せっかくのゴールデンウィークが・・・
「あーもう! なんなんだ、この忙しなさはっ!」
俺は一人叫ぶ。クファムがうちに来てからというもの、また俺たちがオカ研に入ってからというもの、それからの日々は俺にとって目の回るような慌ただしいものとなった。
「朝だ。学校に遅刻するっ」
朝からはもちろん学校で勉強がある。そして、放課後はというとなぜか学校にまで付いて来るようになったクファムが俺を連れて毎日オカ研へと行きたがるのだ。
「彦馬さん。わたし、もっとのゆりさんたちとお話がしたいです!」
当然、クファムはみんなとは直接口をきくことはできない。なのでオカ研の部室ではクファムがみんなと話をするために俺は通訳をしてやらなければならない。
「クファムが、のゆりさんはナイスバディですね、と言っています」
「ちょっと彦馬くん。そういうのはセクハラよ!」
「いや、だから、俺じゃなくてクファムが言ってることなんで……」
相変わらず藤々川と公理も、
「彦馬、クファムさんの似顔絵でも描いてみてくれ」
「彦馬、アルファー波のデータが取りたいんだからもっとリラックスしてよっ」
夕方ぐらいになってやっとオカ研の連中から解放される俺。クファムとうちに帰る。それから今度は犬の散歩なわけだが、これにもクファムは付いてくる。
「なんでおまえまで犬の散歩に付いてくるんだ?」
「えへへ、えへへ」
笑みを浮かべたまま答えないクファム。ちょうど店が建ち並ぶ付近まで来ると、
「わたし、新作アニメのDVDが見たいんですけど……」
いきなりそう言って立ち止まるクファム。俺は渋い表情の顔を向ける。
「駄目に決まってるだろ、そんなもん」
「DVDが駄目ならブルーレイでもいいですよ?」
「ふざけんな、おまえ!」
俺はまたしても死ぬほど面倒なやりとりをこなさないといけない羽目に陥るのだった。
夜になって。
「俺はもう寝るからな。明日も早いし」
しかし、深夜になると。
「彦馬さん、起きてください!」
「……ううん……ああ?」
「早く起きてくださいよ! テレビを付けてください。深夜アニメが始まっちゃうじゃないですか!」
クファムに叩き起こされる俺。そんな毎日を送らなければいけなくなった俺は普通に生活しているだけなのに頭がくらくらとしてくる。
「日常……俺の平穏な日常はどこへ……」
本当にもう疲れる毎日だ。
そして。
「ゴールデンウィーク! ついにゴールデンウィークだ!」
ようやく迎えた五月になってすぐの連休。
「……や、やっと休める。休みたい。とにかく俺は休みたい」
そう思って待ちに待っていたこの大型連休、のはずだったが。結局、俺のささやかな目論見は見事なまでに打ち砕かれることになったのだった。
ゴールデンウィーク。俺は今、どこにいるかというと。
「天気は気持ちいいほどの快晴、空を見上げればどこまでも澄みきった青が広がっている。しかし、まわりを見渡すとなぜかまたも青が広がっている。俺の視界は三百六十度どこもかしこも青、青、青。今、俺がいるこの場所は青に囲まれた空間……」
そう、俺は海にいた。俺は船に乗って海のど真ん中を航海している途中だった。
「どこまでも深い青、太陽の光を映してキラキラと揺らめく水面、時折眼に入ってくる海鳥たちの優美な姿。そんな海上の光景に俺の心は落ち着いて癒される……はずもなく!」
俺は無理矢理連れてこられたこの旅行に対して不満の気持ちでいっぱいだった。
「俺は本来ならゴールデンウィーク中は家でゆっくりと過ごす予定だったんだ!」
連休中ぐらいは本当にゆっくりと心身を休養させたかったんだ。出かけるとしても街の方にプロ野球の試合をちょっと見に行く、ぐらいのつもりだった。そのはずがだ、なんで俺は大海原なんかにいるんだ?
