魔法の世界
今日はイーオン魔法大学附属小学校4年生の社会見学だ。
先導する発魔力所の担当職員が統率の取れない児童たちに魔力について説明しているらしい。
「わたしたちのくらしに欠かせない魔力。お家や学校、会社などで、どのように利用されているのでしょうか。知っている人ー!」
最近の子供は失敗を恐れる傾向が強く、比較的エリートな家庭で育ったであろうこの集団も類に漏れず、といった様子だ。
少し間が空いた後、リーダーらしき子が手を挙げ、発言した。
「今、僕たちが乗っている浮遊石もそうですし、ここまで来るのに使った転送魔法陣、後は、料理や服、インターネットも魔力で作ったり、使ったりします」
「よく知っているね。じゃあ、どうやって魔力が作られているかは知っているかな?」
職員の質問に対し、先程の子は知らなかったのか、黙ってしまった。
「よーし! それじゃあ、今から見に行こう!」
浮遊石に乗って、社会見学の一行は金属製の広大な施設を移動していく。
壁に囲まれた立方空間の中心に、淡く光を放つ円柱が聳え立っている。
「あそこの、太い管みたいなものが見えるかな? あれが、魔力パイプ。あそこの中に、みんなの生活で使う魔力が通っているんだよ」
先程の男子児童が質問する。
「お父さんから聞いたんですけど、魔力を直で流すのって危なくないんですか?」
「普通の人がそれをすると危ないね。魔力は他のエネルギーに放散しちゃうから。でも、あのパイプはミスリルでできていて、魔力を完全に遮断しているから、安全なんだよ」
魔力のルートを逆走するように、浮遊石は移動していく。整備士や運転士などの仕事の説明をし終え、
いよいよ発魔力設備のエリアだ。
「ここが、発魔力設備だよ」
職員が指し示すのは、細いミスリルパイプに繋がれた、培養槽。
中には、白色の真球が入っている。
「水槽の中にボールが見えるでしょ? あれ、全部奴隷なんだよ」
静かだった児童はそれを聞いてざわざわし始める。
「え、でも、奴隷って汚くて、しかも品種改良で大量生産できる代わりに知能がないんじゃないの? 魔力があると言っても、他のものでやった方がよくない?」
「うーん、難しいね。魔力石とか、魔物も魔力を作れるけど、有限なんだよ。でも、人間だけは、なぜかは解明されていないけど、魔法を自分の限界まで使えば使うほど、魔力が増していく。みんなが歴史で習った勇者みたいにね」
児童は納得しない様子だ。一人、女子生徒が発言する。
「私、魔法が好きで、毎日疲れて寝るまでずっと魔法やってるんですけど、でも、勇者みたいに強くなりません」
職員が返す。
「それは、本当の限界じゃないからだよ。本当に死ぬ寸前じゃないといけないんだ。しかも、繰り返すほど脳の寿命が縮まる。けれど、それを実現したのがこの発魔力所なんだ」
職員が続ける。
「まず、奴隷の脳に異世界で死んだ人間の魂を入れる。それを培養槽に入れて、勇者の歴史通りの夢を見させる。脳は戦いだと勘違いして魔法を使おうと魔力を作り、パイプに流す。いつかは魔力が枯渇して夢では死ぬ寸前まで追い込まれ、さらに魔力量が増える、という仕組みなんだよ」
担任教師が「宿題のレポートがありますから、メモしたい人はメモしなさい」と言うと、児童は一斉に背中のバッグから用紙とペンを取り出した。
「質問はありますか」と職員が言うと、やはり、同じ生徒ばかりが発言するようだ。
「なぜ、異世界の人を使うんですか?」
「この世界の人だと、自分の魔力量を知ってるし、寿命も減らしたくないから、勝手に魔力をセーブしちゃう。でも、異世界人は知らない。後、寿命が幾ら減ろうが、夢の中ではちゃんと天寿を全うするから、倫理的にも問題ない」
それを聞いた男子児童は少し考えた素振りをする。やがて、思い付いたように呟いた。
「奴隷で身体を乗り換えられるなら、誰も死なないはずですよね。でも、僕のおじいちゃんは死にましたし、そんなことが出来るなら、世界は人間で溢れてしまいませんか」
職員は驚き、しかし破れかぶれに言う。
「それは、ほら、偉い人だけが出来るとかさ」
男子児童は直ぐに反論する。
「そんなシステム、市民に潰されちゃいますよ。人間の魔力は無限なんでしょう? 武力での制圧も不可能でしょう」
「あれ、あれ?」
「第一、奴隷なんて、人権がある世界で許される訳ないじゃないですか」
「そうか、そうだよね。こんな世界、おかしいね」
職員は形を失っていく。それに続いて児童、教師、発魔力所の施設が消え去っていく。
消えた施設の外には元から何もなかった。世界がなくなった。
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『…test126の維持失敗。削除されます』
脳が浮いた培養槽の画面にそう表示され、魔力の供給が止まった。
それを見た研究者は項垂れた様子だ。
「ああ、糞。これもダメか。全く、上の連中は無茶言うもんだ。勇者式じゃ足りないからって、入れ子構造にして更なる魔力を作れ、なんてさ」
魔力は思い込みの力だ。
魔力が作られて当然だという夢を見させることで、この世界は魔力の量産に成功していたのだった。
「夢で世界全部を見せたら、脳が焼き切れちまう。だからって、工場だけにしたら、違和感で夢から覚めやがる。だから今回は人格を分裂させて外界があると誤認させようとしたんだが、このザマだ。勇者の読み込み形式にしたら工場が消える瞬間が生まれるから意味ないしな」
研究者の実験は続く。
ラボの外には、何もない空間が広がるだけだ。