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第14話 攫われた幼賢者-3-

 広場の北側入口に建てられた白い石造りの建物が、ロイゼンハウエル警備隊の詰め所となっており、ここには常時、四、五十名ほどが詰め、街の治安を守っている。

 警備隊とは別に、ロイゼンハウエルには騎士団も存在するのだが、これはロイゼンハウエルの街だけではなく、クリスティーヌ領全土を守護するものである。当然のことながら、騎士団を抱えているのはクリスティーヌ領だけではない。領地によって規模の差はあれ、どこも必ず騎士団を有している。

 とはいえ、騎士団はよほどの事情がない限り動くことはない。魔界評議会の定めた不可侵条約によって、騎士団の活動領域は各領土内に限られ、領土内の治安維持活動のみが許されている。これは天魔大戦以降、魔界内部での内乱を抑制する目的で定められたものだという話であるが、現在は魔物出現という緊急事態にあるため、各騎士団は領主からの援助要請があった場合に限り、他の領土への遠征が認められている。クリスティーヌ騎士団も、半数はクリスティーヌ領、残る半数も隣接するウェルネス領に遠征中とあって、ロイゼンハウエルには伝令役と後方支援を担当するわずかな隊しか残ってはいない。尤も騎士団が残っていたところで、迷子捜し程度では動いてくれないだろうが。

「これは、レヒト殿」

 詰め所に顔を出したレヒトを見て、そこの隊長らしき人物が声をかけてきた。

「特命を受け旅立たれたと聞き及んでおりましたが、こうして顔を出して頂けるとは思いませんでしたぞ」

 そう言って笑う、少し強面の隻眼の男性。彼の名はドゥエイン=メルゼス。ロイゼンハウエル警備隊の隊長を務める人物で、レヒトとも面識がある。

「お久しぶりです、ドゥエイン隊長」

「まことに。それにしても、貴殿が来られたということは、またなにか厄介な事件ですかな?」

 レヒトは苦笑するしかなかった。十年前の大異変にて、ロイゼンハウエルの街を魔物が襲来した際にも最前線で槍を振るい、片目はその際に失ったのだと聞いたことがある。年齢はそろそろ老年に差し掛かろうかといったところだが、その鋭い洞察力など、まだまだ衰えてはいないようだ。

「厄介な事件……か、どうかはまだわかりませんが、実はこちらの女性の息子さんが、行方不明になってしまいまして。ただの迷子にしては……少し」

「……詳しいお話をお聞かせ願いませんか」

 鋭い隻眼を向けられ、ナタリーは少しばかり怖々と、それでも息子とはぐれた時の様子を語った。その内容は、レヒトが聞いたものと大差ない。買い物の途中、ほんの少し目を離した隙にいなくなってしまった。今までにも何度か迷子になったが、その時は約束通り一人で家に戻っていた、というものだ。

「なるほど。それは確かに妙ですな」

 ドゥエインは顎に手をあてて唸る。

「ここに保護されているのでは……と思い、寄ってみたんですが」

「いえ、残念ですが。しかし……少しばかり気になりますな」

「何かあったんですか?」

 レヒトがそう問いかけると、ドゥエインはゆっくりと頷いた。

「実は以前にも、似たようなことがあったのです。この街に住んでいた少年が一人、行方知れずになりましてな。まだ見付かってはおらんのです」

 思わず、レヒトとナタリーは顔を見合わせる。

「ロイゼンハウエルの街はもちろん、近隣の街や村にも手を回して捜索したのですが、その少年を発見することはかないませんでした。しかし、聞き込みを続けるうち、大変興味深い……そして、妙な情報を入手したのです」

「妙な情報?」

「そうです。行方不明になった少年を、この街の南……ルヴォス地区で見かけたという情報です。他にも、見知らぬ男と一緒に歩いていた、という情報もありました」

「……ルヴォス地区で……」

 ドゥエインは頷き、言葉を続けた。

「他にも、迷子になった少女を連れて歩いていた男を見かけた、というものも。その時は偶然、少女を探していた彼女の家族がそれを発見し、男は少女が一人で泣いていたので一緒に探していた、と言ったそうで……少女の家族はその言葉を信じて、男に感謝していたようですが。そして、その男と……」

「……行方不明になった少年が一緒にいたという男が、同一人物……」

「そうなりますな。目撃者に人相書きを見せて確認しましたので、まず間違いないかと。そして、今回の迷子事件……まだ確証があるわけではありませんが……無関係ではありますまい」

