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恐怖の出会い

 その日の放課後。やっと今日の授業がすべて終わって学校から解放されるときがきた。


「う~ん、今日も一日疲れたぁ~」


 自分の机の横に立って体を伸ばす俺。高校生になってからは勉強の内容も難しくなって大変だし今日は朝からいろいろあった。やっと楽な気持ちになれた。この開放感はたまらないな。体が軽くなった気分だ。


「さあ、さっさとうちに帰るか」


 俺は鞄を手に家路へと向かおうとする。


「普通、普通、普通が一番」


 俺は学校を出て、また歩いて家へと帰っていく。


「とにかく普通が一番だな」


 相変わらず俺はその言葉を口癖のように唱えて歩く。

 この日も俺はいつものように決まった道を通って下校する。朝に来た道を帰っていく。それだけだった。まだ日も暮れるような時間じゃないしやっかいな幽霊に出会うこともまずないだろう。今朝みたいに日の明るい時間からはっきりと活動する幽霊に会うことは本当に少ないんだ。あれは例外みたいなもんだな。だから、毎日の登下校中にいちいち幽霊のことなんて気にしてはいられない。


「今朝はいろいろとついてなかったが、さすがに帰りは大丈夫だろう」


 俺はのんきに鼻歌でも歌いながら歩いていく。俺の頭の中はすでに家に帰ってからのことでいっぱいだ。


「早くうちに帰って犬を散歩に連れていかないとなー」


 俺の家では犬を一匹飼っていた。十兵衞という名前の犬なんだが特に俺がかわいがって世話をしているんだ。その十兵衞を毎日学校から帰ったあと散歩に連れていくのが俺の日課であり最大の楽しみでもある。


「犬の散歩なんて、これぞ普通の日常、って感じだもんな。もう俺にとっては最高のひとときだぜ。十兵衞、待ってろよ。もうすぐ散歩に連れていってやるからな」


 俺はやがて家の近くまで帰ってくる。辺りには田んぼや畑、ビニールハウスが広がっていて、その間に延びる農道にさしかかる。二台のトラクターがぎりぎりすれ違うことができるぐらいの広さの道で、舗装されたのはもうずいぶんと昔のことらしく少しでこぼことしている。その道を進んでいく俺。

 ふと空を見上げる。今日は天気も良く、雲一つない青空が広がっていた。さあっ、と辺りに咲いた野花をひとなでするような風が吹き、ふんわりとした暖かい空気が頬をなでていく。


「ああー気持ちいいなー。春って感じだなー。この季節がずっと続けばいいのになー」


 少し足を止めて青空をぼうっと眺める俺。


「……ん?」


 その俺の視界に、


「……なんだあれは?」


 何かが飛び込んできた。空を何かが飛んでいる。


「……鳥かな? やけに大きな鳥だなぁ」


 ちょうど俺の正面の方角から何かが飛んできていた。真っ青な空に白っぽい何かの姿が浮かんでいる。初めは鳥かと思ったが、


「いや。鳥ではなさそうだ。なんかものすごくでかいぞ」


 だんだんとこちらの方へと近づいてくるにつれて、それはかなりの大きさであることがわかってきた。小型の飛行機ぐらいはありそうな大きさだった。


「飛行機かな? 自家用の小型飛行機か何かだろうか?」


 だが、それにしては飛んでいる高度が低すぎる。それにその飛行物体はどちらかというとゆったりと空を飛んでいる。


「なんだぁ~? やっぱり飛行機じゃなさそうだな。じゃあヘリコプターかな?」


 こちらへ向かってくるそれ。いや、どうやらヘリでもなさそうだ。ヘリならもっとプロペラの音が聞こえてくるはずだ。それにだんだんとはっきりしてきたその飛行物体の形もヘリとは似つかないもののようだ。やはり大きな二つの翼がある。


「形は飛行機のようだけど飛行機ではないなぁ」


  俺は考える。


「……アドバルーンかな。派手そうな形だから遊園地とかの興行用のアドバルーンかな。ああ、わかったぞ。例えばアドバルーンの手綱が壊れたか何かして風に流されてここまで飛んできた。きっとそんなところだろう」


 俺はもうすぐそこまで飛んできたその物体を見ながらほっと気をゆるめる。


「なんだ。驚かせやがって。人騒がせなアドバルーンだぜ、まったく」


 そのアドバルーンと思わしきものはほとんど俺の上ぐらいまで飛んできた。それのはっきりとした姿が俺の目に映る。そして、俺はようやく理解した。


「……いっ、いやっ、違うっ。まったく違う! あれはアドバルーンなんかじゃないぞっ!」


 俺は驚愕した。


「な、なんだこれはーっ!」


 俺の真上に飛んでいるものは明らかに飛行機やアドバルーンといった人工物ではなかった。時折羽ばたいたり角度を変えたりする二つの巨大な翼、胴体部分から生えている四つの手足らしきもの、長くて左右に揺らめくトカゲのような尾、先端の部分にはちらっと見えた感じではワニのような頭がついている。


