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第38話 霧の遺跡と琥珀の瞳-3-

 遺跡内に響き渡る、落雷にも似た轟音。絶叫をあげ、空中より撃ち落とされる魔物。

 そして、魔物はそれきり動かなくなった。

「……なんだ、今のは……」

 小さく呟き、レヒトは遺跡の入り口へと視線を向け――目を瞠った。そこに立っていたのは鮮やかな花弁。

「はぁい、レヒト」

 例の一撃粉砕の可能な巨大銃を構えた、快の姿。

「快!? どうして、ここに……!」

「それはこっちの台詞! 酷いよ、僕のこと置き去りにして!」

 快は柳眉を釣り上げてレヒトに詰め寄る。

「いや、それは……」

 レヒトは頬が緩みそうになるのを必死で堪えた。

 ふと、近付いてくる足音に、先程の男かと振り返れば、エントランスホールの入り口に現れたシャサラザードが、もはやぴくりとも動かない魔物を目にして驚きの声をあげた。

「なんだい、これは」

「父上! お怪我はありませんか?」

 彼の息子のリーンハルトが駆け寄ると、シャサラザードはその頭をわしわしと撫でて頷いた。

「なんとか退いてくれた。しかし、おっかなかったな、あの琥珀のお兄ちゃん。さすがの俺もだめかと思った」

「琥珀の……!? ね、ねえ! その人、どっちに行ったの!?」

 快はシャサラザードに掴みかからんばかりの勢いで問いかける。シャサラザードは首を傾げた。

「確か、こっちに来たと思ったんだけど……その様子じゃ、来てないようだね」

「……そう」

 小さく呟き、快は肩を落として俯いた。

「快……」

 彼女に言葉をかけようとしたその瞬間、レヒトは凄まじい力で壁に叩き付けられた。視界がぐらりと歪み、涙が滲む。

「レヒト!」

 駆け寄ろうとしたレイヴンも、風のようなものに弾かれて床を転がる。

「……油断した」

 シャサラザードが小さく呻く。彼の視線を追えば、そこには、快が倒したはずのグリフォンの姿。全身に傷を負ってた魔物は起き上がり、怒りの咆哮をあげるその腕に、子供を一人、握り締めていた。

「! シンシア様ぁっ!」

 リーンハルトの悲痛な叫びが、遺跡内にこだまする。

「くっ! 倒したと思ったのに……!」

 快が再び銃を構える。しかし、捕らわれた子供が気になるのか、引き金にかかった指を引けないでいるようだ。シャサラザードとリーンハルト、レイヴン、そしてレヒトも、誰も動くことができない。

 グリフォンが吠え、空中へと舞い上がる。狙いは銃口を向ける快だ。

「!」

 撃て、とは言えなかった。快も、ついに引き金を引くことができなかった。急降下したグリフォンが、空いた片手で快を掴みあげた。

「くそっ!」

 壁に激突した際に殴打した頭を押さえ、レヒトはなんとか立ち上がる。

「うぁっ……!」

 グリフォンが握り締める腕に力を籠めたのか、二人の表情が苦悶に歪む。

(どうすればいい!? どうすれば……!)

