表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/25

邪竜島の伝説

「おーい、みんなー」


 船室の屋根に設けられた上部デッキから公理の声が聞こえてきた。


「目的地の島が見えたよー。たぶんあれじゃないかなー」


 その声に俺たちも上部デッキに集まっていく。


「え、ほんとですか。どの島ですかぁ?」

「ほら。あの島だよ、きっと」


 クファムの質問に指をさして答える公理。伸ばした指の先にはまだ遠くで小さくしか見えなかったが確かに島があるようだった。ちょうど船が向かっている方向の先だ。少し遅れて藤々川が来て言う。


「ああ。クルーの人に聞いたところ目的地はあの島で間違いないようだな。あと三十分もすれば着くらしいよ。だいたい予定通りの到着時刻だな。無事に到着できるようでよかった」

「へぇ~、もう着くんですか。わたし、なんだかわくわくしてきました。すごく楽しみですね。早くあの島に行ってみたいです」


 クファムの言葉にのゆりさんもうなずく。


「そうね。あたしも楽しみだわ。なんたってあの島はオカルト好きの人にとっては一度は行っておきたい場所だものね」

「はあ。そうなんですか」


 俺はのゆりさんの言葉に興味を覚えたので聞いてみた。


「俺たちが行くところってどんな島なんですか?」


 そう言えば俺は自分がどこに行くのかあまり分かっていなかった。俺はただ漠然と沖縄にあるオカルトで有名な島に行くと聞かされていただけで詳しくは聞いていなかった。俺にはオカルトのことなんてどうでもいいしな。でも、さすがにその島に着こうかという今になっては興味も湧いてくるのも当然というものだろう。


「あら、彦馬くん。知らなかったの?」


 のゆりさんは意外そうに言った。


「あたしたちが今から行く『おとがい(じま)』はけっこう有名なところなのよ」

「おとがい島……ですか」


 いや、初めて聞く名前だが。それから藤々川も得意そうに言ってくる。


「そう、おとがい島だ。そして、オカルト好き仲間のうちでは恐怖や畏敬の念を込めてこういう通称で呼ばれているんだ。『邪竜島(じゃりゅうじま)』とな」

「じゃ、邪竜島ぁ~?」


 俺はその名前を聞いてあきれたような声を上げた。邪竜島って。なんだよ、その恥ずかしい名前は。邪竜なんて呼び方は昔のべたべたなおとぎ話にしか出てこないぞ。いったい誰が付けたんだよ。俺は藤々川に言う。


「なんだよ、その邪竜島っていうネーミングは。今どき小学生でも付けないぞ、そんな幼稚で安易な名前は。センスが百年ぐらい遅れてる。口にするのも恥ずかしいぞ」


 そう言われて、


「そ、そうか。俺はこの邪竜島って呼び方はけっこう気に入っているんだが……」


 少し悲しそうな表情を見せる藤々川。


「あ、あっそう。まあ、名前自体のことは別にどうでもいいや」


 俺は藤々川たちのセンスには付き合っていられないので肝心の質問に移る。邪竜はともかく島に竜の名前が入っていることには気になるところだ。


「それよりさ、名前の由来のことを教えてくれよ。邪竜なんていうからには何か竜に関係した特別な話でもあるんだろ?」

「ええ。そのとおりよ、彦馬くん」


 のゆりさんが潮風に長いポニーテールをなびかせながら答える。


「おとがい島に竜の名前が使われていることには二つの理由があるのよ」

「二つの理由?」

「そう。その理由のまず一つ目は、島全体の形に関することなの」


 のゆりさんはしだいに大きく目に迫ってくる島の姿を見ながら、


「おとがい島のおとがいって言葉の意味は下あごっていう意味なのよ。その名の通りおとがい島は島の形がまるで口を大きく開いて下あごを突き出した獣の横顔みたいになっているの。ちょうど大きな口の部分が湾岸部になっている感じね。さらに獣の頭の部分にはね、角のように少し飛び出たところなんかもあるのよ。そんな島全体の形が竜に見えなくもないことがこの島が邪竜島と呼ばれるようになった由縁の一つね」

