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第81話 堕ちた太陽-1-

「おーおー、お熱いねぇ。けど、そういうのは誰も見てないとこで頼むぜ」

 からかいを含んだシャウトの声で、レヒトは我に返る。遅れて状況を認識し、慌てて快から身を離す。

「あっ! ……そ、その……これは……」

「なぁに?」

「え、あ……と……その、つまり……」

 意地悪く見上げてくる快から視線を逸らすこともできず、レヒトは言葉を濁す。

 救いを求めてちらりと視線をシャウトたちのほうに移すと、シャウトはにやにやと笑い、ミオは驚いたように目を見開き、ラグネスは物凄く嬉しそうな顔をしていた。

「レヒト! なんてことだい、レヒトもついに……あぁ、私は嬉しいよ。浮いた噂のひとつもないものだから……」

「ラグネス様、泣かないでください! お、俺は別に……!」

「……別に?」

 快に詰め寄られ、レヒトは半歩後ずさる。

「うぅ……つまり、その……申し訳ありませんでしたっ!」

 思わず、レヒトは思い切り頭をさげていた。

 部屋に落ちる沈黙。しかし、それも一瞬だけのこと。

 今までどことなく重い空気が漂っていた室内に、楽しげな笑い声が響いた。快やシャウト、ラグネスに、ミオや兵士たちまで。

「あはは! あー、もう。レヒトって本当におもしろいんだから。からかいがいがあるなぁ」

 目に涙まで浮かべて笑わないで欲しいとレヒトは思う。口に出しては言えないが。

「……そんなに笑わなくても」

 さすがにレヒトが落ち込むと、快は浮かんだ涙を指先で拭う。

「ごめん、ごめん。レヒトがあんまり遅いから……ちょっといじめてみたくなっただけだよ」

 そう言って、快は悪戯っぽく笑う。拭ったはずの蒼穹色の大きな瞳は、わずかに濡れているようにも見えた。

「とにかく……おかえりなさい、レヒト。みんな、待ってたんだよ……」

「少し……いや、だいぶ、かな。遅くなって、すまない」

 その場に集った仲間たちに、優しい笑顔を向けられて。レヒトの顔にも、自然と笑みが溢れた。




 とりあえず、その場に集まった者同士、簡単な自己紹介を終えて、レヒトは今までのことを説明したのだった。

 ミオのことは、名もなき小島での恩人、というふうに紹介した。天魔大戦に参加した天界人の中には、片翼である彼女に好奇の視線を送る者もいたが、ミオは気にしたような様子はなかった。

「……そんなことがあったのか。それにしても、あんたはどこまで運がいいのか……」

 レヒトが説明を終えると、声に若干の苦笑を滲ませてシャウトが呟く。

「偶然だろうとなんだろうと、無事で帰ってきてくれたことが、僕は嬉しいけどね」

 瞳を細めて、快がふわりと笑った。照れたレヒトが頬を掻くと、それを隣で見ていたシャウトがにやりと笑う。

 とりあえず咳払いをして、レヒトは改めて問いかけた。

「俺も聞きたいことがあるんだ。……俺がいない間になにがあったのか、説明してくれないか? それと、世界の情勢についても、知っておきたい」

「そうだね。とはいっても……僕たちがレヒトに説明できるのは、ほんのちょっとだけなんだよ」

「……それは、どういう?」

 首を傾げるレヒトに対し、言葉通りだよ、と返すラグネス。

「私たちは、そのときのことを覚えてはいないんだ。……誰一人として、ね」

「覚えていない?」

「そうだよ。あの日――城をレイが訪ねてきてね。君たちが降りてくるはずだから、自分が戻るまで匿って欲しいと……そう言って、トゥールを私のもとに残し、自分は一人で天界へと向かったんだ」

 レイはあの時、なにが起きているのか知っていたのだろうね、とラグネスは小さく付け加える。

「私は城で待っていたのだけれど……君たちやレイがなかなか姿を見せないからね。不安になってトゥールとともに『天への道』へと向かい――空が一瞬、暗く輝いたのを見て……意識を失った。そして、私たちが意識を取り戻した時には、すでに……街は文字通り廃墟になっていたということなんだよ」

