邪竜の居場所
話はここから最終章に入ります。シリアス展開になります。ご了承ください。
砂漠の横に沿った道を歩く俺たち。空はすっかり暗くなり電灯もまばらなので俺たちの手には用意していた懐中電灯が握られていた。
「ちょっと遅くなりすぎたかしら。でも、こんなに暗いと転んじゃいそうだから急ぐわけにもいかないわね。困ったわ」
「大丈夫ですよ、のゆりさん。うちの船のクルーには帰りが遅くなるかもしれないと、あらかじめ伝えていますから。慌てずに帰りましょう。きっと戻った頃にはおいしい夕食を用意してくれているでしょう」
「夕食かぁ。お腹減ったなぁ。僕も夕食はすごく楽しみだよ」
俺たちはほとんど懐中電灯の光を頼りに夜道を歩いていく。
「本当に暗いわね。危ない動物とかに会わないといいんだけど」
のゆりさんの言葉に藤々川は、
「それも大丈夫ですよ。この島には人を襲うような動物はまったくいないみたいですから。ただし、動物どころか邪竜はいるかもしれないですけどね」
「うふふ。そうかもね」
俺たちは笑いながら歩いていく。俺は言う。
「あーあ。でも結局、この島の謎はたいしたことのない感じでしたよね。オカルトとか言っておきながらほとんどテーマパークとか完全な観光地みたいな雰囲気だったし。もうちょっと真剣に謎とか伝承とかは考えてみたかったんですけど。これじゃあまったくのデタラメですよね。残念ですよ」
がっかりした俺に対してのゆりさんは意外にもこんなことを言ったのだった。
「そうかしら? あたしはまだこの島には何かあるような気がするんだけどねぇ」
「えっ。どういうですか?」
みんなが足を止めて一斉に視線を送る中でのゆりさんは続ける。
「確かにあたしたちが見て回ったところはどこも普通と変わりない場所だったし、書いてあった案内もギャグみたいな感じだったわ。だけど邪竜に関する伝承自体はすべてがデタラメじゃないような気はするわね、あたしは」
俺はのゆりさんの意見を否定するわけではないがいちおう聞いてみる。
「や、やけに具体的な感想ですね。伝承に関してはデタラメではないんですか。そう思う根拠はなんなんですか?」
「やっぱりかすかではあるけれどこの島からは妙な力を感じるのよね。力ってほどではないかもしれないけど。雰囲気? 少しだけ嫌な雰囲気を感じることはあるわね」
「……嫌な雰囲気ですか」
「彦馬くん、君はどう? 君はあたしより霊感が強いじゃない 何か感じない?」
「う~ん。どうでしょうか」
確かに俺は霊感は強いが漠然とした雰囲気、なんて言われてもまったくぴんとこないな。こういったことは女の人の方がわかるのかもしれない。
「俺にはわかりませんが、のゆりさんがそう言うんだったら俺も信じますよ」
「あら、彦馬くん。うれしいことを言ってくれるじゃない」
にっこりと微笑むのゆりさん。
「つまるところは何かがあるかどうかってことなのよね。もしかしたらオッシーみたいな動物霊かもしれないし。実際に邪竜はいないとしても、例えばほら、めずらしい自然現象とか何かが」
「自然現象?」
「そう。例えば蜃気楼が起こったり放電現象や発火現象が起こったり。そんなことならいくらでもあり得るし話として残ってもまったく不思議ではないわよね。この島でもそういったことがあって竜の姿と見間違われてしまったんじゃないかしら」
「自然現象ですか。なるほど」
そういう話なら俺でも理解できる。幽霊なんかも実は自然現象の見間違いっていうのが一番多いらしいしな。自然が相手なら考え甲斐も調べ甲斐もあるってもんだな。俺は一気にのゆりさんの言葉に引き込まれる。
「それに、自然現象ならいつどこで起きるか時間や場所も決まってることが多いから伝承なんかにもなりやすいわね。きっとこの島の中で決まったある時ある場所で何かが起こるはずなんだわ。うん、そうに違いないわ!」
「……時間、それに場所ですか」
「そう。だから、逆に言えば謎を調べるにはまず時間と場所から紐解いていくのがいいかもしれないわね」
「……そうか。いつどこで。時間、場所か」
俺は考えを巡らす。この島に残るいくつかの伝承、邪竜がいると錯覚するような出来事。のゆりさんの言う自然現象、時間と場所。
「もしかして……」
ふと、俺の頭にあることが思い浮かぶ。いきなり謎のすべてはわからない。しかし、少しずつはわかってきたような気がする。まずは場所について。このことだけなら今の俺にも思い当たることがあった。
「う~ん、これだとどうだろうか」
俺は頭に浮かんだ考えをまとめる。そして、その自分の考えをみんなに話してみることを決めた。
「のゆりさん。俺、どうやら場所に関してはわかったような気がしますよ」
「えっ? 彦馬くん、それは本当?」