「なるほど~」


 感心したようにのゆりさんの話を聞く俺とクファム。


「じゃあじゃあ、二つ目の理由はなんなんですかっ?」


 待ちきれないように聞くクファムにのゆりさんは意味ありげな笑みを浮かべて、


「ウフフ。よく聞くのよ、クファムちゃん。こっちの理由こそが本当の理由なんだから」

「は、はい」

「おとがい島には大昔からこんな伝承があるのよ」


 のゆりさんはきれいな声で暗唱する。


『月陰りしとき、妖しき光の導きにて、力あるもの石に触れ、ついに邪竜目覚めん』


 パチリとウィンクをするのゆりさん。


「おとがい島にはこの伝承があるから竜島、とかじゃなくて邪竜島って呼ばれているわけね」


 ほう。大昔から伝わる伝承か。


「……邪竜目覚めん。邪竜が目覚める、ということですか」


 封印でもされていた邪竜が復活するということだろうか。そんな、ゲームじゃないんだから。神話とかでもよくありそうな話ではあるし。単純には信じられない話だなぁ。


「……う~ん」


 ただし、俺にはこの伝承がどこか簡単に鼻で笑い飛ばせないもののような気はしたのだった。


「なんとなくですけど、不気味な伝承ですね」

「ええ、そうね」


 のゆりさんは真剣な顔で続ける。


「しかも、実際にこの島を訪れた霊能力者たちの中には原因不明の体調不良なんかを訴える人たち多いみたいなのよ。適当なうわさ話ではなく霊感の強い人にとってはこの島には何か感じ取れるものがあるみたいなの。だから詳しいことはまだ何もわかっていないけど、この島にはもしかしたら本当に何かがあるかもしれないわね」


一通り話を終えて俺たちにまた笑顔を見せるのゆりさん。


「どう、二人とも。これでこの島が邪竜島って呼ばれている理由がわかってもらえたかしら?」


 うなずく俺とクファム。


「へぇ~、そんな伝承があるんですね~」


 興味深そうに島を眺めるクファム。それから、


「でも、わたし、なんだかその話には納得できませんね」


 頬をふくらませて怒ったように言う。


「そもそも生きているドラゴンはこの地球上には存在していません。これは間違いなく確かなことです。だから、この島にドラゴンがいるなんて話は嘘っぱちに決まっています。それに一番腹が立つのがこの話の中ではドラゴンのことを何か悪者扱いしていることです。ドラゴンは決してそんな悪い生き物ではないのです。それを邪竜なんて呼ぶなんて。わたし、ひどいと思います!」


 のゆりさんはそのクファムの様子に、


「そうだったわね。クファムちゃんはドラゴンだものね。邪竜なんて聞いたら怒るのも無理はないわよね。ごめんね、クファムちゃん」

「いえ、そんな。のゆりさんがあやまることじゃないです」

「ありがと、クファムちゃん。でもね、あたしたちだって本当にあの島にドラゴンがいるとも思ってはいないし、まして伝承のとおりに恐ろしいことが起こるとも思っていないわ」

「そ、そうなんですか?」

「そうよ。だいたいこんな民間伝承なんてほとんどが観光客集めが目的のデタラメなんだから。邪竜島だってわからないわよ。いくらあたしたちがオカルト好きっていってもその辺の判断はきちんとしないとね。偽物のオカルトと本物のオカルトを正確に見分けるようにできなくちゃ。そのためにこのあたしたち宵山高校オカルト研究部は存在するのよ」


 のゆりさんは上部デッキにいる俺たち全員を見るようにして、


「だから、今回の合宿の目的はあたしたちの手で邪竜島の謎をきっちりと研究して解明してみせましょう、ということなの。いいわね、みんな。わかったかしら?」


 うなずく俺たち。


「わかったならがんばって謎を解くわよ!」

「おう!」


 威勢よく手を上げる俺たち。さすがはのゆりさんだな。うまくみんなの気持ちをまとめたみたいだ。これにはオカルトに関心のない俺でも興味が出てきた感じだ。邪竜島か。その謎、解いてやろうという気に俺もなってきた。俺たちにはクファムもいることだ。うまくすればきっとその謎も解き明かせるだろう。


「せっかく来た旅行なんだ。俺もせいいっぱい楽しまないとな」


 デッキの欄干に手をついて海の方に眼を向ける俺。船は白い波をかきわけて進んでいく。

 またしばらくすると、いつの間にか船は島のすぐそばまで来ていた。


「よし、そろそろ降りる準備でもしておこうか」


 藤々川の言葉に俺たちは船室へと戻っていったのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