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第70話 崩壊への道標-3-

「……神子……なぜ、ここに……」

 『大いなる意思』の言葉に、レイは露骨に眉を顰めた。どこか寂しげに、苦しげにすら見えるその横顔。

「そう呼ばれるべき者は、もうどこにも存在しねぇよ。あの天魔大戦で……とうに命は失われた」

 返る言葉は待たず、レイは座り込んだままのレヒトの傍まで寄ると、身を屈め、うつむくレヒトの顔を覗き込んだ。

 絶望からか、それとも自責の念からか。レヒトは呆然と座り込んだまま動こうとはしない。

「……なにがあった」

 そう問いかけられ、レヒトは拳を握り締める。震える唇が、小さな言葉を紡ぎだした。

「……守れなかった……!」

 その一言で、すべてを察したのか。レイは、レヒトの頭にそっと手を置いた。

「……ごめんな」

 レイが囁く。優しい声で。

「こうなったのも、すべては俺の責任だ。俺の身勝手なわがままが、お前らを傷付けることになるかもしれないと――わかっていたのに」

 その言葉の意味を、レヒトは理解することができなかった。

「――レヒト」

 名を呼ばれ、顔をあげたレヒトの目に、綺麗な蒼穹が映り込んだ。穏やかで優しい、濁りない蒼穹の眼差し。

「お前のせいじゃない」

 熱いものが溢れ、視界が滲む。――それが涙だと気付くまでに、しばしの時を要した。

「……ごめんな、本当に」

 レヒトの頭をくしゃりと撫でて、レイは音もなく立ち上がる。その目はまっすぐに『大いなる意思』へと向けられていたが、どこか遠い場所にいる、別の誰かを見ているようにも感じられた。

「……これはあんたの意思なのか」

 『大いなる意思』は答えなかった。レイを見つめるその瞳に、不思議な色が宿る。

「『CHILD』を滅ぼすことなんざ、できはしねぇ。世界を知り、神を知るあんたならわかるはずだ」

「……知っていたのだな、神子……闇の神子よ。記録を抹消し、その存在を闇へと葬ったのはやはりお前か」

 『大いなる意思』が言う。いさめるような、とがめるような声で。

「『器』に宿り、人の心に触れても……変わらぬというのか」

 返る答えはなかった。『大いなる意思』は小さく息を吐くと、鋭い眼差しをレイに向けた。先程までは感じられなかった、強い殺意を覗かせて。

「……お前がなにを考え、誰を守ろうとしているのかは、問わぬ。……光の欠片を失ったお前が、完全に闇へと堕ちる前に……」

 そこで言葉を切ると、『大いなる意思』は左手のレイピアをレイに向けた。割れたステンドグラスから差し込む光が、向かい合って立つ二人の男を照らし出す。

「……思い通りには、させねぇさ」

 レイは言う。その言葉に込められた意味を、理解できる者がいなくとも。

 周囲の空気がぐっと重さを増した。レイが放つ魔力の波導が精霊をも揺るがし、震えさせているのだ。

 掲げた右手に闇が集い――漆黒の鎌を具現化させた。それを右手に構え、レイは吠える。

「あんたの思い通りには、させねぇ!」




「ディールヴォルケーノ!」

 謁見の間の絨毯を導火線代わりに、燃え盛る魔力の焔が『大いなる意思』へと向かう。『大いなる意思』は一度大きく飛び、レイピアを構えて迫り来る焔へと突っ込んでゆく。

 その身体に届く間際、『大いなる意思』が振るったレイピアによって焔は吹き散らされ、あとには完全に炭化した、絨毯の残骸が残るのみ。『大いなる意思』は一気に距離を詰め、レイに向かい、左手のレイピアを振り上げる。

 漆黒の鎌と白銀のレイピアが幾度も絡み合い、激しい火花が散った。

 幾度目かの打ち合いの後、退がりつつあったレイは翼を羽ばたかせて大きく後方へ飛ぶと、そのまま一気に『大いなる意思』に向かって距離を詰める。間合いを狂わされた『大いなる意思』が見せた、一瞬の動揺。それを見逃すレイではない。

「ディールポァルス!」

 再び後方へ飛んだレイが右手をかざせば、『大いなる意思』の足元に出現した魔法陣を中心に、無数の雷の雨が降り注ぐ。まともに撃たれ、さすがに苦悶の表情を見せる『大いなる意思』。

