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第26話 流れる血の色は-2-

 すっかり日が落ち、宵闇に包まれた街の裏通りを、レヒト、ジェイド、ダークの三人は並んで歩いていた。

 現在は天界最高責任者の特使たるレヒトだが、元の主たるラグネスに対する反乱を知ってしまった以上、黙って街を離れる気にはならず、二人の密偵に協力を申し出たのだ。二人も最初からそのつもりであったらしく、三人で情報を確かめるべくシスカの街へと繰り出した。

 快とレイヴンは宿に残している。実は二人も同行を願ったのだが、ジェイドがこれを退けたのだ。いわく、女性や子供に見せるようなものではないから、と。

「……それにしても大盛況だな」

 店の中に入りきらなかったのだろう。通りに設置された天幕の下にも椅子を並べ、傭兵たちが酒を飲んでいる。風に乗って充満する安酒の匂いに、レヒトは思わず眉根を寄せた。

「さーて、さっさとやっちまおーぜ。別れて情報を探る。適当に時間みてここに集合な」

 かなり大雑把な指示を出すと、返答すら待たずにジェイドは一人で消えてしまった。呆気にとられるレヒトに対し、ダークはそっと頭を下げた。

「……すまない、ジェイドはいつもあのような調子で」

「あ……いえ、少し驚いただけですから。俺のほうが無理を言って同行させてもらっているようなものですし」

 レヒトが言うと、ダークはもう一度頭を下げた。

 ダークとも別れたレヒトは適当な店を見付けて席に座り、馬鹿騒ぎをしている傭兵たちの輪に入った。人目を引く鮮やかなワインレッドの髪は、ダークの持っていた変装道具の染粉を使って黒に染めている。同じく珍しいワインレッドの目はどうしようもないが、これだけ暗ければ大丈夫だろう。レヒトはさっそく情報収集を開始した。

 どうやら集められた傭兵たちは、魔物討伐のためと聞かされているらしい。聞いた限りでは、与えられる報酬の額も悪くはない。街に入る時の物々しい審査についてもそれとなく聞いてみると、盗賊でも警戒しているのではないか、魔物が変装して入ってくるわけはないからな、と傭兵たちは豪快に笑った。

 安酒の注がれたグラスを揺らしながら、レヒトは内心でため息を吐いた。

(警戒してるのは盗賊じゃないさ。警備兵が手にしていた書類は、間違いなく街に入り込もうとする密偵をあぶり出すために用意されたものだ)

 レヒトがちらりと目にしたあの書類、いわば怪しい人物を炙り出すための問答表とでも言うべきものだったのだから。どこから来たのか、どこへ行くのか、なにが目的かといった質問から、どのような人物が怪しいのか、怪しい人物を見付けた時にはどうするか――そんなことが事細かに記されていた。あんなものを警備兵に与えて審査などさせている時点で、怪しさ抜群もいいところである。尤も、警戒していたはずの密偵であるジェイドとダークの二人が、苦もなく入り込めていることからもわかる通り、優秀な密偵とはそう易々と捕まえられるような存在ではない。ガイルは少し密偵の力を侮っていたようである。

 レヒトはガイルが捕まえたかった密偵とは違ったわけだが、それでも素直に天界からの特使だと名乗っていれば、まず間違いなく城へと連行され、最悪の場合にはその場で口を封じられていたことだろう。演技力は別としても、とっさの判断は正解だったと言える。

(……そろそろ時間か)

 グラスに残った安酒を一気にあおって、レヒトは店を後にした。

 集合場所にはすでにジェイドとダークの二人が戻っており、それぞれが得た情報を持ち寄って整理する。

「……ふぅん、末端の傭兵どもは知らされてねーのか。ってことは、警備兵のほうも似たようなもんかね」

「現時点ではおそらく……首謀者たるガイル=ドレディアと同志の地方領主、彼らに関わる一部の者のみだろう」

 レヒトもダークと同意見だ。言ってしまえば駒である傭兵や兵士に早い段階から知らせる必要はないだろうし、秘密を知る者が多くなれば、それだけ計画が露見する危険も高まる。

 そういえば、とレヒトは気になっていたことを聞いてみることにした。

「今回の反乱疑惑……どこから情報が漏れたんです?」

 レヒトの問いにはダークが答える。

「……違法賭博に参加していた地方領主の一人、と答えておこう。違法賭博に熱中したはいいが負けが込み、結果的に私財のほとんどを失ったという話だ」

「なるほど」

 実際、違法賭博に参加していたという人物からの情報ならば、確かに信憑性は高そうだ。私財を失ってどん底状態にあるというのならば、嘘の情報でこちらを撹乱かくらんするのが目的、などという心配もいらないだろう。

