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第28話 もう一度、信じて-1-

 玉座に腰かけていたのは、燃えるような深紅の髪の男性だった。外見的な年齢は、三十歳前後といったところか。鋭い光を宿す切れ長の目が、彼にどこか知的な印象を与えていた。

 精霊王は快に視線をやった。うっ、と小さく呻き、快は精霊王から視線を外して小さく答えた。

「あー、えっと、その……なんていうか、ただいま」

 そう言って、精霊王に――というか、彼が腰かけていた玉座のほうに視線を戻す。だが、彼はそこにはいなかった。いや、正確にはいたのだ。彼女の目の前に。

「快!」

 瞬間移動と見紛うような速度で快の目の前に移動した精霊王は、そのまま彼女をぎゅっと抱き締めた。

 レヒトは突然のことに唖然とした。レイヴンも驚いたようだが、瑠璃のほうはにこにこしている。ちなみに、抱きつかれている快はなんともいえない微妙な表情だ。

「おお、おお。よくぞ無事に戻った。お前の無事を神に感謝せねば……!」

「相変わらず大袈裟だなぁ……」

 ぼろぼろと涙する精霊王に、快は呆れたように言った。

「大袈裟なものか!」

 精霊王はむっとしたように言い返す。

「なにも言わずに出て行きおって、本当に心配していたのだぞ! ああ、お前が無事で本当に……うぅ……快ー!」

 また泣き出した。これでは威厳もなにもあったものではない。

「……ほんとにあの人が精霊王なのかな」

 レイヴンが小声で呟いた。もちろん、レヒトに答える術はない。

「黙って出てったのは悪かったと思ってるけど、僕だってもう子供じゃないんだからさ」

「私にとっては、幾つになろうと可愛い娘だ」

「娘!?」

 驚きの声をあげるレヒトとレイヴンに、快はこくりと頷いた。

「そう。この人、僕のパパ」

(似てない……全然、似てない)

 二人を見比べ、レヒトは素直にそう思った。快は母親似なのだろうか。

 しかし、納得のいくこともある。なぜ、彼女があの不思議な武器――銃を持っていたのか、だ。ヘヴンにたったひとつの銃、セイブ・ザ・クイーンは、現在の精霊王である紅蓮が、天魔大戦の際に三闘神より与えられしもの。それを彼の娘である快が所持していたとしても、おかしくはない。

 そして、先程通ってきた秘密の抜け道。これは想像だが、あの抜け道は王宮が襲われた際に、王族が逃げ出すためのものなのではないだろうか。となれば、あの抜け道の存在を知っているのは、王族か、ごく限られた者だけだろう。そう考えれば、納得がいく。

