水着回
時刻はだいたい正午前、船は島の港に入るといくつか設けられた桟橋のうちの一つに停泊した。船のクルーさんたちにお礼を言って船を降りる俺たち。このオカルトで有名であり恐ろしい伝承があるという邪竜島の港口、そこで眼にしたものに、
「な、なんじゃこりゃ?」
俺は驚いた。なぜならこの島のイメージがオカルトとはかけ離れたものだったからだ。
「こ、これは……」
一番大きな桟橋がある観光船乗り場の辺りにはいくつもの屋台が店を出していて、そのまわりにはツアー客とおぼしき団体がいて買い物をしている。屋台では店の人が大きな声で客を呼んでいる。
「いらっしゃい、いらっしゃい。邪竜島名物の邪竜まんじゅうだよ! おいしいよ!」
「邪竜の呪いを跳ね返すと言われている魔法のお札だよ。安いよ! お一つどうですか、みなさん!」
食べ物を出すお店やおみやげ屋さん、お面やクジを売る店まである。店ののぼりにはそろって邪竜の文字が書かれているものの、中身はほとんど夏祭りの屋台と変わらないといった状態だ。
「わー。あのドラゴンのぬいぐるみ、かわいいー。欲しいー。お母さん、買ってぇー」
「のど、かわいたー。あっ、あの邪竜ソーダってやつ飲みたいー」
店のまわりには子供たちが集まって親にいろんなものをねだっている。
「ダメよ、ちーちゃん! そのぬいぐるみは来るときにも似たようなのを買ったでしょ。あきらめなさい!」
「ええー。やだやだー」
お客さんたちの中には外国の人とか何人かいて、
「オー、ダークドラゴン! ホワット? イヴィル・ドラゴン? オー、イエス。ワンダフル、ヴェリー・クール!」
「ワオッ。ダークパワー・ハズ・カム! イエス、イエス!」
などとかなりのハイテンションで声を上げている。
「おー、これが邪竜の伝承か!」
この港口には大きなドラゴンの像が建てられていたり派手なドラゴンの絵が描かれた案内板があったりする。その案内板には先ほど俺がのゆりさんから聞いた伝承がデカデカとした文字で記されていた。
『月陰りしとき、妖しき光の導きにて、力あるもの石に触れ、ついに邪竜目覚めん』
大人はそれらを一生懸命に写真に収めているし子供たちはそのまわりを走り回っている。
「わーい! ドラゴンだ、ドラゴンだーっ!」
「マーくん、ちょっとじっとしてて。写真が撮れないでしょ!」
「クール・ドラゴン! グッド・スナップショット! イァッホォォォ!」
俺はそんなわざわざオカルトの島まで来たとは思えない光景を眼にしながら隣の藤々川に聞く。
「この島、なんだかものすごくにぎやかなんだけど。子供連れとかも多いし。これのどこがオカルトなんだよ。全然怖くもなんともないじゃないか」
藤々川はさも当然といった顔で、
「だから言っただろう? ここは有名な島だって。そりゃあ観光客だってたくさんいるさ。しかも今はゴールデンウィークだからな。人が多いのは当たり前さ」
「……うーん、そんなもんか。まるでテーマパークみたいだな」
渋々納得する俺。それから、船を降りてすぐに係の人からもらった島のパンフレットに眼を通す。
「えーと、どれどれ。ようこそ邪竜島へ、か」
その表紙にはでかでかと黒くてとげとげした悪そうなドラゴンの絵が載っていて、ページをめくると紙面には「邪竜はどこにいるのだろうか!」とか「みんの力で謎を解け!」とかいった文字が踊りまくっているのが眼に映った。
「ほんとテーマパークだな、これ。やっぱりこれならこんな島じゃなくて遊園地にでも行った方がよかったんじゃないのか。同じようなものだろ……」
うんざりしながらパンフレットのページをめくっていく俺。すると、先のページで島の全体図と地図が載っているところがあった。
「これか、のゆりさんが言っていた島の形というのは。こう見ると確かにこの島はドラゴンに見えなくもない形をしているな」
島は特に開いた口の部分が目立つような形で、口の中が今俺たちがいる港であり島の中心地となっていた。島の大きさは海岸線の長さが約十二キロメートル、面積が約五キロ平方メートル、とのことらしい。島の大きさについての感覚は俺にはよくわからないが無人島としてはけっこう大きい方だと書いてある。
