デロス島へ渡る船、行きは地獄、帰りは爽快
アポロンとアルテミスの出生地とされるデロス島。
現在は無人で遺跡目当ての観光客が立ち寄るだけになっている。私達がミコノス島へ渡った理由の半分はミコノスから出ている観光船に乗るしかデロス島に行く手段がないから。もちろん半分はミコノス島の風景。
1991年4月3日
昨日一昨日と強風の為に出せないと言われたデロス島行きの船が出るという。本当に二日だけだったのか、もっと長く出せなかったのかはわからないけど。翌日にはアテネに戻る予定だったので、私達にとってはギリギリセーフ。
9時前に出港予定が書かれている黒板を確認した時には10時出港と書いてあったけど、9時40分頃に行ってみたら10時30分出港に書き換えられていた。
暇なので島のマスコットペリカン(風切り羽を切られていて飛べない)、ペドロ君と遊ぶ。茶トラの猫さんも遊んでくれた。
ミコノス島からデロス島(往復約12km)への船賃はチケットの表記では往復788ドラクマ。ミコノスからサントリーニ(片道約109km)への船賃が1693ドラクマだった事を考えると結構高い。フェリーは地元の人の足でもあるけど、デロス島へ行くのは観光客だけだからか。
二人分まとめて払ったらお釣りが少なくて、実際払ったのは二人で1580ドラクマだった。ギリシアでお釣りの端数が切り捨てられたのは初めてじゃない。その代わり、8ドラクマのはずのお釣りを10ドラクマもらった事も1回あった。そういう国民性なのか。
手漕ぎボートをそのまま前後左右に引っ張って大きくしてエンジンを積んだという感じの舟に二十数人くらいかな? の観光客が乗り込んだ。
そして島までの40分くらい? 私は激しい吐き気と闘い続けた。物凄く揺れたから。
みんな波しぶきがかからないよう中程にかたまって座っていたんだけど、いよいよ我慢できなくなって船べりに吐きにいこうとした時に島の船着き場が視界に入った。終わりが見えれば我慢できる事は多い。
着岸。最大級の吐き気を堪えたまま上陸する。
船頭さんが帰りの時刻を告知して船頭さんの時計と時刻を合わせるように指示。出港時刻までにここに戻らないと、早くても明日(天候が悪ければ何日も)島に残る事になるよ、って。一応乗客の人数は数えてたみたいだけど。
船賃とは別に遺跡の見学料一人1000ドラクマを払う。
ちゃんとした建物は残っていないけど、給排水設備の跡はわかる。どの家にも水路から水を汲み上げる為の穴があって、浴場跡もあちこちで見た。
床のモザイク画が綺麗に残っている所も何か所か。その他にも神殿とか劇場とか見所いっぱい。来れてよかった。
これで天気さえ良ければ、と曇天を恨めしく思っていたら、帰り際に突然青空が拡がった。
風景が一変して見える。光線だけじゃなく、空気まで変わった感じ。
そして、またあの吐き気地獄を味わうのかと憂鬱だったのはなんだったのか。
どこまでも青い空、群青の海、潮風は心地良く、舟は滑るように進む。
めちゃめちゃ気持ちいいんですけど。
これなら何時間でも楽しんでいられそうと思ったら、多分行きより10分くらい短い時間でミコノスに着いてしまった。
当時1ドラクマ90銭はしない感じかな。両替した日によっては82銭くらいの事も。