「もう……僕が悪かったってば。だからいい加減泣きやんでよ」

 困ったように快が言えば、おっとりとした笑みを浮かべたままの瑠璃も同意する。

「精霊王様、お客様の前ですし、感動の親娘対面は後ほどゆっくりと」

「おお、そうだったな」

 瑠璃の言葉に、精霊王は今思い出した、とばかりに頷いた。きっと快以外は目に入っていないのだろう。

「客人よ、失礼した。私の名は紅蓮。この精霊界を治める者だ」

 凛とした声でそう言った。が、まだ快に抱きついたままだ。なんだかいろいろと台無しである。

「うわぁ、本物……」

「俺はレヒト、こっちはレイヴンです! お初にお目にかかります、精霊王様!」

 言いながら、慌ててレイヴンの口を塞ぐ。聞こえていたのかいないのか、レイヴンの呟きに、紅蓮は反応を示さなかった。というか、レヒトの挨拶も耳に入っているのかどうか。

「ちょっと、もう! いい加減離れてってば。レヒトたちの視線に僕が耐えられないよ」

 抱きつかれたままの快が、紅蓮を引き剥がしつつうんざりしたようにそう言えば。

「パパにそんなこと言うなんて……酷いぞ、快!」

 いつの間にか懐から取り出した、快によく似た人形を抱き締め、紅蓮は傷付いたような仕草をしてみせる。

 瑠璃が平然としているところをみると、こういったやりとりはおそらく日常茶飯事なのだろう。

 なんでもいいが、大の男がそういった仕草をしないで欲しいものである。

「僕そっくりの人形相手になにやってんのさ、気持ち悪い! 没収!」

 人形を取り上げる快。

「そんなぁ! パパの宝物を! 返しなさい!」

「嫌! 絶対に嫌!」

「まあまあ、相変わらず仲良しですね」

 逃げる快と、追う紅蓮。そんな二人を見て、瑠璃はにこにこと笑った。

「……で、どうすんの? あれ」

「……」

 目の前で始まった奇妙な親娘喧嘩を遠目に眺めつつ、呆れた口調で言ったレイヴンに、レヒトは答える術を持ってはいなかった。




「……それでは、君たちの用件を聞こうか」

 結局、例の人形を取り戻すことはできなかったらしい。少し涙目になっている紅蓮に促され、レヒトは現在ヘヴンに起こりつつある異変と旅の目的とを説明したのだった。

「ふむ……確かに、魔物が出没したという話は聞き及んでいる……」

 レヒトの説明を聞き終えると、紅蓮は真面目な表情で頷いた。

「しかし、街の中にまで出没するほどに、深刻な事態となっているとは……。精霊界には、未だ直接的な被害がないとはいえ……捨て置くことのできる問題ではないな」

「……十年前の大異変のようなことになったら……」

 話を聞いていた瑠璃が、小さく呟いた。

 重苦しい沈黙が、部屋を支配する。十年前の大異変、未だ精霊人の心には、深い傷として残っているのだろう。

「……それを防ぐためにも、人間と精霊人の間に……同盟を結びたいと、俺は思っています」

 レヒトは静かに言葉を紡いだ。

「十年前の大異変で起きてしまった悲劇――それを繰り返さないためにも、どうか」

「人間と精霊人の間に、同盟を結ぶ……か」

 紅蓮は目を閉じた。

「……確固たる絆があれば……あのような悲劇は、起きなかったかもしれぬな……」

 再び部屋に沈黙が流れ、しばし刻を置いて、紅蓮はレヒトに向かって厳かに告げた。

「君の考えはよくわかった。私も、その通りだと思う。しかし……残念だが、君の力にはなれぬ」

「パパ!」

 レヒトよりも早く、快が声をあげた。

「どうしてさ! 今だって、人間は魔物に襲われる恐怖に苛まされているんだよ!? それに言ったじゃない! これは僕たちにだって、無関係な問題じゃ……!」

「それはわかっている」

 紅蓮は静かに快の言葉を遮った。

「……しかし、考えてもみるのだ、快。現に、精霊界には未だ魔物の姿はない」

「それは、そうだけど……」

 俯き、快は悔しそうに唇を噛み締めた。

「それに、仮に私が了承したとしても……民からの支持は、得られないだろう。皆、未だ苦しんでいる。お前とて、例外ではあるまい? いつまでも、還らぬ者を探し続けて……」

「僕のことはどうだっていいんだ! 放っておいてよ!」

 珍しく、快が声を荒げる。

「そんなことはできない。私にとっては大事な問題だ。よく考えるのだ、快。疾風も、そんなことを望んでは……」

 紅蓮の言葉は、凄まじい轟音と激しい震動とに掻き消された。

「な、なんだ? 地揺れか?」

 地揺れとは、読んで字のごとく、大地が震動する現象である。原因はまだ解明されてはいないようだが、魔界南部、特に南東部ではこの地揺れが多い。

 揺れはだんだんと強くなり、立っているのが困難なほどの激しさとなっている。

(地揺れ? いや、違う……これは、ただの地揺れなんかじゃ……)

 本能的に、レヒトはそう悟っていた。

「なにかが……近付いてくる」

 レヒトが呟くとほぼ同時に、突き上げるような一際激しい揺れが起きた。

「っ!」

 バランスを崩し、よろけた快をそっと支える。

「大丈夫か?」

「ありがと。……もう大丈夫だから」

 快はレヒトと顔を合わせようとはしなかった。どこか、寂しそうな彼女の横顔。

「……揺れは、収まったようだな」

 玉座に手を付いて紅蓮が立ち上がった。そして傍の床に座り込んでいた瑠璃に、手を貸して立たせる。

「あー、びっくりしたぁ。なんだったんだろうね」

 スタッフを文字通り、杖代わりにして耐えていたレイヴンがそう言った。

「わからないが……なにか、嫌な予感が……」

 その言葉が終わらぬうちに、明らかに人のものではない、遠い咆哮が響き渡った。そして、幾つもの悲鳴があがる。

「あ、レヒト!?」

 快とレイヴンが気付いたときには、その場にレヒトの姿はなかった。




(間違いない……魔物が現れたんだ)

 玉座の間を飛び出したレヒトは、長い廊下を走っていた。最初の別れ道、迷わず右へ。次の別れ道は、左へ。レヒトはこの王宮の造りを知らない。己の勘だけを頼りに、走り続ける。

 走り続けるレヒトの目に飛び込んできたのは、大きな扉。蹴り破るように開き、外へ。

 外に出たレヒトが目にしたのは、巨大な影。それは、百足に似た巨大な生物だった。

 硬そうな皮膚に、鋭い刃のような足。魔物のすぐ側の大地には、巨大な穴が空いていた。先程起きたあの地揺れは、この魔物が地下を移動したためのものだったのだろう。

「うわぁぁぁぁっ!」

「きゃあっ!」

 逃げ遅れた精霊人を食らおうと、魔物が迫る。あの鋭い顎に食らいつかれたなら、人の身体など、あっさりとちぎられてしまうだろう。

「やめろぉっ!」

 セイクリッド・ティアを抜き放つと、レヒトは大地を蹴り、魔物の足を数本まとめて斬り落とす。

 斬り落とした場所からは、青紫色の体液が溢れ出した。

「キシャァァア!」

 レヒトに気付いたらしい魔物が、その鋭い顎でレヒトに襲いかかった。

 左に飛んでかわし、着地と同時に、横を通る足を再び数本斬り落とした。

「フシュゥゥゥ……」

 上体をもたげ、レヒトに狙いを定める魔物をしっかりと見据える。足を数本斬り落されても、あまり堪えてはいないようだ。となれば、やはり頭を潰すしかないだろう。

 レヒトはセイクリッド・ティアを構え、魔物が襲い来るのをじっと待った。魔法が使える快やレイヴンと違い、リーチの短いレヒトでは、魔物が向かってきてくれない限り、高い位置にある魔物の頭を狙うことは不可能である。

 しばし、魔物とレヒトの睨み合いが続き――不意に、魔物はレヒトから視線を外した。その視線を追えば、そこにいたのは大地に座り込んだ幼い子供。恐怖からか、逃げることもできずに、ただ魔物を見上げていた。

(まずい!)

 レヒトはとっさに剣を捨て、走った。重たい大剣は、素早く行動するには邪魔にしかならない。

 子供を抱えて、大地に伏せる。間一髪、そのすぐ上を、凄まじい速度で魔物が通りすぎていった。

「大丈夫か?」

 恐怖で震える子供に、優しく問いかける。子供は我に返ったように小さく頷いた。

「あ、ありがとう……」

 小さな声で呟いた子供の顔に、影が落ちた。その視線が、ゆっくりと上を向き――。

「兄ちゃん! 後ろっ!」

 叫び声で振り返る。そこに、二人を狙う魔物の姿があった。

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