「ん、無人島?」
俺はまた藤々川に聞く。
「この島は無人島なのか? 見たところお店とかあって人も多いようなんだけど」
「お店の人や観光客はみんな夜になると帰るらしいんだ。オカルトで有名と言ってもそれほど見る場所が多い島ではないし観光には一日あれば充分な大きさだしな。だから、この島には宿泊施設なんかはないし夜になると誰もいなくなる。だから厳密には無人島なんだとよ」
「へぇ、じゃあ俺たちも夜には帰るのか?」
「いや、俺たちの場合は今夜だけ港の船に泊まる予定になっている。いちおう許可を取ってそういうふうにすることにしたんだ。一泊二日の滞在予定だ。やっぱり俺たちが研究をするからにはじっくり二日間ぐらいかけて島の謎を解きたいというのもあるしな」
「そうなんだ、わかった」
次に、この島にはどんな観光スポットがあるのかとパラパラとパンフレットをめくる俺。そこにはいくつかの島の名所が伝承とか伝説といった言葉と一緒に書かれている。
「わあ、おもしろそうなところがたくさんですね」
俺のパンフレットをのぞき込んでいたクファムは前を歩くのゆりさんの横まで行くと、
「のゆりさん、最初はどこに行くんですかぁ? どのスポットもすごく楽しそうです!」
のゆりさんも手提げバッグからパンフレットを取り出して、
「うふふ。そうねぇ、どこがいいかしら。少ししたらお昼ご飯だから、あまり遠くに行くはやめた方がいいわね」
「じゃあ、えっと……」
今度はのゆりさんからパンフレットを見せてもらうクファム。二人とも足をとめて地図を見ながら、
「このイヴィル・ドラゴン・ビーチってとこはどうですかぁ?」
俺もパンフレットのその場所のページを見る。そこにはまた大きなドラゴンの絵があってこんな言葉が書かれていた。
『ここが邪竜島、第一番目の謎が眠る地、イヴィル・ドラゴン・ビーチだ。まずはみんなもここで邪竜のエネルギーを感じてみてはどうだろうか』
「……なんだよ、邪竜のエネルギーって。死ぬほどうさんくさい謎だな。これでもいちおうオカルトなんだろうか。謎解きとか言ってもかなりいい加減な感じだな」
俺はそんな感想を抱くも写真を見るときれいな砂浜の様子がうつっている。邪竜うんぬんをまったく気にしなければとてもいい場所には違いないようだ。
「あら、いいわね」
のゆりさんもすぐに決める。
「ここからすぐのところみたいだし。観光案内ルートでも最初の場所みたいね。じゃあみんな、まずはそこに行きましょうか?」
俺たちも特に異論はない。のゆりさんの言葉にうなずく。
「わーい、ビーチです、ビーチ! しかも竜の謎とかもあるんですよっ。みなさん、早く行きましょうよ!」
クファムは元気にふよふよと飛んで先頭を進みはじめる。
「待ってくださーい、クファムさーん」
藤々川と公理もその後を追って走っていく。
「……こいつら、楽しそうでうらやましいな」
この島のやたらと子供だまし的な雰囲気にどうも馴染めない俺は心底あいつらがうらやましく思えるのだった。
五分も歩くと俺たちはすぐにそのイヴィル・ドラゴン・ビーチに着いた。
入り口のあたりにはまたドラゴンの銅像と案内の書かれて看板があった。看板にはこう書かれている。
『この島には邪竜の伝承が伝わる場所がいくつか存在する。それをみんなにも紹介していこう。そして、みんなもこの謎解きに挑戦しよう!』
ふむふむ、なんだって。看板を読み進める俺。
『邪竜島、第一の謎。イヴィル・ドラゴン・ビーチ。このビーチは邪竜による正体不明の暗黒エネルギーによって砂浜全体が満たされている。この場所に長時間いると、なんと暗黒エネルギーによって肌が黒く焼けてしまうのだ! ひどいときには体調不良をきたすこともあるという。これはまさに邪竜のエネルギーに体が冒されてしまうと言えよう』
この言葉を読んで看板の前に立ちつくす俺。
