side story 3 産声
男が前に立つと、扉は音もなく開いた。扉の向かいにある大きな窓に映るのは、壊れ果てた死の大地。
強すぎるエネルギーが暴発し、世界の半分近くが一瞬で消滅したのは、つい先程のことだ。行き場をなくしたエネルギーは未だ暴走を続け、今もなお、こうして世界を壊し続けている。
今、この世界に、一体どれだけの人間が、生命が、生き残っているというのだろう。
苦痛もなく死ぬことができた人々は、あるいは幸せだったのかもしれない。自身を襲う死にすら、気付くことはなかったのだから。少しでも長く生き延びることのできた人々は、あるいは幸せだったのかもしれない。死の間際の、ほんのわずかな時間でさえ、大切な人々と過ごすことができたのだから。
それでは、最後まで生き延びたらどうなのかと、男はふと自問した。襲い来る恐怖を感じながら死を待つのだろうか。それとも希望を捨てず、この壊れた世界を彷徨い歩いて行くのだろうか。
自分は後者を選ぶと、男は思った。愛する者のため、安易に死など選んでたまるか。生きるのだ、愛する者とともに。
しかし――この紅く染まった大地に、空に、逃げる場所などあるのだろうか。世界の崩壊は、止まらないだろう。愛する者たちを救いだし、この部屋を飛び出したとしても、男に行くあてなどありはしない。外には死が充満する壊れた世界が広がっているだけだ。
『……それでも、構うものか。私には、命に代えても救わなければならない者がいるのだから』
男は再び気力を奮い起こし、駆け込んだ部屋を見渡した。
見慣れた部屋の中に、普段と変わった様子はなかった。あの廊下の惨状が、まるで嘘のように。
愛する者たちの名を叫びながら部屋を駆け回り、その姿を探す。
探し人は、すぐに見付かった。奥の部屋の寝台に、眠るように倒れていたからである。
紫色の髪をした、可愛らしい顔立ちの幼い少年と、若草色の髪の、利発そうな少年。そして、純白の長い髪をした、どこか男に似た面影のある、儚げな少女。
『ヴェン! ミロ! ……アル!』
慌てて抱き起こす。規則正しい呼吸を感じて、男はひとまず安堵した。
見れば、眠る三人の頭には、特殊なヘッドギアが装着されていた。ヘッドギアから伸びたケーブルは、部屋にある巨大なコンピュータに繋がれている。
コンピュータのディスプレイには『HEAVEN』の文字。
『こんな時に……!』
男はすぐさま、自身も同じヘッドギアを装着し、コンピュータの前に座ってキーボードを叩く。
――access――
『間に合うか……! 急いでくれ……!』
遠くで、爆音が響く。大地が、大きく揺れた。もう崩壊はとまらない。
男は初めて神に祈った。頼む、頼む、と。どうか彼らを生かして欲しい。なんの罪などない幼子を、どうか守って欲しい、と。たくさんの罪なき命を奪ってきた自分が、今更なにをと思うかもしれないが――。
『……頼む……!』
――password 『HEAVEN』――
無機質な機械音がそう告げると、男の視界がぐらりと揺らぎ、吸い込まれるような感覚に襲われた。
神は、どうやら男の願いを叶えてくれそうだ。
『もう少し……なんとか、間に合ったな……』
その瞬間だった。
天そのものが落ちてきたかのような、凄まじい衝撃。男の身体は、宙を舞っていた。
揺らぐ視界から最後に見たのは、部屋を嘗め尽くす紅蓮の業火。
――gate open――
そこで、男の意識は途切れた。