうか。散らかすものもないくらいに部屋の中はすっきりとしている。


「なんだぁ~、ちゃんとしたきれいな部屋じゃないですかぁ~」


 クファムはきょろきょろと俺の部屋を見回しながら、


「彦馬さんがさっき言ってたみたいに、部屋の中が本当にせまくて汚かったらやっぱり嫌だなーってちょうど思ってたところだったんです。だから、よかったです」

「……そう、それはよかったね」


 俺は学生鞄を机の上に置いて、


「ほれ。ここにでも座ってくれ」


 テーブルの横に座布団を一つポンと敷いた。


「あ、どうも」


 そこに正座するクファム。それから俺は気付く。


「あれ? おまえにとっては座布団なんて意味ないんだっけ? 確か幽霊はなんでも通り抜けてしまうんだろ?」

「それはそうなんですけど……」


 クファムは座布団を触りながら、


「でもやっぱり座るものがあるとうれしいですよ」

「え、そうなの?」

「はい。座るときに椅子とかがあると楽なのは楽なんですよ。そういうふうにできているんです、幽霊って」

「は? いったいどういうことだ?」

「えーとですね、わたしの体は魂でできているのですが魂といってもすべての物質的な抵抗を受けないかというとそうではないんです。エネルギーとしては高次元の振動によって発生しているものなんですけど、そのうち三次元までの振動は物質として相互に反応するのでわずかではありますが物の感触はわかるし魂を維持するのが楽になるんです。重力は幽霊にも関わってきますしね。わたしの言ってること、わかります?」

「うーん、わかるようなわからないような」


 嘘です。まったくわかりません。俺は首をひねりながら答える。


「まあ、なんにしろおまえみたいなゴーストドラゴンだか何だかにも座布団は必要だってことなんだな」


 クファムは笑顔でうなずく。


「はい、そんなところです」


 俺はまた尋ねる。


「もしかしてお茶とかお菓子とかもいる? いるなら母屋から持ってくるけど」


 クファムは手を横に振る。


「あ、いえ。おかまいなく。食べたり飲んだりはさすがにできないので。そういうのは大丈夫です」

「はあ、そういうもんなんだ」


 俺の方は机の椅子に座る。回転椅子なので反対側まで回ってクファムの方に体を向ける。


「それでおまえは話がしたいなんて言っていたが、いったい何の話がしたいんだ?」


 すると、


「もう。せっかちですね、彦馬さんは」


 クファムは頬をふくらませる。


「そんなんじゃ女の子に嫌われちゃいますよ? もっとおおらかで余裕を持って女の子には接してあげないと」

「……いや。今はどうでもいいよ、そんなこと」


 なんでドラゴンに恋愛について説教されなきゃいけないんだ、俺は。それより俺も忙しいんだ。暗くなる前に犬を散歩に連れていきたいしな。話ならなるべく早くして欲しいものだな。


「でも、まあいいでしょう。さっきの話、続けましょうか」


 クファムは少し首を傾げて、


「えーと、どこまで話をしましたっけ? 何を話すのでしたっけ? あ、そうそう。わたしのことについてでしたね」


 それから、やや真面目な声で話し始めた。


「わたしはあなたも見たとおりいわゆる『ドラゴン』です。それはわかりますね?」

「うん」

「ではドラゴンというのはどういう生き物かというと実は恐竜が進化して生まれたものなんです。今から数億年前に地球上では恐竜が繁栄していました。その中で一部のものだけがより知能や体の能力が発達していってドラゴンという種が生まれていったのです」

「はあ」


 ぼけ~と聞く俺にクファムは続ける。


「そして、当然のことながらドラゴンは地球上でもっとも力を持った生き物となって栄華を極めました。どんなに大きな恐竜でも補食することができましたし今の人間以上の文明を築き上げることもできました。わたしたちは数こそ少なくいくつかの小さな国だけに暮らしていたのですが、圧倒的な力で世界の頂点に君臨していたのです」

「ふ~ん。じゃあ、ドラゴンっていう生き物は本当に実在したんだな。架空の存在じゃなかったのか」


 俺は多少の興味が湧いてきたので尋ねる。


「でも、なんでそれほどの力を持ったドラゴンがいなくなってしまったんだ? しかも何の痕跡も残さずにさぁ」


 俺はしゃべりながら気付く。


「あ、なんかその話は聞いたことがあるような。確か巨大な隕石が地球に落っこちて恐竜は絶滅したとかなんとか。おまえたちもそれで死んでしまったのか?」


 その問いにクファムはやや声の調子を落として、


「いい質問ですね。でも残念ながら答えははずれです。わたしたちドラゴンは隕石の落下ではなく戦争で滅んでしまったのですよ。同じドラゴン同士の戦争で。しかも、その戦争はひどく凄惨なもので最後にはとても強力な爆弾の攻撃によってすべての国が跡形も残らずに消滅してしまったのです。そのために高い文明を持ったドラゴンが存在していたという証拠は今にはほとんど残っていないというわけなのです」

