表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/112

side story 3 産声

 男が前に立つと、扉は音もなく開いた。扉の向かいにある大きな窓に映るのは、壊れ果てた死の大地。

 強すぎるエネルギーが暴発し、世界の半分近くが一瞬で消滅したのは、つい先程のことだ。行き場をなくしたエネルギーは未だ暴走を続け、今もなお、こうして世界を壊し続けている。

 今、この世界に、一体どれだけの人間が、生命が、生き残っているというのだろう。

 苦痛もなく死ぬことができた人々は、あるいは幸せだったのかもしれない。自身を襲う死にすら、気付くことはなかったのだから。少しでも長く生き延びることのできた人々は、あるいは幸せだったのかもしれない。死の間際の、ほんのわずかな時間でさえ、大切な人々と過ごすことができたのだから。

 それでは、最後まで生き延びたらどうなのかと、男はふと自問した。襲い来る恐怖を感じながら死を待つのだろうか。それとも希望を捨てず、この壊れた世界を彷徨さまよい歩いて行くのだろうか。

 自分は後者を選ぶと、男は思った。愛する者のため、安易に死など選んでたまるか。生きるのだ、愛する者とともに。

 しかし――この紅く染まった大地に、空に、逃げる場所などあるのだろうか。世界の崩壊は、止まらないだろう。愛する者たちを救いだし、この部屋を飛び出したとしても、男に行くあてなどありはしない。外には死が充満する壊れた世界が広がっているだけだ。

『……それでも、構うものか。私には、命に代えても救わなければならない者がいるのだから』

 男は再び気力を奮い起こし、駆け込んだ部屋を見渡した。

 見慣れた部屋の中に、普段と変わった様子はなかった。あの廊下の惨状が、まるで嘘のように。

 愛する者たちの名を叫びながら部屋を駆け回り、その姿を探す。

 探し人は、すぐに見付かった。奥の部屋の寝台に、眠るように倒れていたからである。

 紫色の髪をした、可愛らしい顔立ちの幼い少年と、若草色の髪の、利発そうな少年。そして、純白の長い髪をした、どこか男に似た面影のある、儚げな少女。

『ヴェン! ミロ! ……アル!』

 慌てて抱き起こす。規則正しい呼吸を感じて、男はひとまず安堵した。

 見れば、眠る三人の頭には、特殊なヘッドギアが装着されていた。ヘッドギアから伸びたケーブルは、部屋にある巨大なコンピュータに繋がれている。

 コンピュータのディスプレイには『HEAVEN』の文字。

『こんな時に……!』

 男はすぐさま、自身も同じヘッドギアを装着し、コンピュータの前に座ってキーボードを叩く。

 ――access――

『間に合うか……! 急いでくれ……!』

 遠くで、爆音が響く。大地が、大きく揺れた。もう崩壊はとまらない。

 男は初めて神に祈った。頼む、頼む、と。どうか彼らを生かして欲しい。なんの罪などない幼子を、どうか守って欲しい、と。たくさんの罪なき命を奪ってきた自分が、今更なにをと思うかもしれないが――。

『……頼む……!』

 ――password 『HEAVEN』――

 無機質な機械音がそう告げると、男の視界がぐらりと揺らぎ、吸い込まれるような感覚に襲われた。

 神は、どうやら男の願いを叶えてくれそうだ。

『もう少し……なんとか、間に合ったな……』

 その瞬間だった。

 天そのものが落ちてきたかのような、凄まじい衝撃。男の身体は、宙を舞っていた。

 揺らぐ視界から最後に見たのは、部屋を嘗め尽くす紅蓮の業火。

 ――gate open――

 そこで、男の意識は途切れた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