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第11話 遥かなる旅路へ-2-

 天界城下に位置する街、アンジェラス。城の正門を出た二人は、そこからまっすぐに伸びる大通りを歩き、街の中心部へと向かっていた。人々が行き交い、明るい活気に溢れている。ヘヴンの中心ともいわれる天界で唯一の街ということもあり、物資も他の追随を許さないほど豊富に揃っているのだが、この街の少々特殊な事情によって、レヒトは装備の調達を諦めた。というのも、ひたすらに面倒なのだ。

 ヘヴンの創造神たる三闘神が、最初に降り立ったといわれる浮遊大陸、天界。三闘神の血を引くというクリスティーヌ一族によって統治され、ヘヴンの中心として他国にも強い影響力を誇っているこの国は、実は長きに渡って下界と隔絶され、神秘のベールに包まれてきた。天界が他国の民に開放されたのは四百年前の天魔大戦終結後であり、それ以前は天界に立ち入ることすら許されなかったのである。

 ちなみに、他国の民に開放されたとはいっても、希望すれば誰でも自由に入国できるのかといえば、決してそんなことはない。さまざまな審査を受けた後、滞在期日と行動範囲を限定された上での入国となる。買い物をするにも、入国時に与えられた許可証を提示した上で、与えられる書類に、購入日時から買ったものの内容から使用目的まで、仔細に書き込んで提出しなければならないというのだから面倒極まりない。これが免除されるのは、天界に在住する者か天界人である者、とされており、どちらにも分類されないレヒトは、この街での旅支度を諦めた、というわけだ。レイがロイゼンハウエルで支度しろ、といっていた理由もここにある。

 賑やかな大通りを進み、美しい噴水広場を抜けた先に現れる、大きな白い石造りの建造物。見張りらしき兵士の片方が、二人に気付いて行く手を遮る。

「失礼ですが、お名前とご用件を」

「俺は魔界評議会議長、ラグネス=クリスティーヌ護衛のレヒトと申します。こちらは、魔法研究所のレイヴン=カトレーヌ教授。天界最高責任者レイ=クリスティーヌ様より、特命を帯びて魔界へ向かう途中です」

 レヒトがレイから与えられた特別な許可証を示しつつ、澱みなくそう答えると、兵士は失礼致しました、と敬礼してから道を開けた。

「お話は伺っております。どうぞお気を付けて」

 会釈してから中へ入ると、そこには魔界ロイゼンハウエルから来たと思われる人々が書類を手に、受付に並んで入国許可の申請を行っていた。建物内部にも、槍を持って警戒に当たる兵士の姿が見える。

「レイヴン、行くぞ」

 きょろきょろと物珍しそうに人々を眺めるレイヴンを連れ、レヒトは反対側の受付へ移動する。担当の文官はレヒトが提示した許可証を手元の書類と照合し、奥へと続く扉を開けてくれた。

 重厚な造りの扉を潜ると、そこは小部屋となっており、足元には魔法研究所にあったものと同じ太陽の紋章。この紋章が、天界のアンジェラスと魔界ロイゼンハウエルを繋ぐ、ただひとつの道となっている。アンジェラスから降りるこちらは通称『地への道』、逆にロイゼンハウエルから昇るほうは『天への道』と呼ばれている。とはいえ呼び名が異なるだけで、実際に通るのは同じ道なのだと、レイヴンがレヒトに説明した。

 レヒトはレイヴンとともに紋章の上に立つ。軽い眩暈と、身体が吸い込まれるような感覚に目を閉じ、次にその目を開けたとき、そこにはレヒトにとって見慣れた光景が広がっていた。




「うわぁ……すっごい……!」

 眼下に広がる街並みを眺め、レイヴンが興奮したように声をあげた。

 ――魔界首都、クリスティーヌ領ロイゼンハウエル。

 ヘヴン中央大陸と、北方大陸の一部に跨る魔界は、その広大な領土ゆえに、八人の領主によって分割統治されている。領主同士は対等な立場で結ばれ、彼らが魔界評議会という最高意思決定機関を構成しており、平時においては自らの領土のみを治めているが、有事の際には評議会を開き、一致団結して魔界全体の問題に対処する、という連邦体制を取っている。なお、体面的には領主同士を対等な立場であるとしているが、無論そんなことはない。代々、天界最高責任者の親族からなるクリスティーヌ領主は、魔界評議会でも絶対的な発言権を持っているし、領土によって貧富の差も当然のことながら存在する。とても一枚岩とは言い難い状態だ。魔物の脅威とレイの威圧感によって、なんとか纏まっているといっていい。

