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第20話 出会いはいつも、突然に

 夕焼け色に染まった街並みを、二人は並んで歩いていた。

「……どうして日が暮れてるんだ。天界を出発したのは昼前だぞ。しかも昨日の」

「ごめーん」

 平謝りするレイヴンに、レヒトは小さくため息をひとつ。

 ロイゼンハウエルで起きた連続誘拐事件は、レイの活躍もあって無事に解決した。一連の事件の主犯格である、ベイゼル=ワイザーへの取り調べが現在行われており、うまくいけば魔界の奴隷問題解決に繋がる糸口が掴めるかもしれないと、別れるまでの間、レイは終始上機嫌であった。

 本来であれば、事件の関係者であるレヒトとレイヴンも、重要参考人として証言しなければならない立場にあるのだが、現在任務遂行中ということで免除されているのである。

「とにかく、この時間から出発するのは無理だ。……行き先も変わったことだし、今夜はここに留まるのがいいな」

「魔精霊の真魔界がだめってことは……精霊人のいる精霊界か、竜族のいるドラゴン・リバティだね。どっちから行くの?」

「……そうだな」

 レヒトは地図を眺めてしばし考える。精霊界はクリスティーヌ領の東に広がる森を抜けた先。ドラゴン・リバティは北方大陸に存在するため、クリスティーヌ領を北に進み、ウェルネス領、ガドレイン領と抜け、クレセント大橋を渡り、さらにハルニート領とアヴァロン領を抜けなければならない。

「精霊界に向かうのがいいだろう。ドラゴン・リバティは、ここからだと少し遠すぎるからな」

 地図をしまったレヒトは、すっかり傾いた太陽を見て苦笑した。

「……とりあえず、今夜はラグネス様の城に戻ろう。と、そうだ」

 小さく笑みを浮かべ、レヒトはレイヴンの頭の上に紙袋を載せる。

「なーに、これ?」

「開けてみな」

 ごそごそと袋を漁っていたレイヴンの顔が、ぱぁっと綻ぶ。

「あー! お菓子だ!」

「今回だけだぞ」

「わーい! ありがと、レヒト!」

 満面の笑みを見せるレイヴンに、仕方ないなと思いつつも、レヒトもつられて笑みを作った。




「ねえ、レヒト。なんだろ、あれ」

 菓子を頬張りながら、前方を指さすレイヴン。同じ方向を見やれば、そこには人だかりができていた。

「……喧嘩かなにかじゃないか?」

「面白そう! 行ってみよーよ!」

 言うなり走って行くレイヴン。好奇心が旺盛なのは結構なことだが、これでまた迷子になどなられては堪らない。レヒトも慌てて後を追った。

「失礼、すみません……」

 人の波を掻き分けて、ちゃっかりと最前列に陣取っていたレイヴンの隣へと移動する。

 案の定、そこでは騒ぎが起きていた。

「いいじゃないか、少しくらい」

「……人を探してるんだ。悪いけど、君たちに付き合ってるほど暇じゃないの」

「あんたみたいな美人、放っておくような男なんかやめなよ」

 レヒトは喧嘩騒ぎを予想したのだが、どうやらただのナンパであるようだ。それにしては、少しばかり観衆が多いような気もするのだが。それも男ばかりである。

「あれ、天界人じゃん」

 小声で呟くレイヴン。男たちの影になっている女性にばかり気を取られていたレヒトは気付かなかったが、見れば確かに、声をかけている男たちの背には、純白の翼が。

 魔界では、天界人の姿を目にすることは珍しい。観衆の目当てはこれだろうかとも思ったが、それでは男ばかりというのはおかしい。それに、ここロイゼンハウエルは天界の真下に位置し、天界と魔界とを繋ぐ唯一の道が存在するということもあって、他の街に比べれば、天界人を目にする機会もそれなりに多いだろう。

「いいのかなぁ、天界人がナンパしても」

「まあ、だめだということもないだろうが……仕事中とかでなければ」

「めちゃくちゃ仕事中だと思うんだけど、あれ」

 レヒトは頬を掻きつつ、未だに続く女性と男たちのやり取りを聞いていた。女性は嫌がっているようだが、数人の男を相手にするのは、やはり女性の力では無理があるのだろう。それも、相手は天界人である。魔法を――そんなことはまずないだろうが――使ってくるかもしれないのだから。