「くっ……おおぉぉぉおっ!」

 『大いなる意思』が声をあげる。濡れた水音を立て、魔力の雷が吹き散らされた。

 雷の檻から逃れた『大いなる意思』が、空中を舞うレイへと視線を移す。その時にはすでに、レイは魔法の詠唱を終えている。レイは魔力の宿った左手を振り上げた。

「ディールグレイシャー!」

 その左手を振るう度、解き放たれた魔力は冷気の風となって空を裂き、謁見の間の床に幾筋もの氷の爪痕を残した。

 レヒト一行に対しては圧倒的な力の片鱗を見せた『大いなる意思』も、レイの魔法を何度も受けるわけにはいかないらしい。左手の一振りで生み出される氷の爪撃を、あるいはかわし、あるいはレイピアで打ち払い、なんとか『大いなる意思』は凌ぎ切る。

 動きは先程よりも、確実に鈍くなっていた。

「!」

 直撃こそは避けたものの、飛来した氷の欠片に法衣の裾を縫い止められ、『大いなる意思』の動きが止まった。その隙を逃さず、レイは鎌を携え飛翔する。

「はぁっ!」

 鎌の一閃によって放たれた衝撃波は、謁見の間を突き破り、幾つもの部屋を破壊して、城壁にまで大穴を開けた。

「……、強い……」

 漏れた言葉は誰のものか。三人は呆然とその場にへたり込んでいた。

 崩れ落ちる瓦礫と土煙の中、対峙するレイと『大いなる意思』との姿が浮かび上がる。

「……光よ」

 『大いなる意思』の言葉に弾かれ、精霊が大きく震える。彼の周囲に描かれてゆく光の魔法陣を視界に捉え、レイは器用に片眉を跳ね上げた。

「本気で殺ろうってか……仕方ねぇな」

 レイの周囲でも、強い魔力の波動が渦を巻く。

 二人が放つ力の余波がぶつかりあい、荒れ狂う精霊の流れが風を生み、バチバチと魔力の火花が散った。

「もう一度だけ聞こう。……これはあんたの意思なのか」

 『大いなる意思』が笑う。目を細め、どこか自嘲するように。

「……神は、常に人とともにあるわけではない。人が道を、その手に余る力の使い方を違えたのならば……」

 一片の曇りすらない、強い決意を漲らせ。

「そのあやまちを糺すまで!」

 『大いなる意思』が手にしたレイピアを掲げた瞬間――彼に纏わり付いていた力が解き放たれ、幾筋もの光の奔流がレイを目掛けて宙を舞う。レイは幾度か鎌を振り、生み出された闇の波動が、飛来する光の奔流、そのことごとくを撃墜させた。

 ――破壊され、見る影もなくなった謁見の間に、光と闇の欠片が散った。

「……なぜ私の邪魔をする、闇の神子よ」

 虚空に消え行く光の残滓ざんしを見送って、『大いなる意思』は小さく呻く。

ちりばめられた闇の欠片は、ゆっくりとヘヴンを蝕んでゆくだろう。もはや一刻の猶予もない。それはお前にもわかっているはずだ」

「……そう、だろうな」

「ならば、なぜ」

「……なぜ、か。そうだな……」

 どこか遠い場所を見つめたまま、レイは言う。その瞳に映る遠い場所――もう戻れない、過去の記憶。

「……あいつの愛した世界、あいつの愛した者たち……俺は、あいつを守れなかったからな。だからせめて、それを守ってやりたい。……それだけだ」

 彼の瞳に宿るのは、深い慈愛と哀惜の色。

「あいつのためにも……思い通りには、させねぇさ」

 もう一度そう言って、レイは肩越しに背後を振り返る。快が呆然としたままのレヒトの手を引き、気絶したガルヴァをシャウトが背負い、謁見の間の大扉を飛び出してゆく。

 走り去るレヒトの姿を捉えた『大いなる意思』がわずかに片眉を動かすが――後を追おうとはしなかった。

「……希望とは、絶望の闇の中に射す一縷いちるの光だ」

 そっと呟かれたレイの言葉は、離れゆくレヒトには聞こえなかった。

「最後まで諦めるな。決して諦めなければ、必ず光は射す。どんなに暗い闇の中でも、どんなに深い絶望の底でも……」

 詠うように、そう言って。

「――それを忘れるなよ、レヒト」

 振り返ったレヒトの瞳に、柔らかく微笑む蒼穹が映り込む。

 鎌を手にした彼がゆっくりと背を向けると――三闘神の姿を刻んだ謁見の間の大扉が、音を立てて閉ざされた。

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