side story 7 業を背負う者
降り続く雨は、徐々にその勢いを増していた。
痩せた大地が続く辺境の地。細い道の脇に立つ、一本の枯れかけた木の下に、左の背に純白の翼を持つ幼い少年が座り込んでいた。
服はボロボロで、身体は傷だらけ。顔には、殴られたような痕もあった。
その隣には、少年によく似た少女が横たわっている。少女の右の背にも、少年と同じ純白の翼。
苦しそうに息をする少女の手を、少年はぎゅっと握り締めた。その命を、繋ぎ止めるように。
ふと、道を歩いてくる人影を見付けて、少年は立ち上がった。そのまま、行く手を遮るように立ちはだかる。
『……なんの真似だ』
道を遮られた男が、少年にその瞳を向けた。金色の鋭い瞳に射抜かれ、少年は身を強張らせた。
『……たす、けて……』
少しかすれてはいたが、辛うじて、言葉になった。
『お願い、助けて! 死んじゃうよ!』
少年は男に向かって、叫ぶようにそう言った。
溢れた涙が、雨に混じって大地に染み込んだ。
『……』
男は、答えない。だが、立ち去ろうともしない。
『……お願い……助けて……。妹を助けて……!』
少年は、膝を付いた。頼る者のない少年にとって、男は最後の希望だった。
男を直視できずに、俯いた少年は――妹、という言葉に、男の眉がわずかに跳ねたことに気付かなかった。
『……見せてみろ』
『えっ……』
かけられた言葉が信じられず、少年は思わず顔をあげた。
『見せてみろと言ったんだ。お前の妹はどこだ』
『あ……えっと、こっち!』
少年は少女の元へと走って行く。男は黙ってその後を追った。
木の下に寝かされた少女の命の灯は、今にも消えてしまいそうだった。
『……』
男が、横たわる少女の額に手を当てる。すると、少女の顔から、苦悶の表情が消えた。
それを見て、男は立ち上がる。
『……これでいい』
『ありがとう、お兄さん!』
少年は、幼い顔に満面の笑みを見せた。
『……罪を犯したのは遠い過去の者だというのに、こんな幼子まで業を負わねばならないのか……』
男が小さく呟いた言葉は、喜びに湧く少年には届かなかった。
自らに向けられた男の視線に気付いたのか、少年は自身より遥かに背の高い男を見上げた。
『片翼の子よ……私とともに来る気はないか』
唐突な問いに、少年は首を傾げた。
『私は、この世界に真の平和をもたらす。争いのない世界――お前たちのように、過去の罪を背負わされる者もなくなる』
『……えっと……』
男は、少し考えるように腕を組み。言葉を選んで少年に語る。
『……差別や偏見、争い……そういったものを、すべて排除し……この世界を、本当の意味で楽園とする』
『差別……』
少年が助けを求めた村人から受けたのは、翻弄と嘲笑の言葉。そして、暴力。
男の言う、真の平和――そんな世界なら、自分も、そして妹も、認めてもらえるのだろうか。侮蔑の言葉を浴びせられることも、なくなるのだろうか。
『私は戦わなければならない。そのために、私は力を求めている』
『……ぼくにできる? あ、けど……』
少年は、安らかに眠る少女を見つめた。
『安心しろ。……これより後に、ここを旅人が通る。お前の妹は、その旅人が連れて行く。戦いを終え、平和を実現させ……そうして迎えに行けばいい』
少年は、頷く。
『……お前の名を聞いておこうか』
『ぼくはミヤだよ。お兄さんは?』
男は小さく笑った。少年が初めて見た、男の笑み。それは、とても優しいものだった。
『私の名は『大いなる意思』……行くか』
そう言って歩き出した男。少年は一度だけ振り返り、少女の額に口付ける。
『……いつか絶対に、迎えに来るからね』
幼い少年に、男の語る理想など、難しいことはわからない。
少年は、ただ単純に嬉しかった。男が、妹を救ってくれたこと。自分を必要だと言ってくれたこと。
『じゃあ、ぼくは行くね』
いつの間にかずいぶんと小さくなっていた男の後ろ姿。少年は、急ぎ足で追い掛ける。
男に恩返しができるなら、なんだってしよう――少年は、幼心にそう誓った。