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プロローグっぽい自己紹介

 毎朝の学校へと向かう道のり、俺は今朝も急ぎ気味に歩いていく。家を出て田んぼや畑の間に延びる田舎道を進んで、住宅街を脇に沿うように抜け、駅前からの大通りに合流する。


「そのまましばらく一直線に大通りを進み、少し曲がったところにあるのが俺の通う高校、宵山(よいやま)高校だ」


 俺の住んでいる町、宵山町にある唯一の高校で特に勉強やスポーツで有名な学校というわけではない。どこにでもあるような普通の高校だ。宵山町自体も特に目立った産業や名物名所があるわけでもない小さな町だ。

 最近は大きなスーパーマーケットができたり駅前にマンションが増えたりとけっこう開けてきた印象もあるが、町のあちこちにはまだ田畑の広がっている片田舎と言った風情の町、それが宵山町だ。


「住んでいる町も通う学校もいたって普通。でも俺はそういうことに別段の不満があるわけでもなく、むしろ気に入っていたりする。普通の町、普通の学校での普通の生活。おおいにけっこうじゃないか。それで問題があるわけじゃない。普通が一番だ」


 普通が一番、普通が一番。そんな言葉を口にしながら俺は通学路を歩く。

 家からこの宵山高校までの通学時間はおよそ四十分ぐらいだろうか。いや最近はだいぶんとこの通学路にも慣れてきたので急げば三十分ぐらいで学校にたどり着くこともできるかもしれない。特に俺なんかは朝が弱いので家を出るのはいつも遅れ気味になってしまう。だから毎朝は大慌てだ。

 

「おっと、そんなどうでもいいことより自己紹介をしないとな。俺の名前は北村彦馬(ひこま)、年は十五才だ」


 この春に入学したばかりの新高校生だ。新しい制服に新しい鞄。新しい教室に新しい机。中学の頃からは身の回りの物が一新された感じだ。そして今は四月の下旬、新しい学校生活や新しい通学路にもようやく馴染んできたというところだ。


「でもまあ、馴染んできた、なんて言っても俺の通い始めた宵山高校は地元にある唯一の高校で、実は新入生の多くは中学校から一緒の面子という状態なんだ。同級生のたいていの連中は小学生から一緒なのでみんな知った顔ばかり。先輩たちにしたって同じようなものだ。一年ぶりですね、って感じだ。変わったのは学校の先生たちぐらいのものかな。通学路にしたって駅前とかに行くのに普段からよく通る道だし。だから人間関係や生活自体にあまり新鮮味みたいなものは少ないんだよね」


 ただそうは言っても、そうは言ってもだ。俺もついに高校生になったわけだ。


「高校生! ちょっと大人になったというこの響き! 別に変わったことは少なくてもなんだか高校生になったというだけで、ものすごくわくわくしてくるんだよな」


 例えば、例えばだよ。


「もしかしたら新しい出会いなんていうものもあるかもしれないわけだし。ちょっとしたきっかけで誰かかわいい女の子と仲良くなれることだってあるかもしれないわけだし」


 とにかく高校生になったと言うだけで俺の中では夢が広がってきているわけだ。すっかりと緑の葉が生い茂った桜の街路樹の下を小走りで学校へと向かいながら俺は考える。


「マンガとかだとこういう通学のシーンで出会いがあったりするんだけど。突然、民家の角を曲がってきた女の子とぶつかって知り合いになったりするんだよな。後に学校でまた会って『お、おまえはあのときの!』とか言って。しかもその女の子はめちゃくちゃかわいい子だったりするんだ。あーあ、そんなことないかなぁ」