「……はあ、そうなんだ」


 なにやら暗い話。クファムは続ける。


「そして、ドラゴンの中でもかろうじてわたしだけが特殊な装置により死後も幽霊となり存在することができたのです。その後、わたしは幽霊の体で今までの約一億年の間、存在し続けました。わたしの体は霊的なものの中でもかなり特殊な部類に入るらしく、わたしのことは今まで誰も見ることも触れることも声を聞くこともできなかったわけですが、わたしは今日初めてあなたに会って一緒にお話をすることができたというわけです」


 また、もとの明るい声に戻ってクファムは話を終えた。


「わたしの話はこんなところです。わたしのこと、少しはわかってもらえたでしょうか」


 しばらくして、なんとか俺はその話の感想を口にすることができた。


「な、何かすごい話だな。俺の想像力ではあまり理解できそうにないけど……」


 クファムをじっと見ながら、


「おまえがとんでもない存在だということだけは理解できたよ」

「えへっ。そうですか。えへへ」


 言われて嬉しそうな顔を見せるクファム。


「じゃあ、次は彦馬さんに話してもらう番ですね」


 それからクファムは俺について聞いてきた。


「彦馬さんはどうしてわたしのことが見えるのですか。前も少し言ったと思うんですけどわたしの体がはっきり見える人間、生物なんて今までまったくいなかったはずです。少なくともわたしの知る限りでは。わたし、本当にあなたのことは不思議なんです。自分のことに何か心当たりとかあります?」


 俺は答える。


「心当たりってほどでもないが。でも俺は生まれつき幽霊を見ることができるんだ」

「へぇー。いわゆる霊能力者ですね」

「ああ、そうだ。それに俺は幽霊が見えるだけじゃなくて直接触ることもできる。つまり俺はいわゆる霊感ってやつが普通の霊能力者より強い体質のようなんだ。だから、おまえのことを見たり触れたりできるのもたぶんそのせいじゃないのかな」

「なるほどー。そうなんですかー」


 彼女は感心したように言う。


「実は普通の幽霊とわたしとでは同じ幽霊でもかなり作りが違うのですよ。普通の幽霊とわたしとでは成り立っているエネルギーの次元が違うのでいくら霊能力者でも同じように見ることはできないのです。さらに触れるともなるとなおさらです。彦馬さんの場合は霊感が強いどころの話ではないですよ、それは」


 クファムは俺の顔をまじまじと見ながら、


「やっぱり彦馬さんはすごいですねー。あなたほどの人間は本当にいないですよ。あなたほど変わった人間は本当にいないですよ。彦馬さん、すごいですぅー」

「……いやまったく誉めてないだろ、それ」


 半眼で見返す俺。クファムは気にもかけずに相変わらずにこにことしている。


「えへへ、えへへ」


 いったい何がそんなに喜ばしいのか。俺にはとんとわからないな。とにかくクファムの機嫌がすごくいいということだけはわかるのだが。

 しかし、それにしても……。俺は今さっきクファムが話したことを思い出す。大昔の地球には恐竜のほかにおとぎ話に出てくるドラゴンが本当に実在していて世界に君臨していた。しかし、そのドラゴンは大きな戦争で一体残らず滅んでしまった。話をまとめると確かこんな感じだったと思うが。


「いやぁ~」


 俺は小さく首を振る。本当にものすごい話だな。俺はだんだんとさっきの話の重大さがわかってくる。こんな話、学者さんとかが聞いたら仰天するだろうな。まさか本当にドラゴンがいたなんて。まあ、絶対に誰もこんな話は信じないだろうけどな。でもクファムの話は嘘ではないだろう。こんな嘘を俺についたところでなんにも意味はない。こいつの存在自体も話を裏付ける充分な証拠みたいなもんだしな。


「ん、待てよ」


 ここで俺は一つの疑問が浮かんだ。

 今の話が嘘でないとしたらだ。だとしたらこのクファムはそんなことを俺に伝えて何をしようっていうんだ? このクファムはいったい俺に何をさせたいというんだ?

 俺はふとそんな疑問を抱いて考える。

 まさか、この俺に今の事実を世界に広めろ、とか言うんじゃないだろうな。それとも俺に自分の言葉を人類に伝えるための通訳になれ、とでも言うのだろうか。ひょっとしたら世界制覇とか人類の征服なんかをたくらんでいるんじゃないだろうな。

 ちらりとクファムの様子を見やる。彼女はいまだ幸せそうに笑みを浮かべたままだ。

 うーむ、こいつの様子からは何か深いことを考えているとは到底思えないのだが。ええーい、こんなこと考えてるだけじゃいつまでたってもわからないな。直接、クファムに聞いてみるか。

 俺はこれらの疑問を彼女にぶつけてみた。

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