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第76話 名もなき小島の隠者様-2-

「しかし……『大いなる意思』が動き出すとはのぅ」

 部屋に落ちた沈黙を裂いて、ミロスラーフがぽつりと呟く。レヒトは気になっていた疑問をぶつけてみることにした。

「先程の映像には……『大いなる意思』の姿がありませんでした。神を指し示す言葉にも、彼は含まれていません」

「『大いなる意思』――レヒト殿が、精神を同調させていた方ですね」

 レヒトは頷く。

 『大いなる意思』は神々――三闘神と同じく、別の世界から来た者なのだろう。しかし、彼は歴史の表舞台には一切登場していない。世界創造にも、あの天魔大戦にも。

 天界城で対峙した『CHILD』も、そんなことを言ってはいなかっただろうか。

「うむ。『大いなる意思』は……わしらより遅れてこの地に現れた」

 レヒトはもう一度、夢に見た光景を呼び起こした。大きな寝台に眠る三人の姿――『大いなる意思』は、自らも同じように――。

「おそらく、接続が不完全であったのだろう。わしらも、永きに渡って『大いなる意思』の存在には気付かなんだ。彼の精神は深い眠りに就いたまま――それでもわしらを見守ってくれていたのじゃ」

「ところが最近になって、眠っていた『大いなる意思』の精神が目覚めた。……十年前の大異変、あの日……俺の……記憶の始まり……」

 レヒトは拳を握り締めた。彼の記憶の始まりは、いつだって十年前のあの日。魔物が消え去った奇跡の日。

 ――『大いなる意思』によって、生み出された日。

「『大いなる意思』はこの世界を覆う悪意に気付いたのじゃろうな」

 だからこそ彼は目覚めた。『CHILD』が完全に覚醒する前に、破壊するため。

「天地創造の折、わしらは覚醒した『CHILD』と戦った。多くの犠牲を生んだ戦いであったが――この世界に生きる数多の命に救われて辛くも勝利し、わしらは『CHILD』を封印した」

 ミロスラーフは『CHILD』を指して、滅ぼすことのできないものだと言った。彼の言葉に隠された意味を、レヒトは理解できなかったが。

「封印した『CHILD』を、わしらはとある場所に眠らせた。決して目覚めぬよう、ある一族に託して」

「……けれど、永き時を経て『CHILD』は目覚めた……」

「おぬしの話を聞く限り、完全なる覚醒ではないはずじゃ。わずかに揺れ動いた――といったところじゃろう」

 ミロスラーフの言葉に、レヒトは幾度か瞬きを繰り返す。

「……ゆ、揺れ動いた?」

「うむ。おぬし、あれが完全覚醒だとでも思うておったかの」

 レヒトは頷く。

 対峙した天界城で、レヒトはあの圧倒的なまでの力を目の当たりにしているのだ。あれで不完全だというのなら――。

 レヒトの不安を感じ取ったのか、ミロスラーフは屈託なく笑った。

「『CHILD』が完全に覚醒することはあるまいて。……わしらは、そう信じておる」

 理由など、なにも語らずに。信じている、とたった一言。それは確信というよりも、彼の希望に近いものなのだと、レヒトはなんとなく感じていた。

「……先程、ミロスラーフ様はおっしゃいましたね。『CHILD』を滅ぼすことはできないと。けれど、俺は見たんです。『大いなる意思』が、俺の仲間――『CHILD』の依り代を手に掛けるのを」

「うむ……おぬしが嘘を吐いているとは思っておらぬよ。じゃが、先程も言ったとおりに『CHILD』を滅ぼすことはできぬのじゃ。それに、もしおぬしが言うとおりに『CHILD』が消えたのだとすれば――降り注いだ黒い光はどうなる。あれは確かに『CHILD』の力じゃ」

