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第23話 迫り来る異形の影-2-

 快が構えているのは、確かに銃だった。銀色の銃身は繊細で、まるで高価な美術品のような美しさを誇る。

 レヒトは今までにも何度か銃を目にしたことがあるが、それはいつも美術品として、だ。というのも、ヘヴンに銃はたったひとつしかないからである。

 四百年前の天魔大戦、英雄の一人に数えられる精霊人の少年、紅蓮が三闘神より与えられたという、聖剣セイクリッド・ティアと対をなすもうひとつの伝説の武器、神銃セイブ・ザ・クイーン。

 ヘヴンにある銃は、このセイブ・ザ・クイーンただひとつ。他のものは模造品に過ぎず、細部などが再現できないために作動しない。それゆえに本来の武器としてではなく、外見の美しさを競う美術品としての価値しかないのだ。

 しかし、彼女の構える二挺拳銃は、今まで目にしたものよりも遙かに美しく、またどこか不思議な輝きを帯びていた。まるで、レヒトのセイクリッド・ティアのように。

「神銃セイブ・ザ・クイーン……」

 レヒトの呟きが聞こえたのか、快は小さく笑った。

「詳しい話は後で。……レヒト、少し離れてて!」

 右手に構えた拳銃を魔物の一匹に向け、快は引き金にかかった指を引く。

 打ち出されたのは、光の欠片。光は魔物の一体を直撃するが、それとほぼ同時に快はすっと横に移動した。すると、彼女が放ったのと同じような光の欠片が、たった今まで彼女が立っていた場所を過ぎ行く。無論、小さな穴の開いた魔物の体は、あっという間に元通りである。

「……なるほどね。となると……」

 小声で呟くと、快の手にしたセイブ・ザ・クイーンが眩い光を放ち、それは巨大な銃へと変化した。大きく銃身も太いその銃は、華奢な快の腕では支えるのも大変そうだ。

 酒場の奥に陣取った魔物へと照準を合わせ、打ち抜く。放たれた光の帯が魔物を焼き切る寸前、その身体が一瞬ぶれ――魔物が灰になると同時に、屈み込んだ快の頭上を、光の帯が過ぎ、背にした建物の壁に大穴を空けた。灰にされた魔物はといえば、やはり完全に再生を果たしていた。

「そういうことか。……レヒト、どう? わかった?」

「……なにがなんだか」

 首を傾げるレヒトに、快は指を振りつつ答えた。

「あの魔物はね、別個の存在じゃないのよ。簡単にいえば、異なった役割を持つ一体の魔物ってとこ」

「異なった役割……?」

 同じ姿をした二匹の魔物は、ふわふわと宙を漂っている。警戒しているのか、仕掛けてくる様子はない。

「そう。見た目が同じで分かりにくいけど……たぶん、あれは本体と末端なんだよ。末端のほうが盾の役割を果たして、もう片方の本体が、盾が受けた攻撃を反射するってとこじゃないかな」

 なるほど。となれば、あの異様なまでの回復能力も説明がつく。末端を倒そうが、本体が無事である限りは何度でも再生する。要するにあの魔物は、三光の庭園でレヒトが対峙したゴーゴンと使い魔たる蛇のようなものなのだろう。あちらとの違いは、本体と末端とがまったく同じ姿をしている、ということだ。

「つまり、本体だけを狙い撃てばいいってことか。……とはいえあの魔物、瞬間移動までするだろう」

 レヒトと快が本体のほうを狙った際、あの魔物が一瞬ぶれて見えたのは、瞬間的に本体と末端が入れ替わっていたからなのだ。

「うーん……本体を狙う、か」

 快はセイブ・ザ・クイーンを構え、銃身の細く長い銃へと変化させると、引き金を引き、二匹の魔物に無数の光の雨を浴びせかける。これだけの数があると、ほとんど光の雨である。それを全て防ぐのは無理――。

