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第71話 崩壊への道標-4-

 音を立てて閉ざされた、重厚な大扉。三闘神の姿を刻んだ大扉、レヒトは駆け寄って彼の人を呼ぶ。

「……レイ様! レイ様ぁっ!」

「レヒト!?」

 突然のことに驚いたらしい快とシャウトが振り返る。

「レヒト、どうしたの。早く逃げなきゃ……」

「だめだ……」

 レヒトは首を振った。

「だめなんだ。レイ様を残してはいけない。レイ様を一人、残していくのは……」

 理由はわからない。だが、振り返って微笑むレイの姿を見たとき、とても嫌な予感がしたのだ。彼とはもう、二度と会えない――そんな予感が。

「……戻らないで、レヒト。お願いだから……」

 快がレヒトの手を握り締めた。

「あの『大いなる意思』って男が狙ってるのは……あんたなんだぞ、レヒト。それに、ここであんたが戻っちゃあ、命をかけて逃がしてくれた、レイ様の思いまで裏切ることになる」

「……レイ様の……思い……」

「そうだよ。レイはレヒトを逃がすために残ったんだから。……それに、レイは僕の伯父さんだよ。むざむざやられたりはしない。だから、今は逃げよう」

 もう一度、閉じられた大扉を振り返り――レヒトはゆっくりと頷いた。

「……わかった」

 その瞬間。凄まじい揺れに襲われて、三人は大きく体勢を崩した。

 揺れは一瞬のものではない。慌てて周囲の壁に寄りかかり、身を起こす間にも――激しい揺れが続いている。

「なに……? 天界で、地揺れなんて……」

「……嫌な、予感がする」

「急いだほうがいいな。行くぜ!」

 ガルヴァを抱えなおしたシャウトが先導し、一行は地揺れの続く城の廊下を走ってゆく。この地揺れのせいか、はたまた『大いなる意思』との激戦の影響か。廊下の天井はところどころ崩れ、廊下の壁には無数の亀裂が走っている。散乱する瓦礫によって行く手を遮られ、一行は大きく迂回し、中庭を抜けて外を目指すことにした。

 変形してしまった大扉を蹴り開ければ、そこには。

「魔物……!?」

 色とりどりの花が咲き乱れるその場所に蠢く、無数の影。見上げれば、どんよりとした灰色の雲に覆われた空にも、幾つもの影が舞っている。

「こんな時に……!」

 快が呻く。彼らを視界に捉えたらしい魔物が吠え声をあげ、魔物が生み出す炎の弾や冷気の刃が、四方八方から見境なしに降り注ぐ。

「くっ……!」

 レヒトと快は左右に飛んでかわし、シャウトは逆に前へと走ると、手近な魔物との距離を詰める。

 すれ違いざまに戦斧を振るい、人間の男性の上半身と馬の下半身を有する魔物の首を飛ばす。快も銃を構え、空中から飛翔する怪鳥の魔物を撃ち落とした。

 レヒトも反射的に腰のセイクリッド・ティアに手を伸ばし――。

(……セイクリッド・ティアは……)

 『大いなる意思』によって、砕かれたまま。

 動きの止まった獲物を逃さず、幾多の魔物が生み出した炎が、雨となってレヒトに迫る。

「レヒト!」

 悲痛な叫びはどちらのものか。レヒトは酷くぼんやりと、自らの命を奪うであろう紅い雨を見つめていた。

 しかし――迫り来る炎の雨はレヒトの身を焦がす寸前、水の膜にでも触れたかのように蒸発した。

『……貴方は、ここで死んではいけない……』

 レヒトの脳裏に声が響く。まだ年若い、少年の声。聞いたことはないはずなのに、なぜだか、酷く懐かしい。

『……お願い、生きて……貴方は……最後の……』

 声は風にとけるように掻き消え、レヒトははっと我に返った。眼前に迫る第二陣を、ほとんど無意識にかわす。

「大丈夫か!?」

 戦斧を振るいながら、シャウトが声を張り上げる。快も魔物に向けて銃を乱射しながら、レヒトのほうを振り返った。

「……あぁ……」

 レヒトの無事な様子を見て、二人はわずかに安堵したようだった。

「今のは……いや、そんなことはどうでもいいな。とにかくこいつらをなんとかして……」

 シャウトはそこで口を噤んだ。袈裟掛けに斬り伏せたはずの魔物が起き上がり、怒りの咆哮をあげたからだ。快が撃ち落としたはずの怪鳥も、翼を広げて空を舞う。

 二人の一撃をまともに受け、起き上がった。それは二人の力が、もうほとんど残っていないことを意味していた。

 レヒトは武器を失い、動揺する今の状況で戦うことなどできはしない。二人にも、これほどの数の魔物を相手にする余裕はすでにない。

 シャウトはしばし思案して、やがて小さく言葉を発した。

「……行きな」

「シャウト! それは……」

「言うなよ、姫。縁起でもねぇ」

 快に向かってそう言い、シャウトは小さく笑う。

「命を賭して、なんて言ってねぇさ。逃げるにはここを突破するしかない。あんたら二人が逃げ遂せるまでの時間稼ぎをしようってだけだ」

「シャウト……」

「安心しな。魔法は使えなくとも、俺様にはこの翼がある。いざとなりゃ一気に魔界まで降りるさ。この兄さん一人くらいなら……まあ、なんとかなるだろ」

 気絶したままのガルヴァを指して、シャウトは言う。『大いなる意思』の一撃を受けたガルヴァの意識は未だ戻らず、怪我も負っているようだが、命に別条はなさそうだ。なぜか、『大いなる意思』は彼を殺さなかった。彼だけではない。快にしろ、シャウトにしろ。『大いなる意思』は無関係な人々――レヒトとレイヴン以外は、なるべく巻き込まないようにしているようなのだ。彼が本気になったのは、おそらく『CHILD』、そしてレイと対峙した時のみ。ガルヴァにしてみても、彼の力で一蹴すれば終わりだっただろうに。

