表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
51/112

第46話 ニンブル盗賊団戦-2-

「やめてよぉッ!」

 闇に響く、子供特有の高い声。泣いているのか、それは微かに震えていた。

(レイヴン……ごめんな……)

 絶対に、と約束を交したのに、守れそうにない。きっと怒るだろうな、とレヒトは思う。

(……?)

 しかし、覚悟した死はいつまで経っても襲ってくることはなく――別に襲ってきて欲しいわけではないが――レヒトはそっと目を開けた。

 ブロウ・デーモンは、最後に見たときと同じように、倒れたレヒトの前に立っていた。

 だが、その目はレヒトを見てはいない。ブロウ・デーモンの視線の先にいたのは――泣き顔の、レイヴン。

 きっと、誰もが理解できなかったに違いない。たった一人の子供が――。

「ど、どういうことだ?」

 賊徒の頭が呆然と呟いた。

「お前……なにをしやがった!? えぇい、ブロウ・デーモンよ!」

 その声に、ブロウ・デーモンは賊徒の頭に視線を向けた。

「そのガキからやってしまえ!」

 賊徒の頭がレイヴンを指差して怒鳴れば、咆哮をあげ、ブロウ・デーモンが飛びかかる。

 レイヴンに、ではない。ブロウ・デーモンに命じた賊徒の頭に、その爪が迫る。

「ぎぃやぁぁぁぁあ!」

 耳を塞ぎたくなるような絶叫。血飛沫があがり、肉片が周囲に飛び散った。

「……所詮、人が魔物を支配するなんて……無理だったんだよ」

 賊徒の頭がブロウ・デーモンに食い殺される様を見つめて、快が呟く。その瞳は、酷く冷ややかだった。

「テ、テメェら……人質の命が惜しくないようだなぁっ!」

 街の住人に剣を突き付けていた男の一人が、ブロウ・デーモンの乱心をレヒトたちの仕業だと思い込んで声を張り上げた。

 剣を向けられた女性が悲鳴をあげる。

「違う、俺たちじゃない! やめるんだ!」

 レヒトの制止も聞かず、剣を振りあげる男。快とレイヴンの魔法も、間に合いそうにない。

(まずいっ……!)

 その時だった。街の住人に剣を向けていた男たちの足元に、淡い光の魔法陣が浮かびあがり――その身体を戒める。

「な、なんだぁっ!?」

 闇の静寂を裂く足音。その音を辿るように視線を移せば、闇の中――ハルニート領の方から、一人の女性が姿を見せた。

 神官だろうか。白を基調とするゆったりとした法衣に身を包み、先端に宝石の埋め込まれた杖を持っている。さらさらとした茶色の長い髪、優しい水色の瞳。優しく穏やかな微笑を浮かべた、美しい女性だった。

(あの女性……どこかで……?)

 はっきりとは思い出せないが、以前、どこかで会ったような気がした。

「貴方がたは……人々を守るために、戦っておられるのですね?」

 静かな問いかけ。敵か味方かはっきりしないが、男たちの動きを封じたのは、状況からもこの女性とみて間違いないだろう。

 レヒトが頷くと、女性はふわりと微笑んだ。

「……わかりました。私も助太刀させて頂きますわ」

 よろしくお願いしますわ、と頭を下げる女性に、レヒト一行もつられて頭を下げた。

「や、野郎……舐めやがってぇっ!」

 近くにいた男の一人が、無謀にもレイヴンめがけて突っ込んで来た。それを迎撃しようと、レイヴンがスタッフを振り上げ――。

 大きな影が、レイヴンを庇うように、レイヴンと賊徒の間に飛び込んできた。男の剣は、その影――ブロウ・デーモンの肉体に、深々と突き刺さる。

「え……?」

 構えていたスタッフをおろし、その様子を見つめるレイヴン。

 苦しげな呻き声をあげながらも、ブロウ・デーモンはゆっくりとその目をレイヴンに向け、腕を伸ばす。

「レイヴン!」

 動かないレイヴンの手を引き、レヒトは慌ててブロウ・デーモンから引き離す。

 急所を貫かれた魔物は、ゆっくりとその場に倒れ伏した。死してなお、レイヴンに向けられたその瞳は――どこか満足そうにすら感じられた。

「……さて。よくはわからないけど、これで完全に形勢逆転、かな?」

 快が挑発的に言った。

 賊徒の間に怯えが走る。頭は殺され、切札のブロウ・デーモンも死んだ。人質も、すでに奪還されたも同然である。

「に、逃げろぉっ!」

 捕われた仲間を捨て、逃げ出そうとする賊徒。しかし、それよりも早く、快が魔法を発動させる。

「……闇よ、抱け」

 彼女を中心に、周囲に夜より暗い、濃く冷たい闇が広がった。それは近くにいたレヒトたちも飲み込み――ゆっくりと、賊徒のもとにも広がってゆく。

「……な、なんだ? こりゃ」

「はっ、驚かせやがって……痛くも痒くもねぇぞ!」

 快が妖艶に笑う。

「……そう。痛くも痒くもないよ。ただ……」

 その言葉が終わらぬうちに、悲鳴があがった。賊徒たちが、次々と大地に倒れ伏してゆく。

「ただ、恐怖に包まれるだけだよ」

 賊徒たちは、現れた闇に身体を食われていた。闇に包まれた部分から、身体が消滅し始めたのである。

「た、助けて……助けてくれぇっ!」

 足から消滅した男が、快の足にすがりついた。

 快は無表情のまま、闇に飲まれてゆく男を見据える。

 周囲に倒れた男たちがあげる、恐怖の声。手や足から消えていった男たちは、ただその闇から逃れようとがむしゃらに暴れ。頭から消滅した男は、まだ半分以上も残っているというのに、ピクリとも動きはしなかった。