「うわわわっ!」

 反射された光の雨に、快は慌ててレヒトのほうへと逃げてくる。

「だめね。二匹同時に狙ってみたけど、全部末端に防がれちゃった」

「……そうか……」

「どうしよう……二挺銃でも同じことの繰り返しになりそうだし……。あ、そうか!」

 快が名案を思い付いたように、ぽんっと手を打った。

「本体だけを狙えないなら、二匹同時に狙う……うん、これだね!」

「? それは、どういう?」

 レヒトは首を傾げた。それは今、快がやったことである。なにか名案があるようだが、例の連撃可能な銃でも、あの魔物には通用しなかったのだ。あの二挺銃や、一撃粉砕が可能な銃では無理だろう。かといって、レヒト一人でなんとかするのはほぼ不可能であり、レヒトと快の付け焼刃の連携攻撃コンビネーションで、なんとかできるとも思えない。

 しかし、快はにこにこと笑うと、なぜかセイブ・ザ・クイーンを二挺銃形態に戻して太股の革鎧に装着する。

「後は僕に任せて。けど、なにが起きても驚かないでね」

 またしてもレヒトが首を傾げると、快は右手を掲げてみせる。

「僕の傍に。絶対に離れちゃだめだよ」

 レヒトが言われた通り、快の傍まで移動すると、まるで謡うような不思議な言葉が聞こえた。快の唇が、ゆっくりと言葉を紡いでいるが、レヒトには聞き取ることができない。

 快と、その傍にいるレヒトの身体を淡い光が包み込み、周囲に淡く輝く蒼白い光がいくつも生まれる。不思議な言葉を紡ぐ快の足下から、大地が、見る見るうちに凍りついてゆく。周囲の気温が下がっているのだろう。だが、快と、傍にいるレヒトには、なんの影響もない。

 快が掲げた掌を魔物に向けると、青白い光が、魔物に向かって解き放たれた。

「氷よ、砕け!」

 言葉に弾かれ、周囲の大地を絶対零度の氷が覆い尽くす。二匹の魔物も一瞬にして凍り付き、大地に落ちて砕け――それきり、二度と再生しなかった。

「はい、おしまい」

 振り返り、快はレヒトに向かってウィンクして見せた。

 レヒトは今更ながらに気が付いた。ドレスから覗く彼女の右肩に、紋様状の印があったことに。

「快、君は……」

「ばれちゃった?」

 快は小さく舌を出した。あれだけ派手な魔法を使っておいて、ばれちゃった、はないだろうに。

「僕は精霊人だよ。驚いた?」

 外見は人間に近く、紋様状の印と長く尖った耳、そして透き通るほどに白い肌が特徴的な、不老長寿の種族といわれる精霊人。

 人間の前から姿を消した、美しき古の種族が、今、レヒトの前で微笑んでいる。

「けど、耳が……」

「んー、これにはちょっとした事情があってね。僕はこの人間と大差ない外見のおかげで、こうして人間の街を出歩けるってわけ」

 精霊人が、人間の前から姿を消したのには理由がある。

 ひとつ目には、あの悲しい戦い、四百年前の天魔大戦において生まれた種族、天界人――その製造に、多くの精霊人が捕われ、犠牲となったこと。もうひとつが、十年前の精霊狩りである。

 十年前の大異変の時、魔物の恐怖に晒された人間たちの目には、自分たちに理解できない不可思議な技、魔法を扱う精霊人も、魔物と同じように映ってしまった。

 そして始まった精霊狩り。捕われた精霊人たちは皆、惨いやり方で殺されるか、美しい容姿を金持ちに買われ、愛玩奴隷のごとき扱いを受けたという。

 その後、天界最高責任者のレイ=クリスティーヌが、精霊狩りを厳しく禁じ、また魔物が消え去ったこともあり、精霊狩りは収まったのだが――精霊人は、人間の前から姿を消したのだ。

 人は己に理解できぬものを見るとき、酷く冷たい目になるからね――レヒトの主、ラグネス=クリスティーヌは、悲しそうにそう語った。

「……こんなに、綺麗なのに……」

 怖がることなんて、何もない。こんなにも美しくて、こんなにも儚くて。

 こんなにも、恋焦がれる。

「ありがと」

 快はとろけるような微笑を見せた。

 しばし見惚れていたレヒトだが、遠く響いたブロウ・デーモンの吠え声で我に返る。

「そうだ、悠長にしている暇はない。まだ魔物は残ってるんだ」

「うん、急がなきゃ。……と、少し待って」

 そう言うと、快は小さく、あの不思議な言葉を紡ぎ、その右手をレヒトの腕へと掲げる。生み出された淡い緑色の光が傷を包むと、傷はゆっくりと癒え、痛みも消えていく。同様にしてレヒトの背中の傷も癒すと、唖然とするレヒトに向かい、快は悪戯っぽく微笑んで見せた。

