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第45話 ニンブル盗賊団戦-1-

 暗闇の向こうにぼんやりとした松明の明かりが浮かび上がり、十人ほどの男たちがその姿を見せた。

 見えるだけがすべてではない。闇に紛れ、廃屋の影に身を潜めながら、レヒトたちを取り囲むように近付いて来る。放たれる明瞭な殺気がそれを伝えていた。

「そんな殺気丸出しじゃあ、不意打ちなんてできないよ」

 快が馬鹿にしたように声をかける。面白いくらいにはっきりと、男たちの間に動揺が走り――殺気が一際強くなった。

「ほぉ……よくわかったな、姉ちゃん」

 賊徒の頭らしき、頬に傷のある男がにやりと笑った。

「わざわざこのニンブル盗賊団を待ち伏せしようってんだ。ちったぁできると思っていいかい?」

「ご自由にどうぞ、三流悪役の親分さん?」

 再び、男たちが殺気立った。今にも斬りかからんばかりの男たちを、賊徒の頭が制す。

「この街の人たちをブロウ・デーモンに食い殺させたのは、お前たちだな?」

 レヒトの言葉に、賊徒の頭は大袈裟に驚いて見せた。

「驚かせてやろうと思ったんだがなぁ。バレてんなら、隠しとく意味はねぇ」

 賊徒の頭が指を鳴らすと、闇の中から、一匹の異形の生物――ブロウ・デーモンが現れた。その首や腕、足には、太い鎖が填められており、男たちが数人がかりでその鎖を引いていた。

「へへへ……捕まえんのには苦労したが、今じゃこいつのおかげで楽させてもらってるぜ」

 確かに、小さな街の警備兵などでは、最下級の魔物がたった一匹とはいえ、容易く倒せるものではない。

 ここで出会ったのも、他の旅人であったなら。二十人強の賊徒と、ブロウ・デーモンを相手に、かなりの苦戦を強いられ――殺されてしまったかもしれない。

 が、今回は残念ながら相手が悪い。

「さて、本来なら、俺たちに喧嘩を売るような身の程知らずはブロウ・デーモンに食わせちまうんだが……」

 にやり、と賊徒の頭が笑みを浮かべる。レヒトはおや、と首を傾げた。

「正直、あんたみたいな美人を殺るのは気がひける。そっちの兄ちゃんもそれなりに腕がたつようだし、残るは子供だ」

(なるほど……)

 この男がなにを言いたいのかをレヒトは理解した。

「そこで、だ。俺の手下になるってんなら、命は助けてやるぜ。なぁに、難しい商売じゃねぇ。俺の言うことさえ聞いてくれりゃいい」

 気色悪い笑みを浮かべたまま、賊徒の頭が言い放った。本当に仲間に引き入れるつもりなのか、それとも隙を見て殺すつもりなのかはわからないが――快とレイヴンはともかくとして、レヒトはおそらく後者であろうと思われる。

 返る言葉はない。賊徒の頭は一方的に話し続ける。

「どうだい? 悪い話じゃねぇだろう?」

 賊徒の頭が、だんだんと焦れてきたのが伝わってくる。

 レヒトはさり気なく、二人に視線を送る。二人は小さく頷いた。

 それを確認し、レヒトは賊徒の頭を見据えて言い放った。

「生憎と、お前たちみたいな悪党と手を組むほど、俺たちは落ちぶれちゃいないんでな」

 断られるとは露ほどにも思っていなかったのだろう。ぽかんと間の抜けたような顔をし――ようやく理解したのか、その表情が怒りに染まる。

「テメェ……こっちが下手にでりゃあつけあがりやがって!」

 お約束の台詞とともに、腰に下げた長剣を抜き放つ。

「ブロウ・デーモンの恐ろしさ、思い知らせてやるぜ!」

 その言葉に反応したように、ブロウ・デーモンが咆哮をあげる。

 それが、戦闘開始の合図となった。




 あらかじめ詠唱を終えていた快は右手を掲げ、周囲に荒れ狂う雷撃を呼び起こす。賊徒の頭に延々と喋らせていたのも、彼女の詠唱時間を稼ぐためである。

「雷よ、撃て!」

 目標めがけ、放たれた雷は一直線に走る。

 ブロウ・デーモンを狙ったその一撃。しかし、ブロウ・デーモンは背中の翼を羽ばたかせて空中へと飛び上がり、雷の嵐から身をかわした。その代わりに、雷は側にいた賊徒を巻き込み、絶命させる。