 動けなかった。下手に動けば、捕らわれた二人の命はない。しかし、このままではいずれ――。

「快……!」

「放してください、父上! シンシア様が!」

 今にも飛び出しそうな二人を、シャサラザードが制する。

「だめだ! 下手に動けば、魔物を刺激するだけだ!」

「そんな……!」

 なにもできない自分が、ただ悔しくて。レヒトは唇を噛み締めた。

 誰もが最悪の事態を思い浮かべた、その時。

 魔物の、絶叫が響いた。

 その巨体が、ゆっくりと倒れる。

「シンシア様!」

 父親の手を振りきって、リーンハルトが走り寄り、グリフォンに捕われていた、幼い子供を抱き締める。

「リン! ……怖かった、怖かったよぉ……!」

 シンシアという名なのだろう、その背に蝶の羽を持つ幼い子供が、リーンハルトにしがみついて泣いていた。

「快……大丈夫か?」

「ん、大丈夫。倒したつもりだったんだけど……甘かったね」

 快はそう言って身体を起こした。露出した腕に見える、赤い痕が痛々しい。

「その……すまない……」

「……そんな泣きそうな顔しないの。みんな無事だったんだから、よかったじゃない」

 そう言って、快はそっと微笑んだ。

「ああ……。そ、そうだ。魔物は……」

「死んでるよ。ほら、心臓をナイフが貫通してる」

 レイヴンが魔物の死体を指差して言った。そして、側の大地に突き刺さる、一振りの投げナイフ。

「……助けて、くれたのか?」

 思い出すのは、遺跡の奥で対峙した琥珀色の男。

 大地に突き刺さったナイフは間違いなく、あの男が使っていたのと同じナイフだ。しかし、なぜ彼が自分たちを助けるような真似をしたのか――レヒトにはわからなかった。

「ま、みんな無事でよかったねぇ。とりあえず、戻ろうか」

 相変わらず緊張感もなにもない口調で、シャサラザードが言う。

「そうだな。とにかく、一度戻ろう。……快、君も来るだろう?」

 レヒトが問えば、快は小さく頷いてみせた。

「じゃ、戻ろう! レイヴン、お腹空いちゃった」

「あのなぁ……」

「いいじゃん、成長期だもん!」

 ぎゃあぎゃあと騒ぎながら、一行は遺跡を出て行く。

 そんな中、快は一人、魔物の死体の傍に立ち尽くしていた。

「……疾風……」

 ぽつりと呟き、瞳を細めた快に、レヒトの声がかかる。

 寂しそうな微笑を消し、あの可憐で妖艶な笑みを浮かべて、快は皆のあとを追う。その手には、あの投げナイフが握られていた。




「……レヒト」

 白霧の森を歩きながら、シャサラザードが声をかけてくる。まだ、歩き始めてからそれほど時間は経っていない。森の出口までは、しばしの距離がある。

「気付いてるかい?」

「ああ……尾行つけられてるな」

 声を落して答える。

「相手は……さっきの兄ちゃんや、俺の会ったお姉ちゃんじゃあなさそうだな。尾行の仕方も素人丸出し。……人数はそこそこだが、ま、たいした敵さんじゃなさそうだ」

「そうだな。……大方、予想は付く」

 レヒトが尾行されていることに気付いたのは、例の遺跡を出発してすぐのことだった。シャサラザードの言う通り、相手はあの琥珀の男でも、シャサラザードが出会ったという女性でもないだろう。気配がまるで違うのだ。

 そしてシャサラザードに返した言葉通り、レヒトにはこの追手を差し向けたのが誰であるか、大方の予想は付いている。

(……私設の警備隊か、あるいは傭兵か……こんなところまでご苦労なことだ)

 少し開けたようになっている場所で、レヒトは足をとめた。これが下手な場所だと、横合いの茂みからいきなり襲われる、などということもありうる。

 レヒトが足をとめても、誰もなにも言ってこないところを見ると、皆、レヒトと同じように気付いていたのだろう。事情が理解できない子供たちが、きょとん、とした視線を送ってくる。

「……リン。少し騒ぎになるぞ。子供たちを一ヶ所に集めて、絶対に敵に渡すな。俺たちが守るが、雑魚が何匹か行くかもしれない」

「わかりました、父上。必ずや、この私めが守り抜きます」

 リーンハルトが、子供たちを一ヶ所に集め、その周りを囲うように、レヒトたちが動く。

 気配が、少しずつ近付いてくるのを感じ、レヒトは腰の大剣セイクリッド・ティアを引き抜いた。全員が、それぞれ戦闘態勢に入ったところで、まるでそれを見計らったかのように、霧と木々の影とに身を潜めていた黒ずくめたちが、一斉に襲い掛かってきた。

 飛びかかってきた男を一刀のもとに斬り捨て、霧の中から現れた、別の男を迎え撃つ。男は左右の爪でセイクリッド・ティアを挟み込むと、鋭い牙を覗かせ、首筋に迫る。レヒトは男の顔面を蹴り上げ、後方一回転。再び向かってきた男の胸に、セイクリッド・ティアを突き刺した。