「あ……」

 それは、あり得ないこと。

 ミロスラーフは、あの黒い光を『CHILD』の力だと断言した。

 だとすれば、考えられることは。

「……『CHILD』は、滅ぼされてはいない……」

 声が震えるのが、自分でもわかった。今度は、恐怖でも、憎悪でも、絶望でもない。久しく忘れていた、この感情。

「依り代とされていた子供のほうも、無事とはいえぬが生きておるじゃろうな。……皮肉な話じゃが『CHILD』を受け入れておる以上、生命力も普通の人間とは異なるはずじゃ」

「生きている……レイヴンが、生きている……」

 膝の上で握った拳に、自然と力が籠った。

「『CHILD』は今も『大いなる意思』とともにおるじゃろう」

 ミロスラーフの言葉に、レヒトは表情を曇らせた。

「……『大いなる意思』は……レイヴン……『CHILD』を滅ぼそうとしているのですね……」

「『大いなる意思』という方は……なぜ、そこまでして」

 小さく呟かれたミオの言葉。レヒトははっとした。

「……世界を……ヘヴンを守るため……」

 思い返してみれば、『大いなる意思』は最初からそう言っていたではないか。ヘヴンを守るため、愛する者を守るため。この世界を壊させはしない、と。

「そう……そうなんだよな。レイヴンを救うことは、ヘヴンを……ヘヴンに生きる人々の命を、犠牲にすることになるんだよな……」

 本当はわかっていたのかもしれない。わからないふりをしていたのかもしれない。残酷な現実から目を逸らして。

「俺のわがままで……たった一人の子供の命と、この世界とを引き換えにするなんて……」

 ゆっくりと、レヒトは首を横に振る。

 自分の命なら、喜んで差し出そう。それで、あの無邪気な子供が救われるなら。だが、レイヴンを救うということは、ヘヴンを滅ぼす手助けをするということだ。ここに生きる人々に、仲間のために死んでくれ、などと。

 ――言えるはずが、なかった。

「レヒト殿……」

 膝の上で握られた拳を、ミオの手が優しく包む。

「その方は……貴方の大切な方なのでしょう? 私……うまく、言えませんけれど……なにか、方法があると思います。無責任な言葉かもしれません。けれど……諦めないで、ください……」

「……君は、優しいんだな。……彼女も、きっとそう言うと思う」

 レヒトはミオの薄紫色の優しい瞳の向こうに、あの強い光が宿る、蒼穹色の瞳を見たような気がした。

「やりもしないうちから諦めるなって……怒られるだろうな……」

 彼女はもういない。心に、ぽっかりと大きな穴が開いてしまっている。

 小さくため息を吐くレヒトに、ミロスラーフが語りかける。

「――生きているぞ、レヒトよ」

 一瞬、耳を疑った。生きていると、彼はそう言ったのだろうか。

「……え?」

 間の抜けた声をあげたレヒトに、ミロスラーフは静かに告げた。

「レヒト。なぜ、おぬしが無事にここまで辿り着けたと思う? 単なる偶然、運のよさだと思うか?」

 レヒトはなにも答えられなかった。正直、それだけでは説明のつかない出来事が多すぎる。

「もちろん、そうではないのじゃよ。おぬしを愛し、おぬしの無事を願う者たちの想いが、おぬしを生かしたのだ」

「みんなは……無事、なんですね?」

 レヒトの心に、一筋の光が差し込んだ。思い出すのは、大切な仲間の笑顔。

 ――伸ばされたその腕、今度こそ、掴んだ気がした。

「ロイゼンハウエルがあった場所で、おぬしの仲間は待っている。忘れるな、レヒト。ここは想いが力になる世界。真に願い、そして心より祈れば、叶わぬ望みなどない」

 ミロスラーフは少年のような笑顔を見せる。

「決して諦めるな。どんな時でも、希望さえ捨てなければ、必ず道は開けるのだから」

「……はい!」

 光を失っていたレヒトの瞳に、強い意思の輝きが戻った。

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