 頭の中にとりとめのない妄想を浮かべる俺。


「い、いや……駄目だ駄目だ……そんな非現実的なことを思い浮かべては……」


 しかし、俺はすぐに頭の中の妄想を振り払おうとする。


「俺は、俺は駄目なんだ……マンガみたいなおかしな出来事は……普通だ、普通が一番なんだ……俺は普通が一番好きなんだよ」


 突拍子もないことなんて必要ない。嘘みたいな出来事も必要ない。


「普通が一番、普通が一番……」


 俺は再びこの言葉を念仏のように唱えながら歩く。ふと腕時計を見る。時刻はすでに学校が始まる時間へと迫ってきていた。いつもよりペースが遅れている。


「あっ。やばい。このままじゃ遅刻だ。急がないと!」


 俺は走り出す。学校までの距離、残り百メートルぐらいをダッシュで駆け抜けようとする。

 そんなときだった。


「うわっ!」


 民家の角から急に人影が飛び出してきた。俺はなんとか足を止めようとしたものの……。


「うっ!」


 結局、間に合わずにその人にぶつかってしまった。俺はその場に尻餅をつく。


「……いてて」


 すぐに顔を上げる。俺の方は幸いたいしたことはなかった。おしりが少し痛いぐらいだ。ぶつかった相手の人はどうなっているだろうか。


「あ、あの大丈夫ですか?」


 見上げた俺の視線の先にいたのは、一人の女子生徒だった。制服からするとどうやらうちの高校の生徒のようだ。顔を見る。

 なんと! めちゃくちゃかわいい。

 すうっとした細面の整った顔立ち、透き通るような白い肌、水墨画のようなしっとりとした長い黒髪。純日本風といった感じの美人だ。

 これはもしや。マンガのような素敵な出会いなのでは。こんなかわいい子と仲良くなって、付き合うようになることもあるのでは。

 この状況はそんな予感を俺に期待させるだけのシチュエーションだった。

 しかし。


「……ああ、またかよ。ちくしょう!」


 俺は彼女の様子を目に捉えるなり、悪態をついた。


「なんなんだ、いつもいつも!」


 俺ははっきりとわかったのだった。これは素敵な出会いなんかじゃない。いつもの俺につきまとってくる面倒事だということが。

 なぜなら俺の目の前にいる彼女、彼女には胴体より下の部分がはっきりとは存在しておらず、上半身だけで空中にふらふらと浮いているような状態だったからだ。


「そうだ、実は彼女……幽霊なんだ」


 俺は立ち上がりながらもう一度彼女の様子を観察する。

 彼女は俺と同じぐらいの目線の高さで明らかに宙に浮いている。足はない。彼女の制服姿の体はスカートぐらいからしだいに薄くなっていき足は空気に溶けるように透明になっているという感じだ。これは一般的な幽霊の特徴だ。なぜか足の付いている幽霊は少ない。たいていの幽霊は上から下に行くほど体が薄くなっていくようだ。


「間違いない。よくいる感じの幽霊だな」


 次に彼女の顔を見る。彼女の方もこちらをずっと見ている。前述したようにやはり美人である。ただし無表情だ。まったくと言っていいほどの無表情。ほとんど顔のパーツが何も動かない。眉一つ動かさない。口も開かない。唯一動くのが目の部分だろうか。ごくたまに思い出したかのように瞬きをする。彼女の顔の部分で動きがあるのは本当にそのぐらいのことだけだろう。たいていの幽霊というものは表情が少ないものだし、あまり会話をすることもできないようだ。


「……はあ~」


 俺は深いため息をつく。


「朝っぱらから、しかもこんな忙しいときに幽霊にはち合わせるなんて。まったく、ついてないぜ」


 俺は地面に落とした鞄を拾う。


「じゃあ、俺はもう行くから」


 俺はそう一言だけ彼女に声をかけてから再び学校へと向かって歩き出す。幽霊というものは相手をしていても意味のないものなんだ。この幽霊にも会ったから別にどうこうというわけではない。たいしたコミュニケーションがとれるわけでもないし、供養とかお祓いみたいなことが俺にできるわけでもない。見たところ彼女はなにか人間に害を及ぼす、といったたぐいの幽霊ではないみたいだし。このままほうっておいても特に問題はないだろう。


「それよりも学校だ。早くしないと本当に遅刻してしまう」


 俺は再び駆け出そうとする。すると。


「ん?」


 突然、彼女は俺の前に立ちふさがるように動いてきた。まあ、足がないから立ちふさがるという表現はおかしいかもしれない。飛びふさがる、浮きふさがるとでも言えばいいのだろうか。とにかく彼女は俺の前をふさいだ。


「ああ?」


 俺はなんとか彼女の横を通り抜けようとする。しかし彼女は幽霊らしからぬ敏捷な動きで俺の前をふさぎ続ける。まるでバスケットボールのディフェンスのような動きだ。俺が右に行けば彼女も右に、左に行けば彼女も左に来る。


「なんなんだよ、いったい!」


 どうしても俺を先へと通さないつもりの彼女。結局、俺は彼女をかわしきることができず前に進むのをあきらめることとなった。


「駄目だ。やっぱり無理か」


 いちおう説明しておこうか。普通の人の場合だと幽霊の体はなんの障害もなく通り抜けることができる。目の前に幽霊がいたなんて気づきもしないのがほとんどだ。ちょっと霊感がある人なんかでも多少ひんやりするのを感じる、そのくらいだろう。