「これで大丈夫。さ、急ごう!」

「あ、ああ……そうだな!」

 二人は走り出した。先程、魔物の咆哮が響いた方へと向かって。




「ふーぅ。これでおしまいっと!」

 ブロウ・デーモンの群れの最後の一匹を始末して、レイヴンは額の汗を拭った。

 倒した数は、もはや数え切れない。

 城でレヒトの帰りを待っていたレイヴンだったが、街で騒ぎが起きていることを使用人より聞き、持ち前の好奇心を発揮して、即座に現場へと駆け付けた。そこで魔物の群れに出くわし、今まで遊んであげていたのである。ブロウ・デーモンごとき、何体群れていようがレイヴンの敵ではない、のだが。

「こんな街の真っ只中じゃ、レイヴンのすっごーい魔法が使えないもんね」

 というわけでちまちまとした戦いを強いられ、無駄に時間を食ってしまったというわけだ。

「それにしても、レヒトってば大丈夫だったかなぁ。食べられちゃったりしてないよね?」

 それはそれで面白いかも、とレイヴンが呟くと、背後から不機嫌な声が響いた。

「残念ながら無事だ」

「わぁっ!」

 突然の返答に驚き、レイヴンが慌てて振り向くと。

 腕を組み、仁王立ちしているレヒトが、レイヴンの頭を軽く小突いた。

「痛ッ! なにすんだよー、レヒトのくせにー」

「どういう意味だ」

「そういう意味だもーん。あ、ねえ魔物は? ここにいたのはみーんなレイヴンがやっつけちゃったけど」

 累々と横たわるブロウ・デーモンの死体を指さして、レイヴンは自慢げに胸を張った。

「ああ、俺も襲われたんだ。……快に協力してもらって、なんとか倒したがな」

 レヒトが言うと、後ろに控えていた快がレイヴンに微笑みかける。

「はぁい。あの時、レヒトと一緒にいた子だね」

「あ! あの時のお姉さん。うわぁー! レヒト、やるじゃん!」

 レイヴンに肘で小突かれ、レヒトは耳まで真っ赤に染まった。

「なっ……!」

「レヒトってば真っ赤! かっわいー!」

「かっ、かっ、可愛いとか言うんじゃない!」

 お前にだけは言われたくない! ときっぱり告げると、レイヴンは唇を尖らせた。

「レイヴンのこと置き去りにして、自分だけ楽しんでたくせにぃ」

「そ、それは……」

 返答に詰まってわたわたと慌てるレヒトを見て、耐えきれなくなったのか、快が声をあげて笑い出した。

「あはは! 二人って仲良しなのね。なんだか見てて楽しいなぁ」

「いや、面白がられてもな……」

 喜ぶべきなのか、悲しむべきなのか。レヒトは困ったように頬を掻いた。

「ねえねえ、なにしてたの? ずるいよ、レイヴンも遊びに行きたかったのに」

 そう言うと、レイヴンはむぅ、と頬を膨らませる。自分一人置いて行かれたことを、相当根に持っているようだ。

「遊んでたわけじゃない。偶然会って、一緒に酒を飲んだだけだ」

「えー! レヒトだけずるーい! レイヴンもお酒飲みたーい!」

「だめだ」

 即答。彼は生真面目である。

「なんでー? ガルがお酒飲むときは、レイヴンも一緒なのにー!」

 ガルヴァのあの微笑みが思い出され、レヒトは軽い頭痛を覚えた。

「レイヴンも飲みたい! 飲・み・た・い!」

「……とにかく、だ」

 ぴょんぴょん飛び跳ねるレイヴンを無視して、レヒトは快に向き直る。

「城に戻ろう。快、君も一緒に来てくれないか」

「うわぁ、積極的ぃ」

 からかうような口調で横からレイヴンに言われ、レヒトはまたまた真っ赤になった。

「違うわっ! ただ話しておかなきゃならないことがあるだけだっ!」

「なーんだ。期待して損したぁ」

 レヒトが慌てて否定すると、レイヴンは醒めた口調で呟く。

(……ガルヴァさん……どんな育て方をすれば、こういう子供ができあがるんですか……)

 レヒトはがっくりと肩を落とした。

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