 深い霧のために周囲の戦況はわからないが、どうやら善戦しているようである。というのも、この黒ずくめたち、戦士としては下級の部類。腕はとにかくとして数は多く、またこの霧の中という悪条件ではあるが、油断さえしていなければ、そうそう負けるものではない。ひとつ、またひとつと気配が消え、やがて、そこには累々と、黒ずくめたちが倒れているだけになった。

「……、みんな大丈夫か?」

「僕は大丈夫だよ」

「レイヴンも! あんなのに負けるほど弱くないよ」

 レヒトは苦笑した。シャサラザードとリーンハルト、そして子供たちも無事な様子だ。返り血に染まった顔を拭い、レヒトは黒ずくめたちの死体を避けて、木々の間からこちらを覗く、一人の男のもとへ向かった。

 血濡れのレヒトを見て、その男――ブラム=フォードは情けない悲鳴をあげた。

「……こんな場所まではるばる遠征とは、よほど知られたくない事情がおありのようですね、フォード卿?」

 すっかり怯え、足がすくんで動くこともできないらしいフォード卿を立たせ、レヒトは皆のもとまで戻る。レヒトが手を離すと、フォード卿はずるずるとその場にへたり込んだ。その足に黒ずくめの死体が触れ、フォード卿はまた悲鳴をあげて後ずさる。

「あれ、フォード卿? なんで貴方がこんな場所に?」

「……あ、あ……」

 わざとらしいシャサラザードの問いかけにも、フォード卿はただ小さく震えるのみ。

「レヒト、どういうこと?」

「……奴隷を取り戻しに来たんだろう」

 レイヴンの問いに、レヒトはみっともなく震えるフォード卿を見下ろして答えた。

「あの遺跡に忍び込むつもりだったのか、それとも俺たちが戻るのを待っていたのかはわからないが……二人組に攫われた子供たちの中にいる、自分の奴隷を取り返すために、ここまで来たんだろうな」

「ははぁ、なるほど」

 シャサラザードはそれで理解したようだが、事情を知らない快と、そしてレイヴンは首を傾げた。

「……わかんないんだけど」

「僕にもわかるように説明してよ」

 二人に言われ、シャサラザードが右手の人差し指を左右に振りつつ答えた。

「詳しい説明は、街に戻ってするとして。要するに、フォード卿は魔界の民を奴隷として使っていたんだよ。そして、それを知った犯人である二人組に脅されて、仕方なく協力した。けど、皇帝は二人組の要求を突っぱねた」

「……その結果、犯人は街の子供たちを攫っていった。フォード卿が奴隷として使っていた子も、攫われたんだろう。それが偶然だったのか、それとも協力せざるをえないようにするためだったのか……それはわからないが、な」

 説明をかなり端折はしょったが、聡明な快はそれで理解したようだ。

「なるほど、ね。……僕たちを襲ったのは、自分の奴隷だけをこっそりと連れ戻すためと……あわよくば、僕たち全員をここで始末しようとした……かな?」

 レヒトはフォード卿の目線にあわせて屈み込む。

「……違いますか?」

「そ、それは違う! わ、わしは……わしは、遺跡に潜む犯人を、成敗してくれようと……」

「……違うじゃない」

 声は、別のところからあがった。

「違うじゃない、フォード様。……この人たちの言う通りだわ」

 子供たちの一人、まだ顔に幼さを残す少女がそう言った。身体のどこにも、印は存在しない。彼女は魔界人だ。

「な、なにを言うか! わ、わしはお前など……知らん!」

「……嘘。クラリスはフォード様の奴隷よ。クラリスだけじゃないわ」

 クラリス、と名乗った少女が言うと、子供たちの中から、何人かが前に歩み出た。

「チェスター」

「イリア……」

「……ロクサーヌ」

 次々と名乗りをあげる子供たちは、全員が魔界人だ。クラリスが、チェスターが。そしてイリアが、ロクサーヌが。フォード卿に視線を向ける。

「……みんな忘れたの?」

「し、知らん! わしは知らん!」

「ねえ、フォード様。一緒に行きましょう?」

 子供たちの先頭に立つクラリスが発した言葉に、フォード卿は悲鳴をあげて逃げ出そうとした。その腕をがっちりと掴んで、シャサラザードが笑う。

「一緒に行きましょう?」

 その瞳に、怒りと侮蔑の光を宿し。幼いクラリスの口真似をして。

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