 そこだけが、レヒトにはわからなかった。

「……わかった」

 快は頷く。それを見て、シャウトは唇の端を吊り上げた。

「レヒト、姫。……死ぬなよ。魔界で落ち合おう!」

 シャウトが竜の咆哮をあげる。魔物がそちらに気をとられた隙に、快はレヒトの手を引いて中庭を走った。中庭から城内へと続く扉を開け放ち、城門を目指して、廊下を一気に駆け抜ける。

 崩れかけた城門を通過したところで、不意に快が足をとめた。城下に広がるアンジェラスの街並みに目をやって、レヒトも驚きに目を見開く。

 建物のほとんどが倒壊し、美しかった街の面影はどこにもなかった。無数の亀裂が走った大地は至る所で崩れ落ち、そこからは遥か彼方に広がる魔界の大地が覗いている。

「大地が……崩れてる……」

 快が呆然と呟いた。先程から続いている地揺れは、天界の崩落が原因だったのだろう。

 浮遊大陸たる天界と、地上の魔界を繋ぐ唯一の道は、アンジェラスの中心部に設置された空間転移装置。アンジェラスからロイゼンハウエルへ降りる道を『地への道』、その逆を『天への道』と呼ぶ。

 しかし、この惨状――果たして何人が逃げられたのか。翼を持つ天界人であれば、飛翔して魔界へと降りることもできただろうが、天界には翼を持たぬ人々も生活していたのだ。

「……僕も魔法は使えない。……なんとか『地への道』まで行かないと……」

 『地への道』が無事かどうかはわからない。しかし、今は悲観している暇などない。

 こうして悩んでいる間にも、亀裂の入った大地は脆くも崩れ去ってゆく。

「……レヒト、急いで! こっちの道は、まだ大丈夫みたいだから……」

 彼女が一歩を踏み出す。その刹那、レヒトの背筋に悪寒が走った。

「だめだ、快!」

 レヒトの制止は間に合わなかった。

 振り返った快の足元が、音を立てて崩れ落ちる。彼女の身体も投げ出され――とっさに伸ばしたその腕を、駆け寄ったレヒトが掴み取った。

「くっ……!」

「レヒト!」

 快は慌てて魔法を行使しようとしたようだが、先程の言葉通り、もう魔力は尽きているのだろう。周囲の風にはわずかな変化すら見られない。

「やっぱりだめ……もう魔力が……!」

 レヒトは引きずられぬよう、必死に大地にしがみ付く。普段ならば軽く抱えあげられる快の身体も、力を失い、痺れる腕では引き上げることすらかなわなかった。

 腕を伝う生温い感覚。ずるりと快の腕が滑り、レヒトは掴んだ腕を離さぬように渾身の力を籠めた。

「……レヒト、血が!」

 どうやら、傷口が開いてしまったらしい。ぽたりと滴る鮮血が、見上げる快の頬に紅い筋を残した。

 彼女の姿がレイヴンと重なって――レヒトは振り払うように頭を振る。

「快! 俺の手を……しっかり握ってくれ! 腕に……力が、入らないんだ」

「……レヒト……」

 快の瞳が揺れる。レヒトは痛みを堪えて笑って見せた。

「……情けないが、君を引き上げることもできない……必ず、助けるから……絶対に離さないで……」

「もう……いいよ」

 レヒトの言葉を遮って、快がぽつりと呟く。レヒトを見上げた快は、少し寂しそうに微笑んだ。

「……もういいの、レヒト。僕の手を離して」

 快の言葉に、レヒトは少なからぬ衝撃を受けた。

「なに……言ってるんだよ……俺なら大丈夫だ。だから……頼むから、そんなことは言わないでくれ!」

「レヒトは優しいね。……けどね、もう……いいのよ」

 もう片方の手で、快はレヒトの腕に触れた。その指先は震えている。

「僕のせいで、大切な人が犠牲になるのはもうたくさん……だから……」

 そこで言葉を切って、快はまっすぐにレヒトを見据えて言い放った。

「僕の手を離して、レヒト! そうすれば、貴方は助かる!」

「馬鹿なことを言うな! 絶対、離さないからな! 絶対にだ!」

「お願い、レヒト! 手を離して!」

 そう言った快の目が、驚愕に見開かれる。レヒトもつられて視線を向ければ、暗く染まった空から降り注ぐ黒い光――。

「……!」

 嫌な予感、などという言葉では、到底表現できないような感覚だった。黒い光が眼前まで迫り――次の瞬間、レヒトは空を舞っていた。

 なにが起きたのかは、わからなかった。

 わかるのは、この身を焦がすような激痛だけ。

「レヒト――……!」

 快の絶叫。

 彼女の姿を捉えようとした瞳が映し出したのは、崩落してゆく浮遊大陸と、天から降り注ぐ、幾筋もの黒い光。

 世界を滅ぼす、黒い光。

 ――それが、視界が闇に閉ざされる前に見た、最後の光景となった。

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