「なにが謎だよ! なにが正体不明の暗黒エネルギーだよ! ただの日焼けじゃねぇか!」
こじつけもいいとこだな。まったくオカルトには関係ないし。しかも、看板の下の方にはこうも書かれていた。
『日射病になるといけないので、みんなも長時間の日光浴には気をつけよう!』
ああもう! 日射病とかご丁寧に体調不良の原因まで言ってるじゃねぇか。必要な文章なのかもしれないがてきとーすぎるだろ、すべてが。
「もしかしてこの島の謎って全部こんな感じなのか。だとしたら、のゆりさんには悪いがこれはかなり拍子抜けなんだが」
のゆりさんたちほかのオカ研のメンバーはと言うと、この看板とかにはたいして見向きもせずに一直線に海まで向かっていく。
「みんなもなんか謎とかは完全に忘れてしまっていそうだな。邪竜の謎を解こうなんて少しでも真剣になった俺が馬鹿みたいだぜ。はあ~」
一人でぼけっとしていても仕方がないので俺も海のところまで行ってみると、
「おおーっ」
思わず口から感嘆の声が出た。
「うわ~。すっごいきれいなビーチですね~」
クファムの言葉通りそこは目が覚めるほど美しいところだった。澄み切ったエメラルドグリーンの海に沿って広がっている真っ白な砂浜。雲一つない空から照りつけられる日差しが海から砂浜に続くブルー、グリーン、ホワイトという色のグラデーションを鮮やかに際立たせる。海や砂の色からして地元の海水浴場なんかとはまったく違う。まさに南の島、といった雰囲気のビーチだ。
「日本にもこんなところがあるんだなぁ。さすがは沖縄だ」
俺たちはヤシかなんかの木々の間を抜けるとキュッキュッと音を立てて砂の上を歩いていく。涼しげな湿った海からの風が顔に心地良く吹きつけてくる。辺りにはすでに何人かの人が来ていて泳いだりや日光浴をしたりと楽しそうにしている。ビーチチェアやビーチパラソルなんかもいくつか置いてあってどうやら自由に使っていいみたいだった。俺たちはその一つに荷物を置いて水着に着替える。近くには海の家みたいなところもあってのゆりさんとクファムはそこへ着替えのために入っていった。
「うおーっ! 海だあああ、遊ぶぞおおお!」
相変わらずやかましい藤々川が真っ先に海に突っ込んでいく。
「うわーい!」
公理もビーチボールを手に砂浜を走る。
「藤々川、くらえっ。えい!」
公理が海に入った藤々川にビーチボールを投げつける。
「うおっ。きさまら、よくもやったな!」
「きさまらって。いや、投げたのは公理だけなんだが……」
「問答無用だ、くらいやがれ!」
いつの間にか藤々川から離れた公理。結局、近くにいた俺だけがビーチボールを投げ返される。
「うげっ!」
波打ち際に倒れる俺。
「なんてことしやがる、藤々川。痛いじゃないかっ」
とはいえ久しぶりに入った海の感触に俺の心は弾む。ついつい笑顔になってしまうのだった。
「はーい。みんなー」
俺たち三人がそんなことをして遊んでいると、ついにのゆりさんがビーチに出てきた。当然、水着を着た姿で。
「うおおおおおお!」
そののゆりさんを見て、また叫ぶ藤々川。しかし今回はその気持ち、俺にもわかるぞ。なんといってものゆりさんの水着姿だ。そんなの俺も初めて見るぞ。
「す、すごい……」
のゆりさんの体に自然と眼が釘付けになる俺たち。彼女は大胆なビキニの水着を着ていたのだ。上は黒っぽい色で体を覆っている面積の少ないかなりセクシーなものだ。下にはパレオを巻いていて大人っぽいのゆりさんによく似合っている。さらに。
「うっ! ぼ、僕、鼻血出そう……」
そう言って鼻をおさえる公理。その気持ちもすごくよくわかる。なんといってものゆりさん、信じられないようなスタイルなのだった。
「うわあ~……」
まず、ムネがでかい! 何カップあるんだ、それ! ものすごいふくらみがビキニによってぴっちりと押さえつけられている。しかも、全然太ってる様子もなくお腹のくびれとかもちゃんとできている。足は長いし肌もきれいだし。どうなってるんだ、この人のカラダはっ?