「あとは、違法賭博を行っているという事実を掴めれば……」

「ガイル=ドレディアの城で違法賭博が行われるのは月に二度。新月と満月の夜だということだ。そして今夜は……」

 頭上に輝く満月を眺めてダークが言う。ジェイドはぐっと唇の端を持ち上げた。

「ちょうどいいさ。今から乗り込む。早いとこ終わらせるぞ」

「待て、ジェイド! いくらなんでも危険……!」

 続く言葉は声にならなかった。

 言いかけたダークの首を、ジェイドが片手で締め上げたからだ。

「ジェイドさん!」

 慌てたレヒトが仲裁に入るが、ジェイドはますます指に力を籠めたようだった。ダークの表情が苦悶に歪む。

「……俺に指図すんじゃねーよ。お前は俺の気紛れで生きてるってことを忘れんな」

 吐き捨てるように言って、ジェイドはようやく手を放した。首に手を当てて激しく咳き込むダークを見下ろすその目は、酷く冷たい。

「……あぁ……すまない……」

 絞り出すように答えたダークを一瞥して、ジェイドは一人、夜の闇に消えて行った。

「ダークさん、大丈夫ですか」

「……見苦しいところを」

 軽く咳き込みながらダークは言った。レヒトは首を横に振る。

「そんなことはありませんよ。……ダークさんが言ったことは間違いではないでしょう」

 今まで集めてきた情報からも、ガイル=ドレディアが反乱を画策しているということはおおむね真実と見てもいいだろう。そして、今夜が違法賭博の開催日だというのなら、当然のごとく城は厳戒態勢を敷いているはず。無策のうちに乗り込むのは危険過ぎる。

「……そうかもしれないが……ジェイドは俺の心配など……」

 ダークは少し寂しそうにそう言った。

「……ダークさんは、どうしてジェイドさんと?」

 思い切って尋ねたレヒトに、ダークは深い水の底のような蒼の双眸を向けた。

「ジェイドが言っていただろう。俺はジェイドの気紛れで生かされているのだと。……あの言葉通りだ」

 意味の掴めなかったレヒトがしばし考えていると、ダークは過去を思い返すように遠い目をした。

「……俺はかつて、ジェイドに命を救われた。ジェイドがいなければ、この命はなかった」

「そうだったんですか……」

 ダークは頷く。

「俺はジェイドに生かされている。ジェイドが生きろと言う限りは生き、死ねと言われれば死ぬ。……そういうものだ」

 言って、ダークはレヒトから視線を移した。夜の闇にぼんやりと浮かび上がる、ガイル=ドレディアの城へと。

「……行きましょう、ダークさん。ジェイドさんは、もう城に乗り込んでいるかもしれない」

「あぁ。……急ごう」

 顔を見合わせて頷き、二人は同時に走り出した。




 月の光に照らされて、ガイル=ドレディアの城は静かに佇んでいた。不気味なまでの静けさと、身体に纏わり付く嫌な感覚。ところどころに灯された松明の燃える匂いに混じって、嗅ぎ慣れた臭いが鼻を衝く。

 ――血臭。

 周囲に視線を走らせれば、見張りだったのだろうと思われる兵士の姿が何人か。壁にもたれた者、石畳に倒れ込んだ者――例外なく首を掻かれ、命を奪われている。おそらく背後から鋭利な刃で掻き切られたのだろう。レヒトの推測を肯定するように、死体の周囲は血の海と化しており、おびただしいまでの流血跡が見られた。首を掻き切られた時の特徴だ。

「……ジェイド」

 ダークは小さく呟いて、城の内部へと続く扉を押し開けた。内部からも漂う、むせ返るような血臭。こみ上げる吐き気に、レヒトは思わず胸を押さえた。

 廊下に倒れ伏す、人であったもの。外の兵士と同じように、全員が首を掻き切られて息絶えていた。

 倒れた人々は皆、例外なく首を掻かれ、一撃のもとに命を奪われている。この惨状が、ジェイド一人の仕業だというのだろうか。

「これを……ジェイドさんが……?」

「……あぁ」

 信じられないとばかりのレヒトの言葉に、ダークが返したのは肯定だった。

 開けっ放しになっている扉の向こうにも、血の海に横たわる料理人や給仕、召使い――中には女性の姿も見える。

 無言のままに廊下を歩いていると、城のどこからか、男の絶叫が響き渡った。

「! ……こっちです!」

 レヒトは声のしたほうへと走り出す。音の反響から察するに、おそらく地下。

 長い廊下を抜けた先、開かれたままの扉へとレヒトは飛び込んだ。どうやら書斎らしいその部屋で、執事と思しき男がこと切れている。男の死体の傍――動かされた本棚の向こう、ぱっくりと口を開けた地下への入り口。

