転生先「ラダ村」にて7
アルフが釣りの知識をアイシャに伝えて1年が経った。
糸を使って魚を釣る方法は今までになかった一種の『猟』であった。
海沿いの村や町では当たり前の方法でも海から遠い山の麓の村には知りえない方法だった。
村人総出で最適な釣りの仕掛けが考えられた。
と言ってもアルフが提案したように、魚が餌を咥えた時に引っかかる仕組みを考えただけなのですぐに正解に近い答えにたどり着いた。
(両端を尖らせた短い骨の針を糸に結んで針に餌を刺して釣り上げる、いや~うまくいくもんだなぁ)
最初は枝を針に使っていたようだがすぐに折れてしまって針を何個も作る手間がかかってしまっていた。
しかし、アルフが叔母のリーシャがお針子だと知った上で母アイシャに聞いてみた。
「リーシャさんはどうやって服を縫っているの?」
その一言で服を縫うのに使っている細い骨の針に行き着き今では針の先に小さな返しまでつけて針が抜けにくくなっていた。
「遠いところに投げるのは大変だけど棒に吊る(釣る)すと簡単そうだね」
そしてまたアルフの一言により〈竿〉という道具と『釣る』という言葉が村に誕生した。
最初は普通の木の棒を使おうとしていたが子供がいたずらで糸を強く引っぱった際にあっさり棒が折れてしまったため急遽曲げても折れにくい木を探す事になった。
そしてこの世界で竹のような植物〈ガミ〉が裏山の森の中にある事を村長のドーガが知っていた。
男衆が森から〈ガミ〉を大量に持って帰り、よくしなる〈ガミの釣り竿〉が完成した。
村人は村の傍の小川だけでなく、村から見える草原を下った先にある大河にも足を運び魚を釣って帰って来た。
「今日も大漁だ!」
「俺なんかこんなにデカいのを釣ったぜ!」
釣りで魚の確保が出来るようになると村の食糧事情が大きく改善された。
今まで冬は食糧がカツカツだったが春から秋にかけて魚をメインに食べるようになり、これまで森で狩っていた〈ギグ〉の肉は大半を燻製にして貯めておく事で冬に飢える事が無くなったのだ。
今では体力の少ない子供や女たちが村の近くの小川で釣りをし、体力のある子供や男たちが大河に釣りに行くという住み分けも出来ている。
(う~ん、3歳になって小川までなら大人が常にいるから他の子と一緒に釣りに行けるようになったけど、まだ大っぴらに【スキル】を使うには難しいなぁ)
アルフはのんびり釣りの準備をしながらそんな事を考えていた。
実はアルフの釣り竿と釣り糸は【クラフト】スキルで作った特別製である。
釣りに行ってもいいと両親から許しが出た際に自分で竿を作ってみたいとてせがんで素材を手に入れていたのだ。
(よっしゃ!【クラフト】するぞ!)
〈骨の釣り針〉=骨x1
〈ホウキの糸(2m)〉=ホウキの繊維x20
〈ガミの釣り竿(2m)〉=ガミx1+ハッサの繊維x4+ホウキの糸x2+骨の釣り針x1
そうして釣り竿は問題なく完成し、産まれて初めて【クラフト】スキルで作ったアイテムを村人たちの前で堂々と使っているわけである。
(う~ん、前世で使ったことある延べ竿と遜色無い使用感だなぁ、糸も細いから操りやすいし)
ちなみに延べ竿とは糸を巻き取るリールを使わない竿の総称である。
竿先にはハッサの繊維で作られた直径1mmのロープが2cm程結ばれていてロープの先端は団子のように結ばれている。
その団子になっている場所より手元側のロープに糸を結ぶ事で糸がロープに食い込み尚且つ団子になっている場所から先には糸が滑れないようになっており糸のすっぽ抜けが起きない仕組みになっている。
小川に着いてすぐ餌の川虫(川の中の石の裏にくっ付いている昆虫)をたくさん捕まえた。
捕まえた川虫は〈ガミ〉の節の部分を使ったコップに入っている。
コップから川虫を取り針に刺してそっと川の上流に向かって針を落とす。
後は川の流れに乗せるようにゆっくりと餌を流していく。
すると竿先が大きくしなり強い引きが発生する。
「きた!」
今使っている針は前世の釣りで使われるように曲がっている物ではなくまっすぐな針だ。
前世の釣りのように合わせてしまうと針が抜けてしまう。あくまで口の中にひっかかっているだけなのだ。
なので竿先のしなりを利用し流れが緩やかな場所にゆっくりと魚を誘導していく。
そうして誘導した魚を引きずるように小さい石がたくさん積もっている浅瀬に上げた。
「やったー!」
初めて釣り上げた魚は35cmほどのヤマメのような魚だった。
「おー!なかなかデカいじゃん!」
そう言って釣り上げた魚が逃げないようにしっかり手で捕まえてくれたのは釣りに一緒に来た1つ年上の男の子ダニーだ。
