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第95話 結ばぬ蕾に見る夢は-2-

「……、ぅ……」

 小さく呻き、シャウトは目を覚ました。脳の奥がぴりぴりと痺れるような感覚に顔をしかめる。

「……くそ、頭痛ぇ……」

 眉間に手を当て、わずかな力を解放しれやれば、脳の奥の痺れがすっと和らいだ。

「こりゃあ一服盛られたな。あの兄ちゃん……やってくれんじゃねーか」

 多少ふらつきながらも上体を起こし、斜め向かいの寝台に眠る快に声をかける。幾度か呼びかけると、意識を取り戻したらしい快もゆっくりと起き上がった。

「……シャウト……なに、これ……頭が変になりそう……」

「どうも一服盛られたらしいぜ。あの強烈な睡魔もそのせいだろうさ」

 寝台から起き上がって快の傍まで移動する。その場に座り込んだ快の顔は蒼白で、額には汗の珠も見える。シャウトは眉を顰めた。

「重症そうだな。……夕飯の後からだろ?」

 快は小さく頷く。

「うん、ちょうどこの部屋に入った頃だったかな。……頭の芯が痺れるような感覚が来て……そしたら、なんだか妙に眠くなって……」

 気付いたらこの状態、と快は続けた。

「俺様と似たようなもんか。レヒトの奴は、どうってことなさそうだったんだよな」

 思い返すようにシャウトが言うと、快も同意する。

「そうだね、レヒトは元気そうで……そういえば、ミオも大丈夫そうだった」

 シャウトはふと考える。

「ってことは、重症化したのは俺様と姫。レヒトの奴とミオ嬢ちゃんが大丈夫だったってことは、精霊が反応したのか……?」

「それはわからないけど……ねぇ、二人はどこに行ったの?」

 部屋を見渡して快が言う。

 レヒトはまだ二人も起きていた頃、中庭に行くと言って出て行ったはずだ。ミオのほうは眠りに落ちるまでは部屋にいたはずなので、二人が薬で眠ってから外に出たということになる。

「レヒトは中庭に行くって言ってたが……それにしちゃ帰りが遅すぎる。ミオ嬢ちゃんのほうはいつ出てったのか、どこに行ったのかすら、わかんねぇな」

「……大丈夫かな、二人とも。僕らに薬を盛ったのが彼だとしたら……」

「ああ。この城の連中に、とうに捕まってるって可能性もある」

 シャウトが言うと、快が眉根を寄せた。

「ちょっと、縁起でもないこと言わないでよ」

「悪ぃ」

 とはいえ、可能性は捨てきれなかった。リヒャルトとか言う執事がなんのために薬を盛ったのかはわからないが、あまり穏やかな目的とは思えない。そうなれば、城の中を一人でうろついていたのだろうレヒトとミオの身に、危険が迫っていても不思議はない。

「とにかく、二人を探して……」

「待って」

 シャウトの言葉を快が遮る。口元に手を当て、静かにするようにと告げられる。

「……どうした」

 小声で聞き返せば、快は周囲に視線をやった後、同じく小声で言葉を返した。

「……、聞こえない?」

 快に言われ、耳を澄ませば。

 ずるり、ずるりと。なにか大きなものが這うような音。そっと周囲を探れば、明らかに人間とは異なる幾つかの気配。

「……嫌な、感じだな」

「そう、だね」

 視線を交わし、二人は壁に面した寝台から離れ、部屋の中央に移動する。邪魔なテーブルと長椅子とをどかし、背中あわせに陣取って、シャウトは快に問いかけた。

「……姫、魔法は?」

「無理だね。……頭が痺れて、意識を集中させられないよ」

 わかっていたことではあるが、快の返した答えは否定だった。一行が盛られたあの薬、重症化する原因は不明だが、どうにも精霊の力を強く受けた者に対して大きな効果を及ぼすらしい。シャウトにも効いたが、竜族特有の驚異的な自然治癒力によって重症化は免れた。しかし、精霊人である快はそうもいかない。

「……わかった、無理はしないでくれよ。あんたにもしものことがあったら、レヒトの奴になにされるかわからん」

 冗談めかして言えば、背中あわせの快が小さく笑った。

(……とっととここを切りぬけて、二人を探しにいかねぇと……)

 気配がゆっくりと近付いてくるのを感じながら、シャウトは手にした戦斧を握り締めた。

 ずるり、と床を這う音がとまり――刹那、廊下に面した扉と、両隣の部屋に通ずる扉から、幾多の影が雪崩れ込んでくる。

「なっ……!」

「……こ、これは……!」

 シャウトは思わず声をあげていた。背後の快も驚いたようで、目の前に現れたものを見つめて動けずにいる。

 歴戦の戦士たる二人が戸惑うほどに。部屋へと飛び込んできた影は――異様だった。

 姿形は、明らかに人間だ。それを示すように、彼らは一様にぼろぼろの服を纏っている。給仕らしき者、料理人らしき者、兵士らしき者、使用人らしき者。

 しかし、その肌はまるで草花のような緑色。落ち窪んだ眼窩にまなこはなく、ぽっかりと開いた穴があるのみ。意思を持たぬかのようにのっそりと動き、それらは言葉にならぬ声をあげながらゆっくりと二人に近付いてくる。

