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第47話 雪に包まれて

 アヴァロン領、ルナルの街。

 魔界最北端にして、竜谷へと続く唯一の道が存在するこの街に、無事にクレセント大橋を渡ったレヒト一行の姿があった。ルナルの街の北に広がる山からが竜族の領域だという話であり、長かった竜谷への旅も、これでようやく終わりが見えてきた――と思われたのだが。

「寒い! 寒い! 寒いよーッ!」

 毛布にくるまった白い物体――レイヴンが、本日通算二十回目の悲鳴をあげた。

「寒いのは俺も同じだっ」

 同じく頭から毛布を被ったレヒトが、律儀にも二十回目の返事をした。

 ルナルの街を目指し、付近の村を早朝に発ったレヒト一行だったが、ルナルの街まであと一歩というところで突然の猛吹雪に見舞われたのである。歩くどころか視界さえ利かぬ猛吹雪に、あわや凍死寸前というところで、偶然通りかかったルナルの街の住人に助けられ、今に至るというわけだ。

「レイヴン、もう少し右に寄れ。これじゃ俺が寒い」

「やだよ。レヒトってば、年下に譲りなよね」

「そういうお前こそ、年上に遠慮しろ」

 本日数度目の――もはや数える気にもならないが――暖炉争奪戦争が勃発した。

 訂正しておくと、見た目はともかくとして、実際にはレイヴンのほうが年上である。

 暖炉の前に陣取ってぎゃあぎゃあ騒いでいると、部屋の扉が開いて冷たい風が流れ込んできた。

「あら。生き返ったみたいね、お二人さん」

 二人は肩を震わせて、冷たい風を運んできた人物を恨めしそうに見つめた。

「……快……寒い……」

 快はむっとしたように腰に手をあて、柳眉を釣り上げた。

「もう、酷い言い草ね。動けない二人の代わりに、情報収集してきてあげたのに。外は吹雪だし、大変だったんだよ?」

「……わかった、わかったから……閉めて……」

 二人は本当に寒さには慣れていないらしく、蒼白になっていた。

 さすがに哀れと思ったらしく、快は部屋の扉をしっかりと閉めた。吹雪の中、外を歩いてきた快にとっても、この部屋の暖かさは心地よいのだろう。

「それにしても凄い吹雪だね。しばらく止みそうにないよ」

 被っていた黒の帽子を脱ぎ、快は暖炉の傍の長椅子に腰かけた。

 彼女はお気に入りだという真紅のドレスの上に、アヴァロン領に入った際に購入した黒のコートを纏っている。防寒着だから仕方がないとはいえ、露出度が下がってレヒトとしては嬉しくないのだが――下品と言うなかれ、レヒトも健全な二十三歳男子である――今はそんなことを言っている状況ではない。

「悪かったな、快。君一人に任せて……」

「いいよ。寒さで死にかけたレヒト連れて行ったって、役に立たなそうだし」

 レヒトは激しく傷付いた。が、事実なので仕方ない。ぐっと耐える。

「皆さん、温かい紅茶でもいかがですかな?」

 穏和そうな紳士が、扉を開けて部屋に入ってきた。三人が滞在するこの屋敷の主であり、ルナルの権力者でもあるロディ=マインドだ。

「ロディさん。すみません……お世話になります」

「いえ、お気になさらず。この吹雪では竜谷へは向かえますまい。ゆっくりとお寛ぎください」

 ロディは人の良さそうな笑顔を見せ、人数分の紅茶をテーブルに並べると部屋を出て行った。

「……あんまりいい話、聞かないんだよね」

 ロディが出て行った扉を見つめて、快が呟いた。

「いかにもいい人っぽいのに?」

 温かい湯気を立てる紅茶をすすりながらレイヴンが言う。レヒトも同じように手を伸ばした。

「見た目は、ね。話を聞く限りじゃあ、街の人にはあんまり良く思われてないみたいだよ。街で唯一のお医者様だから、街の人たちも下手なことは言えないみたいだけどね」

「そういえば、レイヴンたちと最初に会った時も、なんか微妙な感じだったね。天界最高責任者の代理だって言ったら、急に優しくなったけど」

「そんなものだろう、権力者なんて」

 魔界評議会の議員たちで、嫌というほどそれを経験しているレヒトが言った。

「レイ様々って感じかな」

 快が悪戯っぽく言った。彼女は天界最高責任者、レイ=クリスティーヌの姪という立場を最大限に利用して、死にかけた二人を休ませる部屋と温かい食事を用意させ、吹雪が止むまでの滞在などの全面的な支援を約束させたのである。

 レヒトが思わず心の中で、快にだけは逆らわないようにしよう、と誓ってしまったのも無理はない。

「……俺も、彼があまりいい人だとは思わないがな」

「なんでー?」

「さっき、あの人が自分の娘を俺たちに紹介しただろう? その時に、ちらっと見えたんだが……首に、絞められたような痕があった。一度や二度の痕じゃない。あれは、慢性的な暴力による傷痕だ」