「おい、藤々川」
俺は後部デッキに置いたビーチベッドで横になっている藤々川に聞く。
「俺はこんな話は聞いてないぞ。オカ研に合宿があるなんて」
アロハシャツを着た藤々川はサングラスをはずして答えた。
「部長ののゆりさんの一声で急遽決まったんだ。部員やクファムちゃんとの親睦を深め、かつオカ研本来の目的であるオカルトの研究を同時にこなすために合宿を行いましょう、とな」
俺はまだ納得がいかない。
「だからといって、わざわざこんなでかい船で遠くの島に出かけることはないだろう。どこかに行きたいのなら近くの遊園地のお化け屋敷にでも行ってればいいんだ。こんなの大げさすぎるだろ」
俺たちが乗っている船は藤々川のうちが所有しているもので十人以上が寝泊まりもできる大型クルーザーだ。それを俺たち四人だけで使って、なんと南の島まで旅行に行くという。合宿なんてレベルじゃない。こんなのは一介の高校生にすぎない俺にはもったいなさ過ぎる。
だが藤々川は笑って、
「ははは。そんなことを気にしていたのか、おまえは。旅費とかのことは気にするな。今回の分はうちの財閥のオカルト研究費から出るんだ。どうせ使い道がなくて困っていた金なんだよ。こんなことにでも使うのが有意義ってもんだ。それに……」
藤々川は立ち上がって、
「別に遊ぶためだけ行くわけじゃないぞ。島ではちゃんとオカルトの研究もするんだ。おまえやクファムさんがいると助かることも多いだろうしな。おまえにはそのときにきちんと働いてもらうよ。お金のことならそれでいいだろ?」
「……う~む」
そう言われれば納得できないこともなかったが、俺はいまいちしっくりと来ない気分だった。いくらただで豪華な旅行に連れていってもらえるとは言え、俺は基本的に人ほど南の島に興味はなく前もっての予定も潰されている。そのうえオカルト研究の手伝いまでさせられるとは。やはりこの旅行、俺にとってはあまり嬉しいものにはなりそうにない気がするのだった。
「おーい、彦馬」
そこへ。今まで船内にいた公理とのゆりさんが後部デッキに姿を現した。Tシャツに短パンをはいた公理。ノースリーブのブラウスに八分丈のデニムをはいたのゆりさん。二人ともかなりの軽装だ。季節はまだ春だが船はもう沖縄の辺りまで来ているらしく、ここまで来るとすでに気温は夏のように高いのだった。
「彦馬、彦馬!」
俺のそばに駆け寄ってくる公理。
「ついに完成したんだ。僕の新しい発明品だよ!」
なにやらすごいテンションだ。
「これを見てくれ!」
公理は手に何かを持っていた。
「ん、なんだ? その腕時計がどうかしたのか?」
公理が手にしているのは見た感じはただの腕時計だった。少し大きめのデジタル時計だ。公理はそれを大仰に掲げながら、
「何言ってるんだい、彦馬。これはただの腕時計じゃないんだ。名付けて『ドラゴンウォッチ』だよ!」
「ドラゴンウォッチ?」
「そうさ」
公理は早口で説明を始めた。
「この腕時計は君専用のもので君の肉体的精神的波動パターンを増幅拡散させることによって周囲に特殊な霊的力場を形成し僕らとの視覚聴覚における感覚の共有を目指す装置なんだ。特に視覚においては光の波動性と粒子性を併せ持つ二重の特性が微少な多次元に散らばった霊的情報を効率よく三次元情報に微分することができ光子の振る舞いからもたらされる霊的干渉を確率的に検出して……」
「分からん!」
公理の長々とした説明をさえぎって俺は言う。
「公理、おまえの言うことはいつもいつもさっぱり分からん! そのうえ長いしつまらんし頭が痛くなる。もっと簡単に説明してくれ!」
眉間にしわを寄せて言う俺に公理は、
「ああ、ごめんごめん。そうだね、じゃあ……」
俺の左腕を取ってその腕時計を巻きながら、
「実際に使ってみようか。そうしたらすぐに効果が現れるから。論より証拠だね。自分の眼で見るのが一番早いよ」
俺は少し不安な気持ちになりながら聞く。
「……本当に大丈夫なのか。こんな得体も知れない機械を腕にはめて。気分とか悪くなったりしないか?」
「あはは。心配性だなぁ、彦馬は。大丈夫だよ。何も心配いらないさ。たぶんね」
「……たぶんって」
「僕は医学の知識とかはさっぱりだからね。さあ、スイッチ・オン!」
強引に話を進める公理。そして、その腕時計の横に付いた小さなスイッチを押したのだった。すると。
「うおっ」