今度みんなは俺を一斉に見る。俺は話す。
「はい。そういったなんらかの自然現象が起こりそうな場所、このことについて俺は考えてみました。聞いてください」
みんながうなずくのを見て俺は続ける。
「まず候補地としては今日俺たちが回った四つの場所のどこかで間違いないと思います。やはりきちんと伝承が残っているところが怪しいと思います」
「そうね。何もないところからは何の話も生まれてこないものね」
「はい、するとですね。砂浜、滝、砂漠、洞窟のうちのどれかということになります。ここでそれぞれの場所の案内にあった伝承を考えてみたいと思います。僕にはやはりこれらの伝承が邪竜の居場所を示すヒントになっていると思うのです」
俺はバッグから島のパンフレットを出して各地の伝承が書いてあるページを開く。
「では最初は砂浜についてです。あの場所にあった伝承はこういうものです」
パンフレットに書かれた伝承を懐中電灯で照らしながら読み上げる。
『邪竜島、第一の謎。イヴィル・ドラゴン・ビーチ。このビーチは邪竜による正体不明の暗黒エネルギーによって砂浜全体が満たされている。この場所に長時間いると、なんと暗黒エネルギーによって肌が黒く焼けてしまうのだ! ひどいときには体調不良をきたすこともあるという。これはまさに邪竜のエネルギーに体が冒されてしまうと言えよう』
俺はため息をついて言う。
「この伝承は完全なこじつけでしょう。客寄せのための作ったもので、まったく中身のないデタラメです。なのでまず砂浜は候補からは除外しましょう」
みんなも苦笑している。
「次に滝についてです。ここの伝承も読んでみましょう」
『邪竜島、第二の謎。邪竜の滝。この滝は暗黒パワーで染まりきった島の中で唯一聖なるパワーが残っている場所である。さすがの邪竜もこの滝には困っている。あまり近寄ることができない。でも、お客さんが来ないと困るので名前だけは邪竜と付けて呼ぶことにしている』
「この伝承も冗談のようですが実は考慮すべき点が一つだけあります。それは滝には邪竜があまり近寄ることができない、という部分です。邪竜が来ない。つまり、それは滝ではなんの現象も確認されていない、滝では何も起きないということなのです。そう考えると滝も自然と候補からは外れるでしょう」
みんなは黙って俺の話を聞いている。
「そして、最後に訪れた洞窟です。ここの伝承はこうです」
『邪竜島、第四の謎。イヴィル・ドラゴンズ・デン。この洞窟はその名の通り邪竜が住んでいると言われる大変に危険な場所である。洞窟の中には恐ろしく邪悪な竜が眠っていて不用意に近づいてしまうと食べられてしまうかもしれないぞ! ただし、この洞窟は海鳥たちが毎年、巣を作ったりしていてけっこううるさい。これでは邪竜も落ち着いて寝起きはできないかもしれない。実際問題としてこの洞窟は邪竜にとって住みやすいところでないのでは? という意見が我々の邪竜研究における最前線である』
「かなり長い伝承、というか案内文ですけど、この中で注目すべき点は『海鳥たちが毎年、巣を作ったりしていてけっこううるさい』という部分です」
この俺の言葉に藤々川が口を開いた。
「おいおい、なんだ彦馬。その部分のどこがおかしいんだ? 洞窟に海鳥の巣があるのは普通のことじゃないのか?」
俺は答える。
「そう、洞窟に海鳥の巣があるのは普通だ。でも、なんらかの自然現象、それも邪竜なんて言われるほど危険なことが起きる場所に海鳥が巣を作るだろうか」
「そうか、なるほど!」
声を上げる藤々川。俺は説明を続ける。
「動物は巣を作る場所には非常に気を遣います。危険なことがありそうな場所には絶対に巣は作りません。それも毎年のことなのであの洞窟に何かあれば海鳥たちは必ず気がつくことでしょう。それなのに海鳥たちが毎年、巣を作り続けているということはあの洞窟が安全である何よりの証拠と言えるでしょう」
俺は話のまとめに入る。
「以上のことをまとめたらですよ、後は消去法で決まってしまいます。邪竜がいるとされる場所は……」
のゆりさんが重々しく言う。
「邪眼砂漠ってことね」
「はい、そうです。ちなみにこの砂漠での伝承も見てみましょう」
『邪竜島、第三の謎。邪眼砂漠。この砂漠も邪悪なオーラに満ちているが、実はここについては未だあまり多くのことがわかっていない。なぜなら砂漠なんて誰も好きこのんで入っていったりしないからである。砂漠の中は焼けるように暑いし砂が口や鼻に入ったりして気持ち悪い。下手をすると迷子になってしまうかもしれない。みんなもこの砂漠に入るのはやめた方がいいと思うぞ!』
