転生先「ラダ村」にて4
ここ数日アルフは【格納空間】に出来る事を確認していた。
これまでに分かった事は以下の通りとなる。
「収納する際は触れているか、自分の視線の先5m程度(寝室の広さの限界)までなら意識して収納出来る」
「生物(生きている物)は収納出来ない」
「取り出す際は自分の視線の先5m以上(寝室にある窓の外)に取り出す事が出来る」
なぜ部屋の隅の物が取り出せるのが分かったかと言えば、部屋の天井の隅に蜘蛛が巣を張っておりそれを蜘蛛ごと収納しようとして蜘蛛の巣だけが【格納空間】に収納されたからだ。
蜘蛛はいきなり空中に投げ出され床に落ちていった。
そしてその蜘蛛の巣を開いている窓の外に取り出せる事が分かりこういう結果になった。
アルフの首はまだ座っておらず首を回して周りを見渡すことが出来なかった。
視線を動かして確認できる範囲には限りがあったのだ。
次に始めた【転移】については発動しなかった。
その理由は後に発動に必要な魔力量が不足していただけだったのだが、自分の魔力量が10しかなく、その量すら分からない今のアルフにはどうする事も出来なかった。
(まぁおいおいやっていこう、それよりもだ…!)
魔法が発動しなかった落胆はどこへやら、今のアルフは喜びに打ち震えていた。
(やっと首が座って首が動かせるようになったんだ!寝返りも打てるようになって更に視野も広がった!何しようかな!)
ワクワクが隠し切れていない我が子を母アイシャは微笑みながら見ていた。
(あらあら、今日はずいぶんご機嫌ねぇ)
ここ数日の確認作業で魔法が発動しない事が分かり、目に見えて落ち込んでいたアルフをアイシャは心配していた。
そんなアルフが首が座ったのをきっかけに機嫌よくはしゃいでいるのを見てアイシャは胸を撫でおろした。
安心したアイシャは食事の支度をするために部屋を後にする。
待ってましたと言わんばかりにアルフは体全体を使ってキョロキョロと辺りは見回し始めた。
(お?木箱があるな…なんだろ?ひとまず収納してみよう…収納!)
そして【格納空間】に収納出来るかを試す。
今までは手で持てる物以外視界に入らなかったのだ。
縦横高さ50cm程の明らかに重そうな木箱が収納出来るのか、これでこのスキルの真価が問われる。
この数日間ひたすらボールの収納と取り出しを繰り返し続けていたため慣れ始めていた収納をアルフが試した次の瞬間、床にあった木箱が消失した。
(出来た!やった!これでこれくらいの重さでも収納出来る事が分かったな!)
【格納空間】のリストのUIを出すと枠の一番左に「NEW」の文字と木箱のアイコンと共に「中身の入った木箱」と表示されていた。
(お~、中身は木箱に入ったままの状態で収納されるのか)
そしていつも通り木箱のアイコンに触れると視界の右側に実物大の木箱のAR表示が出てきた。
説明欄は「中身の入った木箱」となっていてその下に内容物とありアイテム名が並んでいた。
〈ハッサのブラウス1〉
〈ハッサのブラウス2〉
〈ハッサのブラウス3〉
〈ハッサのスカート1〉
〈ハッサのスカート2〉
〈ハッサのスカート3〉
〈ハッサのシャツ1〉
〈ハッサのシャツ2〉
〈破れたハッサのシャツ〉
〈ハッサのズボン1〉
〈ハッサのズボン2〉
〈破れたハッサのズボン〉
〈ハッサの布x4〉
〈破れたハッサの布x6〉
アイテムの名前を見たアルフは訝しむ。
(ん?ブラウスとスカートが3着にシャツとズボンが2着あるのは分かるけど、なんでハッサの布だけx4とかx6って表示なんだ?)
〈破れた~〉は何となく分かる。普通のシャツやズボンじゃなくどこかが破れているんだろう。
それよりも他のアイテム名の横の数字が不可解だった。
同じアイテムならハッサの布のようにx3やx2と表示されるはずである。
アルフは最初に耐久値の問題かと思ったがそれは即座に否定した。
この数日【格納空間】に出し入れしていたボールには耐久値の表示などなかったからだ。
いつ壊れるかは現実世界のように分からない。
損耗率は数値化されていなかったのだ。
これについてアルフは納得していた。
何せここは異世界ではあるがゲームの中ではない、現実世界なのだ。
全てが数値化されているわけではない。
(ハッサの布は素材扱いだからか?)