「な、なんなんだよっ……こ、この生き物はっ……」


 それは間違いなく生物だった。ディテールまで細かくてリアルな体のつくり、なめらかで意思を感じさせる動き、なにより空を飛んでいる。人間にこんなものが作れるはずがない。かといって自然の中でもこんな生き物は見たことがない。あるとすれば映画やゲームの世界、まったくのファンタジーの世界だ。


「……ドラゴン?」


 そう、その姿はファンタジーの世界で『ドラゴン』とか『竜』とか呼ばれるものの姿にそっくりだった。


「…………」


 俺が空を見上げたまま愕然と立ち尽くしていると、その白いドラゴンは突如として顔を下に向けてきた。この距離からでもわかるギロリとした赤い目玉。それがまるで俺の体を捉えているかのようにこちらの方へと向けられたのだった。


「あわ、あわ、あわわ……」


 遠くからの視線だけで圧倒された俺は思わず地面に尻餅をつく俺。俺が動けずにいるとそのまま上空を通り過ぎたドラゴンは急に飛行する角度を変えてまた引き返すように旋回をし始めた。


「えっ……?」


 そして、今度は高度を下げ始めた。


「えっ、えっ……?」


 ドラゴンの行動に俺の頭はますます混乱する。


「何をやっているんだ、この生き物は? なぜ下りてくるんだ?」


 しかも、その視線は再び俺の姿を捉えているかのよう。まるで俺の方に向かってきているかのようだった。


「こ、こっちに来る? おいおいおいおい! まてまてまてまて!」


 俺の心臓はドクドクと限界まで鼓動を速める。


「な、な、なんでだっ! ま、ま、まさか俺をっ……?」


 そんなまさか。ありえない。なんで俺を? だいたいあの生き物は何だ? 何が目的だ? 俺をどうするつもりだ? 様々な疑問が頭を巡るが今は考えている余裕なんてない。恐ろしい姿をした生物がこちらに近づいて来ているのだ。当然、俺は逃げ出そうとする。


「ひいっひいいっひいいいいい」


 だが、立てない。立ち上がれない。腰が抜けていた。それでも必死に這いつくばって動こうとする俺。


「ば、化け物だっ! こ、殺される! た、助けてくれー、誰か、誰かあああ!」


 どさっ。何かが地面に降りてきたような気配がする。恐る恐る顔を上げると……。


「ぎゃあああああああああああ!」


 俺はのどが張り裂けんばかりの悲鳴を上げる。巨大なドラゴンが目の前に立って俺の体を見下ろしていたからだ。


「グフゥゥゥフゥゥゥ……」


 ドラゴンの息づかいがはっきりと感じられるほどの距離だ。


「あ、ああ、あああ……」


 焦点の定まらない目で見上げる俺。壁のように立ちはだかる謎の生物。

 真っ白で硬そうな鱗のようなものに覆われた体。体長は五メートルぐらいはあるだろうか。鈍く光るかぎ爪のついた前足に大木のように太い後ろ足。後ろ足を左右の畑にも突っ込んで前屈みの人間のように二足で立っている。

 顔はやはりワニなどハ虫類に近くごつごつとしているがタカなどの鳥類に近い鋭いフォルムも併せ持っている。耳元まで裂けた口の中からは背筋が凍りつくような牙が見え隠れしている。

 背中から生えた紅蓮のように赤い両翼、天を衝くような長い二つの角、怪しげな光をたたえた真っ赤な両眼などは悪魔を思わせる異様な存在感を放っており、その全体像はすべての生物を足下にひれ伏させてしまう威厳を身にまとっている。

 この生物は紛れもなくファンタジー世界の王『ドラゴン』と呼ぶにふさわしいものだった。


「グフゥゥゥ……」


 ドラゴンはギョロリとした珠玉のような眼を光らせ、俺の顔をのぞき込んでくる。


「たっ、たっ、助けっ……」


 もはや逃げることもまともに声を出すこともかなわない。あまりの恐怖に俺は今にも失神してしまいそうな状態だった。


「グワァァァ……」


 ドラゴンの口が開かれた。車でも丸呑みしてかみ砕いてしまいそうな巨大な口と凶暴な歯。

 もう駄目だ! 食われて死ぬ!

 俺は死を覚悟して眼を閉じた。しかし。そこへ。


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