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第18話 闇払う光は悪と笑う-1-

 夜のとばりが支配していた街の空が、うっすらと白み始めた頃――深い朝霧の立ち込めるルヴォス地区の大通りに、レヒトとナタリー、それから例の黒装束に身を包んだレイの姿があった。

 真夜中のうちに戻ったランディからもたらされた情報によれば、誘拐された子供たちが引き渡されるのは今夜。ロイゼンハウエルの街を出られてしまえば、子供たちの救出は困難となる。

 こういった犯罪組織を一網打尽にするには、気付かれていない段階で根城に踏み込み、一気に制圧するのが最善であろうとレヒトは思う。しかし、今回はそうもいかない。

 まず、戦力の問題があった。ナタリーを危険な目にあわせるわけにはいかないので、戦力として数えられるのはレヒトとレイの二人のみ。本来ならば、レイも除外しなければならない立場だろうが、当の本人がやる気なので、レヒトは気にしないことにした。罰はすべて片付いてから受けることにしよう。

 もうひとつの問題は、ワイザーの根城とする酒場――クラウンの存在する東エリアの複雑な造りにある。レヒトは夜の闇に紛れ、ランディから教えられた東エリアの一角へと偵察に向かったのだが、そこは小さな店と潰れかけた廃屋とが密集し、大人一人が通るのが精一杯だろう細い路地が蜘蛛の巣のように枝分かれした複雑な造りをしており、狭く入り組んだ場所での戦闘は困難であると判断した。地の利に長けた相手ならば、いとも容易く逃げ切ることができるだろう。

 さらに、あの場所では無関係な住人を巻き添えにする可能性もあるし、最悪、子供たちを人質にして根城に立て篭もられるという状況にもなりかねない。そうなった場合、子供たちの救出は困難を極める。

 戻ったレヒトがそう報告した結果、根城への突入ではなく、引き渡し場所へ向かうところを待ち伏せるという作戦を取ることとなり、こうしてルヴォス地区と外部とを繋ぐ唯一の門前に陣取っているというわけだ。ロイゼンハウエルの街から出るには、北と東西に存在する正門と、今は使われなくなったここ――ルヴォス地区の南門を通る必要がある。見張りのいる正門から堂々と出て行くという可能性もないわけではないが、その場合はロイゼンハウエル警備隊がしっかり仕事をするだろう。

「……さて、そろそろ時間だな。姉ちゃんは少し離れてな。それから、レヒト。首領格の男を除いて、残りの雑魚は好きにして構わねぇ」

「はい」

「誘拐組織の壊滅はもちろんだが……なにより、まずはガキどもを無事に保護することだ。忘れるなよ」

 レヒトは頷く。レイは言わなかったが、ルヴォス地区で発生したこの問題を、あまり大袈裟にしたくないのだろうとレヒトは思った。もしかしたら、レイが単身でここに現れたのも、ルヴォス地区での不穏な動きを、密かに調査するためだったのかもしれない。

「来たぜ」

 レイが呟いた一言が、レヒトの意識を覚醒させた。微かに聞こえる足音と、朝霧の向こうに浮かぶ人影。

(ざっと二十人……うち半数は、攫われた子供たちってところか)

 先頭を進む男はそれなりの腕らしいが、昨日レヒトとナタリーを襲ったウォルスのような手練れはどうやらいないらしい。彼らが戻らなかったことで警戒しているのか、強烈な殺気を放って周囲を威嚇している。

 それが、レヒトやレイの存在を掻き消してしまっているとも気付かずに。

 距離はじゅうぶんに縮まっただろう。横目で見たレイが口許に笑みを浮かべたのを見て、レヒトはあえて、連中が纏うよりもずっと強烈な殺気を放ってやる。それと同時にレイが巻き起こした風が霧を掻き消し、南門の前に立つ三人の姿と、突然のことにうろたえる男たちの姿を暴き出した。