「こ、これ……どうするの!?」

「俺様に聞くなって! と、とにかく!」

「とにかく!?」

「脱出あるのみ!」

 シャウトは快を抱えると、部屋の窓から外へと身を躍らせた。背中の翼を羽ばたかせ、なんとか地面まで無事に降り立つ。彼らが宛がわれていた部屋は四階。人間の姿をした妙なものが空でも飛ばぬ限り、降りてくることは難しい。

「これで時間が稼げるだろ。とりあえず逃げながら二人を……」

「……逃げるのは無理みたいだよ」

 苦々しく呟く快。指差す方向に目をやったシャウトは、驚きに目を見開いた。

 あの人間の姿をした妙なものが、二人を追って、窓から次々に身を投げているのだ。それは地面に激突すると、ぐちゃりと嫌な音をさせるが、何事もなかったかのように立ち上がる。しかし、腕や足があらぬ方向へ曲がっていたり、あるものは完全に首がへし折れたりもしているというのに、それらはまるで意に介さず、ゆっくりと間合いを詰めてくる。

「うげぇ……気持ち悪ぃな、ありゃなんなんだ」

「わからない……けど、僕らを逃がしてくれる気がないのだけは確かみたいだね」

 快は腰の革鎧から二丁拳銃を取り出した。魔法が使えないとはいえ、彼女が持つ伝説の銃ならば、あの妙な連中にも通用するだろう。

 シャウトは己の戦斧を撫でた。顔すらも、遠い記憶の彼方に沈んだ男――彼の遺した唯一の記憶。最初で最後の贈り物。

「……頼むぜ」

 小さく呟き、シャウトは戦斧を構えてそれの中心へと飛び込んだ。

「おらぁっ!」

 戦斧の柄を振るい、手近な何体かを吹き飛ばす。両腕を振り上げて向かってきた給仕を蹴り飛ばすと、別の方向から槍を構えた兵士姿が突っ込んでくる。

「ちぃっ!」

 身を翻し、辛うじて避けると、再び向かってくる兵士の槍を受け止める。間近で目にしたそれの姿は、遠目に見た時よりも異様さを醸し出していた。

 緑色の皮膚を裂いて、葉のようなものが生え出でた肌。血管が通っていたと思われる場所は盛りあがり、まるで植物の根が這っているようにも感じられる。

「気色悪ぃな!」

 槍を跳ね上げ、体勢を崩した兵士から奪い取ると、逆に相手の頭へと槍の穂先を叩き込む。

 しかし、兵士は己の槍を頭に突き立てられてなお動きを止めず、相変わらずのゆっくりとした動きで起き上がった。

「頭を潰してだめってことは……人間……うぅん、動物っていうよりは植物に近いのかもしれない。そうなると厄介だね。動物は頭を潰せば終わりだし、身体のどこかに弱点があるはず。けど、これがもし植物に近いなら……」

「洒落にもならねぇな! ……なんて、愚痴言っている暇はねぇ!」

 しつこく向かってくる頭に槍の刺さった兵士の胸を、快の二丁拳銃が射抜く。光の銃弾は兵士の胸に大穴を開け、撃たれた兵士は苦しむように呻き声をあげてのたうち、やがてぴくりとも動かなくなった。

「僕のセイブ・ザ・クイーンなら、なんとか倒せるみたい。とりあえず僕が倒していくから、シャウトは援護を……」

「姫! 後ろだ!」

 シャウトの言葉に反応し、快は振り返らぬままに前に走る。ふわりと踊る髪の一房が、振り下ろされた剣に裂かれて散った。

 快はそのまま間合いを取り、二丁拳銃を構えるが――。

「……!」

 額を押さえてうずくまる。やはり無理をしているのだろう。

「くそっ……!」

 援護の気配を見せたシャウトの周囲を、幾多の影が取り囲む。

 動けぬ快に近付く影。シャウトは声を張り上げた。

「姫、撃て!」

 反応した快が銃口を向ける。しかし、彼女は引き金を引かなかった。目の前の影を凝視したまま、引き金にかかる指が震えている。

 使用人の服に身を包んだ、まだ幼さを残す影――子供が、動けぬ快に襲いかかる。

「姫ぇっ!」

 戦斧を投げ捨て、シャウトは走った。座り込んだ快を抱えるようにして地に伏せる。

「! シャウト……!」

 身を起こした快の目に、理性の色が戻っていた。シャウトは安堵する。

「……姫、大丈夫か?」

「僕は……僕は、大丈夫。シャウト、貴方が……!」

 揺れる瞳。俺様は大丈夫さ――そう言おうとした瞬間、身体を襲った感覚に、シャウトは目を見開いた。

「ぅ、ぐぁっ……!」

 シャウトは肩を押さえて苦鳴をあげた。使用人の爪に裂かれた竜の翼が焼けるように熱い。なにかが這いまわるような感覚に身悶えた。

「……ぐ、ぅっ……身体ん中……妙なもんが……這い、ずって……!」

「シャウト! シャウト、しっかりして! 今、治癒を……!」

「やめろ、姫! そんな状態で魔法なんか使うんじゃねぇ! 死ぬぞ!」

 二人の周囲を、それぞれの手に得物をたずさえた幾多の影が取り囲む。

「……くそっ!」

 振り下ろされる刃。我が身を裂くであろうそれを、シャウトは憎々しげに睨み付けた。

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