夢と記憶(1)
「……これは?」
俺はある不思議な場所にいた。暗くて何もないようなところだが、視界のいたるところに小さく明かりを放つ粒のようなものが見える。その光の粒の色は様々だ。白いもの、青いもの、黄色いもの、赤いもの。まるでイルミネーションのように彩り鮮やかだ。中にはその光の粒が近い距離に集まってよりぼんやりとした雲のような形を作っているところもある。丸い雲、縦長の雲、帯のような雲。その形や大きさも様々だった。
「ここは……」
俺は今自分がいるような場所を知っていた。
「宇宙?」
そう。真っ暗で無数の星や星雲が輝くこの場所はテレビなんかで見たことがある宇宙という場所だった。
「なぜ俺が宇宙に?」
宇宙空間に漂うように浮かんでいる俺の体。あまり自由に動くことはできない。ただ、空気がない宇宙にいるはずなのに俺の体はなぜか平気なままで息も全然苦しくないようだった。
「そうか、わかった」
俺はすぐに自分の状態に気がついた。
「俺は今、夢を見ているんだな。本当の体は眠っているんだ。これは全部、夢なんだ」
砂漠で倒れた俺。そのことも覚えていたし、自分が今現在は眠っているいう自覚も不思議と俺にはあった。なので俺が見ているこの宇宙はすべて夢だということもはっきりと俺にはわかるのだった。
「ん、なんだ?」
急に俺の前で何かが起こった。目の前の空間で光が揺らめき始める。真っ暗でほとんど何もない宇宙空間、それが俺の前のところだけ波打つ水面のように揺らいでいるのがわかった。
「なんだ、なんだっ?」
驚く俺。ただし、怖かったり恐ろしかったりということはない。これは夢だからな。夢だとわかっているのに怖がるのは損だというものだろう。俺は比較的冷静に状況を見つめる。やがて、その空間の揺らぎは収まる。そして、そこには代わりに何か複雑な色や形をしたものが現れてきた。
「これはドラゴン? クファムかっ?」
俺は眼を見開く。俺の前にはドラゴンがいた。知った形のドラゴンだ。クファムや邪竜にそっくりな姿のドラゴンだった。しかし、俺の眼に映ったドラゴンは一体ではなかった。何十、いや何百という数のドラゴンが宇宙空間にいた。
「う、うわあ……い、いや、待てよ……?」
非常に驚いたものの俺はそのドラゴンたちをよく見る。正確に言えばドラゴンたちがいる空間をよく見る。するとわかった。このドラゴンたちは実物ではないということに。俺の目の前には本当には何も存在していないということに。
「これは映像か!」
俺の前にいる多くのドラゴンは何かしらの動きを見せていて声や音も聞こえてくる。それにドラゴンたちの姿を見ている視点、状況などもころころと変わっていく。まるで映画を見ているようだ。どうやら俺は宇宙に広がった巨大なスクリーンでドラゴンたちが出てくる映像を見ているようだった。
「う~ん、すごい迫力だ。最近の映画でもここまでリアルな映像は作れないだろうな。これはすごい」
派手に飛び回ったり武器を持って戦ったりしているドラゴンたちの動き。それを見ながら俺は妙な感心をしているのだった。そんなとき、こんな音声が聞こえてきた。
『姫様、姫様!』
森の中に建つ城のような立派な建物の中、一体のドラゴンが視点方向に近寄ってきて話しかけてきた。
『ここはすでに危険です。敵はすぐそばまで来ています。どうかお逃げください!』
『……そんな! みなさんを置き去りにしてわたしだけ逃げることなんてできません!』
その声を聞いて俺は叫んだ。
「クファム! クファムかっ!」
今の声はクファムのものにそっくりだった。声は続く。
『わたしはこの国の王女クファムです。わたしも最後までまでここに残って戦います!』
やはり間違いなかった。この声の主はクファムだった。
『姫様、どうか言うことを聞いてください』
『いやです、いやです!』
クファムとそのドラゴンの会話は続くが、
「あれ、でも……クファムらしきドラゴンはどこにもいないぞ。あれ?」
俺は考える。さっきのドラゴンは視点に向かって姫様と話しかけていた。そして今、映っている映像のどこにもクファムの姿は見当たらない。ということは……。
「この映像はクファムの視点で作られているのか?」
いや、もしかすると……。
「この映像はクファムの記憶なのでは?」
俺にはそんな気がしてくるのだった。さらに進んでいく映像。みなは視点に対して話しかけてきて、そのたびにクファムの声が聞こえてきて会話をおこなっている。どうやら視点の主もクファムで間違いなさそうだ。それに、このあまりにも現実的な映像や会話のやりとり。これはどう見てもフィクションではない。これは実際にあった出来事に違いない。
「やはりこの映像はクファムの過去の記憶で間違いなさそうだな」
そう言えば。思い出した。
「俺はクファムを助けるために彼女の魂を自分の体の中に入れたんだっけ? これはその影響か?」
俺とクファムの魂は一時的にしろ一体化したことになる。だとすれば、俺の中にクファムの記憶が混入してきてもおかしくはないかもしれない。俺は納得する。
「そうか。つまり俺は夢の中でクファムの記憶を見ているというわけか。なるほど。やっとわかったぜ」
