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第66話 魂の共鳴

「戻ってきたんだね……」

 壮麗な造りの天界城を眺め、レイヴンが感慨深げにそう呟いた。

 活気に満ちた街の大通りをのんびりと歩き、レヒト一行は天界城へと向かっている。

 さすがにヘヴンの中心と謳われるだけあり、アンジェラスで揃わぬものはないと言われるほどの豊富な物資。

 露店を広げる商人の威勢のいい声が街に響き、通りを行く人々にも笑顔が見える。

 しかし、この街に足を踏み入れた瞬間、レヒトが覚えた微かな違和感。出発したときと、なんら変わりない平和な光景。だが、その中に潜む、なにか異質な気配。

 先を歩く三人は、レヒトとは違いなにも感じていないようで、他愛ない話をしつつ歩いてゆく。

「なあ……なにかおかしくないか?」

 レヒトの声で、三人が一斉に振り向いた。

「おかしい……って、なにが?」

「口では説明できない。けど、なにかが変だ」

 周囲を見渡して、レヒトは呟く。道の端に並ぶ露店、買い物をする街の人、走り回る子供たち――。

「俺様にはわかんねぇが……あんたのそういう類の言葉は、ただの気のせいじゃ済まねぇんだよな」

 レヒトの言葉を受け、今度は注意深く周囲に視線をやっていたシャウトが、わからない、とばかりに首を振った。

「……おかしいって言えば、さ」

 ぽつりと呟いたのはレイヴンだった。

「レイさん、どうしたのかな。通信、来なくなっちゃったけど……」

「ああ……それは俺も気になっていた」

 旅を始めたばかりの頃、レイはしょっちゅう指輪を使って話しかけてきた。

 それは真面目な任務の話だったり、執務にうるさいトゥールに対する愚痴だったり、他愛ない世間話だったりしたのだが。

 イーヴァル領での通信を最後に、音信不通となってしまったのだ。

 レイヴンが何度か試したのだが返事はなく、それ以来、なんの音沙汰もない。

「それなら、直接本人に確かめてみればいいじゃない。こうして一度戻ってきたんだし。けど、もしレイになにかあったら、街はもっと大騒ぎになってると思うけど」

 確かに、それは快の言う通りだ。ヘヴンの象徴たるレイ=クリスティーヌの身になにかあれば、アンジェラスどころではなく、ヘヴン全体が大騒ぎになるはずである。

 それがないということは、レイの身になにかあったとは考え辛いのだが。

「悩んでたって仕方ねぇさ。とにかく行ってみようぜ。もう目の前まで来てんだ」

「そうだな」

 話をしながら歩くうち、レヒト一行は城内へと続く、大きな門へと辿り着いた。

 まるで楽園への入り口のごとく、細部に至るまで美しい装飾が施されている。

 普段ならば、ここにも見張りの兵士がいるはずだが、今は誰もいない。もとより少ない天界の兵士は、そのほとんどが魔界へと派遣されている。

 ヘヴンの象徴とまで謳われる天界最高責任者を、守るべき兵士がいないことに疑問を感じる人もいるだろう。だが、正直なところ、兵士たちがいようがいまいが、あまり関係はないのだ。

 兵士が守るべきレイ=クリスティーヌ。その彼こそが、最強の剣であり、また最強の盾でもあるのだから。

 一行は、城へと続く大扉を開け――。

「!?」

 突如、その身を襲った強烈な感覚に、息を飲む。

「なっ……なんだ……?」

「……威圧感プレッシャー……!?」

 シャウトと快が吐き出すようにそう呟くのと、レイヴンが膝を付くのは、ほとんど同時だった。

「……気持ち、悪い……。なんか、頭の中……掻き回されてるみたい……」

 額に手をやるレイヴン。シャウトと快が顔を見合わせた。

「レヒト、やっぱり変だ。ここは一旦戻って……おい、レヒト!?」

 シャウトがすぐ側にいたはずのレヒトへと視線を送る。だが、そこにレヒトの姿はない。

「レヒト! どこだ!?」

「あっ、あそこ!」

 快が指差したのは、目の前に延びる、赤い絨毯の敷かれた廊下の先。

 ふらふらと、なにかに吸い寄せられるように、レヒトは謁見の間へと続く長い廊下を歩いていく。

 あの、強烈な威圧感。そこに混じる懐かしい感覚と、己を呼ぶ声。

(……声。俺を呼ぶ声だ。懐かしい……声……)

