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第60話 消えた魔物と片翼と-1-

 見上げた蒼穹は雲ひとつなく晴れ渡り、穏やかな風が、優しく街の中を吹き抜けてゆく。

 露店などが立ち並ぶ、賑やかな街の中心部。そこから延びる大通りで繰り返される、本日数度目の小さな事件。

「ねぇねぇ、彼女! そんな冴えない男なんか放っといてさ。一緒にお茶しようよ」

「悪いんだけど忙しいんだ。それに僕、軽い男って大嫌いなの」

 声をかけてきた、いかにも軽そうな若い男たちを、快は手慣れた様子であしらう。

 隣で買い物袋を抱える冴えない男――もといレヒトは、何度目ともしれない、快と街の男たちのやりとりを眺めていた。

 快は男のあしらい方が上手い。レヒトなどが加勢に入らなくとも、大抵は彼女一人でなんとかしてしまうのだ。むしろ、レヒトが余計な口を挟んだりすると、かえって騒ぎが大きくなる。というわけで、彼は先程から、ずっと傍観者を決め込んでいた。

「……平和だ」

 隣で起きているちょっとした騒ぎなど知らぬ顔で、レヒトは蒼穹を見上げる。

 今日はいい天気だ。天気がいいと、気分も晴れやかになる。レヒトはけっこう単純だった。

「ふぅ……いい加減、嫌になるなぁ」

 男たちを追い払った快が、髪を掻きあげる。深緑色の長い髪と真紅のドレスが、柔らかな風に踊った。

「揃いも揃ってみんな同じ台詞だし。はぁ……シャウトはナンパ避けになるんだけどなぁ……」

 快がぽつりと呟いた一言が、レヒトの心に深々と突き刺さった。彼女は聞こえないと思ったのかもしれないが、いかんせんレヒトの耳は、常人より遥かに性能がよくできている。

 人々より頭ひとつ分は高いだろう長身、恵まれた体格に、鍛えられた筋肉。精悍な顔立ちに加え、シャウトは街中でも、身の丈ほどもある巨大な戦斧を軽々と背負っている。確かに、シャウトが一緒のときにナンパしてくるような勇気ある男はいないかもしれない。

 対するレヒトはというと、身長は平均を少し超える程度、体格も戦いを生業とする者にしては細めであり、風貌に関しても――彼は目立ちはするのだが――特別美形だったりするわけではない。おまけに、今はセイクリッド・ティアも持っていないのだ。

 わかってはいるのだが……やはり、比較されると同じ男として悲しいものがある。それも、よりにもよって快に言われてしまったのだ。レヒトの落ち込みようは半端ではない。

「なに落ち込んでるの、レヒト。早く帰るよ。レイヴンに薬、飲ませてあげなきゃ」

「あ、あぁ……そうだな」

 レヒトは快の後を、薬や食糧の入った紙袋を抱えて付いて行く。

 彼らがドラゴン・リバティを出発してから、すでに九日が経過している。だが、一行は未だ天界に到着してはいなかった。

 彼らが今いるのは、魔界の領土のひとつ、ウェルネス領。中央大陸に存在し、首都ロイゼンハウエルのあるクリスティーヌ領とも接するウェルネス領は、肥沃な大地が広り、魔界の中でもかなり裕福な領土であった。

 そのためか、この街エンブレシアにも、警備のために雇われたのだろう傭兵の姿が目立つ――のだが。

「みんな暇そうだね」

 昼間から酒を飲んでいる傭兵に目を向け、快が言った。

「魔物がいないんじゃ、やることないだろうけどね」

 ここ数日、魔物の襲撃や異常気象といった話をまったく聞かなくなった。街の住人の話では、以前は街の外などで幾度か魔物の姿を見たということだが、影すら見えないという。この付近を襲っていた異常気象――竜巻や突風もなくなったとレヒトは聞いた。それは、四日ほど前からのことらしい。

「四日前、か」

 レヒトはその日のことをよく覚えていた。ちょうど、レヒトたちがこの街に辿り着いた日――レイヴンが倒れてしまった日だからだ。

 原因はわからなかった。普段、あまり外に出ることがなかったというレイヴンには、ここまでの旅路は厳しいものだったのかもしれない。

 レイヴンはいつだって明るく、元気よく振る舞っていたから、レヒトはそのことを忘れていた。

 自分が気付いてやれば、こんなことにはならなかったはずなのに。

 己の至らなさを、レヒトは深く後悔していた。




 街の中心から少し南へ行った場所にある小さな宿に、レヒトたちは滞在していた。

 倒れてしまったレイヴンを抱え、レヒトたちがエンブレシアに辿り着いたのは真夜中だった。にも関わらず、叩き起こされた宿の主人は、快く部屋を用意してくれたのだ。

 レヒトたちが寝泊まりしているのは、宿にひとつだけある大部屋である。

「ただいま」

「おぅ、おかえり」

 寝台に腰かけ、戦斧の手入れをしていたシャウトが顔をあげた。

 レヒトたちがエンブレシアに滞在して、すでに四日目。昨日まで、買い物にはレヒトが怪我人であるということも考慮してシャウトが付き合っていたのだが、今日はレヒトが無理を言って付いて行った。