そうとわかればもう難しく考える必要はない。俺としてはただ単純に目の前の映像を見続けるだけだな。映像は相変わらずクファムがいろんなドラゴンと慌ただしく会話している様子が映っている。
「なんだか女の子の生活を盗み見ているみたいで気が引けるな、これは」
そんなことも思ったりする俺。映像は続く。
『姫様、城はもう限界です! まだ安全な基地までお逃げください!』
『そんな! わたし、まだっ……』
『おい、姫をお連れしろ』
『はっ!』
『いやです! そんな、待って!』
しかし、記憶の内容はかなりシリアスな状況のものようだ。この映像にある城がクファムの家、今までの会話からするとクファムはどこかの国のお姫様のようだな。そして、その国は他国と戦闘状態でありすでに敗勢にある。そのためクファムはどこかに逃げ出さなければいけない。どうやらそういう状況らしい。
『……お父様、お母様。どうかご無事で』
巨大な飛行船に乗って城を脱出するクファム。その船は民間船というよりは軍艦のようで、中ではクファムと同じように城から離れた大勢のドラゴンたちが身を寄せ合って不安そうにしている。子供や負傷したドラゴンが多いようだった。
「どこにでも戦争はあるんだな。ひどいもんだ」
俺は顔をしかめながらその映像を見る。
やがて、しばらくして。またシーンが変わる。飛行船の中、操縦室のようなところ。船のクルーらしきドラゴンたちの声が聞こえてくる。
『ちくしょう、追っ手か!』
『まずいぞ、追いつかれる!』
『当艦はただいまより交戦状態に入ります。当艦はただいまより交戦状態に入ります。一般民のみなさまは避難区画にお急ぎください。繰り返します。当艦は……』
激しく揺れる飛行船。絶え間なく鳴り響く警告ブザーの音。爆発音。さらに揺れる船。操縦室にいたクファムに沈痛な面持ちのドラゴンたちが話しかけてくる。
『姫様、どうぞこちらへ』
どこかの格納庫のようなところに連れていかれたクファム。そこには数体のドラゴンがいて言った。
『姫様、ここからは船を出て我々と逃げていただきます』
『えっ? どういうことです?』
『この船も戦闘に入りました。もはや安全とは言い切れません。姫様にはより安全な状態でほかの土地まで向かっていただきたいと思います』
『み、みなさんはどうなるのですかっ?』
『ほかの者たちのことはご心配なく。それより、急ぎましょう』
そのドラゴンはすぐにほかのドラゴンにも言う。
『では、行こうか』
『え、そんな。わたしはここでみなさんと……』
何か言おうとしているクファムにそのドラゴンは、
『姫様は我々の最後の希望です。どうか、どうか生きのびてください』
そうして、クファムはなかば無理矢理に外へと連れ出されてしまった。
『ううぅ……わたし、どうしたら……』
ドラゴンたちと高速で飛行しながら悲しみにくれるクファム。しかし、そこへ。
『きゃあっ!』
クファムたちの体に衝撃が走る。爆発音。どうやら誰かが攻撃を受けたようだった。
『ぬあああーっ!』
傷ついて地面へと落ちていくドラゴン。気がつくとクファムたちは数体の敵のドラゴンに囲まれていた。
『うおおお!』
『はあああ!』
激しく展開されるドラゴン同士の戦い。
『わ、わたしも!』
クファムも剣を出して懸命に戦う。しかし。
『みなさんっ!』
ついにクファムの仲間はみな倒されてしまった。クファムも限界だった。
『きゃああああ!』
敵の放った閃光をくらってクファムの体は地面へと落ちていく。ドサッ。どこか草原のような場所に落ちたクファム。
『うぐっ……』
クファムは深い傷を負いながらもまだ生きていた。薄れいく意識の中、誰かの声や再び戦闘の音が聞こえてきた。
『ちっ。援軍か』
『姫様を救出しろ!』
『仕方ない。いったん退くぞっ』
『いたぞ! 姫様はここにいたぞ。まだ生きている!』
『早く施設に連れて行くぞ。近くにはもう敵はいないな?』
どうやら味方が助けに来てくれたようだった。クファムはどこか建物の中に運ばれていった。途切れ途切れになる意識。その耳に言葉が入ってくる。
『姫様、残念ながらあなたの体はひどく損傷されています。このままではあなたの命はもう長く持ちますまい。そこであなたには特殊な措置をほどこすことにいたしました』
しゃべることのできないクファム。声は続く。
『我が国で秘密裏に開発されていた肉体から魂を抜き出し幽霊へと体を変化させる装置。これをあなたに使わしていただきます。まだこの装置は完璧に作動するかどうかわかりません。しかし、あなたが助かる方法はこれしかないでしょう。姫様、よろしいですね?』
かろうじてうなずくクファム。
『よし、とりかかるぞ』
横に置かれた十メートルはあるカプセル状の装置の中に入れられるクファム。すぐにその中は何かの液体で満たされていく。
『お父様、お母様……』
こうして、クファムは眠りについたのだった。
「……クファム、おまえにはこんな過去があったのか」
俺はいつの間にかこのクファムの記憶にある映像を食い入るように見続けていたのだった。