 レヒトは横目でナタリーの顔を見た。息子が単なる迷子ではなく、誘拐されたのかもしれないと知り、その顔は蒼白、胸の前で組んだ指先は震えていた。

「しかし、レヒト殿。貴殿は天界のカトレーヌ教授と旅立たれたとお聞きしましたが……」

「ええ。……ドゥエイン隊長、実は……」

 言いかけたレヒトを遮り、ドゥエインは部下に命じてあるものを持って来させた。レヒトは驚きに目を見開く。

「……ルヴォス地区で、巡回していた私の部下が発見したものです。……間違いありませんな?」

 レヒトは無言のままに、拳を握り締めた。ドゥエインの見せたもの。それは、洗練された美しい装飾の施された、子供が持つには大きすぎるスタッフ。

 まるで救いを求めるかのように残された、レイヴン=カトレーヌの所持品だった。

「聞き込みのために私の部下が訪れた店で、酔っ払いの男が自慢げに見せていたということです。部下は男を怪しみ、店を出た時点で声をかけ、ここまで連れて戻りました」

「ということは……その男、ここにいるんですね?」

「おります。ご案内しましょう。……ナタリー殿はここでお待ちください」

 ナタリーをその場に残すと、ドゥエインがレヒトを先導し、詰め所の奥へと進む。幾つかの大部屋を抜けた先には真っ直ぐ廊下が伸びており、左右等間隔に扉が設えられている。どうやら小部屋になっているようだ。

 レヒトが案内されたのは、そのうちのひとつ。扉の前に立つ見張りに鍵を開けてもらい、足を踏み入れた小部屋にはテーブルと長椅子が一組あるだけで、他に調度品などは一切ない。小さい窓には、細いものだが格子がはめられていた。

 二人が中に入ると、即座に扉が閉められる。その音に反応したのか、レヒトたちに背を向ける格好で長椅子に横たわっていた男が、緩慢な動作で振り返った。強烈な安酒の匂いが鼻を突き、レヒトは思わず顔を顰めた。

「……んだぁ? こんなとこに閉じ込めやがってよぉ……」

 男は三十代半ばだろうか。相当に酔っているようで、起き上がったはいいが、その身体はふらふらと危なっかしく揺れ動いている。

「名はデリック=ラザーン。ルヴォス地区に住み、賭博で生活費を稼いでいるようです。まあ、たいして強くもないようで、その少ない稼ぎの大半は酒に消えているようですが」

「んなこたぁいいから酒だ、酒! さっきの兄ちゃんはどこ行ったんだ。一杯奢るって話だぞ。まさか逃げたんじゃねぇだろうなぁ、ええ!?」

 酔って焦点の定まらぬ目をレヒトに向け、デリックは喚いた。そんなデリックに気付かれぬよう、ドゥエインはレヒトの耳元で言葉を続ける。

「……この男が常に行動を共に……というより、その後を付いて回っているのが、ベイゼル=ワイザー。もとは流れの傭兵だったという話ですが、金に困り、裏稼業に手を染めるようになった……などという噂もあります」

「なるほど……」

 小声で答え、レヒトは横目でドゥエインに視線を送る。ドゥエインが小さく頷いたのを見て、レヒトは長椅子に座るデリックに視線をあわせた。

「ちっ……どいつもこいつも。俺を馬鹿にしやがって。見てろよ、今にたーんと金が手に入るんだ。そん時んなって、泣いて悔しがったって遅ぇんだからな!」

 喚き散らすデリック。いい加減、酒臭さに耐えかねたレヒトは、早々に本題に入ることにした。

「……デリック、とかいったな」

「なんでぇ、兄ちゃん。俺になんか用か」

「……これを、どこで手に入れた?」

 レヒトが突き付けたものを見て、デリックの顔色が変わった。

「て、てめぇ! そりゃあ俺んだぞ! 返しやがれ、この盗人が!」

 言うなり飛びかかってきたデリックを、レヒトは手にしたもの――レイヴンのスタッフで横殴りに殴り付けた。情け容赦のない一撃はデリックの身体を容易く跳ね飛ばし、壁に身体を打ち付けたデリックは低い呻き声をあげた。

「……お前に盗人呼ばわりされる筋合いはない」

「なんだと、この……!」

 呻きながらも身体を起こしたデリックが顔色を変えた。激昂して赤くなったのではない。蒼くなったのだ。血の気とともに酔いも引いていったのか、デリックは言葉にならない声をあげながら、目の前に突き出されたものを凝視する。

 レヒトが男に突き付けたのは、クリスティーヌ領の刻印が刻み込まれた銀の紋章。これは、領主たるラグネスに認められた数人にのみ所持が許されている、特別なものだ。

「あ、あ……そんな……」

「お前の知っていること、真実を洗い浚い吐いてもらおうか。……これを、どこで手に入れた?」

「そ、それは……拾ったんだ! 本当だ、信じてくれ!」

 レヒトは紋章をしまい込み、かわりに小振りの短剣を手に握る。それを見て、デリックはみっともない悲鳴をあげた。

「……その耳は飾り物か? それなら……切り取っても問題はないな?」

「わ、悪かった! 全部話すから勘弁してくれぇ! 頼む!」

 頭を床に擦り付けるデリックを見て、レヒトはもう一度問いかける。無論、短剣は握ったままだ。

「もう一度聞こう。これをどこで手に入れた?」

「……それは、俺の仲間が掻っ攫ってきた子供が持ってたのを、こっそり持ち出してきたんだ。……どうせ売っちまう子供のもんだから、もう必要ねぇし……金になると思ってよ……」

