第1話:薬瓶と目覚め
「毒は、真実を暴くこともある──そう前世で学んだ。」
淡い金色の光を反射する薬瓶が、窓辺で揺れている。桜の香りがほんのり混ざるその瓶は、前世の私にとってはただの実験器具だった。だが今は、命を守る道具であり、あるいは命を奪う道具でもある。
「……ここは……?」
頭を押さえると、かすかな光に照らされた豪奢な部屋が見えた。天井まで届く赤いカーテン、壁に飾られた油絵、そして大きな窓。視線を下ろすと、華やかなドレスに包まれた自分の体があった。
鏡を見る。そこには、16歳の少女──ヴィオレット・フォン・ルクセンが映っている。侯爵家の令嬢、悪役令嬢として物語に描かれる、あの少女だ。
「……転生……?」
前世の記憶が、脳裏に鮮やかに蘇る。私は日本で薬学を専攻していた女子大生・如月澪。研究論文の締切前に、事故で死んだ。目を覚ましたら、知らぬ土地、知らぬ家、知らぬ体。しかも、物語上では三か月後に毒殺される運命の少女として生きることになる。
「……逃げる?」
私は、手元の薬瓶を握った。これが、私の武器になる。毒も、解毒も、処方箋も。前世で学んだ知識は、ここでも生きる。
決めた。逃げずに、薬を握りしめ、舞台に立とう。侯爵家で生き延びるために、人を助け、事件を解決し、そして自らの未来を切り開く。
窓から差し込む朝日が、薬瓶の中で揺れる。光と影が交錯する。私の二度目の人生が、今、始まった──。