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十六、至易
私の日常は、虚空蔵求聞持法のような学業という名の修行と、自由を求めながらもそれに怯える、極めて不安定な均衡によって成り立っている。しかし今日においては例外と言わぬ方が愚かであろう。
毎朝、5時半になると甲高い鐘音が耳を刺し、それが義務教育制度への憤りの触媒となる。学校では、化学と数学の教師が両者ともに猿でも理解可能な内容を、衒学的に垂れ流していた。
今日は土曜日であるため4限で、しかも高校の制服の採寸があったため、3限からは実質自習であった。本当に今日は極めて至易にして呵呵大笑たる一日であった。
午後から適当に自習でもしていたら、もうこんな時間である。明日の単休を存分に楽しもうと思う。
数日振りなせいで著者のテンションが変。