 背後で、自身の名を呼ぶ仲間の声も、今のレヒトには届かない。

 誰か、気付いただろうか。レヒトの瞳から、意思の光が消え失せていることに。

 まるで糸に繋がれた操り人形のように、レヒトは歩いていた。

 迷うことなく、そして不思議なことに、時折すれ違う兵士や召使いに誰何されることもなく、レヒトは謁見の間――その扉の前で歩みを止める。

 その後を追ってきた三人が、ようやくレヒトに追い付いた時には、すでにレヒトは扉を開いていた。

「待て、レヒト……ぐっ!」

 足を踏み入れた途端、今まで以上に凄まじい威圧感に襲われる。

 強烈な、衝撃としか表現できないものに全身を貫かれ、息が詰まる。

「……ようやく見付けたぞ……『CHILD』よ」

 色鮮やかなステンドグラス越しに、光が降りそそぐ謁見の間。ヘヴンを統べる者が鎮座するにふさわしい、光満ちる美しい場所――そこに、彼はいた。

 悠然と玉座の前に佇む、一人の男。白髪に、金色の瞳。レヒトの夢に、何度も現れたあの男。

「……レヒト?」

 快が、呆然と呟いた。外見は、似ても似つかない。だが、なぜか、二人はよく似ていた。受ける印象そのものが。

 男を凝視したまま、レヒトは数歩、前に出る。

「……『大いなる意思』……」

 震える唇が呟いた言葉に、男――レヒトが『大いなる意思』と呼んだ男は微かに笑う。

「……思い出したのか。お前という存在を。私という存在を」

 レヒトは、答えなかった。

 心が、その言葉を拒絶する。それを認めてしまったら、己という存在が、脆くも崩れ去ってしまう気がしたからだ。

「レヒト、あんたの知り合いか?」

「……穏やかな関係じゃあなさそうだけどね」

 二人の言葉には応えることなく。『大いなる意思』はその瞳をレヒトに向けた。

「心がざわめくのを感じるだろう。私という存在に惹かれているからだ。ふたつに分かれた心が共鳴している――それだけのこと」

 『大いなる意思』が、数歩だけ前に歩み出る。気付かぬうち、レヒトは同じだけ、後ろに退っていた。

「嘘だ!」

 叫ぶような言葉に、『大いなる意思』はすぅっと目を細めた。

「嘘ではない。本当はわかっているはずだ。私はお前、お前は私」

 『大いなる意思』の冷たい瞳が、レヒトを射抜く。

 彼の言葉が、侵蝕するように胸へと広がる。力が抜け、レヒトはその場に膝を付いた。

(……っ!)

 体が、心が――まるで溶け出してゆくように――存在が、揺らぐ。

「レヒト!」

 尋常でない様子のレヒトに、快とシャウトが声をかける。だが、足が竦んで動かない。

 目の前にいるたった一人の男――『大いなる意思』の発する凄まじい威圧感に圧されて。

「別個にして同一、同一にして別個の存在……」

「いい加減にしなよッ!」

 言葉を遮ったのは、レヒトの前に立ちはだかったレイヴン。

「レイヴン……」

「……『CHILD』」

 レヒトと『大いなる意思』が、同時にその名を呼んだ。

「レイヴンは『CHILD』なんて名前じゃないよ! レイヴン=カトレーヌ!」

 スタッフを『大いなる意思』のほうへと向け、レイヴンが言い放つ。そんなレイヴンに『大いなる意思』が向けたのは、哀れみの視線。

「……やはり人間ひとを使ったのか。この私が位置を掴めぬわけだ」

「なに言ってるのか意味わかんないよ!」

 声を張り上げたレイヴンに、『大いなる意思』が歩み寄る。レイヴンは彼を睨んだまま、その場を動かない。

 広い室内を沈黙が満たす。かなりあっただろう二人の距離は、『大いなる意思』の歩みによって少しずつ縮まり、すでにわずかに残っているのみ。

 『大いなる意思』が、その腕をレイヴンに伸ばし――なにかが割れるような小さな音とともに、突如、その身体が炎に包まれた。

 しかし、『大いなる意思』は動ずることもなく、横手の扉へ――正確には、そこに現れた人物へと、その視線を向ける。

 いつの間にか、音もなく開かれていたその扉の前に立つ、水色の長い髪の男性、ガルヴァ=ロザイン。相当急いできたのか、その呼吸は少しばかり乱れていた。眼鏡の奥で、いつもは優しい微笑みを湛えるその瞳が、今は鋭い光を宿し『大いなる意思』へと向けられる。

「ガル!」

「お逃げなさい、レイヴン!」

 言葉と同時に、未だ炎に包まれたままの『大いなる意思』に向かって投げられた小瓶。しかし、『大いなる意思』はそれを片手で受けとめ、握り潰した。

「……無粋な」

「くっ……」

 『大いなる意思』が右手を振るう。生み出された衝撃波が、声をあげることすら許さずにガルヴァを吹き飛ばし、ぶつかった石柱を砕いて、彼の身体は壁へと叩き付けられた。

「ガルッ!」

 レイヴンの悲痛な叫びが謁見の間にこだまする。

「……おとなしくしていればよかったものを」

 ぴくりとも動かないガルヴァにその視線をやり、『大いなる意思』が傲然ごうぜんと呟いた。

 炎が、一瞬で消え去る。炎に包まれていたはずの身体には、火傷の痕ひとつなく、身に纏っている服も、焼け焦げてすらいなかった。

「なんてことすんだよッ!」

 レイヴンのスタッフが、『大いなる意思』に振り下ろされる。だが、もとより力があるとはいえないレイヴンの一撃は、片手で軽々と掴まれた。

「絶対許さないッ! プチテンペスト!」

 その言葉に弾かれ、二人の周囲の空間が歪む。レイヴンを核に生まれた、夜より冷たく暗い闇が、徐々に拡大して二人を飲み込み――。

 なにかが破裂するような音が響き渡り、『大いなる意思』が生み出した光の奔流が、黒い闇を打ち消した。

「……人間の身に宿るためか。威力は落ちているようだな」

 背の低いレイヴンを見下ろしたままそう言い放ち、握ったスタッフごと、レイヴンを背後へと投げ飛ばす。

 単純に腕力か、それとも衝撃波かなにかを放ったのか。飛ばされたレイヴンは床を擦り、遠く離れた玉座の側まで転がった。

「教授!」

「レイヴン!」

 快とシャウト、二人が声をあげるも、『大いなる意思』の視線と威圧感に、未だその場から動くことすらかなわない。

「『CHILD』よ。私たちの『HEAVEN』を滅ぼさせはしない。お前が完全に覚醒する前に――」

 音も立てず、なんとか身を起こそうとするレイヴンの側へ移動した『大いなる意思』の左手に、白銀のレイピアが出現する。

「私が葬ってやろう!」

「あ……」

 振り上げられたレイピアを、猫のような、大きなレイヴンの瞳が映して――。

「助けて……レヒトーッ!」

 絶叫と、溢れた涙とともに。

 血飛沫が、舞った。

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