「俺様と姫も、似たようなもんだ」

 レヒトが反応するより早く、シャウトが口を開く。

「俺様は天界城の中庭で魔物と戦ってた。空が、ほんの一瞬だけ妙な色に染まったのは、見た。……んで、その後の記憶はねぇんだよ。気付いた時には、あの兄ちゃんと一緒にロイゼンハウエルの街の中でぶっ倒れてたってわけだ。意識を失う前は……天界にいたはずなのに、な」

 そう言って、彼はひょいと肩をすくめて見せた。

「……そういうことなの。信じられないかもしれないけどね……」

 確かに、助かった者が全員、当時のことを覚えていないというのは、かなりおかしな話だ。しかし、それを言えば、レヒトが助かったことも、到底信じられないような話なのだ。

 単なる偶然だとは思えなかったが、考えても明確な答えは得られないだろう。

 気にはなったが、レヒトは話題を変えた。

「……それじゃあ、世界の情勢は?」

「壊滅的な被害を被ったのは、どうやら天界と魔界だけであるようだね。特に、ここ中央大陸の中央部、天界を中心に、円を描くような形で被害が広がっている」

 その問いにはラグネスが答え、その後をシャウトが続ける。

「レヒトの言ったように、それが『CHILD』の力だって言うなら説明がつくさ。あの時『CHILD』は天界城にいた。そこを中心にして力が降り注いだって考えれば、被害が天界、魔界に限られてるってのも納得がいく」

「……ということは、精霊界と真魔界、竜谷に大きな被害はなかったんですね?」

 ミオが確認するように問うと、快が小さく頷いた。

「天魔両界を除けば、それほど大きな被害はないみたいだけど……今度はまた魔物が出没するようになったの。中でも一番たくさん目撃されてるのが、廃墟になったこの街付近なんだ」

「だから俺様たちがここに残って、片っ端から魔物を討伐してるわけだ」

「……生き残った人々は?」

 それは、レヒトが最も気にしていたことである。ここにいるのは天界の兵士ばかり、数にしても、おそらく五十にすら満たないだろう。魔界の民は、どこか別の場所にでも避難したのか、それとも――。

「大丈夫だよ、レヒト。魔界の受けた被害は、決して軽いものではなかったけれど……生き残った魔界の民は、精霊界、真魔界、竜谷がそれぞれ受け入れてくれた。ことは天界、魔界に限ったものじゃないもの。こんな時は、ね」

 レヒトの胸をよぎった一抹の不安を察したらしい快が、レヒトにそう説明した。

 これも皮肉な話だが、世界が危機に陥ったことにより、種族を超えた協力関係が築かれたということだ。

 ――レイは、どんな顔をしているだろう。

「……そういえば、レイ様は? 姿が見えませんけれど……」

 ラグネスがここにおり、この場にはいないが、どうやらトゥールもいるようだ。とすると、当然レイもいるだろう。

 レヒトは部屋を見渡して、軽い口調で問いかけたのだが。

 何人かが、小さく息を飲んだのがわかった。

「そっか。レヒトは……知らないんだよね」

 しばしの沈黙の後、快が小さく呟いた。

「なにか……あった、のか……?」

 快はなにも答えず、困ったようにラグネスに視線を移した。

「レヒト。さっき、シャウト君が言っただろう。私たちがこの街にとどまるのは、現れる魔物を退治するためだと。……本当は、それだけではないんだよ」

 しばし考えたあと、ラグネスはそっと席を立った。

「……レヒト、それからミオさんも。ついておいで。……君たちには、真実を教えなければならない」

「真実……?」

 ミオの問いかけにも、言葉を返す者はなく。

「……行こうか」

 立ち上がり、二人に背を向けたラグネスが、ため息とともに、小さくそう呟いたのが聞こえた。

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