「ま、魔法……!」

 それを目撃した男たちが動揺し、動きが止まる。

「プチグレイシャー!」

 生まれた一瞬の隙を逃さず、レイヴンの放った氷の魔法が直撃し、数人の賊徒をあっという間に行動不能に陥れる。

「ええい! 怯むんじゃねぇっ!」

 賊徒の頭が怒鳴る。そこへ、気付かれぬよう接近していたレヒトが剣を振り降ろす。

 闇に響く、耳障りな金属音。

 レヒトのセイクリッド・ティアと、男の長剣がぶつかりあい、激しい火花を散らした。そのまま数度、打ち合う。

 剣の腕、そして手にした武器の質ともにレヒトのほうが上だ。普段ならば、ここであっさりと討ち取っているはずである。

 しかし、今回はそうもいかなかった。

「でいやぁぁぁあっ!」

 横手から突きかかってきた賊徒の剣を、後退してかわす。再びつっかかってくる賊徒の足をひっかけて転ばせ、別の相手と斬り結ぶ。

 剣をあわせた瞬間、背筋に凄まじい悪感が走り、レヒトはとっさにその場に屈み込んだ。その上を、凄まじい速度でブロウ・デーモンが通り過ぎてゆく。レヒトと斬り結んでいた賊徒が、首をへし折られて倒れ伏した。

(くそっ……!)

 レヒトは舌打ちした。一人一人の力は大したことがないのだが、いかんせん数が多い。

 それに加え、賊徒の攻撃は、ほぼレヒトに集中していると言っていい。魔法を扱える二人を相手にするよりは容易いと思ったのか、はたまた単純に二人とは戦いたくないからか。理由は不明だが、レヒトにしてみれば堪ったものではない。

「レヒト、行くよッ!」

 レイヴンの鋭い声が飛んだ。見れば、レイヴンの周囲を風が渦巻いている。レイヴンはスタッフを、賊徒が集まっている場所――要するに、レヒトのほうへ向けた。

「……まさか」

「プチサイクロン!」

 レイヴンの声とともに、鋭い刃と化した風が周囲を吹き荒れた。

「うわぁぁぁぁぁっ!?」

 思わずあげた絶叫。これは本気で死ぬ――レヒトがそう思った瞬間。

「光よ、護れ!」

 柔らかな光が、その身を包んだ。光の壁は風の刃を弾き、荒れ狂う風の中にいたレヒトの身体は、傷一つつくことはなかった。

 風が収まった時には、賊徒の半数以上が物言わぬ肉塊と化していた。ブロウ・デーモンも翼を傷付けられ、地に落ちて低い唸り声をあげていた。

「俺まで殺す気か」

 こめかみのあたりが引き攣っているのをレヒトは感じた。快とレイヴンは示しあわせて魔法を使ったのだろうが、なにも知らされていないレヒトにとっては恐怖でしかない。寿命が軽く十年は縮んだ。

「えー? いいじゃん、生きてたんだから。あのままじゃ、そのうちやられてたよ」

「そうそう。むしろ僕らに感謝するべきでしょ」

 顔を見あわせて笑う二人。快とレイヴンという最強タッグ、もとより勝ち目のなさそうな戦いなのだ。レヒトは早々に白旗をあげた。

「……感謝してます」

 そう答えて、レヒトは賊徒に視線を戻した。

「そろそろ観念したらどうだ?」

 レヒトの発した言葉に、しかし、賊徒の頭はにやりと笑った。

「……観念するのはテメェらのほうだ」

「なんだと……?」

 賊徒の頭はレヒトたちの背後へと顎をしゃくった。つられるように視線を移し、三人の動きがとまる。

「すまぬ、旅の方……」

 数人の男に囲まれ、うなだれていたのは逃がしたはずの街の住人たち。そして、住人たちを囲む男は――。

「あら……生きてたんだ」

 昼間、快がしばき倒した見張りの賊徒たちだった。

「よぉ、姉ちゃん。昼間はよくもやってくれたなぁ。たっぷりと可愛がってやるぜ」

 住人を人質にとられてしまった以上、下手に動くことはできない。

「ずいぶんとてこずらせてくれたじゃねぇか。ま、これで終わりだがな」

 賊徒たちが笑い声をあげた。もはや、打つ手はない。

「ニンブル盗賊団に逆らったこと、後悔するんだな! やっちまえ!」

 その言葉とともに、ブロウ・デーモンがその爪を振りあげて快に飛びかかった。

「快っ!」

 レヒトは快を突き飛ばす。その瞬間、レヒトの身を襲う衝撃と激痛。

「ぐっ……!」

 倒れたレヒトを先に食らおうと、ブロウ・デーモンが迫る。咆哮とともに、その鋭い爪が闇に閃き――。

 次に己の身を襲うだろう死を覚悟して、レヒトは静かに目を閉じた。

「嫌ぁっ! レヒト!」

 快の悲鳴が、聞こえた。

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