「この伝承の中には『砂漠なんて誰も好きこのんで入っていったりしない』とあるようにこの砂漠では邪竜の姿、つまりなんらかの現象が多くは人目についていない、と考えるべきでしょう。だから、今まで邪竜の謎は誰にも解けなかったのです。そう考えても邪竜が出る場所はこの邪眼砂漠で間違いないでしょう」
ちょうど俺たちが今いる道の隣に広がるのが邪眼砂漠だ。俺たちは示し合わせたようにその砂に覆われた土地をじっと眺める。ややあって、のゆりさんが口を開く。
「彦馬くんのいうこと、正しそうね。何かあるとしたらきっとこの砂漠の中にあるのでしょうね」
藤々川も、
「これで場所はわかったな。となると、後は時間が問題か」
公理は首をひねる。
「この砂漠の中ならいつでも邪竜が現れるってことじゃ伝承なんかにはならないよなぁ。きっと時間的にも制約あるんだろうと思うよ」
俺はまた考え始める。
「時間、時間か。それに伝承、伝承……」
ふと、空を見上げる。
「あっ!」
そして、俺はまた閃いたのだった。俺は慌ててのゆりさんに尋ねる。
「そう言えば、のゆりさん。この島全体に残る伝承はなんでしたっけ? あの邪竜が目覚めるとかなんとかいうやつです」
「ああ、あれね。わかったわ、もう一度言うわね。いい? しっかり聞いてね。『月陰りしとき、妖しき光の導きにて、力あるもの石に触れ、ついに邪竜目覚めん』よ」
その言葉を言い終えた後、のゆりさんも何かに気づいたように、あっ、と声をもらした。
「やっぱりそうだ! そうなんですよ、のゆりさん!」
「なるほどね。あたしも彦馬くんの言いたいことがわかったわ!」
のゆりさんはきょとんとしているみんなに説明する。
「時間に関してのヒントはこの伝承の中にそっくりそのままあったのよ。この『月陰りしとき』ってところ。つまり、邪竜が現れる時刻は月が出る夜ってことなのよ」
「ああっ、そうか!」
納得の声を上げるみんな。俺は補足する。
「しかも、ただの夜じゃない。月が陰るんだ。そして、おそらくこの場合の陰るということは月が新月の状態になるということだと思う」
「新月? 一ヶ月に一度、月が見えなくなるときのことか」
「そうだ。伝承を信じるなら邪竜が現れる、自然現象か何かが起こるのはきっと新月の夜にかぎったことなんだと思う」
藤々川に答える俺。のゆりさんがまたもあっ、と声を上げた。
「もしかして、今日は……」
空を見上げるのゆりさん。そして、そこに月の姿はまったく見えなかった。
「どうりで今晩は暗いと思ったわ。月が出てないんですもの。今日は五月の三日……」
「はい。今日は五月三日。ちょうど新月の晩です」
俺とのゆりさんを除く三人がはっと息をのむ。
「おいおい。と言うことはだぞ……」
動揺したような藤々川。
「今日、今からこの砂漠には、邪竜が現れるかもしれないってことなのかっ?」
「…………」
誰もすぐには答えない。みんな答えはわかっていた。ただ、あまりのことに口に出すのがためらわれたのだった。
「どうする、みんな?」
のゆりさんが沈黙を破った。
「今のあたしたちの状況、邪竜の正体を調べようと思えば調べられる状況よ」
真剣な声音で続ける。
「ただし。もしかしたら危険をともなうことかもしれない。何が起こるかはまったくわからないし、ただでさえ夜の砂地に入っていくのは危ないことよ。やるからにはそれなりの覚悟が必要ね」
「…………」
再び沈黙。
「俺は行くよ」
俺は悩んだ末に宣言した。
「……彦馬くん?」
みんなは意外そうに俺の顔を見ている。今までオカルトに対して興味を持っていなかった俺が言うんだ。無理もないだろう。でも、俺はどうしてもこの島の謎を解き明かしたかった。
「おそらく邪竜島の謎を解明できるのは世界の中で俺たちだけだ。今このチャンスを逃したら永遠に島の秘密は闇に埋もれてしまう気がする。俺は自分にしかできないことをやりたいと思う」
俺は砂漠へと足を進める。
「ただ、みんなを無理に巻き込むわけにはいかない。ここは俺一人でも行くつもりだ」
すぐに俺の横に並んだのは藤々川だった。
「俺だってオカルトの研究をしているは決して遊びではないんだ。これでも子供の頃から一生懸命やってる。人に馬鹿にされることもあるが俺は真面目に精一杯やってるつもりだ。今回も当然そうだ。いや、今回のことは今までとは全然違う。今までで一番大きな謎だ。俺もこのチャンスを逃したくはない。ここは絶対に俺も行かせてもらうぜ!」
公理、それにのゆりさんもすぐに後を追ってきた。
「待ってよ、二人とも。僕も行くよ。僕だって科学のよるオカルトの解明には全身全霊をかけてるんだ。僕も行くよ!」
「あたしはオカルト研究部の部長よ! あたしを置いていくなんてダメよ、みんな!」
こうして俺たちオカルト研究部のメンバーは全員が夜の邪眼砂漠へと入っていったのだった。