「た、頼む! 助けてくれぇ! なんでもするっ……!」

「……君たちは、そうやってすがってきた街の人たちを、ブロウ・デーモンに食い殺させたんだよ? 無抵抗の人たちを、なんの躊躇いもなく」

 快は笑っていた。酷く冷たい、氷の微笑。

「僕は、君たちだけは許せない。だから……」

 男の顔に、絶望の色が広がった。

「さよなら」

 その言葉とともに、男の身体が完全に消滅した。闇が消え去った時――賊徒たちは、誰一人として残ってはいなかった。

「……終わったね」

 快が微笑む。レヒトは、静かに頷いた。

 人の中には、これほどまでの憎悪が、眠っているというのだろうか……。

「どうやら、終わったようですわね」

 あの女性が、レヒトに近付いてくる。レヒトは頭をさげた。

「ありがとうございました。貴女のおかげで、街の人も無事でした」

「いえ。私はなにもしておりませんわ。魔物を浄化するという目的を果たしに来ただけです。お気になさりませぬよう」

 女性はふわりと笑った。

「魔物の浄化を?」

「ええ、それが私の役目ですわ」

 言って、女性はレイヴンのほうへと視線を移した。

「なぁに?」

「いえ、なんでもありませんの。……確か二人組ということでしたし、きっと私の勘違いですわね。魔物には気を付けなければなりませんよ?」

 女性は屈み、レイヴンの頭をそっと撫でた。長い睫毛に縁取られた瞳が、柔らかい光を宿す。

(やっぱり、どこかで会ったような気がする)

 先程からの疑問。レヒトは思い切って聞いてみることにした。

「あの、どこかでお会いしたこと……ありませんか?」

 レヒトがそう聞くと、女性は驚いたような顔をした。

「まぁ。私もそう思っていましたの。けれど、どこでお会いしたのか……」

「不思議なこともあるものですね」

「ええ、本当に」

 女性はそう言って微笑んだ。

「それでは名も知らぬ旅の方、機会があれば、またお会いしましょう」

 優雅に一礼すると、女性はガドレイン領の方へと歩いて行った。

「知り合い?」

 見上げてくるレイヴンに、レヒトは曖昧な笑みを見せた。

「いや……見たことはあるんだが、どこで会ったのか思い出せないんだ」

「ふぅん。けっこう、綺麗な人だったね」

 名前、聞いとけばよかったのに、とレイヴンが悪戯っぽく言った。

「……あのなぁ」

「旅の方……」

 言葉を遮られ、レヒトが振り向くと、賊徒に捕われていた街の住人――昼間出会ったあの老人が、少し離れた場所に立っていた。

「街を救ってくれたこと、感謝しておる。だが……言いにくいんじゃが、今夜のうちに出て行ってはくれんかね」

「なん……」

「わかってます」

 言いかけたレイヴンの口を封じて、レヒトが答える。老人の、住人たちの怯えた視線の先にいるのは――快。

「すまぬの……」

「……気にしないでください。快、行こう」

 納得していないレイヴンの手を引き、うなだれたままの快を連れて、レヒトは街の外へ出た。

「ねぇ、なんで追い出されないといけないの? レイヴンたちがやっつけてあげたのに!」

 頬を膨らませるレイヴンに、快が力なく微笑んだ。

「ごめんね。僕のせいだ」

「気にするな、快。君のせいじゃない」

 その肩に手を置いて、できる限り優しくレヒトは言った。

 街の住人たちは怯えていた。快の放った魔法を見て。快が人間ではないと気付いて。

「僕が……街の人たちの前で、あんな魔法を使ったからね。怖がらせちゃったんだ」

「けど、快は街の人のために魔法使ってあいつらやっつけたんでしょ? それなのに、追い出されないといけないの? 酷いね!」

 自分のことのように怒るレイヴンに、快は柔らかく微笑んで見せた。

「……レイヴンは優しいね」

「レイヴン、快のこと大好きだから!」

 そう言って、レイヴンは笑う。

「ありがとね」

 快はどんな気持ちで魔法を使ったのだろう。どんな気持ちで人の命をもてあそんだ賊徒を葬り、どんな気持ちで今この場にいるのだろう。

 レヒトは胸が痛んだ。彼女の、悲しそうな顔は見たくない。

 人間と精霊人の間に横たわる深い溝。本当に、埋めることはできるのか。十年前の精霊狩りの再来を、とめることができるのか。

(……それでも、俺はやる。それが、どんなに困難なことだろうと)

 快の横顔を見て、レヒトは深く心に誓った。

「レヒト! 見てよ、ほら! 陽が昇ったよ!」

 レイヴンがはしゃぎながら水平線の彼方を指差した。闇を裂き、輝かしい太陽が姿を見せ始めている。

 さっきまであんなに怒っていたというのに。二人は顔を見合わせて笑った。

「行こうか」

「……、うん」

 先を進むレイヴンの後を、少し遅れて二人は追った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