「だが俺の場合は違う」


 俺の場合だともっともっと強い状態で幽霊を感じてしてしまうのだ。先ほどのように当たればぶつかってしまうし触れればある程度の感触を得ることもできる。だから幽霊を無視してそのまま通り抜けるなんてことは俺に限っては不可能なことなんだ。


「勘弁して欲しいな。このままじゃ学校に遅刻してしまうじゃないか。何がしたいんだよ、君は?」


 尋ねるが答えは返ってこない。彼女は相変わらずの無表情で俺を見るばかりだ。


「やれやれ。幽霊とはほんと、わけのわからないものだなぁ」


 やがて俺が仕方なく立ちすくんでいると彼女は俺のまわりをふよふよと漂い始めた。


「ん? 今度はどうした?」


 俺の体をじっと観察でもするかのようにぐるぐると回り続ける彼女。それから俺の顔や体をペタペタと触ったり、体をボヨンボヨンとぶつけてきたりする。そのたびに俺の体にはブヨブヨとしたヒンヤリとした幽霊ならではの気持ちの悪い感触が伝わってくる。


「…………」


 特に抵抗することもできないのでされるがままになっている俺。


「……また厄介なことになってしまったな」


 俺はあきらめたようにつぶやく。


「実を言うと、このような状況、俺にとっては初めてのことではないんだ。それどころか日常茶飯事とも言えるな。週に一度ぐらいはこんな幽霊のからんだ厄介事に俺は巻き込まれているような気がする」


 今回のようなことも俺にはよく起こることなんだ。例えば今の状況はどういうことかを過去の経験から考えると、おそらくこの女生徒の幽霊は俺のことをとてもめずらしがって俺のそばを離れないのだと思われる。だから、こんな状況になってしまってはもう駄目なんだ。俺から幽霊に働きかけることはできない。向こうが俺に対しての興味を失うまで俺はこの場を動くこともできないだろう。


「はあ~」


 俺はもう一度さらに深いため息をつく。今は子犬のように体をすり寄せて来たりしている幽霊。どうやらこの幽霊に俺は気に入られてしまったらしい。


「かわいい女の子と仲良くなった、なんて言っても相手が幽霊じゃあな……」


 俺はしんみりとつぶやく。


「普通、普通、ただ普通に生活したいだけなのに。なんで俺はこんな目に遭わなきゃいけないんだ?」


 俺が普通を望む理由、これでわかっていただけたであろうか。

 そう、俺はなぜかはっきりと幽霊を見たり触れたりすることができる体質なんだ。だから完全に俺の生活の中には幽霊という存在が入り込んでいるわけだ。


「もう、気が狂いそうになるぜ。ほんとに」


 気が狂いそうになると言えばだ。

 朝の忙しい時間に道にぼうっと突っ立ったままの俺。そして辺りには当然多くの通学通勤をする人たちが通りがかるわけだ。道行く人たちはみんなそろって俺に「何やってんだ、こいつは?」というような視線を向けてくる。


「なんでこんな恥ずかしい目に遭っているんだ、俺は?」


 涙が出そうになる。だが、いまだに幽霊は俺の行く足を邪魔し続けるので俺としてはどうすることもできない。


「…………」


 無言で人々の視線に耐える俺。

 そんなこんなでおよそ十分ぐらい経った頃だろうか。急に俺のまわりを飛んでいた彼女の動きが止まった。それからまるでおもちゃに飽きてしまった子供のように俺に対して関心を示さなくなる。そしてそのまま俺のそばを離れていった。彼女はまたどこかに向かって、おそらく目的なんてないのだろうが、ふらふらと漂うように進んでいったのだった。


「あー。やっと解放されたみたいだな」


 離れていく彼女の後ろ姿を見ながら安堵の声をもらす俺。幽霊の考えることなんて俺にはわからないが、おそらく俺への興味を失ったんだろう。幽霊なんて気まぐれなもんだからな。それともただ単に深く考えるだけの知能がないだけなのか。まあ何はともあれ、やっとこれで俺は学校に向かうことができるというわけだ。


「さあ、気を取り直してがんばるか」


 この面倒事で沈んだ気持ちをなんとか奮い立たせて足を踏み出す俺。

 キーンコーン……キーンコーン……。

 学校の始まりを告げるチャイムの音が遠くから鳴り響いてきたのはちょうどそんなときだった。


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