 あくまで表向きは身体を鈍らせないように、軽い運動をするという理由で。

 本当は、子供じみた独占欲だった。この旅が終わってしまえば、彼女と会うこともなくなるだろうから。少しでも長く、彼女と一緒に同じ時間を過ごしていたかった。

 その仕草、その表情、その香りを。胸に、記憶に焼き付けて。

(こんな時に……我ながら不謹慎だとは思うがな……)

 レヒトは持ってきた紙袋を部屋の中央にあるテーブルに置いた。紙袋のひとつから、赤く熟れた果物がテーブルの上に転がった。

 寝台に寝かされたレイヴンに、そっと近寄る。微かに上下する薄い胸を見て、レヒトは安堵した。

 一時は、本当に危険な状態だったのだ。医師に見せても原因不明と言われ、レヒトたちはただ祈るしかなかった。それに比べれば、今はだいぶ落ち着いてる。

 テーブルに備え付けられた椅子を引っ張ってきて座り、眠るレイヴンの顔を見つめた。心なしか、幼い顔は蒼白く見える。

 心が、締め付けられるような感覚をレヒトは覚えた。もしかしたら、レイヴンを失うかもしれない。

 そんな状況に陥って、いかにレイヴンが大切な存在であったのかを、レヒトは改めて痛感していた。

「……レイヴン……」

 レイヴンの額の布を水に浸し、再び載せてやる。

「教授、まだ起きそうもないか」

 側に来たシャウトが、レイヴンの顔を覗き込む。

「ああ……」

 握ったその小さな手は、熱のせいか酷く熱かった。

「……僕の魔法が効かなかったから……こんなことになっちゃったね……」

 快が呟いた言葉に含まれた、自責の念。

 レイヴンが危篤状態に陥ったのは、快が治癒魔法を使った直後だった。それが直接的な原因かどうかはわからなかったが、快はそのことで自分を責めているのだろう。

「君のせいじゃないさ、快。君は精一杯やってくれたじゃないか。自分を責める必要は、ないよ」

 苦しそうにするレイヴンを見かねて、快に治癒魔法を使って欲しいと頼んだのは、レヒトのほうだったのだから。

「だけど……治癒魔法が効かないなんてこと、あるのか?」

 レヒトが倒れたときも、快は治癒魔法を使っている。彼女に魔法をかけてもらうと、傷の痛みは和らいだし、治りも早かったようにレヒトは感じていた。

「正直、考えられない。治癒魔法は精霊を対象の体内に送り込んで、自然的な治癒力を高める魔法。……この世界の全ての生き物は、みんな精霊のエナジーを受けて生きてるから……」

「その力を送り込んで、悪化するとは考え難いな」

 快とシャウトが揃ってレヒトの言葉を否定した。

「この世界と、そしてそこに生きる生き物は、遥か昔、三闘神によって生み出された。三闘神の力である精霊がなければ、存在することすらできないの。けどね、ひとつだけ例外がある」

 快の言わんとしていることを、レヒトはなんとなく悟っていた。だが、それを理解することを頭が拒否している。

「……神の理から外れしもの……要するに、魔物に治癒魔法――神の力である精霊を送り込めば、弱体化……場合によっては消滅するだろうな……」

 シャウトが呟くように、言葉を続けた。

「……」

 なにも答えないレヒトの肩に、シャウトが手を置いた。

「レヒト。これはあくまで推測に過ぎない」

「そうだよ。僕だって世界中の人全員に治癒魔法を使ってみたわけじゃないし。全員に効くかどうかなんて断言できない。それに、レヒトは無駄に効きがよかったんだよね。単に体質の問題かもよ?」

 快が、悪戯っぽくウィンクして言った。

「そうだよな。……ありがとう、二人とも」

 レヒトがそう言葉にすると、二人が笑顔を見せた。

「レヒトが暗い顔してると、僕たちも辛いんだよ。だから元気出して」

「それに、教授が心配するだろ? あんたが倒れた時なんか、ずっと泣きっぱなしだったんだからな」

 自分のことをこんなにも、本気で想ってくれる仲間がいることを、レヒトは嬉しく思った。

「ああ……」

 レヒトは再びレイヴンのほうに視線を戻す。

「……早く元気になれよ、レイヴン」

 眠り続けるレイヴンの手を握る指先に、わずかに力を籠めれば。それに反応したように、レイヴンが微笑んだような気がした。

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