「わー!いいなー!あたしもつりたい!」
そう言ってダニーにしがみついているのは俺よりひと月後に生まれた女の子ミミリーだ。
二人は猟師のアグトさんの子供たちだ。
ダニーは明るい茶髪で長めの髪を後頭部で縛っているやんちゃ盛りの男の子で妹のミミリーは赤みがかった茶髪のお下げの女の子だ。
アグトさんと父ルフトは幼馴染らしく家族ぐるみで仲が良い。
ダニーとミミリーとは俺が家の外に出られるようになるとよく遊ぶようになっていた。
「いいぞ!次はミミリーが釣る番な!アルフ、釣り竿貸してくれ!」
「いいよ~」
「わ~い!あるふおしえて!」
「いいよ~おいで~」
ダニーが魚から針を外して魚を浅瀬にある籠に放り込んでくれる。
竿を操作して針を手元に引き寄せている間にミミリーが岩の上に登って来た。
「と~ちゃく~!」
ポンと俺の両肩に手を置いて体を寄せてくるミミリー。
ミミリーはかなり人懐っこい子で色んな人によく引っ付いている。
そんなミミリーに竿を渡しながら釣り方を教える。
「よ~し、まずは川の上の方にゆっくり針を落とす練習だ」
「虫さん付けないの?」
「まずは練習だよ、うまく出来たら次は本場、餌をつけてあげるよ」
「は~い!」
元気よくミミリーが返事をして竿を川上に向けてゆっくりと針を落としていく。
「おお~、上手上手、そうしたらゆ~っくり竿の先を川の下の方に向けて針が流れるように動かすんだよ」
「うん!」
ミミリーは俺の教えた通りゆっくりと針を流していく。
「ミミリーはホントに上手だね~」
「ホント?」
「うん!」
優しくミミリーの頭を撫でてあげる。
「えへへ」
そうしてこれ以上針が流せなくなる所で針を上げさせる。
「よし、じゃあ餌をつけて本番だ!」
「わーい!」
針に川虫を刺してあげる。
「じゃあさっきみたいにやってごらん」
「うん!」
「魚が大きかったらあぶないから僕が体を支えておくね」
「ありがとー!」
先ほどと同じようにゆっくりと針を川上に落としたミミリーはこれまたゆっくりと針を流れに乗せていく。
そして俺がさっき魚を掛けたポイントに針が差し掛かった時だった。
竿が思いっきりしなり、かなりの大物がかかったのが分かった。
「わわわ!」
ミミリーがあまりの重さに両手持ちになる。
「大丈夫!体は僕が支えてるからゆっくりダニーの方にお魚さんを連れていって!」
「わかった!」
そうして何度か竿ごと持っていかれそうになりながらもミミリーは魚をダニーの待つ浅瀬へ誘導していった。
「おっしゃあ!もう大丈夫だぜ!すげぇ大物だ!」
そう言ってダニーがひざ下まで川に入りながら魚を抱きかかえて確保してくれた。
「やった~!」
「やったねミミリー!」
「うん!あるふのおかげ!ありがとー!」
抱きついてくるミミリーを抱き返しながらミミリーが釣った魚を見てみる。
ダニーが抱きかかえているのは40cmを超える大物だ。
一度陸に上げて針を外し籠の中に放り込んだが尻尾が籠からはみ出している。
「やっぱりデケェなぁ!はみ出しちまう!」
「ホントだねー」
「つぎはおにーちゃんのばんね!」
「おう!」
「じゃあ僕とミミリーで捕まえるよ」
「おう、任せた!」
そうして今度はダニーが岩の上に登ってきて竿を渡す。
「じゃあ、下に降りるね」
「おう!俺もデッケェの釣ってやるぜ!」
「おにーちゃんがんばってー!」
ダニーと入れ替わり俺とミミリーが浅瀬で待つ。
ミミリーは自分が釣った魚を見て興奮していた。
「わー!わー!おっきー!きょうはおさかないっぱいたべられるー!」
「その大きさならミミリーのお父さんとお母さんにもいっぱい食べさせてあげられるね」
「うん!」
「僕も父さんと母さんの分も釣らなきゃ」
「あるふならつれるよ!」
アルフはそう言いながら抱き着いてくるミミリーの頭をそっと撫でる。
「ありがとうミミリー」
「うん!」
ほっこりしていると岩の上からダニーの声が聞こえた。
「かかった!アルフ任せた!」
どうやらさっそくかかったようだ。
「任せて!」
「あたしもまかせて!」
そう言って二人で待ち構えているとすぐに魚影が見えてきた。
ミミリーが釣った魚よりも小さいが俺が釣った魚よりも大きい。
「もうちょっと!…よし!捕まえたよ!」
「おにーちゃんやったー!」
「おう!やってやったぜ!」
その後は順番を入れ替えながら同じ事を繰り返し3人がそれぞれ3尾ずつ魚を釣り上げ今日の釣行は終了した。
ちなみに3人の釣果はこうなった。
『ミミリー』約45cm、約35cm、約35cm
『ダニー』約40cm、約35cm、約30cm
『アルフ』約40cm、約35cm、約35cm