side story 5 慈悲深き修道女
街の片隅に造られた、小さな教会。三闘神を模した神像に頭を垂れ、熱心に祈りを捧げる娘。
ヘヴンを壊滅寸前にまで追いやった魔物は、数日前に、突如としてその姿を消した。
――人々が喜びに沸き返る中、娘は教会で、一人静かに祈り続けていた。
『誰に祈っている?』
娘以外には、誰もいなかったはずの教会に、男の声が響き渡る。
驚いて振り返ると、教会のステンドグラスに寄りかかり、男が一人、立っていた。
整った顔立ちに、純白の髪。鋭い金色の目が、真っ直ぐに、娘を見ている。
綺麗だと、娘は素直にそう思った。
『……神様?』
『残念だが……私は神ではない。だが人でもない』
謎かけのような言葉を発し、男は小さく笑った。
『誰に祈っている?』
男は、先程の言葉を再び繰り返した。
『……三闘神様に、お祈りしていました』
『誰かが、己を必要としてくれるようにか?』
その言葉を聞き、娘は小さく肩を震わせた。
男は、ゆっくりと娘に歩み寄った。そして、娘が熱心に祈りを捧げていた三闘神の神像に、そっと触れる。
『神は、苦しんでいる』
『苦しんで……いる?』
ああ、と頷き、男は静かに告げた。
『この世界は、神そのもの。世界が傷付けば、神も傷付く』
『……』
娘は、男をじっと見つめていた。
『魔物どもは、完全に消えたわけではない。いずれ神の力が弱まり、この世界の均衡が崩れたその時……『CHILD』の復活とともに、再び世界に現れる』
『『CHILD』?』
娘の問いには答えず、男は言葉を続ける。
『愚かな人間は、それに気付くことなく……きっと、また争いを始めるのだろう。それが『CHILD』を目覚めさせるとも知らずに……』
男は、三闘神の神像の前に跪いた。
『お前たちは、きっと私のすることを許さないだろう。だが、もう決めたのだ。この世界を……私たちの『HEAVEN』を、お前たちを守るためならば……私は、なんだってしよう』
立ち上がり、神像に口付け――男は娘に向き直った。
『人と竜の力を持つ娘よ、私とともに来い。誰もお前を必要としないなら、私がお前を必要としてやる』
『ど、どうして……』
『必要とされたかったのだろう? ……それに、お前は少し似ているからな。放っておけん』
男は純白の髪を掻きあげた。
『行くぞ、シルディール』
男が投げかけた名前。それは、確かに。久しく呼ばれたことのない、己の名前だった。
一方的に言って、男は扉に向かって歩き出した。
『ま、待ってください。貴方は一体……?』
男が振り返る。
『私の名は『大いなる意思』――世界を、神を守る者だ』
そう言って、男は再び歩き出す。娘は、黙ってその後を追った。
後に残された三体の神像が、消え行く二人の後ろ姿を見つめていた。