「……よ、よせぇぇぇっ!」

 遠く聞こえた男の悲鳴。レヒトは地下へと続く階段を駆け降りた。薄暗い階段を抜けた先には、かなり広い空間が広がっている。真魔界にあるという円形闘技場を、そのまま小さくしたかのような形状。二人のいる位置は、ちょうど観戦席となっているらしい。低くなっている闘技場中央部には、奴隷であろう二人が倒れ伏している。ここからではよく見ることはできないが、あの血溜まりから察するに、おそらく同じ殺され方であろう。

「ぎゃあぁぁぁぁ!」

 聞こえた絶叫は二人の正面――向かいに設えられた観戦席。円形闘技場の外周を回って、二人は声のもとへ向かう。

「や、やめろ……やめてくれ……!」

 腰を抜かし、震える声で懇願する男。周囲には豪華な衣服に身を包んだ数人が倒れ、首に走る紅い傷からはとめどなく鮮血が溢れ出している。

「ジェイド!」

 ダークが駆け寄る。やや大振りのダガーを弄びながら、背の高いダークを見上げ、ジェイドは返り血に染まった顔で笑った。

「遅かったじゃねーか。残りは標的メインディッシュだけだぜ」

 足元でみっともなく震える男を目で差して言う。おそらく、彼がガイル=ドレディアその人であろう。

「……ガイル=ドレディアか」

「お……お前たちは誰だ! なにが目的だ!」

 ガイルの目線にあわせて膝を付いたダークに対し、ガイルは一気に喚き立てた。

「金か!? 金ならそこにある! 好きなだけ持って行け! 城の女も好きにしてよい!」

「そんなもんに興味はねーよ」

 数多の鮮血を吸ったであろうダガーを弄びながらジェイドが言った。しゃがみ込み、ガイルの耳元に唇を寄せてなにかを囁く。ガイルの顔が見る見る青ざめ、唇からは言葉にならない声が漏れた。

「――じゃ、さよなら」

「待ってくれ……頼む、助けて……!」

 無慈悲な刃が振り上げられる。レヒトは思わず目を背けた。

 ――風を切る微かな音。吹き出す鮮血。

 ガイルの身体は幾度か痙攣し――やがて力を失ってゆっくりと倒れ込む。肉の裂け目から溢れ出した鮮血が、ダガーを一閃させたジェイドの身体をしとどに濡らした。

「……ジェイド」

「言っといたはずだぜ、ダーク。根っこまで摘み取れって。わずかな禍根すら残さないように」

 足元に転がる死体を眺めてジェイドが言った。自らに向けられる視線に気付いたのか、ゆっくりと振り返る。

「俺らは陰の者」

 視線の主――レヒトを見て。ジェイドは静かな声で言った。

「この惨状を見て、あんたは残酷だと思っただろうけどさ。誰かがやらなきゃなんねー仕事だよ」

 血に濡れたダガーを見つめて。

「護衛は主の命を守る。密偵は主の居場所を守る」

 そう言って、ジェイドは小さく笑って見せた。

「俺らもあんたも根っこは一緒。……愛した人を守るために、両手を血に染めるんだ」

 あの人のためなら、奪った命の重みも耐えられる、と。

 自分と似ているとレヒトは思った。愛する人を守るため、剣となり盾となろう――かつての自分もそう言ってこの道を選んだ。

「……そろそろ夜が明ける。貴方は、もう戻ったほうがいい」

 ダークに言われ、レヒトは頷く。

 証拠を押さえて後始末をする、という二人と別れ、レヒトは人の気配がなくなった城を出た。

 ちょうど宿の前へと差しかかった時――炎の爆ぜる遠い音と、わずかに鼻を衝く嫌な臭いとに、レヒトは思わず振り返る。レヒトの目に飛び込んできたのは、黒煙を噴き上げる城の姿。

「――城が……」

 炎上する城を眺め、レヒトは小さく呟いた。




 ――押し入った二人組の賊徒に襲われ、領主ガイル=ドレディアは死亡。広域会議のため館を訪れていた数名の地方領主も犠牲となり、火を放たれた城は全焼。火の勢いが強く、煙に巻かれた使用人は逃げ遅れて全員が死亡、犯人と思しき二人組は現在行方不明――。

 あの事件の翌朝には広場に張り出されていた公式発表をぼんやりと眺めながら、街を出るべくレヒトは馬車を走らせる。

 宿で待っていてくれた快とレイヴンにわがままを言って、あれから二日をこの街で過ごした。領主が死亡したことで、契約金の問題などが出てきたのだろう。あれだけいた傭兵も今は減り、街はだいぶ閑散としてしまったようにも見える。

 シスカの街の門を出て、レヒトは焼け落ちたガイル=ドレディアの城を振り返る。

 ――二人の密偵が、燃え盛る城から戻ることはなかった。

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