「……人身売買、か。少しずつ読めて来たな」

 ヘヴン中央大陸、北方大陸において、未だ奴隷制度が残るのは真魔界だけだ。真魔界では貴族などの家にたくさんの奴隷が仕え、大都市には多くの奴隷商人が存在する。奴隷でも、最も需要が高いのは子供だという。特に、まだ幼い子供は高値で取引される。

 かつては魔界にも奴隷制度が存在したが、天魔大戦終結後、ラグネスが奴隷制度の廃止を提議し、彼を除く議員を相手取って、百年にも及ぶ長い交渉を繰り広げてきた。ラグネスの粘り強い交渉と説得の結果、奴隷制度の廃止と奴隷の解放が可決され、それに反した者には地位剥奪などの重い罰則が科せられることになっている。そのため、現在では魔界に奴隷は存在しないはずなのだ。しかし、それは表向きのこと。未だに奴隷を使う貴族や権力者などは後を絶たず、裏では奴隷商人や人攫いを仕事にするものが暗躍している。

「……掻っ攫うのは簡単だし、金もかからねぇが、捕まる危険もあるからな……。だから、普段は貧しい村なんかで子供を安く買うんだ。働き手にもならねぇ小せぇ子供は安く買えて、高く売れる。顔立ちの整った奴とか、女なんかは、値も高くなる……」

 貧しい農村などでは、生まれた子供を養えず、手放すことも多いという。デリックたちはそういった村から子供を買い集め、そして売っていたのだろう。村人にとって、働き手にならない子供はお荷物でしかない。子供を売れば、わずかとはいえ金も手に入る。そのために、今までこの問題が表沙汰にならなかったのだろう。

「それが、今回はどうして子供を攫ったんだ。少なくとも、最近この街で消えた三人は、お前たちの仕業だな」

「ああ。普段は子供が手に入ったら商人に売るってのが俺たちのやり方よ。だが、少し前に……いつも世話になってる商人が、慌ててボスに会いに来た。……客の一人が、無茶を言い出したらしい。期限までに決められた人数を用意しろってな。いろんな村を回って、なんとか集めたんだが……足りなかったんだ。期限は差し迫ってるし、断るわけにもいかねぇ……」

「……なるほど。それで足りない分の子供を攫ったのか」

 誘拐する場所としてロイゼンハウエルの街を選んだのは、ここが大都市ゆえだろう。ロイゼンハウエルは人が多く、その多さゆえに他人に無関心である。これが小さな街や村であれば、子供が行方不明になれば大騒ぎ、誘拐するにしても目立って仕方ない。

「最後の質問だ。お前たちのアジトの場所を教えてもらおうか?」

 レヒトの問いに、デリックはまともに顔を引き攣らせた。

「そ、それだけは勘弁してくれ! 頼む、それだけは! ……お仲間を裏切ったなんてことがしれたら……俺は殺されちまう!」

「今、死ぬよりはいいんじゃないか?」

 短剣ではなく腰のセイクリッド・ティアに手をかけ、そう脅してみても、デリックは恐怖に顔を引き攣らせたまま首を横に振った。

「それだけは話せねぇんだ! 頼む、頼むから!」

 恐怖に身体を震わせ、しまいには泣き出すデリック。レヒトはドゥエインと顔を見合わせた。

「……仕方ないですね」

「これ以上は無駄でしょうな」

 とはいえ、これで子供たちが誘拐されたという事実は掴んだ。デリックの口からは聞き出せなかったが、アジトの場所も大方の予想は付いている。

「ドゥエイン隊長、後はお任せします。俺は……先にルヴォス地区へ向かいますので」

 言いながら、気付かれないよう横眼でデリックを見やれば、その肩がびくりと震えた。やはり予想通りだったようだ。

「承知。新しい情報が入り次第、お伝え致しますぞ」

「わかりました。……おい、デリック」

 立ち上がったレヒトが声をかけると、デリックが涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔をあげた。レヒトは背を向け、冷たく言い放つ。

「クリスティーヌ領での幼児誘拐は罪が重い。そこに人身売買まで加われば、刑は更に重く科せられる。主犯格は処刑、下っ端だろうと……少なくとも三十年は暗い牢獄生活になるだろうな」

「う、うぅ……そんな……」

「仕方ないだろう。これまでさんざん甘い蜜を吸ったんだ。お前たちが利用し、犠牲となった子供たちと同じように……お前も苦しめ、デリック=ラザーン」

 恐怖と絶望で泣いているデリックと、ドゥエインを残し、レヒトは部屋を後にする。長い廊下を歩きながら、レヒトは攫われた子供たちが無事であるよう祈っていた。

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