「女性に対する態度じゃないな、気に食わない。あれじゃ彼女は頷くしかないじゃないか」

「男相手ならいいの?」

 小声で呟いたレヒトに、レイヴンが速攻で突っ込みを入れた。

「……まあ、そこはそれ」

 軽く流して、レヒトは再び視線を戻す。男たちはだいぶ焦れてきているようだった。

「なあ、俺たちと一緒に遊ぼうぜ?」

「悪くはしないって。少しくらい、いいだろ?」

 男たちのうちの一人が、彼女の肩に手を置く。

「僕に触らないで」

 女性がその手を払うと、今までおとなしかった男たちの態度が一変した。

「この女! 優しくしてやりゃあつけあがりやがって!」

「一緒に来な!」

 手を払われた男が、再び彼女に手を伸ばす。周囲の観衆に緊張が走った。

「ぐっ!?」

 くぐもったうめき声を上げて、男がその場にしゃがみ込む。

「な、なんだ?」

「どうした、大丈夫か!?」

「痛……ちくしょう、なんだ、今のは!」

 男が自身の頭を襲ったもの――鞘に収められたままの短剣を目にし、それが飛んできたと思われる方向に顔を向ける。その目が、観衆の輪から一歩前に出たレヒトを捉えた。

「それが、女性に対する態度か?」

 投げたのは当然、レヒトである。やはり鞘に収められたままの、同じ短剣を片手に握り、男たちを見据えて言葉を発する。それと同時に、普段は抑えている殺気を少しばかり解放してやれば、男たちが目を見開いた。

 これだけのことでも、少し腕のたつ者にはわかるのだ。レヒトの技量、そして幾度も修羅場を潜り抜けてきたのだということが。

 勝ち目はない、と悟ったのだろう。男たちから戦意が消えていく。

 これで退いてくれるだろう、とレヒトは思ったのだが。

 しかし、レヒトの登場を目にした観衆の何人かが口笛を吹き、観衆は男たちをあおりたてるような野次を飛ばす。

「く、くそっ! やってくれるじゃねぇか!」

 ここで退いては男がすたるとばかりに、彼らはすっかりやる気になってしまった。反対に、レヒトはがっくりと肩を落とす。もっと平和的に解決するつもりだったのだが。

「作戦失敗。どーするの?」

「……どうするか。レイ様の命を受けて行動してる俺たちが、天界の兵士とやりあうわけにもいかないよなぁ……」

 などと小声で話していると。

「ぶつくさ言ってんじゃねぇぜ!」

 男たちの一人が飛びかかってきた。反射的に身をかわすと、男はレヒトの背後に――当然、後ろにいた観衆の中に突っ込むことになる。

 退屈凌ぎにナンパを見物するような連中である。そこに男が突っ込んでいけば、どうなるか。

「なにしやがる!」

 観衆の一人が男を殴り飛ばし、男はまたまた別の観衆のもとへと突っ込んだ。そこでも始まる大乱闘。こうなってしまっては、敵も味方もあったものではない。突然の出来事に狼狽していた男たちも巻き込まれ、大通りはすでに戦場と化していた。

「……どーするの、これ」

 ジト目で見上げてくるレイヴンに、答える術は持っていない。

「どうする、とか言われてもな。こうなったのも俺のせいじゃないだろう」

「レヒトのせいでしょ。最初からみーんな、問答無用ーとか言って斬っちゃえばよかったのに」

「この平和な通りに醜い死体を晒す気はない。……とはいえ……」

 レヒトは周囲の大乱闘を目にして軽くため息を吐いた。

「うぉりゃあー!」

「ぐげぇ!」

 誰かに吹っ飛ばされたのだろう、見知らぬ男が飛んでくる。レヒトはすっと身をかわし、男は飛んで行った先で袋叩きにされているようである。

「とにかく、巻き込まれないうちに……」

 言いかけたレヒトに、観衆であったと思われる男が拳を振りかざして突っ込んできた。しかし、レヒトがまたまた身をかわす前に、男は前のめりに倒れ、気絶したのかそのまま起きてくることはなかった。

 なにかにつまずいたのだろうか。レヒトとレイヴンが唖然としていると、唐突に、その手を掴まれた。

「……こっちに!」

 二人に声をかけ、その人物は乱闘騒ぎから逃げるように、通りを走り抜けていく。二人を連れ、その人物が足を止めたのは、先程騒ぎが発生した南側の大通りより全力疾走すること約数分、ロイゼンハウエル中央広場でのことだった。

 ここまではさすがに追ってこないだろう。途中、歩いていた人とぶつかったり、露天の売り物を跳ね飛ばしたりもしたが。人生、気にしてはならないことも多いのだ。

「ふぁー、疲れたぁ……」

「……はぁ、はぁ……」

 走り疲れてへとへとになっているレヒトとレイヴンは、噴水の縁に腰かけて肩で息をする。傲岸不遜な天界最高責任者に目を付けられたり、誘拐事件に巻き込まれたり、今度は乱闘騒ぎに巻き込まれたりと、どうにも災難に纏わりつかれているようだ。

