side story 6 決意
『……違う』
男は開いていた本を閉じた。机に積まれた大量の古ぼけた本に囲まれ、幾度目とも知れぬため息を吐く。
『……この文献にも載っていない……』
分厚い表紙の古い本を、男はパラパラと捲る。古い本独特の匂いが鼻をついた。
天魔大戦の記録を、男は虱潰しに探し、読み耽っていた。
それこそ星の数ほどある書物。そのほとんど全てを読破したが、男の求めること――肝心なことは、どの書物にも書かれてはいない。
天魔大戦を引き起こしたという、狂った男が抱いた野望。そして、今回の魔物出現。それは、ひとつの糸に繋がっているはずなのだ。
『まさか……いや、私の仮説に間違いがなければ……これは『CHILD』の仕業』
男は小さく呟いた。椅子から立ち上がり、周囲を歩きながら言葉を続ける。
『『CHILD』は『HEAVEN』を滅ぼそうとする、いわば意思そのもの……今回、魔物を産み出したのも『CHILD』だろう。言うなれば、あれは魔物の母体のようなものなのだから。魔物が神々の力――精霊ではなく、別のなにか――恐らく『CHILD』から力を得ていることを考えれば、間違いはない』
数日前、ヘヴンを滅亡の危機へと追いやった魔物は、世界を守らんとする一人の男によって浄化された。人々は、三闘神の加護だと喜びに湧き返っている。その大いなる神々が、想像を絶する苦しみの中にあるとも知らずに。
『あの天魔大戦こそが、すべてのはじまりであったはずだ。しかし、記録にはなにも残ってはいない。誰かが抹消した? そうであっても、存在はするはずなのだ。だが、そうであるならば……どこに存在する? なぜ、私が位置を把握することができない?』
苛立った男が机を叩くと、置かれた紅茶のカップが揺れた。もう冷めきってしまっている。
『……『HEAVEN』を、三人を守るためには、私が……私が『CHILD』を葬り去る以外には……』
男は純白の髪を掻き毟った。過ぎゆく時間だけが、男を駆り立てる。
『……お前たちは、それでも人間を信じるのだな。この想像を絶する苦しみの中にあっても、人間を信じて待ち続けるのだな……』
男の脳裏に、愛すべき者たちの姿が浮かび上がった。あの頃と変わらぬ、三人の姿が。
『ヴェン、ミロ、アル。……希望の名を冠する神子は、もういない……。お前たちの愛した神子は、人間によってその命を奪われたのだぞ……』
神が見出した最後の希望。人間の中に宿る小さな光に触れることで、闇にもわずかな心が生まれた。
光と闇は惹かれあい、恐れながらも心を刻んだ。二人の邂逅が、世界を救う奇跡となるかもしれないと――そう思っていたのに。
『……神子は失われ、奇跡が起きることは二度とないのだ。……『CHILD』よ。お前は今、奪われた心でなにを想う……?』
すっかり冷えきった紅茶を、男は一気に飲み干した。甘い味がするはずのそれは、なぜだが苦く感じられた。