「な、なんだ……てめぇら!?」

 男たちの一人が吐いた月並みな台詞に、レヒトもお決まりの台詞を返すが。

「答える必要は――」

「レヒト! もう、遅いよッ!」

 緊張感の欠片もない言葉に遮られ、レヒトは思わず眉根を寄せた。

「お前なぁ。人がせっかく律儀に返答してるんだから、少しは黙って……」

「レヒトのくせにうるさいよ! ほら早く!」

「……助けなきゃ駄目ですか」

 思わずレイに視線を移して呟けば、お前の相棒だろうと返された。無理やり押し付けたのはどこの誰だと言いそうになるが、ぐっと耐える。

「ところでレヒト。誰なの、その変な人」

「誰が変な人だと!」

 変な人呼ばわりが気に入らなかったらしく、レイは纏っていた黒い布をばさりと剥ぎ取った。布の下から現れた美貌と純白の翼とに、男たちばかりか子供たちまでもが驚いたように息を飲んだ。

「どこの変な人かと思ったらレイさんじゃん!」

「だから、誰が変な人だ!」

 レイには悪いが、あの格好では変な人呼ばわりされても無理はないだろうとレヒトも思うが、それを言うことはなかった。余計なことを言って命を縮める必要はあるまい。

「レイ=クリスティーヌだと……馬鹿な……!」

 先頭に立つ男――ベイゼル=ワイザーが信じられないとばかりに声をあげた。ワイザーへと視線を移し、レイは唇の端を持ち上げた。

「いいねぇ、その反応。わざわざ待ち伏せた甲斐があったってもんだ。……んで、どうするよ。おとなしくひざまずくなら、この天界最高責任者様が慈悲を与えてやろう」

 レイは挑発的に笑う。ワイザーは顔を真っ赤にして吠えた。

「舐めやがってぇっ!」

 無謀にも、ワイザーはレイに向かって剣を振り上げた。右足を軽く引き摺ってはいるが、それを感じさせない軽快な動きでレイに迫る。援護の気配を見せたレヒトを、数人の男が封じる。すぐに援護に向かいたいところだが、目の前の男たちが、それを許してはくれなかった。

「おっと」

 大振りながらも素早い一撃を、上体を軽く捻ることでかわし、返す刃を大きく上に飛ぶことで避ける。降りてくるだろう場所を見計らい、すかさず追撃をかけようとしたワイザーは驚きに目を見開いて動きをとめた。

 こともあろうに、レイはワイザーの持つ剣の上に、器用に片足で佇んでいたのである。動きの止まった隙を見逃さず、レイはワイザーの顔面を蹴り飛ばす。蹴り飛ばされたワイザーは大きく吹っ飛び、ぶつかった廃屋の壁を砕いて、その向こう側に転がった。レヒトを取り囲んでいた男たちも、慌てたように後ずさる。

「て、てめぇら……ガキどもがどうなってもいいようだな!」

 男の一人が子供に剣を突き付ける。恐怖に引き攣る少年の表情。

(間に合うか……!)

 レヒトが剣を構えて走り出すより早く、男が苦鳴をあげて倒れ伏す。見れば、すぐ傍に転がっているガラスの破片。

 視線を移せば、少し離れた場所に立つ一人の男性が目に入った。それは昨日、レヒトとナタリーが子供たちの情報を求めて訪れた酒場の店主だった。彼だけではない。廃屋の陰から、店の窓口から。思い思いの獲物を手にした住人たちが、男たちを取り囲むようにじりじりと包囲網を狭めていた。

「それ今だ! いっけぇーっ!」

 廃屋の屋根の上に陣取ったランディが叫ぶ。リズとシータが石を投げる。住人たちが飛びかかる。

 ――レヒトはその様子を、ただ茫然と眺めていた。




「レイ様! まったく貴方という方は、この私が何度申し上げればお分かり頂けるのか! ああ、申し訳ございません、カンレイ様。私の教育が間違っていたのでしょうか……」

「あーあー、うるせぇよ! 悪かった、俺が悪ぅございましたー!」

 延々と続くトゥールの小言に、うんざりしたように言葉を返すレイ。ランディが声をかけてくれたらしく、ルヴォス地区の住人たちの手助けもあって誘拐組織は壊滅、子供たちは無事救出。同時刻、根城に残っていた者もドゥエイン率いるロイゼンハウエル警備隊が一人残さずひっ捕らえたということで、事件は解決となった。どうやらそちらのほうは、密かにレイが手を回してくれていたらしい。

