第6話:副家令の視線
舞踏会の夜が明け、侯爵家には静けさが戻った。しかし、静寂の中にも不穏な空気が漂っている。微量の毒事件は解決したが、誰かの影はまだ屋敷内に残っている気配があった。
「ヴィオレット嬢……少し話がある」
レオンハルト・ヴァイス、副家令の声が静かに薬局に響く。彼の表情は普段より硬く、少しの緊張が漂う。
「はい、何でしょう?」
「君の薬学知識と冷静な判断力……正直、驚いた」
そう言いながら、彼は机に置かれた蒼花の処方箋や解毒剤をじっと見つめる。手順は完璧で、誰もが安全に扱えるように細かく設計されていた。
「ありがとうございます。前世で学んだことが、ここで役立つとは思いませんでした」
彼は軽く息をつき、視線を私に向けた。
「しかし……君はまだ、侯爵家に完全に馴染んでいるわけではない。毒事件や陰謀は、表面に出ているより複雑だ」
その言葉には、経験者ならではの重みがあった。侯爵家の副家令として、長年の警戒心と策略を持つ彼が、私の能力を評価している──それだけで、私の自信は少しずつ積み上がる。
「わかりました。私は逃げません。毒も事件も、すべて分析し、解決します」
レオンハルトの目が、少し柔らかくなる。
「そうか……君と協力できるなら、心強い」
私は薬瓶を握りしめた。毒も薬も、知識と観察力さえあれば扱える。侯爵家の安全も、自分の未来も、すべて私の手の中にある。
その夜、薬局のランプの下で、私は作業を続けた。前世の実験ノートを思い出しながら、新たな処方箋を作成する。侯爵家の庭から採取した植物や、独自に調整した解毒剤──すべてが、事件解決のための布石だ。
「毒は人を殺すだけではなく、人の秘密を暴く──そして、信頼を築く手段にもなる」
そう呟くと、レオンハルトが静かに頷いた。
「君の言葉には重みがある……ヴィオレット嬢」
侯爵家の陰謀はまだ全貌を現していない。しかし、私と副家令は、小さな信頼をもとに、事件の解明と侯爵家の安全確保に挑む。薬瓶ひとつで未来を変える──それが、私の選んだ道だ。
ランプの光が揺れる中、薬局に置かれた瓶たちも静かに光を反射する。毒も薬も、そして人の心も──調合することで形を変えるのだ。
──舞踏会での影は消えたわけではない。
次なる事件、次なる陰謀は、すぐそこに潜んでいる。