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第49話 禁断の恋人たち-2-

 一行がルナルの街を訪れてから、数日後の夜のこと。

 なんとなく寝付けずに、レヒトは部屋に設えられた暖炉の前に座ってぼんやりとしていた。

 ルナルの街は、相変わらずの猛吹雪に晒されている。街全体が、雪に埋もれてしまいそうな勢いだった。

 レヒトたちも、ここ数日は、雪を街の外に掻き出す住人の手伝いをして過ごしていた。なにもせずに居座り続けることを心苦しく感じていたこともあるのだが、なにしろ暇なのだ。凄まじい吹雪のために竜谷へ向かうこともできず、かといってなにもすることがない。

 レヒトは動いていないと死にそうになるタイプではないし、なにもせずにぼんやりと過ごすのも別段苦にはならないのだが、さすがにこうも長く続くと飽きてくる。そして更に行動派な同行者二人が、これに耐えられるはずもなく。暇を持て余すよりはと、雪掻きに参加することになったわけである。

(……ケアルちゃんは、今日もシャウトのところか?)

 人々が寝静まった夜中に、ケアルがそっと屋敷を抜け出すところを、レヒトは何度か目撃した。だが、付いて行くようなことはしなかった。シャウトに会って話をしたいという思いはあったが、恋人たちが二人で過ごせる少ない時間を、邪魔したくはなかったのだ。

 シャウトは冗談めかして、禁断の愛だ、などと言っていたが、なぜ二人が人目を忍んで逢い引きを繰り返すのかは、レヒトにはわからないし、詮索しようなどという無粋な気も起きなかった。

 暖炉の温かさに身を委ね、レヒトが心地よい睡魔を感じはじめた頃――ふと、窓が叩かれたような音がした。気のせいだろうと思ったが、間発入れずにもう一度音がする。

 不思議に思ってそちらに近付き、木製の厚い窓をそっと開けば。

「シャウト!?」

 レヒトは思わず声をあげた。窓の外に佇むシャウトが、静かに、と口許に指をやる。

 窓を大きく開け放てば、冷たい風とともに、舞い散る雪が部屋に吹き込む。

「よっ。元気か?」

「元気かって……ここは三階だぞ。どうやって……」

 そこで、レヒトは気付いた。シャウトの背中にある、人ならざる者の証。

 ――黄金色の竜の翼。

 それが、二人がこっそりと逢い引きを繰り返す理由。許されざる禁断の愛――竜族と、人間との恋だったからだ。

「……早いとこ入れよ。俺のほうが風邪を引く」

 とりあえず、レヒトはシャウトを部屋に入れる。外に人がいないのを確認してから窓を閉め、部屋の扉の鍵も閉めた。

 誰にも見られてないだろうな、と問えば、そんなドジは踏まないさ、との答え。

「急に邪魔して悪かったな」

 シャウトが翼を消しながら言った。どうやら天界人の翼と違い、出し入れは自在にできるらしい。

「それは構わないが……どうしたんだよ。今日はケアルちゃんと会ってなかったのか」

「そう! 今日はケアルが来なくて。俺様寂しすぎ」

 シャウトが肩を落として見せる。その弾みで、彼の頭や肩に積もっていた雪が床に落ちた。

「雪が積もってる……って、あんた……ひょっとしてケアルちゃんがあの森に来るまで、ずっと待ってるのか? この雪の中を」

 レヒトが言えば、シャウトは当然とばかりに頷いた。

「ケアルが危険を冒して、屋敷を抜け出して来るんだぜ? 惚れた女がそこまでしてくれんだ。俺様だって、な」

 にぃっと八重歯を見せて、シャウトが笑う。

「情熱的なんだか馬鹿なんだかわからないな……。俺は客人の立場だし、こんな時間だから茶も出してやれない」

「ああ、別に茶をもらうために来たわけじゃねぇから」

 シャウトは寝台に腰を降ろし、服に着いた雪を手でぱさぱさと落としている。

「寒くないのか?」

 シャウトは薄着だ。胸と肩とを覆う皮製の鎧の下は恐ろしいことに半袖だし、腰から下は鎧も身につけてはいない。ズボンの上から、頭に巻かれた布と同じだろう、淡い緑色の大きな布を巻き付けているだけだ。