「小言はいいだろ、トゥール。今回、俺のおかげで誘拐事件解決したんだぜ? なあ、レヒト?」

「ええ。……レイ様には、いろいろと助けて頂きましたし、そのおかげで子供たちもレイヴンも無事でした」

 同意を求められたレヒトがそう答えると、レイはにんまりと笑い、トゥールは深いため息を吐いた。

「……とにかく、終わってしまったことを言っても仕方ありません。今後はこのようなことがないようお願い致します」

「へいへい」

 欠伸混じりの返答に、トゥールはがっくりと肩を落とした。

「レイ様、レヒトさん……」

 背後からかかった声に振り返ると、そこにはジェイの手を握ったナタリーの姿があった。少し離れた場所には、誘拐された他の子供たちと、ドゥエイン、数名の警備隊員の姿もある。

「ナタリーさん。ジェイ君が無事で、よかったですね」

「はい。これも皆様方のおかげです。本当に……ありがとうございました。ほら、ジェイも」

「……ありがとう……ございました……」

 母親に促され、少し恥ずかしげに小さく呟くジェイ。

「おう。もう誘拐されんじゃねーぞ」

 その頭をわしわしと撫で、レイは口元に笑みを浮かべた。

「……ところで、他の子供たちはどうなるのでしょう」

 ナタリーの問いにはドゥエインが答えた。

「一人はこの街で誘拐された少年で、捜索して欲しいという両親の届け出がありましたので、そちらは両親のもとに帰します。……しかし、他の子供たちはおそらく……」

「あのね、みんな売られちゃったんだってルークが言ってたよ」

「ルーク?」

 レイヴンはこくん、と頷き、一人の少年に向かって手招きする。やってきたのは癖の強い茶色の髪に、深いターコイズブルーの目をした利発そうな少年。

「……なんの用だよ」

 敵意と警戒心を隠そうともしない、斜に構えたその少年の態度に、レイは気を悪くするかと思われたが、意外にも笑みを見せると少年の目線にあわせて屈み込んだ。

「お前がルークか。うちのレイヴンの面倒見てくれたんだってな。ありがとよ」

「え。……別に、なんかほっとけねーって思っただけだし……」

「他のガキどもの面倒も見てくれてたんだろ。お前の支えがあったからみんな頑張れたんだろうよ。もっと胸張んな」

 レイが言うと、ルークは照れたように頬を掻いた。

「あ、あのさ。……兄ちゃん、本当にレイ=クリスティーヌなのか?」

「まあな。知ってんのか」

「知ってるよ! ばあちゃんが、俺が小さい頃に何度も話してくれたんだ」

 ルークの言葉に、他の子供たちからも同意の言葉が上がる。それを、レイはどこか優しい眼差しで見つめていた。どことなく寂しそうだったその瞳に、今は興奮と感動とが渦巻いている。

「ガキどもの今後については、兄上とも協議して決めることにしよう。それまでは、とりあえず天界で保護することにするさ。トゥール、ガキども連れて先に行け」

「お任せを」

 子供たちは嬉しそうに笑った。

「……お前は来ないのか?」

 そう言ったルークの視線は、先程からずっとレイヴンに注がれている。少し、寂しそうな色を湛えて。

「レイヴン? うん、レイヴンはね、レヒトと一緒に行かないといけないんだ」

「……そうか」

 どことなく寂しそうに、しかしそれを気取られまいと視線を外したルークの傍に、レイヴンはぱたぱたと走って行き、右手に握ったなにかを見せる。

「これ……?」

 それは、銀色のペンダント。美しい繊細な装飾の施されたそれをルークに差し出し、レイヴンはにっこりと笑った。

「ルークにあげる! お守り、だよ」

「け、けど……こんな高そうなもん……」

 差し出されたペンダントを受け取ることができずに、ルークは困ったような視線をレイヴンに向ける。

「いいじゃん。レイヴンがあげるって言ってるんだし!」

「あっ……!」

 なおも戸惑うルークの手に、半ば強引に押し付けると、レイヴンは返事も聞かずにレヒトのほうへと戻ってくる。

「それでは、天界城でお待ちしております」

 トゥールは一礼し、子供たちを連れて天界城へと向かい、歩き出す。ルークはしばし立ち尽くしたまま沈黙していたが、やがてレイヴンのほうへとそのターコイズブルーの瞳を向け、大きな声で叫んだ。

「ありがとよ! ……またな!」

 そして、少し離れたトゥールと子供たちの後を追い、振り返らずに走り去る。

「うん! またねー!」

 返るレイヴンの声は、聞こえただろうか。利発な少年の後ろ姿は、もう見えなくなっていた。

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