ざわっ、と一瞬だけ辺りに光の波が広がったかと思うと、
「あれ、どうしたんだ?」
それっきり何も変化は起きてないと俺には感じられたのだったが、
「わあ、すごいわね!」
「おお、すごい!」
近くにいたのゆりさんや藤々川からは大きな歓声が上がったのだった。
「え、どういうこと? みんな、どうしたんだ?」
俺一人が何が起こったか理解できずにいると、藤々川がデッキの端で海を見ていたクファムの方に向かっていった。
「クファムさん!」
名前を呼んでクファムの前に立つ藤々川。
「え?」
俺は驚く。クファムの姿は普通の人には見えない。のゆりさんならともかく藤々川にクファムのいる場所がわかることはありえないはずだが。
「はい? 藤々川さん?」
クファムもきょとんとして藤々川を見返す。すると、彼は言った。
「公理の作った機械のおかげで俺たちにもあなたの姿がはっきりと見えるようになったんですよ!」
のゆりさんもクファムの前まで行く。
「それにあなたの声だって聞くことができるわ。これで彦馬くんの通訳なしであなたと会話でできるわね」
なるほど! 俺はその二人の言葉を聞いてやっとこの腕時計によって何が起こったのかを理解した。公理も俺の隣で、
「よし、僕にもクファムさんの姿が見えるし声も聞こえたぞ。ドラゴンウォッチはどうやらうまく機能したみたいだね。よかった!」
と、満足そうにしている。俺は最近のことを思い返した。
そうか。公理のやつ、クファムを紹介してからのここ数日というものは普段以上に俺のことを機械やら何やらで調べたりしていたが、こんな装置を作っていたんだな。ドラゴンウォッチ、とか言ったっけ。これを使うとみんなにもクファムの姿が見えて声が聞こえるというわけか。
「確かにこれは便利なものだな。今まではクファムがみんなと話すのに俺がいちいち通訳をしなくてはならなかったが、これならその必要はもうないというわけだ。うん、これは便利だ」
公理の作ったもの中で唯一ちゃんと使い勝手のいいものかもしれない。俺は初めて公理のことをたいしたやつだと思えたのだった。
「え、え、え……?」
そんな俺たちの様子を見てクファムはようやく、
「ええーっ」
と驚きの声を上げてから、
「本当ですかっ。わたしもみなさんとお話ができるんですね! すごいです! わたし、すごくうれしいです!」
と、飛び跳ねて喜びの気持ちをあらわにするのだった。そんなクファムにゆりさんは、
「うふふ。クファムちゃんにも喜んでもらえるとあたしたちも嬉しいわ。それにしても……」
クファムの姿をじっと見て、
「クファムちゃんは本当に人間の女の子の格好をしてるのね。それに見た目も声もすごくかわいいし。あたしも驚きだわ」
藤々川なんかはもっと凝視するようにして、
「ク、クファムさん……ま、まさか……こ、こんなにかわいいお姿をしていたなんて! うおおおー、最高です! あなたは最高ですよおおお!」
などと一人叫んでいる。のゆりさんと藤々川の二人も俺からだいたいのことは聞いていたものの初めてクファムの姿を目の当たりにして驚いているようだ。そりゃあそうだろうな。まさかドラゴンとか呼ばれているものが実は普通の女の子なんだもんな。まあ、本来のどでかいドラゴンの姿が現れてもそれはそれで驚くわけなんだろうけど。それにしても異常な感覚だよな。
のゆりさんと藤々川はクファムを取り囲んで話しかけている。
「クファムちゃん、その頭の帽子みたいなのはなんなの?」
「はい。これはドラゴンの顔の部分です。わたし、人間の姿をしてますけどいちおうドラゴンなので。ドラゴンの部分も必要かな~って思って」
「顔の上に顔をかぶっているのですか? どっちが本物の顔なのですか?」
「それはもちろん人間の顔の方が本物ですけど。でもそんな質問は無粋ですよ、藤々川さん。ねこみみカチューシャをつけた女の人に「どっちが本物の耳なの?」って聞くぐらい無粋ですよ」
「ハハハ! そうですね、いやぁ~、これは失礼しました。クファムさん、実は面白いかたなんですね。ハハハ!」
「あはは。クファムちゃん、かわいいだけじゃなくて面白いのねぇー」
「そうですかぁ~。えへへ、えへへ」
なにやら盛り上がっている感じ三人。会話の内容は、というか笑いのツボは俺にはよくわからないが、まあ楽しそうでなによりだ。俺も間で通訳をしなくていいから非常に楽にはなったしな。
しばらくして。