 ところで、天界最高責任者たるレイが、どうして魔界に強い影響力を持っているのかといえば、理由は幾つか挙げられる。まず、彼が伝説の英雄であるということ。レイといえば、彼の名を知らぬ者はヘヴンには存在しない、と言われるほどの英雄だ。特に、天魔大戦における最大の被害国だった魔界では、魔界反乱軍を率いて戦い抜き、天魔大戦を終結に導いたレイの人気は凄まじいものがある。もうひとつは、レイの実兄であるラグネスが、魔界評議会議長を務めているということ。そして最後にして最大の理由が、天魔両国に結ばれた同盟の存在だ。

 魔界に生きる魔界人たちは、ヘヴンに存在する種族の中で最大の個体数を誇るが、唯一魔法を扱うことができない。個体数でこそ他種族を圧倒するものの、魔法という力の有無により、戦闘面での能力は大きく劣る。今からおよそ千年前に勃発した、魔精霊たちの奴隷解放を目指した独立戦争によって、魔界人はそれを思い知らされることとなったのだ。そこで魔界は、ヘヴンに強い影響力と圧倒的な軍事力とを有する天界と同盟を結び、事実上、その庇護下に入るという形式を取ることで、現在までの独立を維持してきたのである。

 ――つまり。魔界の最高意思決定機関といえども、庇護者である天界最高責任者には逆らえないのだ。魔界評議会の議長たるラグネス直属の護衛を務めているレヒトが、主に指示を仰ぐこともせず、文句も言わずにレイに従っていたのも、ある意味では当然のことだったりする。尤も、今回の件はラグネスが裏で糸を引いていたらしいのだが。

「……さて、と。どうするかな」

 足りない装備を買い足し、これからの予定を立てるため、二人はとりあえず街の大通りへと足を運んでいた。興奮冷めやらぬ様子で周囲を見渡すレイヴンに、迷子になるなよと声をかけ、レヒトは肩にげた荷物袋から世界地図を取り出した。

 二人が現在いるのは、中央大陸の中心部である魔界クリスティーヌ領。真魔界へ向かうためには、クリスティーヌ領を北に進み、まずはウェルネス領へと赴く必要があった。そして、ウェルネス領に隣接する国境を抜けた先が、奴隷解放戦争にて独立を勝ち取った魔精霊たちの国、真魔界だ。四百年前の天魔大戦では天界側につき、レイ=クリスティーヌ率いる魔界反乱軍と壮絶な戦いを繰り広げたという真魔界。天魔大戦終結後には、当時の皇帝であったゼファルド=シグルーンの末子である、ウィンドリヒ=シグルーンが帝位を継ぎ、現在まで彼によって統治されている。

 現在は休戦状態にある天界と真魔界。同盟を取り付けるのは難しそうだが、意外なことに、レイは真魔界との同盟締結については楽観的であった。なにか秘策でもあるのだろうか。

「とりあえず、俺たちにできることは早く真魔界に辿り着くことだ。まずは足りない装備を整えるのが先決だな。行くぞ、レイヴン」

「はーい」

 答えはしたものの、その視線はきょろきょろと落ち着きなく周囲を彷徨さまよっている。これでは、人混みに紛れて迷子になること請け合いだ。仕方なしに、レヒトは自身の纏っているコートの裾を掴ませて歩いた。格好は最高によくないが、致し方ない。この広い街で迷子探しをするよりはましである。

 大通りを歩きながら買い物を済ませ、ラグネスに書き出してもらった必要な物リストがようやく埋まった頃。レイヴンに掴まれているコートがぐっと引かれ、レヒトは立ち止まって背後を振り返った。見れば案の定、レヒトのコートを掴んだままのレイヴンが立ち止まっている。

「どうした、レイヴン。疲れたのか?」

 レイヴンは答えなかった。ただぼーっと、ある一点を見つめている。

「……レイヴン?」

 その視線を辿ると、大通りに軒を連ねる、とある露店に行き着いた。正確には、その露店の前に。

「ママ! ねえ、買って! 買ってよ、ママ!」

「だめよ。さっき買ってあげたでしょう」

「あれほしいよ、ねえ買って! 買ってってば!」

 レイヴンよりもずっと幼い少年が、母親だろう女性の服の裾を掴み、菓子売りの露店の前で駄々をこねていた。どこか微笑ましいその光景を、レイヴンはじっと見つめていた。

(そういえば……レイヴンの両親は……)

 話を聞く限り、レイヴンは魔法研究所でガルヴァと生活をともにしているようである。二人は本当の親子ではないようなので、両親は別にいるのだろう。

 幼い少年と、その母親に向けられたレイヴンの眼差しが、レヒトには、羨ましそうな、そして、どこか寂しそうなものに感じられた。

(……仕方ないな)

 ふっと苦笑を洩らし、コートを掴むレイヴンの指をそっと離すと、レヒトは気付かれないようにその場を後にした。

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