島と謎をめぐる
しばらくビーチでの遊びを満喫した俺たち。昼食に名物『邪竜焼きそば』なる怪しげだがうまくもまずくもない焼きそばを食べた後、次の観光スポットを目指して島の中を歩いていた。
「ふーん。島の中は森、というか林になっているんだな」
まばらに生えた木々の間を通る道を進んでいく俺たち。食後に緑で囲まれた自然の中をゆっくりと散策するのも悪くはない。林の中の道は思ったより広くてきちんと整備されているので歩きにくいということもなかった。
「ねぇねぇ、のゆりさん。次の場所はなんてところですかぁ?」
まるで妹のようにのゆりさんの側を寄り添って歩くクファム。のゆりさんも笑顔を向ける。
「うふふ。次はね、邪竜の滝ってところよ」
「邪竜の滝……この島には滝もあるんですか」
「そうみたいね。あまり大きなものじゃないみたいだけど。でも、その滝もドラゴンに関係した謎とかいわくがあるみたいよ」
「なるほどー」
少し歩くと道の横に小川が流れ始めた。その川に沿うように山の方に向かっていくと、すぐにその滝が俺たちの前に姿を現した。
「おー、これが邪竜の滝かぁー」
滝を見上げる俺たち。ごつごつとした灰色の岩肌を一直線に流れ落ちる水。だいたい五メートルぐらいの高さだろうか。滝壺まで近寄っていくと激しく水しぶきが舞い上がっていて、ひんやりとした水けむりがほてった体を包んでくれてとても気持ちがよい。
「あら、けっこうすごい滝じゃない。思っていたよりもずっとちゃんとしてる滝なのね」
のゆりさんは小さく首を傾げながら、
「滝っていうのは心身を清めたりする神聖な場所だから、邪竜なんて呼び名は全然ふさわしくない感じなんだけどね。あたしの霊感でもこの滝からは悪いものは一切感じないわ。それどこか清らかなほどのエネルギーに満ちたとてもいい場所よ。清々しい気分になれてすごく心が落ち着くわ」
俺はのゆりさんの言葉に同意する。
「確かに。そう言われてみればそうですよね。俺も邪竜とか悪霊とか悪い感じのものはこれっぽっちも感じないです」
辺りを見回すとここにもビーチなどで見かけたドラゴンの像と案内板が建っていた。案内板に書かれたこの場所にまつわる伝承とか謎に関する説明を読んでみる俺。
『邪竜島、第二の謎。邪竜の滝。この滝は暗黒パワーで染まりきった島の中で唯一聖なるパワーが残っている場所である。さすがの邪竜もこの滝には困っている。あまり近寄ることができない。でも、お客さんが来ないと困るので名前だけは邪竜と付けて呼ぶことにしている』
「……え?」
一瞬、書いてあることに理解が追いつかない俺であったが、
「ふざけんな! なんだ、この謎はっ」
ようやく俺は怒りの声を上げる。
「もはやこじつけですらあきらめてるじゃねぇか。嘘の名前を付けるんじゃねぇよ。しかも、自分で嘘をばらしちまってるし。わけわかんねぇよ!」
そんな俺の怒りも知らずにほかのみんなは滝壺や小川で遊んでいたりする。
「うおっと。冷たい水だな」
「くらえ、藤々川! このときのために用意してきたスーパー水鉄砲だ! えいっ」
「うごごごっ。公理、きさまというや……うごごごご」
「みんなー。足下はすべるから気をつけてねー」
「はーい」
楽しそうにはしゃぐみんなを横目に、
「……もういいよ。謎解きとかほんとどうでもよくなってきた。もういいよ」
俺は一人ベンチに座って頭を抱えていたのだった。
しばらく休憩して。
また、次のスポットへと向かう俺たち。なおも山道の中を歩いていく。すると今度の目的地にはほどなく到着することができた。背の高い木々の間を抜けていくと急に目の前の視界が開けたのだった。
「あっ。これは……砂ですか?」
林の外に忽然と姿を現したのは大きく砂が広がる風景。ただし、先ほどのビーチのようなところではない。海には面していないようでひたすらに砂だけがこの場所を埋め尽くしている様子だった。