「くすくす……ごめんね。けど、こうでもしないと逃げられなかったでしょ?」

 響いた声に、はっとしてレヒトは顔をあげた。聞き覚えのある――つい先程、耳にした声。

 そう、それは、先程男たちに絡まれていた女性だったのだ。そこでレヒトは理解した。観衆が、男ばかりであったことを。

 彼女は、美しかった。

 腰のあたりまであるだろう、深緑色の緩い巻き髪が優しい風に揺れ、内面から溢れるような、強い意志の輝きが宿る、大きな蒼穹色の瞳。極上の陶器のように、滑らかで瑞々しい、透けるように白い肌。身に纏った艶やかな真紅のドレスが、彼女の白い肌を彩っていた。

 豊満な胸や、深く入ったスリットから覗く太股は、彼女が成熟した大人の女性であることを物語っていたが、そんな彼女の持つ雰囲気は、まるで、少女のような可憐さだった。

「君は……」

「助けてくれて、どうもありがとう。困ってたところなんだ」

「お、俺は……ただ、女性に対する態度じゃないと、思っただけで……」

 少し上擦った声でレヒトが答えると、彼女はくすりと笑って見せた。妖艶さと、可憐さとが混じりあった笑み。レヒトの胸は早鐘を打った。

「け、怪我とかは?」

「僕は大丈夫だよ。君が助けてくれたおかげでね。君のほうこそ大丈夫だった? 急に飛び出してきたりして……」

「俺は、大丈夫。……君に、け、怪我がなくて、よかった……」

 その言葉に、彼女は少し驚いたようだったが、再び微笑んで見せた。

「ほんとにありがとう、助かったよ。けど、気を付けないとだめだよ?」

 言葉を返すこともできずに彼女を見つめるレヒトに、彼女が発した一言は。

「坊や」

「……は?」

 該当する方向――彼女の視線の先には、レヒトの他にもう一人いるのだが、彼女が言葉をかけているのはレヒトのほうである。

「ちょっと待って、その坊やって言うのは……」

 レヒトが訂正しようとすると、中央広場の時計塔が鳴った。

「あら、もうこんな時間! それじゃあね、坊や。縁があったら、また会いましょ!」

 可愛らしくウィンクを送り、彼女は人混みの向こうへと姿を消した。

「……レヒト? おーい! ……まったくもう……」

 恍惚状態のレヒトに、レイヴンはやれやれとため息を吐いた。




「はぁー、気持ちいい……」

 柔らかな寝台に寝そべり、レイヴンは幸せそうに呟いた。

「レヒトってば、こんないい生活してたんだね」

「まあ、ラグネス様のおかげだな」

 街の北部に鎮座するクリスティーヌ領主、ラグネス=クリスティーヌの城へとやってきたレヒトとレイヴン。レヒトにとっては、ここは我が家のようなものである。

 白色石を組み上げ、随所に装飾の施された美しい城に、レイヴンはいたく感激しているようだが、ここよりは天界城のほうがずっと大きく立派であるし、他の領主の城のほうが、ずっと華美である。要するに、城としてはあまり大きくもなく、派手でもないのだが、ラグネスの人柄が滲む、どこか気品のある城だった。

「失礼致します」

 扉の向こうから声がかかる。レヒトが入るよう言葉をかけると、レヒトよりは年上だろう男性が姿を見せた。この城の使用人の一人である。

「湯浴みの準備が整いました。お食事のほうは、いかがなさいますか?」

「そうだな……できあがったら、呼んでくれ」

「畏まりました」

 頭を下げ、男性は部屋を出て行った。その様子を見ていたレイヴンが、目をぱちぱちとさせている。

「レヒトってけっこう偉かったんだ」

「まぁな」

 レヒトは苦笑を返した。特別な地位にこそないが、ラグネスが最も信頼を寄せ、また例の不思議な力とその剣技とで、何度も彼を助けたレヒトには、かなりの権限が与えられている。その気になれば、ラグネスの指示を仰がずとも、クリスティーヌ騎士団を動かせるほどだ。そんな彼に地位がないのは、彼が頑強に辞退しているためである。

「先に、湯浴みに行ってきたらどうだ? 俺は夕食まで、少し眠らせてもらうことにする」

「じゃあ、そうしよっかな。あ、覗いたら殺すよ?」

「あのなぁ……」

 楽しそうに笑うと、レイヴンは浴室へと向かった。浴室までは遠いが、外にいる使用人が案内してくれるだろう。

「……ふぅ」

 レイヴンを見送り、レヒトは鎧を外して寝台に横になった。

 一人になって考えるのは、先程出逢った女性のことばかり。

(名前くらい、聞いておけばよかったな……)

 この先、再び会える保障などないというのに。

「……なにを考えてるんだ、俺は」

 思わず零れた苦笑。レヒトは目を閉じ、心地よい睡魔に身を委ねた。

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