「竜族と精霊人は、精霊を行使して防御壁にできる。人間が纏うような、物理的な防御はあまり必要ない。その対象は寒さや暑さだったり、あるいは攻撃だったり様々だ」

 魔法や精霊などといったことに関してはほとんど無知なレヒトに、シャウトがそう説明した。

 なるほど、とレヒトは納得する。快が防具を纏わないことや、この寒さがレヒトやレイヴンほど応えていないのはそのためらしい。

「それに、俺様たちが住むドラゴン・リバティは雪と氷に閉ざされた極寒の大地だ。この程度の寒さなんか慣れっこだっつの」

「……そういえば、快からそう聞いたな」

 レヒトが呟くと、シャウトの瞳がきらりと光った。

「快……って精霊人の名前だな。そうか、そうか。レヒトの愛する人は精霊人なのか」

「あ、あのなっ! なんですぐにそういう……!」

 シャウトはにやりと笑って口許に指を当てた。静かにしろ、と言っているのだ。

「ぐっ……そんなことより、なにしに来たんだ。まさか本気で寂しいから、とか言うんじゃないだろうな」

「そうだっつったら?」

「叩き出す」

 即答したレヒトに、シャウトは声をあげて笑った。

「安心しろよ。そうじゃねぇから。……ケアルに聞いたんだ。竜谷に行って、人間と竜族の間に同盟を結ぶつもりだってな。間違いは?」

「ない。俺たちは天界最高責任者の指示で、すでに精霊人、魔精霊との間に同盟を結んだ。残るは竜族だけなんだ」

 その言葉を聞き、シャウトは寝台に寝そべった。なにかを思案するように目を閉じる。

「……人間と竜族の間に同盟結んだら、隠れなくてもよくなるな」

「協力してくれるってことか?」

 竜族の長老は気難しいと聞いている。加えて、竜族は人間と関わろうとはしない種族だ。シャウトの協力が得られれば、事態は一気に進展する気がした。

「俺様は竜族の変わり者、だからな。俺様がなにか言ったところで、他の連中が納得するかどうかは謎だ」

「けど、あんたは協力してくれる気があるから、わざわざ危険を冒してまで俺のところに来たんだろう?」

 それは確信に近いものだった。シャウトはケアルを愛している。他に言葉はいらないほどに。だから、きっと同盟を望んでいるに違いないのだ。

「……人間は不毛な争いばかりを繰り返す、愚かな種族だと……幼い頃から、そう聞かされて俺様は育った」

 シャウトが静かに語る。

「だが、そんな俺様が生まれて初めて出会った人間は……あの雪のようにまっさらな、汚れない心を持った少女だった」

 語る口元に浮かぶ微かな笑み。閉じられた目の奥には、二人が出会った過去の光景が映っているのだろうか。

「……俺様は恋をしたのさ。ケアルのためならなんだってできる。竜族の仲間を、世界の全部を敵にしたっていい。ケアルがいれば、それでいい」

 シャウトは寝台に寝転んだまま、黙って聞いていたレヒトに視線を向けた。綺麗な色を湛えた、氷の双眸。

「だから、協力してやってもいいぜ? 俺様とケアルのハッピーな未来のためにな」

 そう言って、シャウトは笑った。

「凄い覚悟だな。ケアルちゃんだけが特別で、他の人間が本当にどうしようもない奴らだったらどうするんだ」

「それはありえない」

 シャウトは首を横に振った。

「なんで、そう言い切れる?」

 あまりにはっきりと言い切るので、不思議に思って聞き返せば。

「そりゃあ、あんたと会ったからだ」

「は?」

 予期していなかった答えに、レヒトは素っ頓興な声をあげた。

「だから、あんたに会ったからだっつの」

「……なんでまた。というかそれは全然答えになってない」

 眉間に皺を寄せるレヒトを見て、シャウトが小さく笑う。

「あんたは真面目だし、正直だし、それに優しい。ケアルがそれを俺様に伝えた。俺様もそう思ってる。そんなあんたの仲間がどうしようもない嫌な奴のはずはないし、あんたと同じ人間も信じるに足りる存在だと俺様は確信した。他に理由が必要か?」

「……単純だな」

 レヒトは苦笑した。

 たったそれだけ、自分という人間を見て、その向こうに人間全てを重ねてしまうシャウトに。

 きっと彼も、雪のような心の持ち主。彼が愛した人と同じように、まっさらな。

「……ありがとう」

「気にすんな。吹雪が収まったら、竜谷に来るだろう? その時はきっと凍えそうになってるだろうから、熱い茶を用意して待っててやるよ」

「ああ、それと茶菓子もな。俺の仲間は甘い菓子が好きなんだ」

 そう注文を付ければ、シャウトは任せておけ、と胸を叩いた。

「じゃあ、またな」

 黄金色の翼を羽ばたかせ、シャウトは開け放った窓から、雪が降り続く闇の向こうへと消えて行った。窓から吹き込む風は冷たかったけれど、上気した頬には、その冷たさが心地よかった。

 嫌いになりかけた雪。けれど、彼のおかげで、どうやら嫌いにならずにすみそうだ。

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