 ロディには娘が一人いる。とても可愛らしい少女で、年は十六歳になると言っていた。

「さすが。女の子のことはよく見てるね、レヒト」

 快に言われ、レヒトは軽く咳払いした。

「最初に紹介されてから、あの子は一度も俺たちの前には姿を見せていない。会わせて欲しいと頼んだら、人見知りするからと断られた。それが少し、気になるんだ」

「レヒトってば、そんなこと言ったの?」

「少し気になっただけだ」

 微妙な表情で見上げてくるレイヴンの頭を、レヒトは軽く小突いた。

「快、竜谷について、街の人からなにか聞けたか?」

「うーん……皆、同じようなこと言ってたよ。竜族は野蛮で好戦的な種族だって」

「え? 快に聞いたのと全然違うね」

 レイヴンが不思議そうに首を傾げた。

「竜族は人との関わりを避けて、滅多に人前に姿を見せないから……」

「勝手な思い込みから、いつの間にかそういう風に定着してしまったんだろう。自分たちより圧倒的に強い力を持つ竜族を恐れる気持ちは、まあ、なんとなくわかるけどな……」

 竜族は人間との関わりを避け、人間は竜族を恐れている。とても良好な関係とは言い難い。

 シャサラザードが言った通り、これは難しい交渉になりそうだ。

「……吹雪が止んだら、出発だな。竜谷への道は、どうなってるんだ?」

「正確には、ルナルの街を出て北側――ちょうど森になってるんだけど、森を抜けた先はもう竜谷だよ。ただ、竜族の住む都――ドラゴン・リバティは、雪山を二つ越えた盆地にあるの。あのあたりは常に雪が降ってて、登るの大変だけどね」

 レヒトの問いに、快がそう説明した。彼女には本当に助けられてばかりだ。これがレヒトとレイヴンの二人旅であったなら、ここまで辿り着けたかどうかも定かではない。

「雪山かぁ……寒そうだなぁ」

 レイヴンがため息混じりに言った。危うく凍死しかけたことで、すっかり寒さが苦手になったようだ。

「今回ばかりは死ぬかと思ったね。街の人の話だと、例年ならとっくに雪解けの季節を迎えてるはずなんだって。それなのに、今年はまだ雪が降り続いてるらしいの」

「……異常気象、か」

 最近、魔物の出現と同様に世界を見舞った異常気象。

 レヒト一行が最初にそれを知らされたのは、今から少し前、イーヴァル領でのことだった。イーヴァル領では季節外れの長雨が続き、農作物がすべてだめになってしまったと、若きイーヴァル領主グランヅェルが沈痛な面持ちで語った。レヒトたちがイーヴァルの大都市であるフィグリオスに立ち寄り、グランヅェルと面会した際にも豪雨が続いており、そのあまりの悲愴な様子に、見かねたレイヴンがレイに食糧の支援を頼んだほどである。

 このような異常気象はヘヴンの各地で起きているらしい。レイの話では、ラグネスの治めるクリスティーヌ領は、連日うだるような暑さに見舞われているとのことである。

(ラグネス様、暑いの苦手だからな……)

 へばっているに違いない主の姿を思い浮かべて、レヒトはそっと苦笑した。

「こんな吹雪で山越えするなんて、それこそ凍死しちゃうから。しばらくはここに足止めされそうだね」

「竜谷まで行けば、旅も終わりなのにね」

「……そうだな。正確には、竜族の長老様と同盟を結んでから、だがな」

 レイヴンの言葉に同意しつつも、レヒトは一抹の寂しさを感じていた。

「……終わっちゃうんだね、もうすぐ」

 レイヴンも同様の思いだったらしい。少し寂しそうに言った。

「レイヴン、あんまり外に出ちゃだめって言われてるから。レヒトと快と一緒にいろんなとこ行けて、すっごく楽しかったなぁ」

「……レイヴン」

 えへへ、と無理に笑ってみせるレイヴンに、かける言葉が見付からず。レヒトが黙り込めば、代わりに快が明るく言った。

「なぁにしんみりしてるの。まだ終わってないでしょ? 魔物出現の原因は不明のままだし、異常気象なんてものまで発生してるんだから。それに約束したじゃない。使命を果たしたら、皆で海を見に行こうって」

「あ、そうだった。レヒト、忘れちゃだめじゃん!」

「おい。お前だって忘れてたじゃないか」

「レイヴンはいいの!」

 ぎゃあぎゃあと騒ぐ二人を見て、快が柔らかく笑った。

「元気、出たみたいだね?」

 快の存在は、単なる旅の同行者としてではなく、本当に、仲間として自分たちに必要なのだと、レヒトは改めて実感していた。

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