「うわー。砂漠みたいなところですね」
俺の感想に先頭を行くのゆりさんがうなずく。
「そう。ここが邪竜の謎にまつわる三番目の土地。その名も邪眼砂漠よ!」
その言葉を聞いて俺は早くも気が滅入ってくる。
「邪眼って……」
これまた恥ずかしいネーミングだな。目ん玉に聖も邪もあるかよ。ファンタジーの話ならまだしもここは現実だからな。それに俺たちはもう高校生だ。邪眼とか言って喜んでいられるのはせいぜい中学生ぐらいまでだろう。だが藤々川なんかは、
「邪眼砂漠だとっ? なんとかっこよくも恐怖心をあおる名前の場所なんだ! 邪気をともなったドラゴンの眼差しが今にも俺の心を洗脳してしまいそうな感じだなっ。ああ恐ろしい!」
そんなことを言いながら挙動不審になって辺りをきょろきょろと見回している。こいつ、大丈夫か? 本気で言ってるのか? 藤々川財閥は将来こんなやつが仕切ることになるのか。日本の未来を考えるとそっちの方が恐怖心をあおるよな。
「え、えーとね……」
のゆりさんも苦笑しながら説明する。
「この砂漠は竜の横顔をした島の中でだいたい眼の位置に当たる場所にあるのよ。だから邪竜の眼で邪眼なんて呼ばれているらしいわね」
「はあ。そうなんですか」
「砂漠と言ってもたいして大きなものじゃないから砂地とか砂丘と呼んだ方が正確みたいね。でも中を歩いて行くのは大変そうだからここは迂回してこれまで通り観光ルートの道に沿って行きましょうか」
俺たちは林と砂漠の境に設けられた道を歩いていく。少し進んだところにある休憩所には例のドラゴンの銅像と案内板が設けられていた。
「またか。今度はなんだ?」
俺はせっかくなので案内板に書かれた文字を読む。
『邪竜島、第三の謎。邪眼砂漠。この砂漠も邪悪なオーラに満ちているが、実はここについては未だあまり多くのことがわかっていない。なぜなら砂漠なんて誰も好きこのんで入っていったりしないからである。砂漠の中は焼けるように暑いし砂が口や鼻に入ったりして気持ち悪い。下手をすると迷子になってしまうかもしれない。みんなもこの砂漠に入るのはやめた方がいいと思うぞ!』
「……観光地なのに入るなって。正論ではあるけれど。もっと観光しやすいようにがんばれよ」
だんだんとこの島の雰囲気について馴染んできた感のある俺はもういちいちこんないい加減な話に対して目くじらを立てるのはやめておこうと思ったのだった。
「そろそろ行きましょうか」
砂漠に少し入ってみたり休憩所で飲み物を飲んだりしていた俺たちはまた次の観光スポットに向けて出発する。島を上の方、今いる眼の位置から竜の頭の方へと進んでいく。再び海岸のあたりまでやって来る。こちらの方はビーチのようなきれいな砂浜の姿はなく海沿いには切り立った岸壁が続いているようだった。岸に沿って延びている車も通れる広い道を歩いていく。ちょうど竜の横顔の角に当たる場所辺りまで来ると、
「みんな、着いたわよ。この下よ」
のゆりさんは岸から階段を伝って海辺まで降りていく。そこには岸壁にぽっかりと巨大な口を開く洞窟が存在していたのだった。
「ここが最後の観光名所、イヴィル・ドラゴンズ・デンよ!」
「イヴィル・ドラゴンズ……なんですか?」
「イヴィル・ドラゴンズ・デン。邪竜の巣穴、とか邪竜の洞穴っていう意味ね」
岩場になっている足下を慎重に歩いて洞窟の入り口まで行く。
「わあー。なかなか本格的な洞窟だなー。おっと、ここにも像と案内板があるな」
俺はおそらく最後であろう謎に眼を通す。
