第2話:小さな薬局、開業します
侯爵家の屋敷内、奥まった一角に小さな部屋を割り当てられた。ここが、私──ヴィオレット・フォン・ルクセンの薬局になる。
木製の棚には、前世の知識を思い出しながら集めた薬草や瓶、煎じ器具が並ぶ。小さな机の上には、未開封の試薬やラベルシール。見慣れぬ侯爵家の道具と混ざりながらも、どこか懐かしい匂いがする。
「よし……開業準備完了」
自分に言い聞かせるように呟く。16歳の少女の姿であることを忘れ、理屈だけで手を動かす。試薬を並べ、簡単な処方箋を書き、机の上に置く。
最初の依頼は、侯爵家の小間使いからだった。
「ヴィオレット様、最近、頭痛がひどくて……」
なるほど、単なる疲労かもしれない。だが前世の経験から言えば、微妙な症状は早めの対応が肝心だ。簡単なハーブティーを煎じ、温度を計り、慎重に味を調整する。
「はい、これを少しずつ飲んでください。熱すぎると効きが悪くなりますから」
小間使いは驚いた顔で薬を受け取り、感謝の言葉を漏らす。
「ありがとうございます、ヴィオレット様……!」
ふふ、これが小さな信頼の第一歩だ。
しかし、侯爵家での生活は平穏では終わらない。数日後、庭師の手に小さな異変が起きた。
「ヴィオレット様……葉が、青白く変色してしまって……」
植物の症状は微妙な毒や病気の兆候を示すことがある。薬学的知識を活かして分析すると、土壌に混ざった鉱物の影響であることが判明した。私は土と水のサンプルを取り、簡単な処置を施す。庭師は目を丸くして私を見つめた。
「さすが、ヴィオレット様……!」
侯爵家の人々にとって、まだ悪役令嬢は怖い存在である。だが、薬を通して助けられた経験が少しずつ「信頼」に変わり始める。薬局は小さいが、ここは私の“戦場”でもあり、舞台でもあるのだ。
そして夜、机の上で一枚の古い手紙を見つけた。
「侯爵家での舞踏会で、毒による事故がある──?」
心臓が跳ねた。これは偶然ではない。私が転生した理由、そして舞踏会での運命――すべては、これから明らかになっていく。
──こうして、ヴィオレットの小さな薬局は、侯爵家の人々と私の運命を結びつける最初の拠点となった。信頼を築き、毒を解析し、事件を未然に防ぐ日々の始まりである。
次の来客は誰か。侯爵家の秘密は、どこまで私の手で解き明かせるのか。薬瓶ひとつで、悪役令嬢の人生を変える戦いが始まったのだった。