「普段からスタイルのいい人だなとは思っていたが、まさかここまでとは」
思わずそんなつぶやきを漏らしてしまう俺だった。
「ちょっと、やだ。あんまりジロジロと見ないでよ。恥ずかしいじゃないの……」
照れくさそうにするのゆりさん。
「す、すみません」
俺たちは慌てて眼をそらすのだった。
「もうっ。男の人はほんとにすけべぇですねっ」
そう言って、のゆりさんの後ろから姿を見せたのはクファムだった。
「特に彦馬さん! あなた、鼻の下が伸びすぎですよっ。すけべぇにもほどがあります。のゆりさんに失礼でしょ!」
俺の前まで来るクファム。
「す、すまん」
とりあえず謝りながらも俺はクファムの姿をよく見てみると、
「あれ? おまえ、その格好……」
クファムの格好もいつもと違う。さっきまでの白いワンピースではなく頭の帽子もない。なんとクファムも水着を着ているようだった。クファムは水着を着た体をフリフリと揺らしながら、
「はい! わたしもがんばって服を水着に変えてみましたぁ。のゆりさんには負けてられませんから」
「へー。おまえ、服だけ変えることもできるんだな」
「はい。どうですか、彦馬さん。この水着、わたしに似合ってますかぁ?」
俺はぱっと見た印象で答える。
「いいんじゃないか。よく似合っていると思うよ」
クファムの水着は薄いピンク色でいわゆるタンクトップ・ビキニ、タンキニとかいう種類のものだった。上半身を大きく覆っている露出の少ない水着だが、胸元には大きなリボンが付いていて、下はひらひらの多いフリルスカートになっている。のゆりさんの水着とは対照的にかわいい感じもので、色白で子供っぽい雰囲気が残るクファムにはお世辞ではなくよく似合っているみたいだった。
「ほんとですか! ありがとうございます、彦馬さん!」
笑顔をはじけさせるクファム。
「おおおおお!」
藤々川もすごい勢いで近くに寄ってきてまたまた大きな声を上げる。
「クファムさんもすごくかわいいですよ! その水着、めちゃくちゃよく似合っていますよ!」
そう言われてクファムはますます機嫌が良さそうだ。
「ありがとうございます、藤々川さん。えへへ、えへへ」
それから、のゆりさんは言った。
「さあ、クファムちゃん。あたしたちは向こうで遊びましょ。彦馬くんたちは来ちゃダメよ。女子は女子で遊ぶんだからね」
「は、はい」
うなずく俺たち。これは少し残念ではあるが、そう言われたら仕方がない。個人的にはもっとのゆりさんの水着姿を近くで見ていたかったのだが。あきらめるしかないなあ。
「あ、はい。のゆりさん、あっちの人が少ないとこに行きましょうよ」
「ふふ、そうね」
俺たち三人から離れた場所に行くのゆりさんとクファム。裸足で砂を踏んで歩いていく二人。それから一緒に海の中で遊ぶ二人からはこんな会話が俺たちの耳にかすかに届いてくる。
「わわっ。のゆりさんのオッパイ、間近で見るとすごい迫力ですね! それに、すっごく柔らかそう~。歩くだけでぷるっぷるっしてるじゃないですかー」
「もう、クファムちゃんまで。恥ずかしいわ」
「ブラは何カップあるんですか、すごいキョニュウですよね?」
「ええ? ブラのサイズ? そうねぇ、ちょっと前まではGぐらいだったけど最近はもうきつくなってきたかしら。苦しくていやだわ」
「Gより大きいんですかっ? じゃあHですか! でかすぎっ! キョニュウじゃなくてバクニュウじゃないですかっ」
「やだっ。声が大きいわよ、クファムちゃん。でも、あなたのもけっこうあるみたいじゃない。それに手とか足とか細くてあたしはうらやましいわよ」
「そうですかぁ、えへへ。それより、のゆりさん。そのオッパイ、わたしにも触らせてください! 幽霊のわたしには触れないのはわかってるんですけど、それでも触りたいんです!」
「いやん。ダメよ、クファムちゃん。ダメよ、やめて。ウフフ」
「うわ~。すっごい重くて柔らかいイメージが伝わってきますぅ~。ほんとすご~」
「い、いやんっ。あ、あんまり揉まないでよぉ。感触はないけど変な気分なのよぉ」
「へへ、いいじゃないですか~。減るもんじゃなし~。わたしがもっと揉んでIカップにしてあげますよ~」
「もうっ。クファムちゃんたらっ!」
「えへっ」
互いに体を寄せたり離したりする二人。俺たち三人は遠くからそんな二人の様子を眺めるしかできないのだった。