『邪竜島、第四の謎。イヴィル・ドラゴンズ・デン。この洞窟はその名の通り邪竜が住んでいると言われる大変に危険な場所である。洞窟の中には恐ろしく邪悪な竜が眠っていて不用意に近づいてしまうと食べられてしまうかもしれないぞ! ただし、この洞窟は海鳥たちが毎年、巣を作ったりしていてけっこううるさい。これでは邪竜も落ち着いて寝起きはできないかもしれない。実際問題としてこの洞窟は邪竜にとって住みやすいところでないのでは? という意見が我々の邪竜研究における最前線である』
なんとも反応に困る謎と説明だな。島の謎についてはいちおう研究とかもしてるんだな。かなりどうでもいい、というか誰でもわかりそうな研究だけどな。この説明文を読んだクファムも洞窟を見ながら言う。
「そうですね。ドラゴンはこんな暗くてじめじめしたところはあまり好きではありませんね。こんな洞窟を住みかにするなんてもってのほかです。ドラゴンはもっとハイソサエティな生き物で都会的な場所の方が好きなんです」
「……あ、あっそう。そうなんだ」
俺としてはまた曖昧にうなずくしかない。ドラゴンの求める住みやすさなんて俺には心底どうでもいい情報だからな。それを知ったところでたいした反応はできないよ。
「さあ、中に入って見ましょうか」
俺たちはのゆりさんに付いて洞窟の中へと入っていく。中は小さな電灯があるだけで薄暗く、洞窟の低い位置はすべて海水に満たされていた。ほとんど海とつながっているような状態だった。柵にもなっている頑丈そうな手すりの内側を俺たちはゆっくりと歩いていく。
「邪竜のことはいいとしてミステリアスな雰囲気があって面白いところだなぁ」
「こんな洞窟の中を歩いているとなんかこう、探検をしてるって気分だよな!」
「邪竜の謎に挑む探検隊って感じだよね。無性にドキドキしてくるよ!」
時折、コウモリなんかが現れたり水滴がたくさん降ってきたりしてびっくりするのだが、これがまた楽しい。俺たちはワーワー、キャーキャーと声を上げながら洞窟探検をおこなっていく。
「わたし、基本的に洞窟は嫌いですけど、こんな風にみなさんと一緒に探検するのはとても楽しいですね。わたし、みなさんと会えてとてもよかったです!」
「あら、本当? そう言ってもらえるとあたしもすごく嬉しいわ。この合宿をして正解だったわね、ふふふ」
笑顔を交わすのゆりさんとクファム。そうだな、俺もこの合宿はなんだかんだ言って楽しめているからな。俺も来てよかったと思っているよ。クファムはのゆりさんたちとも仲良くなれたようだし尚更だろうな。
「あ、ここで行き止まりね。これ以上は進めそうにないわね。引き返しましょうか」
やがて俺たちはこの洞窟、イヴィル・ドラゴンズ・デンの観光を終えて外に出てくる。海を見るとすでに日は沈みかけていた。
「おお! やっぱ南国の夕日は違うもんだな。思ってたよりずっときれいだなぁ」
南の島での日が沈む光景。視界の目一杯に広がる水平線の中に真っ赤な光をたたえた夕日が線香花火のように落ちていく。遠くの海にキラキラと跳ね返る沈みかけた太陽の光はこの世にあるすべての黄金を集めたかのように幻想的だ。
「……きれいです。彦馬さんと、みんなとこんなきれいな景色を見ることができてわたし幸せです」
小さくつぶやくクファム。南国の夕日が沈んでいく様子に時間を忘れて見とれていた俺たち。その俺たちの耳に大きな声が入って来た。
『時刻は七時になります。時刻は七時になります』
島内アナウンスのようだ。
『三十分後には本日の最終便となる船が出航いたします。この島には宿泊できる施設などはございませんので、まだ島内に残っている方々はお急ぎください。三十分後には本日の最終便となる船が出航いたします。お急ぎください』
それを聞いてのゆりさんが言う。
「じゃあ、あたしたちも帰りましょうか。あまり遅くなっても藤々川くんの船の人たちに心配をかけるものね」
俺たちは来た道を通って港の船へと戻っていったのだった。