これは半分正解で半分間違いがあった。
後に判明するが今のこの世界の裁縫技術では同一のアイテムを生産することは不可能だった。
当たり前だが同じ大きさに見えて若干違っている。
前世の世界の量産品は大きさの違いはあってもほんの数mm単位である。
もし前世の世界の量産品を【格納空間】に収納した場合は〈○○のシャツx〇〉と表示されただろう。
しかし全てが手作業のこの世界の技術水準では数センチ違う事もある。
そのため同じ色の布で作られたブラウスが3着とも別のアイテムとして認識されてしまったのだ。
(これって【格納空間】内で木箱から出したり入れたり出来ないかな?)
そう思ってアルフが木箱の内容物のアイテム名に触れてみるとこれまでに無かったUIが表示された。
「〈ハッサのズボン1〉を【格納空間】に移動させますか?[はい][いいえ]」
(おおおお!?いけそう!でもちょっと待て…これ出せても戻せなかったらヤバいぞ?)
ひとまず[いいえ]の文字に触れUIを消し、いつもお世話になっているハッサのボールを【格納空間】内に収納した。
そして【格納空間】内でボールを木箱の中に入れられるか試すことにする。
(さてどうすればいいんだ?いや、そもそも出来るのか?)
アルフはとりあえずよくある動作、「ドラッグアンドドロップ」をやってみる。
手でボールのアイコンに触れながらその手を木箱のアイコンに重ねようとする。
しかし、手を動かしても選択先が変わっただけのようで反応がなかった。
(う~ん、何かが足りないのか?例えば…移動!)
そう念じながらボールのアイコンに触れるとアイコンが手に吸い付いたように移動した。
(おお?!いけそう!)
そして木箱のアイコンにボールのアイコンを重ねるがこれまた反応がない。
ボールのアイコンは手に吸い付いたままの状態だ。
(ん~、移動先を選択して…そうか!…完了!)
アルフが念じた次の瞬間、ボールのアイコンが消失した。
そして木箱のアイコンの内容物を確認すると内容物の欄の一番下に〈ハッサのボール〉という表示が増えていた。
(やった!成功だ!これで【格納空間】内でさらにアイテムをまとめておけるぞ!)
木箱の中身が個別に表示されていた事からアルフは作られたアイテムがもし個別にリストに表示されてしまうとあっという間に【格納空間】の枠が埋まってしまうと考えた。
そこで【格納空間】に木箱を入れ、その中に個別に表示されるだろうアイテムをまとめようと思ったのだ。
(これで心置きなくたくさん作れそうだ、今の所アイテムの大きさに枠の占有率は影響しないみたいだな、今日はこれくらいにしておこう、そろそろ母さんが戻ってきそうだ)
実はアルフは両親をどう呼ぶか悩んだ。「お父さん、お母さん」か「父さん、母さん」かはたまた「パパ、ママ」か。
悩んだ末、言葉を話せるようになったら「とと、かか」と呼び成長したら「父さん、母さん」と呼ぶ事に決めた。
閑話休題
アルフは視線を木箱が置かれていた所に向け、木箱の形に若干砂埃が溜まっているのを確認するとその形に沿うように木箱を取り出した。
出来る事が無かった間にボールを使って出し入れをして練習した成果である。
木箱は元あった位置に出現し、その直後に母アイシャが部屋に入ってきた。
(あぶね!ぎりぎりだったわ…興奮てし色々やったらちょっと疲れたな…今日はもう寝よう)
そうして自分が盛大なポカをやらかしている事に気づかずアルフは眠りについたのだった。
(あら?ボールが見当たらないわね?)
アルフが眠っているベッドにいつもあるボールが無いことにアイシャは気づいた。
(ルフトがどこかに片づけたのかしら?)
そうして部屋の中を探してみたら木箱の中にそれはあった。
(あったあった、でもここに入れた覚えはないわね)
木箱の前でアイシャが訝しんでいるとそこに帰ってきたルフトの声がした。
「ただいまー」
「おかえりなさい、ねえ、ルフト」
「ん?どうしたアイシャ」
「アルフにあげたこのボール、木箱に片づけたかしら?」
「いや?片づけた覚えはないけどな…ここ数日はアルフが手放さずに遊んでいたからな…」
「そうよね?」
そう言ってアイシャは寝室でスヤスヤ眠っているアルフを眺めていた。
(なんで木箱に入ってたのかしら?)
アルフの【スキル】がバレる日もそう遠くない。
早くもやらかしたアルフです。
その日のうちにボールが手元に戻ってきていたので起きた後に自分のやらかしに気づかず成長していきます。